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第二十二章 秘密

 夕陽が次第に沈んでいき、茜色に染まる街中を、翔は少し早歩きである場所へと向かっていた。


 今は巴に会いにいくことはできない。


 無理にでも忍び込んで会いに行こうと思えばできるが、おそらく今は安静に眠っていることだろう。


 ならば、その間にあの場所に久しぶりに訪れようと思う。


 夢で見たあの場所。


 二人の懐かしい思い出の場所の一つだ。




 町から外れ、ちょっとした田舎道を通り、少し大きな石橋に、その下を流れる川、そして奥には神社がある。


 名前は西寒田神社といい、二人が幼いころはよく遊んでいた場所だ。


 神社だが、遊具や広い遊び場もあり、なかなか広い敷地なのだ。


 翔は昔のことをふと思い出しながら歩き進んでいく。


 翔と巴の親が仲良かったせいで、大抵は二人で遊んでいた。


 親は高校時代からの親友だそうで、子供が遊んでいる間にいろいろ話をしたいらしい。


 そのおかげなのか、こうして幼馴染として定着し仲良くはしているが、男友達の幼馴染も欲しかったと思う。


 夢で見た場所は、本当に小さな川で、水位も足首程度で子供が遊ぶならちょうどいい場所だ。


 そこに辿り着くと、翔はしゃがみ込みそっと川も水に触れた。


 冷たく、手の先から若干痛みを走りながら体全体に伝わってくる。


 遅い時間だから子供はおろか、人もおらず、周りは翔一人だった。


 翔はひょいっと近くにあった手の平くらいの大きさの石を掴み上げてみる。


 昔ならすぐにカニが出てきたのだが、今はいなかった。


 翔は石を元に戻し、立ち上がるとある個所を見つめる。


 夢の中で会話した奥深くの位置。


 翔が初めて結婚という単語を知った場所。


 あの時、巴は何て言ったのだろうか……。


 翔は視線を落とし清らかに流れる川を見つめる。


 一つだけ、翔はある疑問点を抱いていた。


 慎先生や看護婦が言うには、巴はいつ急変や死期が来てもおかしくない状態なのだそうだ。


 しかし、巴は悔いを残したくないのか、まだやり残したことがあるのか、異常な精神力で粘り続けているようだ。


 巴の忍耐力を高めるその願いとは何だろうか。


 やはり学校に行くこと? それとも小説を書くことだろうか。


 そういえば、最近巴は小説書いてなかったな。


 翔は踵を返すと、神社を後にした。




 その帰り道、日が暮れてしまった時刻に、その人物は現れた。


「こんにちは。いえ、今はこんばんは、ですかね」


「……お前は人を待ち伏せするのが好きなのか?」


「ふふ。そうかもしれませんね。こうして待つのは苦になりませんし」


「それで、ここにいるってことは俺に何か用があるんだろ?」


「はい。ちょっと話がしたいと思いましてね」


 翔の目の前にいる人物。


 それは秋元創だった。


 二人は公園のベンチに座り、街灯だけが照らしている薄気味悪い中会話をする。


 夜といってもやはり夏は蒸し暑く、涼しい風が吹いているが、うっとうしさは健在だった。


「さて、今日はちょっと聞いてほしいことがありましてね」


「いつもだろ。さっさと言え」


「あれ? 何か怒ってますか?」


 翔は腕を組みながら若干憤慨している。そんな翔を見て創はおもしろそうに含み笑いを浮かべていた。


「怒るも何も、俺はお前が嫌いなんだ」


「ふふ。それは僕も同じですよ。正直言えば、僕は君が憎いですし」


「なら夜に呼んだりするな」


「もしかすると、いわゆるこれがツンデレというもので、実際は好きなのかもしれませんね」


「……寝言は寝ていえ」


「失敬。そうですね。おっしゃると通りです。では、本題に入りましょう」


 創は人差し指を立てて偉そうに言った。


「慎先生の秘密を知ってますか?」


「……は?」


 翔は突然の慎先生の単語で頭の中が混乱していた。


「良く考えてみてください。慎先生は将来を期待されたほどの上を持つ言わば大型新人ですよ。そんな彼が、なぜこんな田舎にある大して名もない病院にいるのか。気になりませんか?」


