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第十五章 決行

 その日、とうとう決行した。


 午前は巴の検査や食事などで潰れ、実際に動くのは午後からとなる。


 念のために言っておくが、本来巴は外出禁止の身である。


 それにもかかわらず、自分たちはその規定を破り学校に行こうとしているのだ。


 このことがばれれば、何を言われるかわからないし、もちろん慎先生や巴の親にも話していないので、何かあれば責任は全て背負合わなければならない。


 それでも、巴の決意は固く、また翔自身も協力したいと強く願っている。


 二人の意志が揃っているのなら迷う必要はない。


 すぐにでもここから逃げ出すつもりだ。




 翔は巴を乗せた車椅子を掴み、看護婦や医師にばれないよう、病室から少し顔を出してキョロキョロと辺りを見渡す。


 姿が見えなくなると、素早く車椅子を進ませエレベーターに乗せる。


 階段の方が良いのだが、こればかりは仕方ない。誰もいないことを願うばかりだ。


 エレベーターに乗ってる際、巴はクスクス笑いだした。


「何かドキドキするね。悪いことをしているときのい気持ちってこんな感じなのかな」


「ああ。そうだろうな。でも、わかるのはそれだけじゃない。学校に着けばもっといろんなことがわかるぞ」


「うん!」


 巴は嬉しそうに満面の笑みでうなずく。


その笑顔を見て翔は絶対成功させたいという気持ちが強くなった。


 エレベーターが一階に着くとすぐさま予定していた人目につかない場所で止まり、そっと再び周りを観察する。


 やはり受付や出入り口は人が多く、受付には何度も顔を合わせ知り合いになった看護婦もいるのでそこから出るのは困難だ。


 だかろ言って、無闇に走って行こうなんてことは考えない。


ここは通らず、別にルートを使う。反対方向に裏口があり、そこはあまり人も通らず、隠れて外に出るなら絶好の場所だ。


 翔はそこへと向かい、そして誰にも見つかることなく外に出ることに成功した。


「うわぁ~!」


 巴は歓声の声を上げる。久しぶりに見た外の景色。


青の空、緑の森林、白の雲に病院、ありとあらゆる物が溢れている。


 今まで狭い所に閉じ込められていたから言葉に表せないほどの解放感が身を包む。


 そして、とうとう巴は病院の敷地内を飛び出した。


「やったぁ! やったよ! とうとう出られたよ!」


 巴は小さな子供のようにはしゃぎ、腕を大きく広げた。


 それはそうだろう。今まで出ていいのは病院の敷地内だけ。そこだけと限定され、それ以上の範囲にある景色を見たことない。


 自分の見たかったもの、そして知らないことが溢れる外の世界に、興奮を抑えきれないことは仕方のないこと。


 そんな巴を見て、翔もつい笑みを零してしまう。


 しかし、問題が一つ残る。


 ここから学校までどうやって巴を運ぶかだ。


 もちろん車での移動は無理だし、タクシー台の無ければバスや電車も学校まではない。


 となると、方法は一つ、押していくしかない。


 翔は事前に持って来た日傘を取り出し巴に影を作る。


夏の日差しは容赦なく体力を奪うのでできる限り体に負担をかけないようにしなければ。


「水筒持ってきたから、ちゃんと水分補給するんだぞ」


「うん。ありがと」


 巴は鼻歌まじりに上機嫌に体を揺らす。


 こんな巴を見るのは初めてだった。


いつも愛想笑いを浮かべ、平気な顔をして隠していたが、こんなにもここからと言える笑顔を見たことがない。


 やはり連れてきて正解だった。


 病院から車椅子を押して数十分経ち、ようやく校門に辿り着いた。


 すでに時刻は午後2時を回っており、部活動生もほとんどいない。


 二人は校門をくぐり、校庭の中を通る。そして、校舎の前で立ち止まった。


「ここが……翔くんの学校?」


「……ああ。多分、巴もここに通うことになってたはずだ」


「……そうだね。私も、病気なんかせず元気だったら同じ高校受けてたと思う」


 巴はゆっくりと目の前にそびえ立つ憧れでもあり、願いでもあった学校を見つめる。


 白いペンキはところどころ剥がれむき出しになったコンクリートや、何枚も並ぶ窓から微かに見える机や椅子のある教室。隣にある大きな体育館やプール、武道館に食堂。周りにある木々に広い校庭。


