第二十六章 疑心
巴が目を覚ました次の日から、再び学校に行く計画が遂行される。
慎先生から渡された薬のおかげか、それまで起こっていた発作もそれほど起きることもなくなり、体にいくらか負担はかかっているものの、巴は笑顔を見せ続ける。
翔と巴が分かりあってから、お互い隠し事はすることなく、頼り、頼られ、二人三脚で歩んでいく。
それまで、二人は微妙に分かり合っていなかったのかもしれない。
言わば、全て自分のためにやってきた。
翔は自分の責任のため。
巴は嫌われたくないため。
私利私欲、自分を守るために……。
しかし、今は自分だけでなく相手のことも理解している。
もう一人ではない。自分だけの問題ではない。
二人が一緒なら、何も怖くない。
その気持ちが、二人の絆を強くした。
気づけば、月日は流れとうとう九月に入った。
事実、これは巴の寿命もあと残りわずかということでもある。
慎先生の適切な処置や薬での抵抗などで目に見えるような症状もなければ、はっきりとわかる衰退や異常もない。
そこがこの病の怖いところであるが、毎日の詳しい検査によりその進行具合がわかる。
巴の病を治すには、この一か月の間に処置を施さなければならない。
それが過ぎれば巴の人生は終わりだ。
だからといってすぐに手術をすれば良いというものでもない。
慌てて行ってもすぐに命を落とすことになる。
適切な、絶妙ともいえる機会がなければ……。
その日も、翔と巴は午後から学校へと向かう。
ひぐらしの鳴く声や、子供たちの遊びまわる掛け声、暑苦しい太陽に、時節送られる涼しき風。
季節は夏。
夏休みというこの期間に、やれることは多くある。
花火や夏祭り、海水浴に森林浴、他にも風鈴、スイカなどの風物詩を感じ、季節を満喫するのも悪くない。
時間があるからやれることはたくさんある。
それを、翔は巴としたいと思っていた。
学校に着くと、やることは決まるようになった。
制服は事前に病室で着替え、教室に着くとやるのは二人で高校の編入試験対策の勉強である。
国語、数学、英語、理科、社会と五教科を中心に行う。
内容と難易度は中学の教科書なので、参考書や翔の持っていた中学時代の教科書を見ながら行えば教えることは苦にならない。
最後に自由時間ということで、巴が小説を書いている間に、翔は夏休みの宿題をする。
この流れが定着し、正直これでいいのか不安でもある。
もっとやりたいことはいろいろあるんじゃないかと思う。
確かに学校に来ているという実感は得られていると思うが、まだ何か足りないものがある気がする。
そこである仮説が立てられ、紙に集中して小説を書いている巴に、翔は椅子を斜めにして座り頭に両手をやりながら問いかける。
「巴……友達、欲しいか?」
「……え?」
突然の言葉に巴は戸惑いを覚え、ついペンを落としてしまう。
「と、友達……?」
「ああ。やっぱり巴だって、同い年くらいの女の友達が欲しいだろ?」
「……………………」
何気なく話す翔に対し、どこかジト目でこっちを見る巴がいた。
「……巴、どうかしたか?」
巴は机に肘を着いてその上に頭を乗せる。
「別に。ちょっとね」
巴はちょっとご機嫌斜めのように、不機嫌そうに答える。
「なんだよ。親切心で聞いたのに。友達いらないのか?」
「ううん。そんなことないよ。私だって、同い年の友達は欲しいし。でもね~」
そういって巴はチラッと翔を見てすぐに唇を尖らせる。
「はぁ?」
翔は巴が何を考えているのかわからず首を傾げていた。
翔と巴は病院に戻ると、巴をベッドに寝かせ元のパジャマに着替えさせる。
それが終了すると、翔はちょっと用事があるということで帰ることにした。
翔は自転車を漕ぎ、家に向かわずある場所へと向かう。
それは図書館だ。
今回は巴の病気について調べるのではなく、ある人物を探すためだ。
恐らく、今日もここにいるはずなのだが……。
翔は駐輪場に自転車を置き中に入る。
入った瞬間クーラーの効いた涼しい空気に包まれる。それと同時に本独自の匂いが鼻をつく。
翔はスタスタと中を見渡しながら歩を進めると、椅子に腰かけてノートに本の内容をメモしている知り合いを見つける。
その人物のもとに近寄り、向かい側の椅子に座った。
「久しぶり、逢坂」
「え?」
目の前にいる人物。それは逢坂薺だ。
薺は目の前にいるのが翔だと認識すると頬を赤らめ動揺する。
「え? あれ? ど、どうして、ここに……?」
「逢坂にちょっと用事があってね」
「わ、私に!?」
薺の驚嘆な声が響き、周りの人たちが怪訝そうな顔でこちらを見る。
薺は慌てて頭を下げ、翔に向き直る。
「え、えと、な、何……かな……?」
薺はちょっともじもじしながら待つ。
「ああ。逢坂は誰に対しても優しいし、明るいから親しみやすいと思って、ある人と友達になって欲しいんだ」
「?……友達?」
「ああ。友達」
翔は巴のことを薺に説明する。
今までの経緯、性格や趣味、見た目や雰囲気など軽く印象を与える。
翔は薺を巴の友達にしようと考えているのだ。
薺はさっきも言ったように優しく礼儀も正しいので、紹介するなら一番の人材だと思う。
全ての説明を終え、薺はうなずく。
「なら、いつも翔くんはその春風巴さんに会いに行くために毎日のように病院に通っていたわけなんだね」
「そうなんだ。このこと話すの薺が初めてなんだぜ」
「え? は、初めて……なの?」
「ああ。だから頼むよ。是非とも友達になってくれ」
翔はすっと頭を下げる。
薺は自分が翔から信頼されていると思い手で頬を抑え嬉しそうに笑顔を見せる。
しかし、パッと表情を曇らせ、視線を落としてしまった。
「え、えと、あの……別に、友達になるのは、かまわないのだけど……」
「ほ、本当か?」
「う、うん……。でも、その前に、ちょっと聞きたいことが……」
「ん? なんだよ」
薺はちょっと聞きづらそうに迷うが、視線をキョロキョロしてそっと窺う。
「あの、その、ね……。以前に、創くんから聞いたんだけど……」
そこで翔の眉がピクッと反応する。
「創から……?」
「う、うん……。それで、その……翔くんは、あの……」
薺は言いにくそうだが、重い口を開いて問いかける。
「……中学時代、毎日病院に行っては、看護師にナンパしてたってホント?」
「……は?」
翔はポカンと呆然とし口を開けて固まる。
薺は顔をさらに真っ赤にして慌ててキョロキョロしている。
翔は額に手をやり「はぁ~」と深いため息を吐いて椅子に深く座り直す。
あいつ、根も葉もないこと言いやがって。
「逢坂さん」
「は、はいっ」
翔は頭を掻きながら説明を始める。
「それが嘘か真か証明はできないけど、俺がそんなことするようなやつに見えるか?」
「……見えない」
「だったらどうでもいいだろ。言い訳していいなら、俺はそんなことしてない」
「……ホント?」
薺が上目使いになって問う。
「ホントだよ。どうしても気になるなら病院に行って看護婦たちに聞いてみろ」
「う、うん。そうだね。翔くんはそんなことしないもんね」
「ああ。まったく、軽い冗談でも言ったんだろ。気にすんな」
「う、うん」
「でも、なんでお前がそんなこと気にするんだよ」
「え? あ、いや、ちょ、ちょっと気になっただけだよっ。そ、それより、友達になる話しだよね?」
「ああ、そうそう。それでな――」
二人は明日会う約束をし、その場を解散した。