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平凡と運命のあいだで  作者: 星月 ましろ
16/21

学年末試験

二学期が終わり、冬休みも過ぎ去ると、学院は学年末試験の時期を迎える。

 黒金学院の試験は容赦ない。出題範囲は広く、難易度は大学入試を超えるほど。生徒たちは早くも緊張した面持ちで参考書を抱え、廊下を歩いていた。


 真もまた、焦燥感に苛まれていた。

 前回の試験結果――242位。

 250人中のほぼ最下位。あの数字は、今も胸に刺さっている。


 「……次は絶対に変わらなきゃ」


 呟きながらノートを広げても、文字は頭に入ってこない。

 ペン先が止まり、ため息だけが増えていく。


 そんなある日の放課後。生徒会室に顔を出した真を、樹璃が目ざとく見つけた。


 「真、顔色悪いね。試験の勉強、進んでないでしょ」


 「……まあな」


 「ほら、やっぱり。ねえ翠、真にも一緒に勉強させようよ」


 樹璃の言葉に、翠は静かに頷いた。

 「ちょうどいい。生徒会室を勉強部屋として使おう」


 こうして、真の試験勉強は、生徒会メンバーとの共同戦線として始まった。


夜の生徒会室。

 机には分厚いテキストや問題集が積み上げられ、真を囲むように従兄弟たちが座る。


 「じゃ、僕が数学を見てあげるよ」

 幻人が手を挙げた。彼は数式を滑らかに解き、理路整然と説明してくれる。

 「ここは公式を丸暗記するんじゃなくて、導出を理解しないと応用が利かない。真、もう一度解いてみて」


 「お、おう……」


 幻人の冷静な視線に背筋が伸びる。


 一方、英語は樹璃が担当した。

 「真、この文章の主語どれだと思う?」

 「えっと……」

 「違う違う、そこじゃなくて。ここだよ。見落としがちなんだよね〜」

 ふわりとした口調ながら、指摘は的確だ。


 社会科目は翠が。

 理科は翔が。

 国語は奏が。


 それぞれが得意分野を活かして真を鍛えていく。

 「こりゃ……贅沢すぎる環境だな」

 真は内心で苦笑した。けれど、彼らの真剣さに押され、自然と集中できていた。


勉強会は数日続いた。

 時には笑い、時には叱られ、深夜まで問題を解き続ける。


 「真、また同じミスした」

 「わかってる! くそっ……」

 「大丈夫、繰り返せば身につく」翠の声は冷静だが、不思議と温かい。


 「ねえ、眠い? ちょっとチョコ食べる?」樹璃はお菓子を差し出す。

 「助かる……」


 翔は背伸びをしながら笑う。

 「真、根性あるじゃん。お前、やればできるだろ」


 奏は淡々とチェックを入れる。

 「この解き方、最短じゃない。もっと効率を意識して」


――俺、一人じゃないんだ。


 真はそのことを実感していた。孤独に机へ向かうのではなく、共に背中を押してくれる従兄弟たちがいる。

 その事実が、学びを支えていた。


そして試験当日。

 重たい空気が校舎を包む中、真は鉛筆を握りしめた。


 英語の長文――「樹璃に教わったとこだ!」

 数学の応用問題――「幻人の言った導出方法を使えばいける!」

 歴史の年号――「翠がまとめた年表、丸暗記した!」


 次々に答えが浮かぶ。

 頭の中に従兄弟たちの声が響くようで、不思議と緊張は薄れていた。


 最終科目を解き終え、鉛筆を置いた瞬間、真は大きく息を吐いた。

 ――全力は出せた。


試験最終日から数日後。

 学院の掲示板前は人だかりで溢れかえっていた。

 「結果出たってよ!」

 「やば、また上がってるかな……」

 「うわ、やっぱりSクラスの連中はすげぇな」


 ざわめく声の中で、真もまた結果を確認しに足を運んだ。

 足は自然と重くなる。前回の「242位」という悪夢が、今も頭をよぎるからだ。


 人の波をかき分けて視線を掲示板へ向ける。


 ――そこにあった数字を、真は信じられずに見返した。


 120位。


 しかもクラス内では1位の順位。


 「……嘘だろ」


 思わず呟いた声が、周囲のざわめきに溶けた。


 「おい、七宮……だよな?」

 「見ろよ、あの順位表。120位。しかもDクラス1位じゃん」

 「は? 七宮って、あの242位の……?」


 Dクラスの仲間たちが、次々に真を取り囲む。

 視線には驚きと疑念が入り混じっていた。


 「なんでいきなりそんなに上がるんだ?」

 「まさかカンニング……?」

 「いや、それは無理だろ。監督厳しいし」


 困惑と戸惑いが渦巻く。真は言葉を失った。

 だが同時に、心の奥底で、ずっと隠してきたことを話さなきゃという気持ちが強まっていった。


休み時間。クラスの空気はまだざわついていた。

 「七宮、どうしたんだよ。本当は頭良かったのか?」

 「裏でなんかしてたんじゃねぇの?」


 投げかけられる問いに、真は胸が痛んだ。

 自分は何者なのか――それを隠して生きてきた日々が、今この瞬間に突きつけられている。


 (言うべきか……言わないべきか……)


