第7話:『神官よ、死者を蘇らせてどうする』
白亜の荘厳な輝きを放つ宗教都市サンクトゥス。その堅牢な城門が我々の背後でゆっくりと閉ざされていく光景は、まるで一つの時代の終わりと、新たな、そして予測不可能な時代の幕開けを象徴しているかのようであった。神聖な加護に満ちた聖地を後にして始まった俺たちの旅は、もはや統率という概念がビッグバンによって宇宙が生まれるよりも遥か以前に消滅してしまったかのような、混沌そのものと化していた。
一体、どこの誰が言った言葉だったか。「人数が増えれば、それだけ旅は楽になる」などと。それはきっと、規律と常識をわきまえた人間たちの集団に限った話なのだろう。俺たちの場合、一行の人数と道中で発生するトラブルの数は、まるで数学の教科書に載せたいほど美しい、完璧な正比例の関係を描き出していたのだ。旅の安全と精神の平穏は、仲間が増えるごとに反比例して急降下していく。それが、俺の率いる勇者一行の厳然たる現実であった。
「聖勇者様! 大変長らくお待たせいたしました! 本日の女神講座のお時間がやって参りました!」
俺の右側、ほんの数センチの距離をぴったりとキープしながら馬を並走させるのは、敬虔さのあまり、その信仰心が完全に常識の軌道を外れて明後日の方向に驀進しているクルセイダー、アンジェラである。彼女は器用にも、揺れる馬上で常に半身をこちらに向け、その瞳をキラキラと星屑のように輝かせながら、もはやオリジナルのファンタジー小説の領域に片足を突っ込んだ女神教の独自解釈教義を、朗々と説いてくるのだ。
「本日の輝かしいテーマは、こちら!『女神様と豆料理の意外にして深遠なる関係』についてでございます! 聖勇者様はご存知でいらっしゃいましたか? 我らが慈愛に満ちた女神ソフィア様は、その有り余る神通力を維持なされるため、三日三晩、聖なる泉から汲み上げた聖水にじっくりと浸した特殊な豆を食しておられるという、驚愕の事実を!」
「は、はあ……左様でございますか……」
もはや、そう相槌を打つことしか俺にはできない。彼女の女神に対する熱意と忠誠心は一点の曇りもなく本物なのだが、その熱意から生み出される教義の内容が、あまりにも現実からぶっ飛びすぎている。ここで下手に疑問を呈しようものなら、彼女の超解釈はさらに加速し、三十分はゆうに超えるであろう追加講義が始まってしまうことを、俺はこれまでの経験で嫌というほど学んでいた。
「左様でございます! しかもその豆とは、ただの豆ではございません! 聖地の土壌の中でも、特に太陽の光と月の魔力を均等に浴びた聖域でしか栽培できない『ルナ・ソーレ・ビーン』と呼ばれる奇跡の豆なのでございます! これを食することで、女神様は昼夜を問わず、我々衆生をお見守りくださる力を得られるのです! なんと、ありがたきことでしょうか!」
ありがたいのだろうが、俺の脳の処理能力はとっくに限界を超えている。そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、今度は左側から甲高い声が飛んできた。
「師匠の右側は、私が護衛すると何度言ったら理解できるのですか! 速やかにそこを離れなさい、筋肉ダルマのクルセイダー!」
「なんですって! 聞き捨てなりませんわね! 聖勇者様のお側に侍り、その御身をお守りするのは、女神様の教えを正しく(と、本人は信じ込んでいる)理解する、この私こそが最も相応しいのです! 貴女のような、些細なことで魔力を暴発させて周囲に被害を撒き散らすだけの歩く危険物は、今すぐお下がりなさいませ!」
俺の左側では、俺の弟子を自称する魔法使いのセレスティアと、敬虔なるクルセイダーのアンジェラが、俺の隣という、ただそれだけのポジションを巡って、互いの存在意義をかけた熾烈な口論を繰り広げている。一方は魔法の脅威を、もう一方は物理的な圧力を背景に、一歩も引く気はないようだ。
