第二十章 調査
明け方、家に着いた翔はすぐにインターネットを開き検索し始めた。
誰にも治せないなら自分が治してやる。
巴を救うのは自分だ。
翔は巴の病名を入れその治療法を模索していく。
しかし、やはり巴の病気はかなりの難病で、完全に治癒した者は少なく、ほとんどが衰弱し死に到っている。
一番の治療法は手術なのだが、それにも条件が一致し、成功率も高くなければ途中で尽き果てるのがオチらしい。
だから慎先生もすぐに手術を行わず、薬で進行を妨げ、体力作りをさせ、機会を狙っている。
難しい専門用語が並ぶ画面を何度も目で追い探し、翔の瞼はだんだんと重くなっていた。
結局一睡もせず、三時間以上画面と睨めっこを続けている。
陽は完全に昇り、陽光が窓から部屋を照らしていた。
翔は軽く息を吐いて背伸びをし、パソコンを消すと疲れを癒すためベッドに倒れる。
「巴……」
翔はそっと目を瞑り、眠りに落ちた。
夢を見た。
それは昔を思い出し、巴と翔が遊んでいる光景だった。
二人ともまだ幼稚園児の姿で、一緒に川で遊んでいた。
冷たい水に足を着け、水しぶきをあげ掛け合ったり、石をどかしてカニを探したり、アメンボを追いかけたりと、楽しそうに笑い合っていた。
確かこれは近くの神社にある川で、夏に遊びにいったときだったはずだ。
親は近くのベンチに座り、会話に夢中になっていた。
翔と巴は水着姿で一緒にアメンボを追い、いつのまにか奥深くまで来たときだった。
『翔くん。お母さんに聞いたんだけど、大人になったらみんな結婚するんだって』
『結婚? 結婚ってなに?』
『ええとね、お互い好きになるってことだよ』
『ふ~ん。巴ちゃんは誰が好きなの』
『私? 私はね――』
巴が口を開きその人の名前を答える。
しかし、肝心なその部分が聞こえない。いや、思い出せない。
巴はその時、なんて答えたんだろうか……。
翔は目が覚めた。
目を開けると天井が見え、カチコチと時計の音が耳に入ってくる。
額からこめかみへと汗がつーっと流れ、全身の体温がいつもより高いとすぐに認識でき、背中はシャツが張り付くほどだ。
壁に取り付けられた時計に目をやるとまだ正午を回ったばかりだった。
窓から差し込む容赦のない日光が入り込み、時節聞こえるセミの鳴き声がうざったく思える。
今は夏だったな……。
翔はゆっくりと起き上がり、出かける準備をした。
シャワーを浴び汗を流しているとき、ふと思った。
さっきの夢、巴は何て言ったのだろうか……。
翔は自転車を走らせ図書館へと向かう。
大きな県立図書館で、ここにならどこよりも多くの書籍が揃っており、きっと巴の病気のことが書いてある本も見つかるはず。
中に入ると来る途中かいた汗が冷気によってみるみるうちに引いていくのがわかった。
快適な温度に包まれた館内は静かな雰囲気に包まれ本独特の匂いが鼻を刺激した。
一階にも二階にも本があり、三階には小部屋や大部屋があり、読み聞かせやレクリエーションなどができるようになっている。
まずはどこに何があるのか把握するべく、入り口近くにある機械で探す本を検索する。
ジャンルは医学書なのだが、それだけでわかるだろうか。
検索結果、医学書は二階の奥の棚にあるのがわかったのだが、他にも外科、病名などを入力したが、見つけることができず、仕方なく外科専門の本棚に向かう。
来たのは良いが、そこには膨大な本の山で、端から端まで分厚い本ばかり。
その棚が十個以上とあり、果たしていつ探し終えるのか考えたくもないくらいだった。
翔は気合いを入れ直しさっそく取り掛かる。
難病を中心に探索し、それらしき本を数冊抜き取ると椅子に座って読み始める。
まずは巴の病気の名前を見つける。
一枚一枚丁寧に指で追いながら凝視して文字の連続を追いかける。
しかし、何時間とかけて探していくが、まったく見つかる気配はない。
