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第十六章 教室

 念願の学校へと来た翔と巴。


 翔は巴が座っている車椅子を押し、自分のクラスでもある教室へと向かう。


 そして、それは目の前に来た。


「ここが、翔くんのクラス?」


「……ああ。今日から、巴のクラスでもあるんだ」


「……うん」


 巴はすっと手を伸ばし、出入り口の戸の取っ手に触れる。そして力を加えゆっくりと開かせた。


「あっ……」


 開け放たれた瞬間、巴の目の前には来たくて仕方なく、何度も想像し想い描いていた場所……学校の教室が現れた。


 正面にある大きな黒板、綺麗に並べられた机に椅子、後ろにある棚、掃除用具、白いカーテン、校庭を一望できる窓、そして教室だと思わせる雰囲気。


 巴は目の前の光景に目を奪われ、小刻みに動き聞こえなくても大きく衝動として打ち付ける興奮を抑えられず、感極まってしまい震える体をぎゅっと両腕で抱きしめた。


「……巴? 大丈夫か?」


 翔は少し心配になり優しく話しかける。


「……うん。大丈夫だよ。ちょっと……嬉しくて……。私も、学校に来れたことが……嬉しくて……」


 膝の上に落ちる歓喜の雫。ぽたぽたと髪の毛で覆い隠された巴の目から零れていく。


 翔はその姿をそっと優しさの目で見守った。


 そう……。ここは巴が来たかった場所。


入院し、どんな苦しい検査にも耐え、孤独の日々を貫いても、そして生きるための糧になった場所、それがこの場所。


 ここに行きたい、訪れたい、一度でいいから触れたいという想いが強かったからこそ、巴はここまで生きられ、そして耐えてきた。


 言わば、巴の全てと言っても過言ではない。


 一般的生徒なら教室など何度も目にしているのでどうとも思わないのが普通だろう。


それは国が教育を受ける権利を提唱しており、その権利の通り、親は子供を学校へと通わせる。


 そこで絶対に目にするのが教室。学校の唯一といえる自分の居場所。


 しかし、学校に来られるのは健康と言える生徒のみ。


 何らかの病気などで通えないことがありえる。


 巴はその内の一人に入れられた。


 半年後には入るはずだった小学校。


 皆新しいランドセルを背負い、親しい友達と楽しそうに駆ける。


 遊びを覚え、少しずつ勉強して知識も増え、どんどんいろんな友達も増え、社会というもの、集団というもの、リーダーシップ、チームワーク、協力、特技、趣味、得意不得意、自分の夢や希望、可能性、感受性やスタイル、その他多くのことがわかってくる。


 そして中学に上がり、成長していく。


 部活による上下関係、親しき友達、勉強のレベルアップ、苦難や困難、具体的将来の石灰図、情熱、努力、忍耐力、考え方の変更などと、小学校と比べより明確に詳しく知っていく。


 そして、恋をしていく。


 受験という壁を乗り越え、とうとう高校生となる。


 大人でもあり子供でもある中途半端な時期だが大切な時期でもある。


 自分というもの、自我を知り、より将来を深く考え、いつ社会に出てもおかしくない大人という段階への下準備をする。


 こうしていくつもの課題を上げてきたが、これだけではない。もっと、もっと多くのことを学ぶのだ。


 学校とは数多くの事を学ぶ。学校があるから、社会に出ても新しい環境に溶け込むことができるのだ。


 それほど重要であり、貴重な存在といえる。


 しかし、中には受けられないというものもいる。


 そうなったものはどうすればいいのだろうか。


 中には通信制というものもあるが、それだけではごく一部のことしか学べない。


 だからこそ、巴はここに来たかったのだ。


「……翔くん」


 名前を呼ばれ、翔は耳を傾ける。


 巴は溢れる涙を手でふき取り、すっと顔を上げて続ける。


「私……生きてて……良かった。今、こうしてここにいわれて、本当に良かったと思ってる。ほんとうに……。きっと、この日のために生きてきたんだなって、私すっごく思うの……。ありがと、翔くん……」


 巴は赤くなった目でも、本当に感謝し、嬉しそうに笑顔を見せる。


 翔もそっと目を細め笑みを返した。


「いいんだよ。俺は、巴が喜んでくれたら、それだけで俺も嬉しいんだ」


 翔は巴の前に来ると、その場にしゃがみ込み、少し上にある巴の顔を見つめる。


「もう聞き飽きただろうけど、聞いてくれ。……俺はあの日からずっと後悔してきたんだ。俺のせいで、巴の病気が悪化して、入院生活も長引いてしまったって。全ての責任が俺にあると思うんだ。だから、本当にごめん。でも、だからこそ、俺は巴に何かしてやりたい。俺ができることなら何でもしたい。これは偽善でもなんでもない。俺が、心からしたいと思って言ってるんだ。だから、これからも、何かあったら遠慮なく言ってほしい」


 翔はぎゅっと巴の手を握る。巴は柔らかく微笑みうなずいた。


「うん」


 翔も笑みを返し立ち上がる。


「さて、それじゃ巴にプレゼントだ」


「え? プレゼント?」


 巴はきょとんと疑問の表情になる。


「ああ。その格好じゃ、学校に来ても追い返されるぞ。ちゃんとルールは守らないとな」


「え、えと……あっ……」


 翔が取り出したもの。それを見て巴は呆然とする。


「制服……」


 翔が手に持っているのは学校の制服。以前。逢坂薺から借りた制服だ。


「この学校のじゃないけど、ちゃんとした制服だ。ほら、来てみろよ」


「でも、これどうしたの?」


「もちろん、巴のために借りたんだよ。ほら、早くしろよ」


「う、うん。でも……」


 巴は申し訳なさそうにうつむく。少し頬を染め、指でもじもじしていた。


「なんだよ、どうかしたのか?」


「じ、実はね、その……着方が……」


「え?」


「……着方がわからないん……だよね」


「あっ……」


 そういえば、巴は制服というものを知らない。ならば、その着方がわかるはずない。制服は普通の私服と違い、ちょっとだけ着方が異なる。


 翔はちょっと予想外だったが、こう提案した。


「仕方ない……。俺が手伝うよ」


「……え?」

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