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第十七章 制服

 巴は車椅子の上で恥ずかしそうにもじもじしながら自分の長い髪を指でいじっていた。


「え、えと……ほ、ほんとに着るの?」


 上目使いで若干頬を朱に染めながら問いかけてくる。


「い、いや、その……別に、着たくないならいいんだけど……」


「い、いや、せっかくだから着たいよ。で、でも、その……着替えてると、その……見られちゃうし……」


「お、俺だって、そんな……じろじろ見るわけじゃないし。その……目をそらせながらだったら……」


「そ、そうだね……。ぜ、絶対見ないでよ」


「あ、ああ……」


 そして巴は車椅子からゆっくりと立ち上がる。


 車椅子を使っているから歩けないというイメージを持っていると思うが、別に歩けないわけではなく、あまり体力を使わせないために使用しているのだ。


 数秒間くらい立つくらいなら大丈夫のはずだ。


「じゃ、まずはそのままスカート履いて……」


「う、うん……」


 翔はスカートを渡し、巴はそれを受け取りズボンの上から履く。


 巴は入院服というより、パジャマ的な格好が多い。


 そっちの方がいろいろと都合が良いからだ。


 なので、上下バラバラなので、スカートを履いてそのままズボンを脱げばいいのだ。


 スカートは難なく着ることができた。


「スカートはホックがあるんだね。これで履けたね」


「ああ。じゃあ、次はシャツだな」


「うん」


 巴は次にシャツを受け取る。


 ここで問題が生じる。


 シャツを着るなら今着ている上着は脱がなければならない。


 その際に絶対と言っていいほど下着が見える。


 しかし、シャツなら普通に着るだけなので、巴でもできるはず。


「これはただ羽織るだけだし普通に着られるね。翔くんは後ろ向いてて」


「ああ」


 翔は巴に背を向ける。


 しかし、それでも緊張してしまっていた。


 後ろで生で着替えている巴。以前着替えを見てしまったことを思い出してしまう。


 今振り返ったらどうなるのだろうか。


 想像しただけで胸の高鳴りがますます激しくなっていく。


 翔は首を振って煩悩を掻き消した。


「で、できたよ……。こっち見ていいよ」


「ああ……」


 翔は若干の緊張感を持ちながらゆっくりと振り返る。


 巴はきちんと言われたとおり着こなし、シャツもスカートの中に入れている。


 ちゃんと着られているようなのでほっと安心する。


 しかし、若干中の下着が薄くだが透けて見えるのは黙っていた。


「最後にブレザーとリボンをつけて終わりだ」


「うん」


 巴はさっとブレザーを羽織る。しかし、最後のリボンがなかなか上手く付けられなかった。


「あれ? おかしいな。上手くできないよぉ」


「ほら、貸してみろよ」


 見かねた翔は赤いリボンを受け取り巴の首元に結ぶ。


 そのとき、自分の手の下に巴の胸があると思うと、つい緊張で手元が狂い始める。


 そのことに巴も気づき、二人は気まずそうに目をそらしていた。


「ほ、ほら、できたぞ……」


 そして巴はとうとう制服を着終えた。


「どうだ? 初めての制服だ」


 巴は自分を纏う制服を見て嬉しそうに動く。


腕を上げたり広げたり、その場で一回転してふわっとスカートを揺らしたり、リボンに触れたり。


 まるで新入生のように喜んでいた。


「あ、鏡」


 翔は事前に持って来た手鏡を取り出し巴が見えやすいように構える。


 ちょっと小さいが、少し動けばだいたいは見られる。


 巴は鏡越しに見える自分の姿を見つめ、少し頬を赤くしながらすっと胸に手を当てた。


「わ、私……制服、着てるんだ……」


 巴は嬉し涙を流し、軽く目じりを拭きながら「えへへ」と笑った。


 翔は鏡を持ちながら小さく微笑を浮かべた。


 目の前に映る巴の姿。中学時代の制服を纏い、若干の着慣れしていない仕草に、サイズが微妙に合っておらず手のひらを隠す袖、細い足をのぞかせるスカートに、赤く綺麗につけられたリボン。


 その姿は、二人ともずっと前から見たいと思っていたものだった。


「ど、どうかな……。か、可愛いかな……」


 巴がちょっと照れくさそうに、恥ずかしそうにポーズをして問いかけてくる。


 翔はニッと笑みを見せ答える。


「ああ。似合ってるよ。すっごく可愛い」


 巴はポーズを止め、呆然となると顔を真っ赤にさせた。


「そ、それより、次は何するの?」


 ちょっと慌てながら巴が聞き出す。


「あ、そうだな。ま、巴はまだ来たばかりだし、まずは恒例の自己紹介からだな」


「うん」


 巴は車椅子に乗り、真ん中の一番後ろの席に着く。翔はその隣に座った。


「では、まず一人ずつ自己紹介をしましょう。一番後ろの席の人、お願いします」


「あ、はいっ」


 巴は返事をすると、緊張を緩めるためゆっくりと深呼吸し、すっと立ち上がった。


「え、えと、は、春風巴です。趣味は読書と小説を書くことです。えと……な、長いこと入院してて、いろいろわからないことが多いです。その……え、えと、よ、よろしくお願いします!」


 巴は丁寧に頭を下げる。翔は大きく拍手をし、その音が教室に響き渡る。


 巴は顔を上げると頭を撫でながら軽く笑った。


 そのあとは、巴が入院中にしている高校レベルの問題集を中心に勉強したりして、第一回となる学校侵入計画は終わった。




 学校を抜け出したあと、再びばれずに病室へと戻ってくる。


 運が良かったのか、誰にも遭遇することなく戻ることができ、無事成功を収めた。


「翔くん。今日はありがとう。すっごく楽しかったよ」


 巴はベッドの上に座り満面の笑顔を見せる。


 翔は制服をハンガーにかけて吊るし、車椅子を畳みながら答える。


「そっか。それは良かった。じゃ、また明日もな」


「うん!」


 巴は嬉しそうに強くうなずく。


「じゃあな。巴」


 巴は手を振って翔を見送り、翔は軽く手を振って応え病室を出た。


 そのときだ。


「なるほど。二人は学校に行っていたのですね」


 翔はドアを閉めるとはっと後ろを振り返った。


 そこにいたのは、壁に背を持たれ腕を組んでいる秋元創の姿だった。


「どうりで来てみてもいないはずですね。まったく。病人を学校に連れて行くなど、どんな考えを持っていたらそんなことができるんでしょうね」


「……お前……」


「ちょうど良かった。ちょっと話をしませんか。言っておきますけど、拒否権はないと思った方が利口ですよ。……このことがばれれば、あなたはどうなるでしょうね」


 事実上、これは弱みを握られたも同然ということか……。


 翔は若干の怒りの籠った目を向けながらうなずいた。

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