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第十八章 闘病

 巴の病室で出会った瀬川翔と秋元創。


 二人は創の提案で近くの喫茶店に赴いた。


 以前座った席に座り、そして同じようにココアとコーヒーを注文した。


「さて、まずはいろいろ聞かせてもらいましょうか。……学校に行こうと提案したのはどちらですか?」


 創は余裕の表情で問いかける。翔は迷ったが、苦々しく答えた。


「……巴の願いだ。それを俺が協力した」


 創は含み笑いをしながら目を閉じうなずく。


「なるほど。ま、それが嘘だとしても本人に聞けばわかること。それで、あなたはわかっているのですか? もうすぐ巴さんは死ぬってことを?」


 翔は真剣な表情でコクッと首を縦に振る。


「……わかってる」


「なら、なぜ学校に行くなどという願いを叶えさせたんですか? 学校に行くだけでどれだけ体力が減るか……。治る病気も治らなくなりますよ。それをわかって実行したのですか?」


 確かに創の言うとおり、リスクの高い行動だったと思う。しかし……。


「……そうだ。それが巴の願いなら、俺はいくらでもする」


 創はソファに深く座りため息を吐く。


「呆れた。それでも巴さんの一番の友達ですか? もっとあなたは利口な人だと思っていたのですが」


 創は届いた注文の品であるココアを啜り再び口を開く。


「あなたはまだ病気というものを甘く見ている。あまり容易に考えていると痛い目見ますよ」


「……別に俺は甘くみてない。ただ巴の願いどおり――」


「その考えが甘いんだ!」


 創が拳で机を叩きつけ怒声を上げる。そのせいで周りの客や店員までこっちに注目していた。


 創は冷静さを取り戻し軽く咳払いをする。


「失敬。つい取り乱してしまいました。しかし、この病気だけは甘く見ないでほしい。ま、実際かかっていない人には半分も理解できないでしょうね」


 翔もコーヒーを一口啜り口を開く。


「確かに病気の苦しみはわからないかもしれない。でも、それでも俺は巴の力になりたいんだ。だって、巴はそう願っているんだから」


「その言葉が果たしていつまで口にできるでしょうね」


「……え?」


 創はポケットからすっとあるものを取り出した。


 それは一つの鍵だった。


「これは……」


「病院の鍵です。裏口の方のですがね。そうですね。今晩の午前二時くらいに、巴さんの部屋を訪れてみてください。しかし、中に入ってはいけません。廊下の影からそっと覗くだけです。誰にも見つかってはいけませんよ」


