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平凡と運命のあいだで  作者: 星月 ましろ
15/21

生徒会

新学期が始まって数日。まだ冬の冷たさを残す朝、真はDクラスの教室に座っていた。授業開始前、突然、担任から名前を呼ばれる。


 「七宮。お前、生徒会室に行け。会長から呼び出しだ」


 「……え?」


 教室の空気が一瞬止まった。

 Dクラスにいる生徒たちにとって、生徒会は「別世界」だった。Sクラスのトップ層、さらにその中でも選ばれた者たちだけが集う場所。そこに自分が呼ばれるなど、誰も想像していなかったのだ。


 「な、何かの間違いじゃ……」


 「いいから行け。遅れるなよ」


 担任の冷たい声に背を押され、真は渋々立ち上がった。

 教室の後ろからは小声でざわめきが起こる。


 ――生徒会室? なんで俺が?


 疑問と緊張を抱えたまま、真は学院の最上階にある「生徒会執行部室」へと向かった。


扉をノックし、中へ入ると、重厚な雰囲気が一気に押し寄せてきた。

 広い室内には、磨き抜かれた長机と革張りの椅子。壁には世界地図や大理石の装飾が並び、普通の学校の部室とは比べ物にならない。


 「来たな、真」


 真っ直ぐに視線を向けてきたのは、会長――三日月 翠だった。

 冷徹で表情をほとんど変えない従兄弟。その存在感は、教室で見るのとは別次元だ。


 「お、おう……」


 部屋の中には、すでに幻人、樹璃、奏、翔が揃っていた。

 彼らはそれぞれの役職に就き、自然体でいながらも鋭い空気を纏っている。真は一歩でさえ踏み込むのをためらった。


 「安心しろ。別に処分や叱責じゃない」

 幻人が軽く笑みを浮かべ、気さくに声をかけてきた。

 「ただ、君にやってもらいたいことがある」


 「俺に?」


 「そう。真、君は俺たちと血を分けた従兄弟だ。そして学院に籍を置いている以上、無関係でいることはできない」


 翠が淡々と告げる。その声は冷静で、しかし逆らえない重みを持っていた。


 「今度、黒金学院で国際交流行事が行われる。世界各国の名門校を迎える大規模なものだ。執行部だけでは手が回らない。そこで、補佐をしてもらう」


 「……俺が、か?」


 「そうだ」

 翠の視線が突き刺さる。

 「断る余地はない。これは“役目”だ」


 真は息を呑んだ。

 ――俺が……生徒会の補佐?



