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今度はお父様のご希望通りに致しますわ

作者: 弍口 いく
掲載日:2026/03/25

 数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。

 揺れるカーテンの隙間から子供たちの声が聞こえてくる。

 妹の孫たちがまた花園に来ているのね、花壇を踏み荒らしたりしなければいいのだけど。その花園は昔、父が側室だった私の母のために造ったものなんだから。


 病に侵されたこの体ではもう散策することも叶わない。

 今の季節なら色とりどりの花が咲き乱れて美しいでしょうね。でも花を摘んで見舞いに来てくれる人もいない。


 私はラーラ、このシーメルス王国の第一王女であり、女王である妹レーナの側近として長年、で仕えた女。若い頃はそれなりに美しいと言われたのよ、栗色の髪にヘーゼルの瞳、金髪碧眼のレーナのような華やかさはないけれど、清楚な淑女の鑑と言われていたのよ。


 父である国王が崩御して、即位した異母兄がたった二年で事故死して、急遽、正室の娘である妹レーナが女王の座に就いた。他国へ輿入れする予定だった側室の娘の私は、レーナの頼みで国に残り、混乱した国内情勢を鎮める手助けをした。そして、近隣諸国と交渉して平和条約を締結し、侵略の脅威も無くした。


 それからもレーナに協力した。頼りにされることは嬉しかったし、仕事は苦にならなかった。農地改革、治水対策、道路整備、教育の充実、国のために身を粉にして働いた。忙殺される日々を過ごして、アッという間に四十年もの歳月が流れた。


 気が付いた時には私の功績はすべて完成した書類に国璽を押しただけの女王が成し遂げた偉業とされていた。私の名は歴史の記録に残らない。なにもしなかった女王レーナが賢君として称えられた。


 そして、数年前、息子に王位を譲って勇退した今は大勢の孫に囲まれて穏やかな日々を過ごしている。


 名誉が欲しかったわけじゃないのよ、レーナはいつも言っていたの、『私を支えてくれるお姉様は感謝しているのよ、お姉さまにも幸せになってほしいの』と……なのに。

 レーナは王子三人、王女二人を産んで、育児に忙しい彼女に変わって政務をこなしていた私に自分のことを構っている余裕はなかった、自分の幸せを掴む暇などなかった。


 私の人生は何だったのだろう?


 私は一人……、病に侵された体を心配してくれる家族はいない。妹のため、この国のために尽くしたが、私に尽くしてくれる人はいない。気にかけてくれる人さえいない。


 やがて死を迎える瞬間も一人なのだろう。



   *   *   *



 私は棺に横たわる父を見下ろしていた。


 えっ?


 どういうこと? 私は誰にも看取られずに死出の旅へ出ようとしていたはずよ。これは死ぬ前に見る走馬灯というモノなのだろうか? それにしてはリアルすぎる。


 父が崩御したのは私が十八歳、突然の心臓発作だった。

 今は国葬が行われている最中のようだ。棺桶の蓋が閉じられて教会から運び出される。それを義母の王妃、異母兄グレゴリー王太子、異母妹のレーナ第二王女、そして私は見送った。


 まさか!!

 これは死に戻りなのかしら? 私は過去に戻ったの?

 私はパニックになり叫びそうになるのを必死で堪えた。





「それで、どうするんだ?」

 異母兄のグレゴリーが慌ただしく父の跡を継いで即位してから間もなく、面倒くさそうに私に尋ねた。


 私が過去に戻って一ヵ月弱、本当はまだ混乱したままだ。一度目の記憶通りに事は運んでいく。人々が話す内容も一言一句違わない。

 私は本当に死に戻ったのだろうか? 別に誰かを恨んでいるわけではないし、復讐したい人もいないのに。


 やり直し?

 なんのために?