 唇を噛む。

 けれど脳裏に浮かんだのは、共に勉強してくれた翠たちの姿だった。


 ――「進むなら、俺たちと同じ場所に来い」


 あの言葉が背を押した。


 「……聞いてくれ」


 真は教室の中央に立った。

 ざわめきが止み、視線が一斉に集まる。心臓が早鐘のように鳴った。


 「俺は……七宮真。名前は知ってると思う。でも、本当のことはずっと言わずにいた」


 喉が渇く。言葉が出てこない。

 それでも勇気を振り絞る。


 「俺は……地方企業の跡取りではなく、三日月に連なる七宮家の跡取りだ。そして――三日月家の血も引いている」


 教室が静まり返った。


 最初は一瞬の沈黙。

 次に、ざわざわとした笑い混じりの声。


 「は? 七宮家の……?」

 「いやいや、冗談だろ」

 「だって三日月家って、あの世界最大の財閥……?」


 半信半疑の空気が渦を巻く。


 「証拠は?」誰かが叫んだ。

 真はポケットから、一枚の学生証を取り出した。

 黒金学院の特別身分を示す徽章――三日月家の曾孫のみが持つ証。


 それを掲げると、笑いは止まった。


 「……マジなのか?」

 「え、じゃああのSクラスの連中……従兄弟?」

 「やば……俺ら、同じクラスにとんでもない奴がいるんじゃ……」


 困惑と同様が広がる。誰もが現実を飲み込めず、ただざわめくばかり。


 真は深く息を吐いた。

 「信じてもらえなくてもいい。ただ……俺はもう、自分を隠すつもりはない」


 静かな声が教室に響く。

 やがてクラスメイトたちは互いに顔を見合わせ、困惑のまま沈黙した。


 だがその沈黙は、以前のような嘲笑や軽視ではない。

 ――認めざるを得ない現実を前にした、戸惑いそのものだった。


 真はその空気を感じ取りながら、机へ戻った。

 胸の奥には、不安と同時に、確かな解放感があった。


 (これでいい。やっと、俺は俺になれた)


試験結果の発表から二日後。

 真は放課後、突然の呼び出しを受けた。

 行き先は――黒金学院生徒会室。


 「……生徒会、か」


 廊下を歩く足取りは重い。

 生徒会室は学院の最上階、選ばれた者しか足を踏み入れない特別な場所だ。

 そこに呼ばれたというだけで、全身が緊張に包まれる。


 (きっと、俺の順位のことだ……)


 242位から120位。

 クラス内最下位から、いきなりトップ。

 それは普通の努力だけでは説明がつかない。


 扉の前に立ち、深呼吸する。

 ノックの音が響くと、静かな声が返ってきた。


 「入れ」


 それは、冷徹な響きを持つ三日月翠の声だった。


扉を開けると、豪奢な空間が目に入った。

 壁一面の書架、窓から差し込む夕陽、磨き上げられた机。

 その中央に、生徒会役員たちが座していた。


 生徒会長――三日月翠。

 副会長――水無月奏。

 書記――誨冥院樹璃。

 会計――大林翔。


 全員が、真を待ち受けるように視線を向けていた。


 「来たか、七宮」

 翠の声は低く冷たい。


 「呼び出しの理由は分かっているな?」


 真は唾を飲み込み、頷いた。

 「……試験の件、ですよね」


 「そうだ」翠は腕を組んだ。

 「お前の成績。前回242位、今回120位。これは異常な上昇だ」


 「俺は……必死に勉強した。それだけです」

 声は震えていたが、言葉には確かな意思が宿っていた。


沈黙が流れた。

 翠が真をじっと見つめる。その瞳は深淵のように冷たく、何も映さない。


 やがて、奏が口を開いた。

 「七宮。君、今回は平均点の伸びが著しいけど、特に数学と経済の点数が異様に高かった」


 「うん、僕が一緒に解説したところ、全部正解してたんだよね」

 樹璃が小さく笑いながら頷く。

 「だからこそ逆に怪しい。普通なら一部は取りこぼすのに」


 「だが――」翠が言葉を継いだ。

 「採点は厳格だ。カンニングは不可能。……つまり、本当に実力で伸ばしたということだな」


 淡々とした断定が、場の空気を変えた。


翠は机に肘を置き、真に問いかけた。

 「なぜ、今になって本気を出した?」


 その声は淡々としているが、問いの奥には興味が潜んでいる。


 真は少し迷ったが、正直に答えた。

 「……俺はずっと、怖かったんです。七宮家の名前を背負ってることも、周りに知られることも」


 「でも、みんなが手を差し伸べてくれた。翠さんも、奏も、翔も、樹璃も……俺を対等に扱ってくれた」


 言葉を切り、真は強く拳を握った。

 「だから、俺も変わらなきゃと思った。自分を隠すんじゃなくて、正面から立ってみようって」


再度沈黙が流れる。

 まず口を開いたのは、樹璃だった。


 「ふふっ、やっぱり真くんらしいや。隠してたくせに、最後は正直にぶつかっちゃう」

 「でもいいと思うよ。そういう人、嫌いじゃない」


 「……俺はまだ納得しねぇけどな」翔は不機嫌そうに言った。

 「けど、目の色は嘘ついてる奴のもんじゃねぇ。まぁ、いいだろ」


 奏は小さく微笑んだ。

 「七宮。君はようやく、スタートラインに立ったんだ」


 そして最後に、翠が静かに告げた。

 「七宮真。お前が本気で学院で生きていくつもりなら、我々はそれを見極める。次の定期試験も――期待している」


会話はそれで終わった。

 真は深く頭を下げ、生徒会室を後にした。


 胸の奥で、恐怖と同時に小さな誇りが芽生えていた。

 (もう逃げない。次も、この実力で証明してみせる)


 夕陽に照らされた廊下を歩きながら、真は拳を握りしめた。

 ――これは始まりにすぎない。



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