「そもそも、議論の余地なんてないわよ! ユウキの隣は、この中で一番の古株である、あたしの特等席なんだから!」
「いえ、ユウキの死角となる背後を守るのは、斥候である私の最も重要な役目です! 皆さんは前方の守りに集中してください!」
「そもそも論で言わせていただくなら、ユウキの所有権は……」
そこに、快活な剣士のサラと冷静沈着なはずの斥候リナまでが当然のように参戦し、最終的には誰かが口走った「所有権」という物騒極まりない単語が飛び交うに至って、事態は完全に収拾不能なカオスへと陥っていた。俺はそのカオスの中心、いわば台風の目の中で、ただただ遠い目をしながら、流れていく赤茶けた荒野の風景を眺めることしかできなかった。
街道の風景は、聖地サンクトゥスの瑞々しい生命力に満ちた緑から、まるで血の色が染み付いて乾いたかのような、赤茶けた岩肌が目立つ乾燥した荒野へとその姿を大きく変えていた。乾ききった風がヒューヒューと音を立てて吹き抜け、巻き上げられた土埃の匂いが常に鼻をつく。そんな殺伐として心まで乾いてしまいそうな旅路も、この仲間たちが織りなす喧騒の前では、些細な背景と化してしまうのだから皮肉なものだ。
そんなカオスな一行から、いつも通り少しだけ距離を置いて、優雅に馬を進める影が一つ。女神ソフィアだ。その完璧なまでに計算された微笑みは健在だが、その深く澄んだ青い瞳の奥に宿る光は、明らかに以前とは違う、複雑で捉えどころのない色合いを帯び始めていることに、果たして何人が気づいていただろうか。彼女の内に秘められた嫉妬は、もはやユウキの身に幸運をもたらす「無意識の小奇跡」という可愛らしい段階をとうに卒業し、より巧妙で、より意図的で、そしてより悪質な「妨害工作」へと、着実な進化を遂げていたのである。
例えば、こんなことがあった。一行が昼食のために小休止を取っていた時のことだ。サラが、早起きして腕によりをかけて作ったというサンドイッチを、頬を少し赤らめながら俺に差し出した、まさにその時だった。
「ユウキ、これ、あたしが作ったんだけど……食うか?」
彼女の言葉が終わるか終わらないかの刹那、ヒュン、と空気を切り裂く鋭い音が響いた。次の瞬間、どこからともなく一羽のハヤブサが信じられないほどの精度で急降下し、サラの手の中にあったはずのサンドイッチだけを、まるで熟練の盗賊のように見事に掻っ攫って、瞬く間に蒼穹の彼方へと飛び去っていったのだ。残されたのは、呆然と立ち尽くすサラと、彼女の手の中に微かに残るパン屑だけだった。
「あーっ! あたしがユウキのために作ったサンドイッチがーっ!」
何が起こったのか理解できず、ただ空を見上げて絶叫するサラ。その隣で、ソフィアは心底気の毒そうな表情を浮かべ、「あらあら、お可哀想に。よほどお腹を空かせた、食いしん坊な鳥がいたのですね」と、完璧な淑女の笑みを湛えて呟いた。だが、その瞳の奥は、微塵も笑ってなどいなかった。むしろ、計画通りに事が運んだことへの、冷徹な満足感に満ちていた。
またある時は、セレスティアが俺の戦闘能力を向上させようと躍起になっていた時のことだ。
「師匠! 今度こそ、完璧な補助魔法をお見せします! これまでの失敗を糧に、完璧に制御された魔力で、師匠の身体能力を飛躍的に向上させる『ヘイスト』です! ご覧ください!」
彼女は自信満々にそう宣言し、真新しい杖を俺に向かってまっすぐに構えた。その杖の先端に、眩い光の粒子が集束し始めた、その時。
「は、は、はっくしょん!」
ありえない。本当に、ありえないタイミングで、セレスティアは乙女にあるまじき盛大なくしゃみをした。その衝撃で、彼女の手から杖がすっぽ抜け、綺麗な放物線を描いて明後日の方向に飛んでいき、近くに生えていた巨大なサボテンのど真ん中に、ブスリと深く突き刺さった。
「あわわわわ……わ、私の杖が……サボテンの棘まみれに……」