「父上が進めていたお前の縁談、メルストラ帝国アーマンド皇帝の側室として嫁ぐ話だ。本来ならもうメルストラへ行っているはずだった、いつまでも保留には出来ないぞ」


 前年、グレゴリーの外交に同行してメルストラ帝国へ行った時に、皇帝が私を見初めたらしく是非にと請われた。父はこの話を受けて輿入れの準備を調えていた。


「お断りしてくださいな」

 私が返事をする前にレーナが口を挟んだ。

「アーマンド皇帝は父である前皇帝を無理やり幽閉して即位した冷徹な方なんでしょ、それに皇后との間には皇子二人と皇女がおられるではありませんか、今更、側室にお姉様を差し出す理由がわかりません」


 そう言われればそうなのだが、父が決めたことなのでメルストラ帝国へ行くつもりだったが、詩に戻る前の一度目はレーナが強硬に反対したので辞退したのだ。


「お父様は身分が低い側室腹のお姉様を軽んじておられたから、このような酷な仕打ちが出来るのです、でも、私は聡明なお姉様のことを尊敬していますわ、そしてお姉様にも幸せになってほしいです」


 そう言ってもらえて私は嬉しかった。身分の低い側室から生まれた私はなにかと冷遇されていた。でもレーナは私を姉として認めてくれていた、そう思っていたのに。


 今ならわかる、一番蔑んでいたのはレーナ、自分の傍に置いて見下しながら優越感に浸っていたのよね。だから側室とは言え、我がシーメルス王国の五倍の国土を持つメルストラ帝国の王族になれば、ここに居るよりも贅沢な暮らしができる、それが許せなかったのだろう。


 せっかく死に戻って冷静に考えられた二回目だから、レーナは無視して違う選択をしてみましょう。


「メルストラ帝国と縁を結ぶことが出来れば国益に繋がります、お父様のご希望通りに致しますわ」

 私はグレゴリーにそう返事をした。


 前回と同じだとすると、グレゴリーの時代はすぐに終わる。二年後、狩りの最中に落馬して呆気なく亡くなるからだ。私は一応、狩りには気を付けるように言い残したが、きっと見下している私の言葉など馬耳東風だろう。


 そして、父の喪が明けぬうちから、とっととメルストラ帝国へ旅立った。



   *   *   *



 そうして私はメルストラ帝国へ輿入れした。一度しか会ったことがないアーマンド皇帝は十五歳年上の三十三歳、銀色の髪にアイスブルーの瞳、端正な顔立ちで表情に乏しく、見た目からして冷たそうな方だった。


 皇后のマーニャ妃は三十二歳、アーマンド陛下との間には十一歳と五歳の皇子、八歳の皇女がいる。ハニーブロンドに翡翠の瞳のたいそう美しい方だった。しかし、彼女は病魔に侵され余命いくばくもなかった。

 秘密にされていたが、それが側室を迎えた理由だった。


「手は尽くしているがマーニャはもう長くない、マーニャが亡くなった後、お前を皇后にする予定だ。お前を見初めたのはマーニャなのだ。一年前、ろくに我が国の言葉を話せない王太子の補佐として訪れたお前の優秀さは誰の目にも明らかだった。しかし、側室の子と蔑まれているは見るに堪えなかった。お前の価値をわからない国に埋もれさせておくのは勿体ない、お前なら立派に皇后としての役目を果たしてくれると期待している」


 そうだ、あの時、王太子である兄グレゴリー初の外交、しかし語学力が不安だったので父が私を同行させた。兄は不服そうだったが私は周辺所諸国の五か国語を完璧にマスターしていた。

 能力に期待されているとわかり嬉しかった。しかし。


「それから最初に言っておくが、皇子が二人と皇女が一人いる、もう跡継ぎは必要ないので、お前との間に子をもうけるつもりはない」

 白い結婚なのか……。せっかく死に戻ったのに、この人生でも私は子を持つことが出来ないのか。


 そう思った瞬間、涙が溢れた。

 また独りぼっちで最期を迎えることになるのね。


「すまない、後継者争いをさせたくないのだ。父には五人の側室がいてそれぞれに皇子がいた。父が優秀な者を跡継ぎにすると宣言したので、苛烈な争いが繰り広げられ、私も何度も毒を盛られて死にかけた。他の兄弟はみな死んだ。生き残った私が皇太子になったのだ。そんな経緯があるから私は側室を持たなかった。しかし、自分の病を知ったマーニャが、自分が亡き後の私と子供たちを心配してお前を選んだ」


 殿下は私を優しく抱きしめてくれた。

「子は諦めてもらうが、お前のことは大切にすると誓う」


 白い結婚ではなかった。

 殿下は私を優しく愛してくれた。

 ただ、避妊薬を飲まされたけど。



   *   *   *



 メルストラ帝国へ嫁いで二年後、前回と同じく、兄グレゴリーが狩りの最中に落馬して亡くなった。

 そしてレーナが女王として即位した。


 この時、レーナには選択肢があった。直系はレーナ一人だが、臣籍降下した王弟の子息令嬢の中から次の王を選出してもなんら問題はなかったのだ。しかし彼女は女王になる荊の道を選択した。前回のように陰となって支える私はいないのに、自分の能力を過信していた。