 そう。ここが、学校なのだ。


 巴は少しうつむき、手に持っている日傘をぎゅっと掴んだ。


「……どうしたんだ、巴……?」


 巴は潤んだ瞳から滲み出る涙をさっと拭き顔を上げる。


「ちょっと感傷的になっちゃった……。やっぱり、普通に学校に来たかった。普通に勉強して、普通に友達作って、普通に遊んで笑って泣いて、そして……恋をして……」


「巴……」


「でもね、やっぱり嬉しいっていう気持ちが強いかな。やっと、願いが叶ったから」


 巴はクルッと後ろを振り向き、屈託のない満面の笑みを浮かべる。


「ほんとにありがと、翔くん」


 その笑顔を見て、翔の顔が若干朱を帯びる。


「ま、まだお礼を言うのは早いぜ。これから中に入るんだからな」


「うん!」


 翔は車椅子を握り力を込め、二人は中に入った。




「やっぱり学校に入るなら靴箱からだよね」


 巴は下駄箱を見ていう。


「せっかくだから上履きに履き替えようぜ。空いてるところに靴を入れておこう」


 翔は事前に持ってきていた袋の中から新しい上履きを取り出し巴の足にはめる。


 もちろん、この上履きも購買で買ったもので、学校指定の物だ。


「うわぁ~、翔くんの学校はこの上履きなんだね」


 といっても、ごく普通の上履きで、小学生が使うような赤と青の種類があるあの上履きか変わらないのだが。


「さて、それじゃ行くぞ」


 翔は車椅子を押す。巴は上履きに興味を奪われ、嬉しそうに足をぶらぶらしていた。


 最初ということで、まずはいろいろな教室を回って行こうと考えている。


 いわゆる新入生がまずやる校内の案内である。


 せっかく来たのだから、いろいろ教えてやろう。


 まずは下駄箱から一階にある職員室や校長室、応接室や購買部、特別教室や実験室に研究室と案内する。


「やっぱり高校だといろんな教室があるね」


「そうだな。より専門的分野の勉強をすることになるからな。さて、それじゃ教室に行こうか」


「うん!」


 そして、一番の問題はここからである。


 この学校にというか、ほとんどの高等学校にエレベーターはないだろう。


 もちろん、この学校にもない。


 翔の借りたというより、翔のクラスは三階にある教室。そこまでどうやって巴を運ぶか。


 事前に考えてはいたが、やはりこれしかないと思うとちょっと肩が落ちてしまう。


 二人は階段のところまで来ると立ち止まり、巴が小さく声を上げた。


「あっ、そっか。エレベーターなんてないもんね。一階の教室に向かうの?」


 翔は軽く腕を回したり事前に準備運動をする。落としたら大変だからな。


「ちょっと待ってろよ」


「え? あ、うん……」


 翔は巴をその場に置いて、先に一人で上に上がっていく。そして少しして戻ってきた。


 軽く体を解すと、翔は巴の前で背を向けて腰を落とす。


「さ、乗れ」


「え?」


「だからおんぶだよ。俺が巴を背負って上まで行くの」


「で、でも、大丈夫なの?」


 巴はちょっとだけ顔を赤く染め、恥ずかしそうに問いかける。


「私……重いかもよ」


「どこをどう見たら重そうに見えるんだよ。すぐにポキッて折れそうなほど細い体してるくせに。ほら、早く乗れよ」


「う、うん……」


 巴は前のめりになり、翔の背中に体重をかける。


「しっかり捕まってろよ」


「うん」


「よし、行くぞ」


 翔は足に力を入れ立ち上がり、目の前の階段を一段ずつ登って行く。


 後ろに落ちないよう、ちょっと前進に体重をかけ、足を踏み外さぬよう注意しながら丁寧に上る。


「大丈夫? お、重くないかな?」


「平気だって。全然軽いぜ」


 そう。ほんとに軽かった。毎日健康に良い食事しかせず、脂肪もほとんどないのだろう。高校生の平均体重を軽く下回っているだろう。


 それほど軽く感じ、また命の軽さを知った。


 命は重くもあり、軽い。つまり、物理的重さでいえば、こんなにも軽い。簡単に持ち運びできるくらいだ。しかし、精神的に問われれば、とてつもなく重いものなのだ。


 翔はまた、責任を感じてしまった……。


 目的の三階に着くと、そこには椅子が置いてあった。翔は巴をゆっくりと降ろすとそこに座らせる。


 そして再び一階へと降り次は車椅子を取りに行った。


翔が戻ってくるまで椅子に座らせるためにわざわざ先に行ったのだ。


 おかげで三往復することになるが、安全を考えれば仕方がないこと。


「……ごめんね、翔くん。疲れたよね?」


「大丈夫だよ。気にすんな。ほら、とうとう教室だぞ」


「うん!」


 巴は嬉しそうにうなずく。


 翔は再び巴を車椅子に乗せ、自分の教室へと走らせた。

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