「おや、この辺りは埃っぽいせいでしょうか。どうぞ、お大事になさってくださいね、セレスティアさん」
ソフィアは、まるで我がことのように心底心配しているかのような表情で、純白のハンカチをさっと取り出してセレスティアに差し出した。だが、その一連の行動は、セレスティアの魔法を未然に防ぎ、彼女がユウキに「貢献」する機会を、結果的に、しかし完璧に潰していたのだ。
彼女の妨害工作は、あまりにも自然で、あまりにも巧妙だった。誰もがそれを「不運な偶然の連鎖」としか思わない。ハヤブサも、くしゃみも、全ては神の気まぐれか、あるいは単なるアンラッキーな出来事。ソフィア自身も、これはあくまで「聖勇者であるユウキの旅の安全を確保するための、女神としての当然の配慮」なのだと、自分自身に強く言い聞かせていた。ユウキの周りにまとわりつく、鬱陶しくて質の悪い虫を、事前に排除しているだけなのだ、と。
その行為が、女神としてあるまじき、醜く燃え盛る「嫉妬」という感情から来るものだと、彼女はまだ、頑として認めたくはなかった。その高潔なプライドが、それを許さなかったのである。
◇
赤茶けた荒野の旅を続けること数日。俺たちは、古びた地図に辛うじてその名が記されていた、寂れた鉱山の村「ダストピット」に到着した。
その村は、まさにその名の通り、まるで世界から色彩という概念を根こそぎ奪い去られてしまったかのような、モノクロームの場所だった。
俺たちの故郷でもある白亜の聖地サンクトゥスとは、何もかもが対照的だった。目に映る建物は、すべてがくすんで色褪せた灰色の木材でできており、その屋根には長年降り積もったのであろう分厚い粉塵が、まるで雪のように積もっている。この地に絶え間なく吹き荒れる乾いた風が、地面から舞い上がった灰色の土埃を常に村全体に纏わせ、まるで霧の中にいるかのような錯覚さえ覚えさせた。
道を往く人々の顔にも、生命力と呼べるものは微塵も感じられない。誰もが皆、その肩に重い疲労と、抗うことをやめた諦念の色を濃くにじませ、俯きがちに、ただ黙々と歩いている。すれ違う者たちの瞳は虚ろで、まるで魂が抜け落ちてしまったかのようだ。村に唯一あるという酒場に足を踏み入れても、その重苦しい空気は変わらなかった。客はまばらで、店内に聞こえてくるのは、乾いた荒い咳払いと、人生の重みを吐き出すような深いため息ばかり。希望という言葉が、この村の辞書からは、とうの昔に削除されてしまったかのようだった。
俺たちは村の長老と名乗る、深い皺が刻まれた老人から話を聞くことができた。彼の語る内容は、この村の絶望的な状況を裏付けるものだった。この村の唯一の収入源であった鉄鉱山が、数週間前から突如としてアンデッドが大量発生したせいで、完全な閉鎖に追い込まれているのだという。冒険者ギルドに正式な討伐依頼を出すほどの金もなく、村に残された男たちで討伐を試みたが、返り討ちにあい、犠牲者まで出してしまった。もはや打つ手はなく、村は、ただゆっくりと、しかし確実に死に向かって進んでいるだけの状態だった。
「……依頼、受けましょう」
気づけば俺は、長老の節くれだって冷たくなった手を、両手で固く握りしめていた。提示された報酬は、村に残されたなけなしの黒パンと干し肉だけ。危険なアンデッド討伐の対価としては、到底割に合う仕事ではない。だが、この乾ききった村に住む人々の、光を失った瞳を見てしまった以上、彼らを見捨てて立ち去ることは、俺には到底できなかった。
「おお、聖勇者様! なんと慈悲深く、勇敢なるご決断! これぞ、女神様の御心に適う、聖なる戦い! すなわち聖戦でございます!」
俺の決断に、アンジェラだけが一人、瞳を爛々と輝かせ、まるで勝利を確信したかのように固く握った拳を天に突き上げている。その熱狂ぶりは、もはや様式美ですらあった。
