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第八章 前日

 逢坂薺と別れ、翔はいつもの病室へと向かう。ちょっと遅れてしまったが、少しの誤差なので問題ない。


 翔は少しかいた汗をタオルで拭きながらドアノブを捻った。


「よっ、巴。来てやっ……」


 翔は中に足を踏み入れてその場に呆然と立ち尽くしていた。


 目の前には巴がベッドから降り、紙袋から着替えを掴んでいる。そして衣服は身に着けておらず、下着だけが身体を隠していた。


 そのままお互い唖然としながら見つめ合い、数秒が経過した。


「…………」


「…………」


 そして、


「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「悪い!」


 翔は急いで部屋から出ながら謝罪して廊下に立つ。


 巴の叫び声のせいで回りからは何事かとじろじろ見られていた。


 翔は顔を赤くしながら、その場に座り込み顔を伏せた。


 やってしまったな……。




「もうっ! ちゃんとノックくらいしてよね!」


 着替えが終わり、改めて翔は中に入りベッドの隣の椅子に座って説教されている。


「悪い。次から気をつけるよ」


「ふんっ」


 巴はベッドの上で腕を組んで憤慨する。


「ほんとに悪かった。機嫌直せよ」


 翔は手を合わせて頭を下げる。そんな姿を見て巴は口を尖らせながらじっと見る。


「……いつかお返ししてやる」


 それって俺の裸を見るってことか?


「それで、今日はいつもより遅かったけど、どうかしたの?」


「ああ。進路希望の紙を書いてたんだ」


「進路希望かぁ。翔くんは何て書いたの?」


「ああ……。……秘密」


「ええぇ~。いいじゃない、教えてよ」


「へっへ。知りたかったら早く病気治すんだな」


 そこで翔はハッと思い出した。さっきまで思い出さないようにしていたが、巴の今の現状を頭に浮かんでしまった。


 翔は笑みを消しうつむいてしまう。


「ど、どうしたの? 翔?」


「え、あ、ああ、悪い。何でもないよ」


 翔は無理に笑顔を見せ心配かけないようにする。


「大丈夫そうには見えないけど、何かあったの?」


「ほんとに大丈夫。ちょっと学校で嫌なことがあっただけさ」


「そう……。何かあったら話くらいは聞くから何でも話してね」


「ああ。ありがと」


「うん」


 巴は優しく爽やかな笑顔を見せる。その笑顔を見て、翔もふと笑みを返す。


 こっちが元気づけないといけないのに、逆に元気づけられたな……。


「ねぇ、翔くんは明後日から夏休みだよね」


「ああ。明日が終業式だ。でも、予定も何もないからここに来るだけだな」


 翔は軽く声を上げて笑う。しかし、巴はうつむき、手を組んでぼーっとしていた。


「巴? おい、巴」


「……あのさ、翔くん」


「ん? なんだよ」


「前にさ、私翔くんにお願いがあるって言ったよね。……覚えてる?」


「ああ。覚えてるよ。あ、何かあるんだな。何でも言ってみろ。俺にできることなら、なんでもやってやるよ」


「うん……。確かに、お願いはある。でも、今は言わない」


「ん?」


 巴は顔を上げると、少し戸惑いながら口を開く。


「明日、終業式が終わったら、ここに来て。そのとき話すから」


「そっか。わかった。約束な」


「うん……」


 二人は小指を出し合い、そして絡め約束する。


「きっと来てね……」


 巴は哀しげな眼をして、そっと指を離した。




 翔は病院から出ると、夕暮れの中、自転車を押して家路に着く。


 とうとう夏休みが始まる。


中学から夏休みは巴の病室を訪れ退屈しないように遊ぶことが日課だった。しかし、今回は少し変わるかもしれない。


 巴からのお願い。


 今まで簡単なお願いはあった。しかし、今回のようになかなか口に出さないお願いは初めてだった。


 巴はいったい何を考えているのだろうか。


 それに、翔は他にやることがある。


 医学部を目指すことを決めた以上、今以上に勉学に励まさなければならない。一年から教科書を見直し、すぐにでも受験勉強をしなければ。


 翔は決意を固め気合を入れる。


 そのとき、角から人がすっと出てきた。


 その顔を見て翔は立ち止まる。


「お前……」


 目の前にいたのは秋元創だった。制服姿なので、家に帰ったわけではないようだ。


「待ってましたよ。ちょっといいですか?」


 翔は少し警戒したが、コクッとうなずいた。


 二人は公園により、木造のベンチに座る。創は自販機でジュースを買うと一つを翔に渡して座った。


「明日から夏休みですね。本で知ったのですが、夏はキャンプやお祭り、海水浴など楽しいイベントがたくさんあるようですね。とても楽しみです」


 創はジュースで喉を潤す。翔はジュースを両手で握りながら創が話すのを待った。


「何人かのクラスメイトから誘われましてね、せっかくですし、翔くんも一緒にいきませんか? きっと楽しいですよ。それに――」


「悪いな。俺はいけない」


 創の言葉を遮り拒否する。創はさっきまでしていた穏やかな表情を消し無表情になる。


「夏休みはずっと予定があるんだ。やることもたくさんある。悪いけど、遊んでられないんだ」


 翔はジュースのプルトップを開け口に含む。創は目を細め、そっと呟いた。


「春風巴さんのお見舞いですか。さすが幼馴染ですね」


 翔は隠す必要もないと思いうなずく。


「ああ。そうだ」


 創は軽く唇を緩め、ジュースを喉に流し込む。


「そうですね。また病気が悪化するとしたら……夏休みの後半ですかね」


 その言葉を聞いて翔は動揺するかのように持っていた缶に力が入った。


 今……何て。


「おい……どういうことだよ……」


 創は肩をすくめやれやれといった感じに説明する。


「言った通りです。忘れましたか? 彼女は病気が治ったわけではなく、逆にどんどん悪い方向の進行しているのです。この前、カルテを診ましたが、そうとう悪いようですね。おそらく、あなたの見えないところで、毎日のように悶え苦しんでいるでしょう」


「なっ……」


 確かに慎先生もそういっていた。しかし、これ以上悪化したらほんとに巴は……。


 翔はすがる思いで問いかける。


「なぁ、これ以上悪化したら……巴は本当に……」


 翔は喉から出そうとするが、留まり上手く言葉が出ない。それでの、翔は唾を呑み込み震える声で発する。


「……死ぬのか……?」


 創は笑みを消し真面目な顔してうつむく。


「おそらく……」


 創の言葉を聞いて翔は脱力する。


 改めてはっきり言われると重く圧し掛かってくる。ほんとうに、巴は……。


 創は立ち上がると、ジュースを一気に飲み干し、いつもの穏やかな顔をして向き直る。


「だからこそ、この夏休みは今までで一番大切な時期になります。どうか選択を間違えないように」


「……ああ……」


 翔は力なくうなずく。そんな翔を見て、創はニヤッと笑みを浮かべると耳元に囁いた。


「もしかしたら、巴さんは知っているのではないですか?……自分が死ぬことを」


「っ……」


 そこで翔は緊張が増し激しく心臓が鼓動した。


 そうだ……。だから巴はお願いがあると言っていた。つまり、自分の死期が近いことを知って、最後に何かしようと……。


 翔は持っていたジュースを落とし頭を抱える。


 そんな翔を見て創は見下すような目を向け、ポケットに手を入れるとそこからすっと立ち去った。


 計画通りに進めてやるよ……。

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