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平凡と運命のあいだで  作者: 星月 ましろ
14/21

新学期

冬休みが終わった。

 世間ではまだ正月気分の抜けきらない時期だが、黒金学院の門をくぐれば、その空気は一瞬で張りつめる。

 石造りの巨大な校門と、奥に連なる白亜の学舎は、まるで宮殿のようで。久々にその景色を目にした真は、胸の奥に小さな緊張を抱いた。


 「……今日から、またか」


 冬休みは三日月本邸で過ごし、従兄弟たちと共に初詣や正月の儀式に参加した。華やかで、格式張っていて、それでいて賑やかだった。

 あの日々の余韻がまだ残っている。だが学院の敷地に一歩足を踏み入れた瞬間、その空気は現実に引き戻される。ここでは血筋も家柄も、容赦なく比較され、学力と結果で突きつけられる。


 真はコートの襟を立て直しながら、ゆっくりと校舎へ歩いた。


 Dクラスの教室に入ると、既に何人かのクラスメイトが集まっていた。

 スーツに近い制服をきっちりと着こなしている者もいれば、やや崩して個性を主張している者もいる。

 皆がそれぞれ、官僚や中小企業の跡取りとして育ってきたプライドを纏っていた。


 「お、七宮」

 声をかけてきたのは、同じクラスの田上だった。官僚一家の次男で、几帳面な性格の持ち主だ。

 「冬休みはどうしてたんだ?」


 「……まあ、家で過ごしてたよ」

 真は曖昧に答える。実際には「三日月本邸で過ごし、正月は曽祖父や祖父と共に新年の儀式をした」などと言えるわけもない。

 下手に口にすれば、妙な詮索を招くだけだ。


 「へえ、俺は親父の仕事の手伝いで地方出張ばかりだった。まあ、勉強時間も取れたし悪くはなかったけどな」

 田上はそう言って笑った。


全校生徒が集まる大講堂は、やはり圧巻だった。

 シャンデリアの光が磨き抜かれた大理石の床に反射し、天井画が荘厳に輝く。

 壇上には学院長――三日月楓人が立っていた。


 「新年を迎え、また新たな学期が始まる」

 楓人の声は低く響き、講堂の隅々まで届いた。

 「君たちは次代を担う者だ。学びを軽んじてはならない。結果を恐れてもならない。未来は、君たちの努力と覚悟の先にしかないのだから」


 堂々とした言葉に、真は無意識に背筋を伸ばした。

 あれほど大勢を前にしても一切の揺らぎを見せない姿に、ただ圧倒される。

 ――翠の父親であり、そして自分にとっても血のつながった親族。

 同じ血が流れていると考えると、不思議な距離感があった。


 式が終わると、生徒たちはそれぞれの教室へと散っていった。


Dクラスの授業は、冬休み明けとは思えないほど厳格に進んだ。

 初日から数学の応用問題、国際経済の討論、政治学の小テスト。

 教師たちは容赦なく、そして当然のように課題を投げてくる。


 「七宮、お前の意見は?」

 突然指名され、真は立ち上がった。


 議題は「国際通貨制度の改革における日本の立場」だった。

 Dクラスの生徒たちにとっては日常茶飯事だが、真にとっては頭が痛いテーマだ。


 「……えっと、日本は……既存のシステムを尊重しつつ、アジア経済圏でのリーダーシップを……」

 言葉を選びながら答える。が、声はどこか弱々しかった。


 教師は表情を変えずに次の生徒へと視線を移す。

 隣の席の女子は淀みなく専門用語を並べ立て、説得力ある意見を披露した。


 その差は歴然だった。

 ――まだまだ、足りない。

 胸の奥に悔しさが広がる。


昼休みになると、クラスメイトたちは自然とグループを作り、情報交換を始める。

 政治家の子息たちは政策論議を、企業の跡取りたちは市場の動向を。

 真はその輪に入りきれず、弁当を開きながら静かに耳を傾けていた。


 「……」


 その時、背後から声をかけられる。

 「やあ、真」


 振り返ると、そこには翠が立っていた。生徒会長の彼は、Sクラスの頂点にいる存在だ。

教室はざわついている。畏怖と尊敬の眼差しでクラスの全員が彼を見ている。

 「調子はどうだ」


 「……何とかやってる」

 真が答えると、翠は微かに口元を緩めた。


 「無理をするな。だが、立ち止まるな」

 それだけを告げ、彼は去っていった。


 わずかなやりとり。それでも真の胸には重く響いた。


放課後、寮へ帰る者、課外活動へ向かう者、それぞれが忙しく動き出す。

 真は自室のある自宅へ戻るため、車に乗り込んだ。


 窓の外に広がる夕暮れを眺めながら、思う。

 ――新学期が始まった。冬休みの記憶は遠ざかり、また現実が突きつけられる。

 けれども、少しずつでも進んでいかなければならない。


 胸の奥で小さく息をつき、真は拳を握った。

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