 彼女の戴冠式には参列できなかった。

 ちょうど、マーニャ皇后の崩御が重なったからだ。喪に服していた私たちは出席を辞退した。





「マーニャの代わりになろうなんて思うなよ」

 マーニャ様の国葬が終わった後、アーマンド様が言った。

「心得ております、私は皇后の執務をするために雇われたようなもの、この婚姻は契約なのですから……。マーニャ様を愛しておられたのでしょ、その気持ちに踏み込むような真似は致しません」


「違う、そういう意味でない。お前はお前以外の何者でもない、マーニャの代用品ではないと言うことだ」

「えっ?」

「お前は美しく聡明なのに、なぜだろう、自己評価が低すぎる」

 陛下は私を抱き寄せた。


「誰の代わりでもない、お前自身を愛している」





 一年後、マーニャ様の喪が明け、私は正式に皇后となった。

 アーマンド陛下は私を積極的に政務に携わらせてくれた。働くことは好きだ、陛下の力になれるのならそれでいい、一度目の人生のように陰でもいいのだ。私はそういう性分なのね。


 しかし陛下は一度目の人生のレーナと違い、私の働きは私の功績として認めてくださる。やがてアーマンド陛下を支える賢妃と言われるようになった。





 前回の記憶と同じく女王となったレーナだが、今回は彼女の陰となって支える私がいない。可愛い笑顔と保護欲をそそる涙だけで政治は出来ない、レーナの時世は三年と持たなかった。


 混乱を極めたシーメルス王国存続の危機に立ち上がったのは、私たちの従妹ミンタだった。臣籍降下した元王弟の長女、まだ王立学園を卒業したばかりの十八歳の従妹が王位に就くことになった。


 面識はあるものの少し年が離れているので、親しい付き合いはなかったが、利発そうな子だった覚えはある。



   *   *   *



 私とアーマンド様はミンタの戴冠式に招待された。


 その席にレーナの姿はなかった。

 レーナは王都から遠く離れた離宮に移ったらしい。王配には愛人がいるので一緒に行くことを拒まれ、結局、離婚することになるだろうとのことだった。


 レーナを憎んでいたわけではないから、ざまぁとは思わない。むしろ同情した。彼女の心の中はともかく、物理的に危害を加えられたわけでもないし、一度目の人生、彼女にずいぶん利用されたけど、それも私自身が選んだ人生だった。優しい言葉に騙されてそんな道を選ばされたのだったとしても、私が選んだのだ。





「こうやってお話しするのは何年ぶりでしょうか」

 新女王となった従妹ミンタと二人で話をする機会があった。


「そうですね、前にお会いした時はまだ十歳くらいだったかしら、本当にご立派になられて」

「ラーラ様のお陰で王位に就くことが出来ましたわ、ありがとうございます」

「私のお陰?」


「ええ、あなたがメルストラ帝国へ嫁ぎ、シーメルス王国から籍が抜けたからです」

「えっ? 意味がわからないのだけど」

「やはり、あなたはお聞きになってなかったのですね、シーメルス王家の秘められた能力ちからの話を」

「能力?」


「大国に囲まれた小国のシーメルス王国が生き延びて来られたのは、王家に受け継がれる未来を見る能力のお陰なんです」

「未来を見る?」

「予知とでも言いましょうか、それにより危機を避け、よりよい未来を選択することが出来たのです。あなたにも覚えがあるのではないですか?」


「まさか、あれは……」

 未来を見てきたの?

 私は愕然とした。


 一度目の人生だと思っていたのは、実際に体験したわけではなく未来を見ただけだったの? 死に戻ったわけではなかった? あれは未来を見る能力によって、駆け足でシーメルス王国に残った場合の未来を見たの?


 信じられない……あんなにリアルだったのに!