翌日から、真の「補佐」としての仕事が始まった。

 それは想像以上に地味で、過酷だった。


 コピー機の前で大量の資料を印刷し、ホチキスでまとめる。

 各クラスに配布物を届け、質問を受ければ記録し、執行部へ報告する。

 時には机や椅子の配置を変え、時には外国語の案内板を準備する。


 「これ、Dクラスの俺がやる意味あるのか……」


 ぼやきながらも手を止めない。

 生徒会室に戻ると、奏が几帳面に書類を仕分け、樹璃がふわりとした調子で確認をしている。


 「おつかれ、真。君の仕事、ちゃんと役に立ってるよ」

 樹璃が笑顔を向けてくる。

 「こういう細かいところを誰かがやらないと、全体が回らないからね」


 その言葉に少しだけ救われた気がした。


だが、執行部の会話に混ざることはできなかった。

 翠と幻人が英語で要人のスケジュールを調整し、奏が予算の数字を即答し、翔が力強く雑務をこなす。

 その中で真は、ただ影のように動くしかない。


 ――やっぱり、俺は場違いなんだ。


 心の中で何度も思った。

 だがその度に、翠の言葉がよぎる。


 「断る余地はない。これは“役目”だ」


 逃げることは許されない。


ついに国際交流行事の当日がやってきた。

 学院の大講堂は豪華に飾られ、各国の制服を着た生徒たちが集まっていた。

 空気は張りつめ、失敗は許されない緊張感が漂う。


 真は裏方として動いていたが、そこでトラブルが発生する。

 招待校の一つが急遽、席順の変更を要求してきたのだ。


 「どうするんだ、これ……!」

 係の生徒たちが慌てふためく。


 真は即座にメモを取り、会場図を修正し始めた。

 「大丈夫、ここをこう入れ替えれば対応できる。空席を一つ飛ばしてバランスを取れば、全体の格は保てるはずだ」


 即興で考えた案を、真は係員に伝えた。

 結果、混乱は最小限で済み、レセプションは予定通り開始された。


 夜、生徒会室で後片付けをしていると、翠が静かに声をかけてきた。


 「今日の判断、悪くなかった」


 「え……」


 「お前なりに考え、行動した。それが混乱を防いだ。……それで十分だ」


 短い言葉だったが、真の胸に深く響いた。

 幻人や樹璃も笑顔でうなずき、翔は「よくやったな」と肩を叩いた。


 「……俺、少しは役に立てたのか」


 呟いた声は、自分でも驚くほど軽かった。


帰り際、翠が一度だけ真を見た。

 「進むなら、俺たちと同じ場所に来い」


 その瞳には冷徹さと同時に、確かな期待が宿っていた。


 真は返事をせず、ただ強く拳を握った。

 まだ道は遠い。けれども――。


 自分も、歩き出さなければならない。


 国際交流行事が無事に終わったあとも、真はそのまま生徒会の補佐を続けることになった。

 毎朝のように生徒会室へ顔を出し、各部局から届く書類をまとめ、行事の準備や備品管理を担当する。


 「七宮、コピー百部追加だ」

 「了解っす」

 「このリスト、各クラスに回して確認取ってこい」

 「はいはい……」


 仕事自体は雑務が多かったが、真にとっては学びの場でもあった。

 翠が冷静に議事を進める姿、幻人の交渉術、樹璃の柔らかい人心掌握、奏の精密な会計管理、翔の実行力――。

 同じ血を分けた従兄弟でありながら、自分との差は歴然で、だからこそ刺激になった。


 ――俺も、少しは近づけてるのか。


 そんな思いを抱きながら、日々を積み重ねていった。



 だが、その影響は真のクラスにも波及していった。


 昼休み、Dクラスの教室。

 友人の一人が、わざとらしく真に声をかけてきた。


 「なあ七宮、お前最近、生徒会室に入り浸ってるよな」


 「……まあ、補佐頼まれてるからな」


 「へえー、Dクラスのくせにすごいじゃん。あの三日月 翠さまのお側付きってわけか?」


 周囲がくすくす笑う。

 表向きは冗談めかしていたが、その視線には羨望と猜疑心が入り混じっていた。


 「もしかしてお前、三日月家と関係あるんじゃね? なんか裏で繋がってるとかさ」


 「ち、違うって。俺はただの補佐だ」


 「でも普通、選ばれねーだろ? 血縁とかコネとかないと」


 クラスの空気がじわじわと真を追い詰めていく。

 実際、真が補佐を任された背景には「七宮家の跡取り」という事実があった。けれどクラスメイトにそれを説明をしても疑われる。


 ――なんで俺ばっかり……。


 胸に鉛のような重さを抱えながら、真は笑ってごまかすしかなかった。


 その日の放課後。書類整理を終えて帰ろうとしたとき、翠がふいに声をかけてきた。


 「真。クラスで何か言われているな」


 「……わかるのか」


 「表情に出ている」


 翠は机に視線を落としながら、淡々と続けた。


 「お前が生徒会に出入りしていれば、周囲は必ず疑う。人は理解できないものを恐れるからだ」


 「じゃあ……どうすればいい?」


 「気にするな」


 あまりに即答だった。

 真は思わず苦笑する。


 「簡単に言うなよ……」


 「必要なのは結果だ。お前が補佐として役に立ち、存在を示せば、やがて言葉は意味を失う」


 翠の冷徹な言葉は厳しかったが、不思議と心に残った。


 数日後、学院で次の行事「学年別討論会」が行われた。

 議題は世界経済に関するもので、各クラス代表が登壇する。真は舞台裏の資料管理を任されていた。


 ところが開始直前、代表者の原稿が一部紛失していることが判明する。

 係の生徒たちは大混乱に陥った。


 「どうするんだ! もう時間がない!」


 その場にいた真は即座に動いた。

 事前にコピーを取っていた自分の控えを取り出し、順序を確認しながら並び替えて渡す。


 「これでなんとかなる。すぐステージへ!」


 代表は無事に発表を終え、行事は滞りなく進行した。


 終わったあと、樹璃が笑顔で拍手した。

 「さすが真。やっぱり、君がいると助かるね」


 「……俺、ほんとに役に立てたんだな」


 その小さな成功は、真にとって大きな自信となった。


翌日、教室に入ると、再びクラスメイトがひやかしてきた。


 「昨日の討論会、お前裏方で活躍したらしいな」

 「やっぱ三日月家にコネあるんじゃねーの?」


 真は一瞬、返す言葉に迷った。

 だが、翠の言葉が頭をよぎる。


 ――必要なのは結果だ。


 真は静かに、だがはっきり言った。


 「コネとかじゃない。俺は補佐としてやることをやっただけだ」


 教室が一瞬、静まり返る。

 誰もがその声音に「逃げていない」意志を感じ取った。


 やがて、別のクラスメイトが肩をすくめる。

 「まあ、七宮がいるなら俺らも安心だな。雑用押し付けてやろうぜ」


 「やめろバカ!」

 笑いが起こり、空気は少しだけ和らいだ。


 真は心の中で深く息をついた。

 ――俺はもう、逃げない。


 その夜。真が帰ろうとすると、生徒会室で入鹿の姿を見かけた。

 長期出張から戻ったばかりの彼は、翠たちに軽く声をかけたあと、真の前で足を止める。


 「真。……よくやっているな」


 「えっ」


 「人の視線に晒されながらも逃げず、役割を果たしている。それで十分だ」


 穏やかな声。けれどその瞳には厳しい眼差しがあった。

 「お前は七宮家の跡取りだ。見守る立場として、私はお前の成長を確かに感じている」


 真は不意に胸が熱くなった。

 ――俺は一人じゃない。

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