 創は手を伸ばし鍵を差し出す。翔は少し躊躇したが手を伸ばして手のひらに収めた。


「あなたに教えてあげます。……病気という恐ろしさを。そして……二度と、愚かなまねができないということをね」


 創はオーダー表の上に千円札を置きすっくと立ち上がると店から出て行った。


 翔は右拳にある鍵を握りしめ、じっと見つめていた。




 深夜になると、翔は行動を開始した。


 深い眠りに入っている親にばれないように家を抜け出し、自転車を走らせ河守総合病院を訪れる。


 わかるとおり、病院内は静かで物音しない静けさに包まれ、闇に包まれているせいか、異様な雰囲気を感じられた。


 翔は閉じられたフェンスの近くに自転車を置くとよじ登り潜入に成功する。


 そして裏口に周り、創から貰った鍵をポケットから取り出し、鍵穴に入れる。


 半信半疑だったが、鍵は本物らしく、カチャリと小耳の良い音を出し戸は開いた。


「…………」


 翔は真っ暗な廊下を見渡し、幽霊でも出ないかと内心ビクビクしながら静かに忍び込んだ。


 裏口だと階段はあってもエレベーターはない。必要時以外使うことのない汚い階段を上がり、五階の巴の病室へと向かう。


 時刻はそろそろ二時を回ろうとしていた。


 いったいこんな深夜に来て何があるというのだろうか。来れば病気の苦しみがわかるようなことを言っていたが、そんなことどうやって……。


 翔は角を曲がろうとして足を止めるとさっと隠れた。


 この角を曲がれば一直線で巴の部屋に着くのだが、何やら騒がしい音が廊下中に響いていた。


 翔はそっと顔だけを出し様子を窺う。


 一つの病室の戸が開かれ、懐中電灯だけの光を頼りに大勢の看護婦たちが動き回っていた。


「先生を早く! 慎先生を呼んで!」


「大丈夫よ! しっかりして! すぐに先生来るから!」


「もっと輸血を持ってきて! まだ足りないわ!」


「誰か手足を抑えて! 暴れないようにしっかり固定して!」


 いったい何があったのだろうか。誰かの病気が悪化したのだろうか。


 そのとき、信じられない名前が耳元に聞こえた。


「しっかりして! 巴ちゃん!」


 え……?


 巴……?


 翔は隠れることを忘れ体ごと廊下に出し耳を澄ませる。


「落ち着いて、巴ちゃん! 大丈夫だから! もうすぐ先生くるから!」


「うっ、がっ、ああっ! ああああああっ!」


「誰か早く抑えて! もっと血を持ってきて!」


「ああっ! く、苦しっ……。ああっ……。ごほっ! がはっ! あああああああっ!」


「慎先生はまだなの! これ以上は危険よ!」


「ああああああああっ! た、助けて……。痛いっ! 痛いよっ! があ、ああああああああああっ!」


「お願い! 巴ちゃん! 大丈夫だから落ち着いて! しっかりして!」


 何度も呼ばれる『巴』という名前。


 そして時節聞こえる苦しげな叫び声。


 翔は気づけば走りだし、その病室に向かっていた。


「え? 翔くん?」


 戸の前にいる看護婦たちを無理やりにどかし中に入る。


 そして目の前の状況を把握し、翔は呆然と立ち尽くしていた。


 信じられない光景が映し出されていた……。


 三人の看護婦が巴の手足を力づくで抑え、一人が輸血をしている。


 巴はベッドの上で苦しそうに暴れまわり、痛みに悶え、口からは何度も血を吐き、周りの床や壁、シーツは吐血の赤い血で染まっていた。


 そのときだ。


「ああああああっ! あああああああああああっ! うっ、がはっ! ごほっ! ごほっ! はぁ、はぁ……。ぐっ、あっ、ああああああああああああああっ!」


 巴は翔がいることにも気づかず咳き込むたびに出てくる血を浴びながらのた打ち回る。


 翔は今の巴の姿に混乱し、体が動かず見ることしかできなかった。


 声をかけることも、手を握ることもできず、ただ見ることしかできなかった。


 そして頭の中で自問自答が始まった。


 なぁ、この状況を作ったのは誰だ?


 巴の病気はこんなにも悪いのか?


 こんなにも苦しくて死にそうなくらい怖い病気なのか?


 巴は平気なのか?


 もしかして、このまま死ぬんじゃないのか?


 巴はこんな苦しみをあの時からずっと耐えてきたのか?


 なんで? なんでそこまで我慢して生きようとするんだよ。


 もう楽になれよ。


 もう見たくねーよ。


 巴のこんな姿、見たくねーよ。


 嫌だ。


 認めたくない。


 なぁ、笑ってくれよ、巴。


 いつもみたいに笑ってくれよ。


 頼むよ、巴……。


 そのときだ。


「先生!」


 その言葉が届いた瞬間、翔は後ろを振り向いた。


 そして、


「どけっ!」


 俺は誰かに突き飛ばされ、部屋に隅に転がった。


「これは……。ちっ! すぐに輸血を! 時間がない! ここで治療する! 鎮静剤を! あと麻酔に、私の部屋から――」


 見慣れた白衣を着た慎先生が的確に指示を出し、良くも知らない薬の名を上げ、巴の体を抑えつける。


 翔は気づけば看護婦に手を貸され椅子に座っていた。


 目の前で繰り広げられる巴の苦しむ姿と慎先生の懸命の治療を、ただ黙ってじっと見ていた……。

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