「まさかあれがそんな能力だったなんて……。私はてっきり死に戻ったのかと思っていたんです」

 動揺を隠せない私を見てミンタはクスっと笑みを漏らした。


「あなたのお父上が亡くなられた時、あなたが受け継がれたのでしょう。でも、それを説明してくれる人がいないまま、あなたも自分に能力が受け継がれたことに気付かないまま、すぐにシーメルス王国の王籍から抜けたので、次は私に受け継がれたのです」


「父に予知能力があったのなら、自分の死を回避できたのではないのですか?」

「人間の寿命を変えることはできません、それは神の領域ですからね、それから王族の誰に引き継がれるかもわからないようだから迂闊に口に出来なかったでしょう」


「あなたも未来を見たのですか?」

「私は不思議な夢を見たと父に相談しました。父はこの能力のことを先代から聞いていたので、私が受け継いだことがすぐにわかったのです」


 でも父が、私が見たものと同じ未来を見ていたとしたら、なぜ私をメルストラ帝国へ出そうとしたの? 私が残ってレーナの補佐をして国政に携わったこの国は繁栄していた。なぜ、その未来を選ばなかったの?


 父はレーナが失脚して姪のミンタが王位に就く未来も見ていたのかしら、そしてそちらを選択しようとしたということ?


「未来はいくつもに分かれている、どれを選ぶかはその人の選択にかかっています。伯父様はあなたが国に残った場合の未来も見ていたはずです。その上であなたをこの国から出すことを選んだ」


「私が治めるこの国より、あなたが治めるほうがシーメルス王国に明るい未来をもたらすと判断したのですね」

 一度目の人生……基、予知した未来では私、頑張ってこの国を繫栄させたんだけどな……。


「そうとも限りませんよ。あなたが才女であることは存じています、きっとあなたがこの国に残った未来も、この国に繁栄をもたらしたでしょう。でも、思うんです、きっと伯父様はあなたの幸せを優先したのではないのかと」


 えっ? 父はこの国の繁栄より、私の幸せを考えてくれたと言うこと?


『お前は器用貧乏な上、要領が悪いからな、下手をしたら利用されて使い捨てられるのがオチだ』

 お父様はいつもそんなことを言って私をバカにしていた。周囲の人間も私は疎まれていると思っていた。でも、本当は私を一番理解してくださっていたのはお父様だったのかも……。


 優しい言葉を言う人が本当に優しいとは限らないのはレーナがいい例だ。肝心なのは、本当に私のことを思ってかけてくれる言葉。父は私にことさら厳しかったが、私のことを思っていてくれたのかも知れない。


 そうか……父はレーナの本性を見抜いていたから、私が使い捨てられる未来を避けるために、アーマンド様を見込んで嫁がせたのね。


 目頭が熱くなった。

 私は父に愛されていたのね。


「レーナ様のことなら心配はご無用ですわよ、彼女は強運の持ち主ですから、どう転んでも幸せを掴み取りますよ」

 肩を竦めて笑みを浮かべるミンタは、女王と言うよりまだ十八歳の少女だった。


 メルストラ帝国の人間となった私にはもう未来を見る力はない。でもミンタが治めるこの国の未来が明るいことは見えるわ。



   *   *   *



 それから三十五年、寿命自体は変わらないと言ったミンタの言葉通り、私は病状に伏していた。


 五年前にアーマンド様は先に逝かれた。

 私は独りぼっち、前回の人生と同じく、誰にも看取られることなく一人で死出の旅に出るのか……と思っていたが。


「お祖母様、ご気分は如何ですか?」

「早く元気になってください」

「また庭園を散策しましょう」

 息子と娘、その孫たちが毎日、代わる代わる見舞いに来てくれる。


 最初に宣言された通り私は子供を授かれなかったから血の繋がった家族ではない。だが、マーニャ様の子供たちが私を慕ってくれたのだ。


 マーニャ様が亡くなられた時、二人の皇子と一人の皇女は難しい年頃だった。しかしマーニャ様が言い含めてくださっていたのだろう、三人とも私によく懐いてくれて、義母と言うより、姉のように慕ってくれた。実の子は持てなかったが、私は三人の子持ちになった。

 そして、その子供たちも私を祖母として慕ってくれる。


 人生にはいくつかの分岐点がある。その時、どの道を選ぶかで人生は大きく変わる。


 私が選んだこの人生は大勢の人に看取ってもらえそうだ。


  おしまい


 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 ☆で評価、ブクマなどしていただけると励みになります。よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
 ラーラが、レーナに言葉巧みに搾取される人生ではなく、自分自身の幸せを掴める人生を送ることが出来て良かったです。  それにしても、父王は不器用だったのか、それとも正妃の手前、表立ってラーラに愛情を示す…
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