「別にいいじゃないか。慎先生が望んだんじゃないのか?」


「しかし、この街と慎接点は何もありませんよ。そもそも慎先生の出身は関東ですし」


「じゃ何か、慎先生はこんなど田舎まで飛ばされてきたと?」


「そう考えるのが得策でしょうね。果たしてそれはなぜか」


「そんなのどうでもいいだろ。そのおかげで、あんな凄腕が巴の担当医なんだ。安泰だな」


「少しは警戒心を持ったらどうですか? なぜ飛ばされたのかもわからない期待の新人が、こんなところにいるのか。普通に考えて、何か裏がありますね」


「……お前は何が言いたいんだ?」


「実はですね、こんな噂を耳にしたんですよ」


 創はゆっくりと口を動かし小声で囁き込む。


 その言葉を聞いた翔は目を開き愕然とした。


「……それ、どういうことだよ……」


「言った通りです。確信はありませんが、過去を知る限り、その可能性は高いかと」


「でも、そんな感じはしないぞ」


「隠しているのかもしれません。実際、巴さんの症状は良くなってますか? もしかしたら、慎先生はそのために……」


 すると、翔は突然立ち上がり走り出した。


 その後ろ姿を創は見送り、小さく笑う。


「瀬川翔……。どんどん人間不信に陥れ。そしたら君は……」




「はぁ……はぁ……」


 翔は膝に手を着き息を整える。こめかみを流れる汗が顎を伝い落ちていく。


 顔を上げると、目の前には暗闇に包まれた河守総合病院がそびえ立っていた。


 さっき創が言ったことが本当なら、巴が危険な状態ということになる。


 信じていた担当医がそんなことをしていた何て……。


 翔はぎゅっと拳を握り締めると、足を前に出して進み始めた。


 やはりというべきか、正面玄関は閉まっており鍵がかかっていた。


 しかし、受付には電気が点いていた。


 翔は聞こえるようにドンッドンッとガラス戸を叩いてみる。


 すると、その音で気づいた看護婦が翔を眼にし開けてくれた。


「あら、翔くんじゃない。こんな時間にどうしたの?」


「すみません。ちょっと慎先生に用があって」


「慎先生? でも、まだいるかしら」


「さっき連絡を取ったらまだいるようなので」


「そう。まぁ特別に許してあげるわ。入っていいわよ」


「ありがとうございます」


 翔は中に入ると、慎先生の部屋へと向かった。




 その頃、慎先生は真っ暗な部屋の中、机の前で巴の書類とカルテを見て頭を悩ませていた。


 時間がない。このまま死期を来るのを待つのか……。


 いや、何か方法があるはず。またあの時の二の舞にはなりたくない……。


 すると、部屋がノックされる音が聞こえた。


「どうぞ」


 声をかけるとドアがゆっくりと開かれた。


 そこに立っている人物。その正体を知り、慎先生の眉がぴくっと動いた。


「……翔くん」


 自分の目の前に立っている人物。自分を睨むように見つめ、今にも襲い掛かりそうな雰囲気を纏った瀬川翔が立っていた。


「どうしたんだ、こんな夜遅くに。それに言っただろ。もう来るなって」


 それを無視し、翔は言い放つ。


「……患者を見捨てたっていうのは……本当ですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、慎先生は自分の心臓を鷲掴みされたかのように息苦しさを覚えた。


 そして震える声で、できるだけ冷静さを取り戻しながら言い返す。


「……誰に聞いたんだ……?」


「秋元創」


 やはり彼か……。


 翔は怒りを込めながら言葉を続ける。


「これがもし本当なら、今すぐに巴の担当医を外してもらいます」


 慎先生は翔に背を向け、窓から見える月を見上げる。


 仕方ないか……。


「……入りたまえ。話してあげよう。……私の過去を」


 翔は部屋の中に足を踏み入れると椅子を出して座る。


 慎先生は軽く息を吐いて机の前の椅子に座る。


「さっき言っていた質問に答えようか。患者を見捨てたかどうかだったな。その答えは……………………本当だ」

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