第二十七章 友達
次の日、河守総合病院の前には翔が立っているのだが、その隣には一人の女の子もいた。
白いワンピースを身に着け、手には大きなバスケットの籠を提げ、頭には大きな麦わら帽子を被っていた。
ショートカットのサラッとした髪が夏風に揺れ、ゆっくりとなびいている。
「さ、準備はいいか?」
翔は普通の私服姿でポケットに手を突っ込みながら隣の女の子に問いかける。
「え、えと、で、でも……何を話せば……」
昨日約束したとおり翔のクラスメイトの逢坂薺が来ていた。
緊張のせいか、若干オドオドした態度で立っている。
「普通に友達感覚でいつも通りに話してくれたらいいよ。あいつも、そんな話せるほうじゃないし、人見知りするほうだからな」
「う、うん。なんとか頑張ってみる……」
「頼むぜ。それじゃ、行くぞ」
「う、うん」
翔はゆっくりと歩を進め、その後ろを薺はぎこちない歩みで追いかけた。
クーラーの吐いた適温の室内に入り、受付で軽く手続きを済ませ、看護婦たちに少しいじられ、エレベーターへと乗る。
昇っている最中、若干の気まずい雰囲気が漂っていた。
「ははは。……私が瀬川くんの彼女だなんて……」
薺は小さく「ははっ……」と笑いながら、頬を染めもじもじする。
翔は乱暴に頭を掻いてそっぽを向きながら言い訳する。
「あの人たちは昔っから知り合いだから、何かあるとすぐからかってくるんだよ。まったく、子供扱いしやがって」
「あの人たちから見たら子供じゃない?」
「むっ。そりゃ、そうだけど……」
そして目的の五階へと着き、多くの入院患者が集う病室へと歩く。
翔は502号室のプレートを見ることなく、そのドアをノックする。
「はい」
中から可愛らしい声が届き、翔は開ける前に一目後ろの緊張でプルプル震えている薺を見る。
「……いいか?」
薺は力強くうなずく。
翔はちょっと心配気味だったが、ゆっくりとドアを開けた。
「よ、巴。体調はどうだ?」
「うん。大丈夫だよ。いつも通りって感じかな。ええと、後ろの方は……」
「ああ。この前言ってた、紹介する友達だ」
「は、初めましてっ。せ、瀬川くんと同じクラスで、委員長してますっ。あ、逢坂な、薺ですっ。しゅ、趣味は読書で、しょ、将来の夢は、ほ、保健福祉士で、と、得意科目は、こ、国語で、え、えと、そ、それから――」
「逢坂、もういい……」
暴走気味の薺を止め落ち着かせる。
巴はベッドの上で苦笑いを浮かべてどうしたらいいのか混乱しているようだった。
「え、えと、逢坂薺さん? でしたね」
「は、はいっ」
巴はパッと優しく微笑み柔らかく声をかける。
「こちらこそ、初めまして。私は春風巴といいます。瀬川くんの幼馴染で、17歳です。よろしくお願いします」
巴は最後に丁寧に頭を下げる。それを見て、薺もすぐに頭を下げる。
「い、いえ、こ、こちらこそ、よ、よろしく、お、お願いしますっ」
「はい」
薺は顔を上げ、ぼーっと巴の顔を見る。
「……良い人」
ポツリと呟き、翔は隣で肩を落とす。
そりゃそうだ。事前に友達が来ることを言ったら、どう接したらいいのか、どう自己紹介したらいいのか、何を話したらいいのかなど、昨日の夜電話で散々予習してたからな。そりゃ、準備バッチリだろう。
「あ、立ってないで、こちらにどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございますっ」
巴に促さられ、薺はベッドの隣にある椅子に腰かける。
「じゃあ、俺はちょっと下まで行って飲み物でも買ってくるよ」
「「えっ?」」
二人は同時に声を発し、翔は手を振ってドアの前から消えてしまった。
取り残された二人は気まずい雰囲気になり、どちらも人見知りなので、なかなか自分から声をかけようとはしない。
巴も予習したのは自己紹介までで、それ以降は何も考えていなかった。
薺はどう会話を広げようか悩んでいた。
「え、えと、は、春風……さん?」
「あ、ふ、普通に……その、下の名前……でも……いいですよ……」
「あ、はい。えと……と、巴……さん……」
「は、はい……」
「えと、その……。……瀬川くん、遅いですね」
「そ、そう……ですね」
「……………………」
「……………………」
気まずい空気が二人を包み込む。
そこで薺は家から持って来たバスケットを思い出す。
「あっ、あの、私家からサンドウィッチ持って来たんです。良かったら一緒に食べませんか?」
「え? ほ、ホントですかっ?」
巴の目が一瞬でキラキラと輝き始めた。それを見て薺も喜ぶ。
「はい。お口に合うといいのですが」
薺は一緒に持って来た紙皿の上にタマゴサンドとハムサンドを乗せ渡す」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
巴は歓声の上げ心底嬉しそうにサンドウィッチを見る。
あまりのオーバーリアクション的反応に、若干薺も苦笑していた。
「そんなにサンドウィッチ好きなんですか?」
「あ、いえ。私、人からこうやってお弁当感覚で食べ物を貰うの初めてなので。ずっと入院してたから、友達も翔くんしかいなかったし。だから、すごく嬉しくて」
そこで薺は全てを理解した。
目の前にいる同い年の女の子は自分とはまったく違う環境で育ってきたのだ。
学校に行けず、友達もおらず、満足に遊びに行ったり、買い物だって行ってないだろうし……。
こうやって、いつもしている何気ない行動が、巴にとっては新鮮なものなのだ。
ならば、自分は普通に接すればいい。
それが、巴のためになるのだ。
「巴さ……ううん、巴ちゃん」
「は、はい?」
「一緒に食べよ」
薺は自分のサンドウィッチを持って優しく笑みを浮かべながら誘う。
それを見て、巴は嬉しそうに強くうなずいた。
「うん!」
その様子を、すでに飲み物を買って戻ってきていた翔はドアの隙間から静かに覗き見ていた。
見た感じだと、上手くいっているようだ。
翔は近くにある長椅子に座り、ふっと息を吐く。
上手くできるか心配だったが、何とか友達にはなれたようだ。
実際、この友達を作らせる計画はすごく迷い、今まで通り、自分だけがいればいいと思っていた。
なぜなら、友達になった者には哀しみを与える可能性があるからだ。
そう、巴が死んだら永遠の別れ、言わば『死別』を思い知ることになる。
これがあるから今まで誰とも関わらず、そして秘密にして隠してきた。
誰だって哀しみや絶望を味わいたくないはず。
それが死別となると、また大きくなる。
味わうのは自分だけでいいと思っていたのだが、巴のために紹介してしまった。
もし薺を悲しませるようなことがあれば、自分が責任を持って慰めよう。
そう決意し、実行に移したのだ。
いや、もうこんなこと考えなくていいのかもしれない。
友達ができることは良いことだ。悪いことより、もっとプラスに捉え考えなくては。
翔は立ち上がると、ドアを開け中に入った。
「あ、翔くん」
「瀬川くん、おかえりなさい」
「おう。お、うまそうなサンドウィッチだな」
「うん。すごくおいしいよ」
「瀬川くんもどうですか?
「ありがと。いただくよ」
こうして三人は会話に花を咲かせ、笑いの絶えない楽しい時間を送ることができたのだ。