読まずに探すだけでいいから一冊数十分で終わるのだが、他にも何冊とあるので霧がない。
気づけばすでに二時間は集中して経っていた。
翔は一息入れようと背伸びをした。
そのときだった。
「せ、瀬川……くん?」
「ん?」
耳元に可愛らしく、若干の怯えが混じった声が聞こえた。
翔の目の前にいたのは逢坂薺だった。
なぜか良く会う。
「よお。逢坂さんも図書館に?」
「う、うん。ち、ちょっと、し、社会福祉士の勉強しようかなって、思って……」
逢坂の手には二冊の社会福祉士と明記されたタイトルの本が抱えられていた。
「そっか。偉いな」
「そ、そんなこと……ないよ」
逢坂は顔を真っ赤にし、照れているのか本で顔を隠してしまった。
「あ、そこ空いてるから座れよ」
「う、うん。ありがと……」
逢坂は翔の目の前の席におどおどしながらゆっくりと座り、前にあるガラス状のテーブルに本を置くともじもじしていた。
翔はやる気を出して再び本に目を通していく。
そのとき、逢坂がか細い声で問いかけてきた。
「あ、あの……せ、瀬川……くん……」
「ん? なに?」
「あ、あのね、その……」
逢坂はショートカットの髪を小さなツインテールにして結んでおり、その先を指でいじりながら若干頬を染めていた。
「……あっ、髪結んでるんだな」
「あ、う、うん。な、夏だし、ちょっと結んで……あ、そ、そうじゃなくてっ!」
逢坂は何を慌てているのか、突然大声を上げながら立ち上がり、周りの視線を集めていた。
そのことを意識し始めると、だんだんと顔を真っ赤にさせ、ばっと席に着く。
「……大丈夫か?」
翔は少し苦笑いを浮かべながら心配気味に声をかける。
「……う、うん。そ、それより、その……わ、私の制服……どうしたのかなって……」
「え? あ、そっか。ごめん。まだ返してなかったな。今度、クリーニングして返すよ」
「う、うん。返すのはいつでもいいんだけど、その……」
逢坂は若干うつむき、上目使いになりながら訊いてきた。
「……何に、使ったの……?」
「え?」
「いや、そ、そのね、か、借りたの女子の制服だし、そ、その……男子が何に使ったのかなって……」
確かに男子が女子の制服借りて何に使うのか、誰でも疑問に思うかもしれない。
今では変な使い方して楽しんでいる輩もいるから誤解されても不思議ではない。
しかし……。
「ああ。別に変なことに使ってるわけじゃないんだ。理由は言えないけど、ちゃんと正しく使ってるから、気にしなくていいよ」
「う、うん。わかった」
逢坂は納得してくれたのか、最後は笑って了解してくれた。
「……瀬川くん、そんな難しい本読んでるの?」
「ん、ああ、まぁな」
「そっか。将来は医者になるんだもんね。頑張ってね」
それもあるが、今の目的は巴のため。どちらも同じような理由だからいいか。
「ああ。逢坂も、社会福祉の勉強だろ。頑張れ」
「う、うんっ。ありがとっ」
逢坂は声援を送られて嬉しいのか、頬を抑えながら嬉しそうに笑みを浮かべ上機嫌だった。
こいつはたまに可愛いところがあるよな。
そして二人はそれぞれ目的の作業に入る。
そして夕方六時くらいになると、二人は外に出ていた。
「またね、瀬川くん。私、毎日午後から通うつもりだから」
「ああ。また会おうな」
翔は軽く手を振って行ってしまった。
逢坂は嬉しそうに笑いながら帰ろうと振り返る。
そのときだ。
「これはこれは、逢坂薺さん」
逢坂の目の前に立っている人物。それは秋元創だった。
「久しぶりですね。こうして会うのは初めてですかね」
「あ、秋元くん。終業式以来だね。どうかしたの?」
創は逢坂の後ろで歩き去っている翔を一目見、再び逢坂に視線を戻した。
「ちょっと話があるのですが、よろしいでしょうか?」
創は爽やかな笑みを浮かべて優しく誘い出す。
逢坂は何も考えず、首を傾げ、最後は了承する。
了解を得て、創は心の中で冷酷な笑みを浮かべていた。