第十四章 貸出
巴の学校に行きたいという願い。
その願いを叶えるため、翔はファミレスで作戦を練る。
すでに学校側には教室の使用の許可は取ってあるので、あとはどうやって巴を連れて行くかだ。
午前中は検査や体力作り、昼食と人目に付くことが多い。決行するなら午後からが得策だろう。
それに、慎先生にはあまりばれない方がいいだろう。
この前、巴の外出を禁止したから、その許可も下りないはず。
ばれないよう、最善の注意を払いながら隠し通さなければ。
巴の移動手段は車椅子だから、自分が押して学校まで案内しなければならない。
病院から出る時も、看護婦や受付に見つからないようにしなければ。
ここまではいいが、一番重要なのは、学校で何をするかだ。
恐らく普通の学校生活を満喫したいのだろうが、参加人数は翔と巴のたったの二人。
二人だけで何ができるのだろうか。
授業をするとしても、翔自身そこまで成績が良いともいえない。
今度巴にいろいろ聞いてみよう。
あとはせっかくだから、制服などもあったら着させてやりたい。入院服で行っても、高校生という雰囲気を味わえないだろう。
女子の制服はもちろん持ってないから、誰かに借りなければならない。
しかし、貸してくれそうな人は誰かいるだろうか。
そのときだ。
「あ、せ、瀬川……くん……」
「ん?」
そこに立っていたのは同じクラスメイトの逢坂薺だった。
私服姿は初めてみたが、可愛らしい服装で普段と違って見える。
「よう、逢坂さん。一人?」
「う、うん。お、お母さんが仕事でいないから、ご、ご飯食べに来たの」
「そっか。ならそこ座れよ」
「えっ? い、いいの?」
「ああ、別にかまわないぞ」
「じゃ、じゃあ、座るね……」
薺は少しおどおどしながら座り、頬を少し朱に染め、視線をきょろきょろしていた。
「何か注文しろよ。俺のことは気にしなくていいから」
「あ、う、うん。ありがと……」
薺はメニューを見てハンバーグ定食を注文した。
そこから会話が途切れ、薺は何か話そうと話題を考える。
「え、えと……せ、瀬川くんは、こ、ここで何してるの?」
「ん? ああ、ちょっと考え事っていうか、やることがあってね」
「そ、そっか……。え、えと、夏休み始まったけど、な、何か予定はあるの?」
「そうだな、ずっと予定はある。……今年が一番忙しいだろうな」
「今年が? ま、毎年、何かしてるの、か、かな?」
「……ああ。罪滅ぼしってやつかな……」
翔はそっと外から見える夏空を見上げる。
中は冷房が効いており涼しいが、外は太陽からの放射熱で暑いのだろう。
青い空に白い雲がゆったりと揺らめいていた。
毎年、こんな空を見ていた気がする……。
薺は空を見る翔を見て、同じように見るが、いったい何を考えているのかまったくわからなかった。
注文した品が届き、薺はおいしそうにハンバーグを食べていく。
翔はその間も、巴をどう楽しませるかを考えていた。
やはり学校に行くのに、自分だけというのも寂しい気がする。
せっかくだから、女友達も欲しいだろうし。
もう少し、誰か暇な友達を誘うのもいいかもしれない。
しかし、女友達で誰がいただろうか。ま、それは後で考えよう。
やっぱりまずは制服の調達だな。
そこで翔はある人物、というより目の前の人物に気づき目をやる。
ファミレスの品なのにおいしそうに食べる薺は、数秒の後翔の視線に気づき、もぐもぐしながら恥ずかしそうにうつむく。
「あ、あのさ」
「は、はいっ」
「逢坂は夏休み、何か予定あるか?」
「えっ? よ、予定……ですか? その、お、お盆におばあちゃんの家に行くか、た、たまに友達と海に行ったりとか……かな……」
「じゃあ、明日時間ある?」
「あ、明日っ? え、えと、い、今のところ予定はないよ」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれ」
「……………………ええっ?」
薺は顔を真っ赤にさせ驚嘆な声を上げる。
これはデートってやつかな? もしかして、遊びに誘われているのかな?
「う、うん……。い、いいよ……。ど、どこに行くの……かな?」
「お前ん家」
「……ええぇっ?」
その日、二人は学校で待ち合わせ、そのあと逢坂の家に行くことになった。
隣同士歩き家へと向かう二人。
その間、薺はそわそわして落ち着きがなかった。
まさか、いきなり自分の家に招くことになるとは思わなかった。
いったい自分の家で何をするのだろうか。
男女が一つ屋根の下で同じ部屋ですること。
ならば……。
そう考えると、薺はボンッと顔を赤くする。
「ん? どうした、逢坂」
「い、いや、は、はは、は、な、何で、何でも……ない……よ」
「そうか」
薺はぶんぶん顔を振り煩悩を掻き消して心を落ち着かせる。
何も考えないようにしよう……。
薺の家は普通の一軒家だ。庭付きの二階建てで、レンガ造りの洋風で、中はフローリングで綺麗に輝いていた。綺麗に掃除してある。
学校から約十分くらいで、とても近い。時節聞こえる庭にいるペットの犬の声が聞こえた。
翔は薺の部屋に案内され、床に座りぐるっと見渡してみる。
全体的にピンク色を重視した感じで綺麗に整理整頓されていた。
ぬいぐるみが好きなのか、ベッドの上や棚に何体もある。
薺はお盆に乗ったお茶を持ってきた。
「ゆっくりしてね」
そういい冷えたお茶を翔の前に置く。
「ありがと」
翔は喉が渇いていたのでお茶に口をつける。
薺も同じようにお茶を飲み、そっと問いかけた。
「それで、あの……家に来て何するの?」
「ああ。頼みがあるんだ」
「う、うん。な、何かな?」
すると、翔は頭を下げてお願いしてきた。
「え?」
「頼む! お前の制服を貸してくれ!」
「せ、制服……?」
「何でもいい! 中学でもいつのでもいいから貸してくれ!」
「あ、その……そこまでいうなら……」
薺は立ち上がりクローゼットから制服を探し出す。
「あ、ありがと」
翔は安堵し再びお茶を飲む。
薺は制服を探しながら考え込む。
なんで制服が必要なのかな? しかも女子の制服なんて……。
まさか、制服が好きなのかな? そういう趣味を持っている人もいるそうだし……。
っていうことは、私の制服を使って……。
……もどかしい気持ちだな……。
薺は中学時代の制服を取り出し翔に渡す。
「サイズは今とさほど変わらないけど、これでいいかな?」
「ああ。多分逢坂を同じくらいの背丈だし、多分着られるだろう」
え? 着るの? でも、背丈って、普通に瀬川くんの方が高いし、サイズも明らかに違うような……。
薺は頭を悩ませ理解も整理もつかずぐるぐるなっている時だった。
「じゃあ、俺はこのあと用事があるから」
「え? もう行くの?」
「ああ。制服ありがと。今度クリーニングして返すよ」
「あ、うん。ありがと」
「それじゃ」
そういって翔は行ってしまった。
残された薺はぽつんとその場に座ったまま見送り、最後まで理解できずにいた。