他のメンバーはといえば、「まあ、このお人好しリーダーが決めたんなら、仕方ねえか」といった顔で、やれやれと肩をすくめている。口では文句を言う者もいるが、結局は俺の決定に従ってくれる。そんな仲間たちの存在が、今の俺にとっては唯一の救いだった。
◇
問題の廃鉱は、村から少し離れた、ごつごつとした岩山の麓に、まるで大地に開いた巨大な傷口のように、ぽっかりと黒い口を開けていた。
その入り口に立つだけで、ひんやりとした湿っぽい空気が、まるで死者が吐き出した最後の息のように、内側から絶え間なく流れ出してくる。ツンと鼻を突くカビの匂いと、錆びついた鉄の匂いが混じり合った、形容しがたい不快な臭気。そして、坑道の奥深く、漆黒の闇からは、ううう……という呻き声や、カシャ、カシャ……と骨が擦れ合うような乾いた音、聞きたくもない効果音のオンパレードが、絶え間なく聞こえてくる。ここが、まともな生物の住処でないことは明らかだった。
「……よし、覚悟を決めて行くか」
俺の合図で、一行はそれぞれが手にした松明の頼りない明かりを頼りに、その暗黒の迷宮へと、慎重に足を踏み入れた。
坑道の中は、俺たちの想像を遥かに超える、まさに悪夢のような光景が広がっていた。
壁からは、常にじっとりと冷たい水が染み出し、足元はぬかるんで一歩進むごとに気味の悪い音を立てる。天井からは、鍾乳洞のように、鋭く尖った不気味な形の鉱物が無数に垂れ下がり、俺たちが持つ松明の光を鈍く、ぬらぬらと反射していた。その光景は、まるで巨大な怪物の食道の中を進んでいるような錯覚を覚えさせる。
そして、ついに現れた。アンデッドの群れだ。
腐り落ちかけた肉をずるずると引きずりながら、虚ろな目でこちらに手を伸ばしてくるゾンビ。全身の骨をカシャカシャときしませながら、かつて鉱夫が使っていたのであろう錆びたツルハシを、無秩序に振りかざすスケルトン。その数が、尋常ではなかった。坑道の先が見えなくなるほど、びっしりと奴らで埋め尽くされている。
「うおおお! このあたしに続けぇ!」
誰よりも早く、サラが雄叫びを上げて先陣を切った。その勇ましさは本物だ。しかし、彼女は勢いよく三歩進んだところで、右と左に分かれる坑道の分岐点を見て、完全にフリーズしてしまった。
「ど、どっちだ!? こっちか! いや、あっちか!? ユウキ、どっち!?」
見事に、戦闘開始わずか数秒で、その場で迷子になっていた。致命的な方向音痴は、こんな場所でも健在らしい。
「どきな、嬢ちゃん! そんな奴らは、この俺様の剣の錆にしてやるぜ!」
そんなサラを追い越し、歴戦の傭兵ジンが、自慢の大剣を構えてスケルトンの一団に勇猛果敢に斬りかかった。しかし、彼はぬかるんだ地面に足を取られ、体勢を崩し、まるでコメディ映画のワンシーンのように派手な音を立ててすっ転んだ。
「ぐはっ!」
泥まみれになったジンは、アンデッドに攻撃される前に、地面に顔面を強打して自滅していた。
「皆さん、どうかお下がりください! ここは私の魔法で、一網打尽に!」
セレスティアが、今こそ名誉挽回の時とばかりに杖を構えた。
「闇を打ち払う聖なる光よ、我らの進むべき道を照らしたまえ! 『ライト(灯り)』!」
彼女がそう高らかに叫んだ瞬間、アンデッドではなく、なぜか俺たち仲間が身につけている鎧や武器が、まるで真昼の太陽のように、目も眩むほどのまばゆい光を放ち始めた。ピカーッ!
「「「目が、目がああああああ!」」」
敵も味方も、全員がそのあまりに強烈な光に視界を奪われ、完全に目が眩み、行動不能に陥った。まさかの無差別攻撃である。
「女神の聖なる光よ! この世の邪悪をことごとく打ち滅ぼせ!」
ただ一人、アンジェラだけが、常軌を逸した気合と信仰心だけで視力を回復させ、その巨大なウォーハンマーをブンブンと振り回した。しかし、視界が不確かな中での一撃は、アンデッドではなく、坑道の天井を支えている太い木製の柱にクリーンヒットしてしまった。
メキメキッ! バキィッ!
ガラガラガラッ!
凄まじい轟音と共に、天井から大量の岩石が、まるで豪雨のように降り注いでくる。落盤だ。
もはや、戦闘どころではない。アンデッドとの戦いですらなく、ただの、統率の取れていない集団による壮大な自滅劇だ。
「あああああ! もう、めちゃくちゃだぁぁぁぁ!」
俺たちが、迫り来るアンデッドの群れと、信頼すべき仲間たちが引き起こした二次災害に挟まれ、絶体絶命のピンチに陥った、まさにその時だった。
◇
「あらあら、皆様、大変お困りのようですね」
その声は、この世のあらゆる絶望を洗い流すかのように、おっとりとしていて、優しげだった。坑道の、さらに奥の闇から、その声は聞こえてきた。
松明の光の中に、ふわりと白い影が浮かび上がる。姿を現したのは、一人の、どこからどう見ても清純そうな神官僧侶の少女だった。汚れ一つない純白の僧衣を身にまとい、腰まで届くほどの長く柔らかな栗色の髪が、彼女の動きに合わせてさらりと揺れる。その大きな瞳は、困っている人を見過ごすことのできない、底なしの心優しさに満ちていた。
「アンデッドの皆さん、成仏できずにお苦しいのですね……。かわいそうに……。安らかな眠りにつけるように、この私が、お手伝いしますね」
彼女は、目の前にいるおぞましいアンデッドたちを前にしても、全く臆した様子もなく、むしろ慈愛に満ちた表情で、そっと胸の前で静かに祈りを捧げ始めた。
その姿は、まさしく物語に登場する聖女そのもの。あまりの神々しさに、先ほどまでパニックに陥っていた仲間たちも、「助かった……」「本物の聖職者だ……」と安堵の息を漏らした。
神官僧侶――マリアと名乗った彼女は、その透き通るような美しい声で、祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「おお、天にまします聖なる光よ。永劫の闇を彷徨い続ける、哀れな魂たちに、どうか安らぎの眠りを与えたまえ……。そして、その朽ち果ててしまった肉体に、再び、温かく力強い命の息吹を!」
……ん?
今、何か、最後の一文が致命的におかしくなかったか? 俺の耳がおかしくなったのだろうか。「安らぎの眠り」と「命の息吹」は、どう考えても両立しない概念のはずだ。
俺の抱いた一瞬の違和感など気にも留めず、マリアは、その祈りの総仕上げとばかりに、両手を高々と天に掲げ、満面の笑みで高らかに宣言した。
「『リザレクション(完全蘇生)』!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
坑道全体が、これまで感じたことのないほど凄まじい神聖な光に包まれた。それは、邪悪を浄化する清らかな光のはずだった。
だが、その光は、アンデッドたちを浄化し、安らかな眠りにつかせ、消滅させるものではなかった。
むしろ、その効果は全くの、正反対だった。
聖なる光を浴びたゾンビたちの、腐りかけていたはずの肉が、みるみるうちに盛り上がり、生前の屈強な鉱夫だった頃を遥かに凌ぐ、ムキムキのパーフェクトボディへと変貌していく。骨だけだったスケルトンたちの骨格は、まるでミスリル銀のように白く、そして硬質に輝き始め、空っぽだったはずのその眼窩には、明らかに知性と理性の光が宿り始めた。
「「「「グオオオオオオオオオ!(なんか、よく分からんけど、すっげえ、パワーアップしたアアアアア!)」」」」
アンデッドたちは、浄化されるどころか、生前の筋力、生命力、そして失われていたはずの知能までをも完璧に取り戻し、より強力で、より凶悪で、そして何より知恵の働く、「スーパーアンデッド」として、その場に完全復活を遂げてしまったのだ。
見よ、筋肉モリモリのマッチョゾンビが、自慢の上腕二頭筋を誇示するかのように、次々とボディビルのポージングを決めている。見るからに賢そうなスケルトンナイトは、持っていた錆びたツルハシをポイと捨て、近くの地面に落ちていた新品同様の剣を拾い上げ、流れるような剣術の型を披露し始めた。
そして、なぜか。パワーアップさせてくれた大恩人とばかりに、スーパーアンデッドたちは、祈りを終えて呆然としているマリアを優しく担ぎ上げ、ワッショイワッショイと、歓喜の胴上げを始めたのである。
「あわわわわわわ、またやっちゃいました~! ごめんなさ~い!」
スーパーアンデッド軍団に高々と胴上げされながら、マリアは、ようやく自分のしでかしたことの重大さに気づき、両手で頭を抱えて、大声で泣き出した。
そう、このダストピットを襲ったアンデッド騒動の、すべての元凶は、この、うっかり聖女にして、とんでもない天然ドジ神官、マリアだったのである。
◇
「……もう、どうにでもなれええええええ!」
知性まで手に入れたスーパーアンデッド軍団に完全に包囲され、今度こそ本当に万事休すかと思われた、その時。
俺は、もはやヤケクソで、腰に差していた女神様謹製の聖剣を、ありったけの力任せに振り回した。
その一振りは、俺の自暴自棄な感情に呼応したのか、聖なる光の津波となり、坑道全体を洗い流した。圧倒的な光の奔流に飲み込まれたスーパーアンデッドたちは、今度こそ「ありがとう、マッチョになれて、俺の人生(?)に一片の悔いなし……」的な、妙に満足げな断末魔を残し、キラキラとした光の粒子となって消えていった。
戦いが終わり、俺たちは疲労困憊の体で村に戻った。しかし、村人たちは、騒動の元凶であるマリアを、決して許しはしなかった。
「この疫病神め!」「お前のせいで、鉱山はめちゃくちゃだ! 被害が拡大したんだぞ!」「この村から出ていけ!」
村人たちから石を投げつけられ、罵声を浴びせられ、マリアはただただ、その場に小さくうずくまって、声を殺して泣いていた。
その姿を見て、俺は、もう、居ても立ってもいられなかった。この状況を生み出したのは彼女のドジだが、彼女に悪意がなかったことは誰の目にも明らかだったからだ。
俺は、彼女の前に進み出て、村人たちの石からその小さな背中をかばうように立った。そして、いつもの、自分でも厄介だと思っているお人好しが、自然と口をついて出た。
「じゃあ、俺たちと一緒に来いよ!」
俺は、泣きじゃくるマリアに向かって、優しく、手を差し伸べた。
「あんたのその力、使い方さえ間違えなければ、きっと何かの役には立つって。大丈夫、俺がなんとかするから」
その、瞬間だった。
「お待ち、ユウキ」
凛とした、しかし、まるで冬の湖面を思わせる氷のように冷たい声が、俺の言葉を遮った。
声の主は、ソフィアだった。
彼女が、俺とマリアの間に、静かに、しかし、決して退くことのない毅然とした態度で立ちはだかった。
その神々しいほどに美しい顔からは、これまで常に浮かべていた、あの完璧な微笑みが、綺麗さっぱり消え去っていた。その深く澄んだ青い瞳は、もはや何の感情も映し出すことなく、ただ、氷のように冷たく、うずくまる神官マリアを射抜いている。
それは、俺が初めて見る、女神ソフィアの、真の姿だった。
「その方は、神官でありながら、アンデッドを浄化するどころか、意図せず強化してしまうという、致命的な欠陥をお持ちです」
ソフィアは、淡々と、しかし、その一言一言に否定の響きを込めて言った。
「はっきり申し上げて、私たちの旅の、足手まといになるだけではありませんか?」
その言葉には、これまでの彼女からは到底想像もできないほど、冷たく、そして刺々しい響きがあった。それは、旅の効率を考えた冷静な判断などではない。明確な「拒絶」。これ以上、ユウキの周りに、得体の知れない女が増えることに対する、剥き出しの「反対」の意思表示。
坑道内とはまた違う、ピリついた、肌を刺すような凍てつく空気が、その場を支配した。
ジンも、サラも、セレスティアも、アンジェラも、リナも、誰もが皆、息を呑んで、俺とソフィアの二人を固唾を飲んで見つめている。
俺と、俺が絶対の信頼を寄せてきたはずの女神との間に、初めて生まれた、明確な意見の対立。
物語が、ただのドタバタ珍道中ではいられない、シリアスで重い緊張感を帯び始めた、瞬間だった。