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平凡と運命のあいだで  作者: 星月 ましろ
13/21

大林 翔

休日の午前。

まだ冬の冷たい空気が残る街を、七宮真と大林翔は肩を並べて歩いていた。


「真、久しぶりに二人で出かけるの、ちょっと楽しみだな」

翔はどこか少年のような笑顔を浮かべ、背の高い体を少し前に傾ける。普段は大人びた落ち着きを漂わせる彼だが、今日は私服のカジュアルな装いに身を包み、年相応の16歳の高校生の顔をしていた。


「そうだな。いつもみんなでいることが多いからな」

真も頷きながら歩調を合わせる。スーツではなくパーカーにコートという普段着の真は、街行く若者とさほど変わらない。けれど、二人とも背が高く、顔立ちが整いすぎているため、どうしても人の視線を集めてしまう。


向かった先は原宿。休日の竹下通りは人でごった返していた。カラフルな看板、流行のファッションに身を包んだ若者たち。外国人観光客の姿も多い。


「うわ、やっぱり人多いな」

翔は感嘆の声を上げながらも楽しげに目を輝かせる。


真は人波を見回しつつも、内心では少し不安があった。

――こいつと歩いていると、必ず何かが起こる。


その予感は早速的中する。


「こんにちは! ちょっといいですか!」

二人が最初に足を止めたクレープ屋の前で、派手な服装の男女が翔に声をかけてきた。片方はカメラを持ち、もう片方は名刺を差し出している。


「すごいスタイルだね! モデルに興味ない? 今度オーディションがあって――」


「……ああ、ありがとうございます。でも俺、まだ学生なんで」

翔は慣れた様子で笑顔を浮かべ、軽く頭を下げる。


「ええー、本当に? もったいないな!」

「絶対売れる顔だよ!」


スタッフたちは食い下がるが、翔はやんわり断り続け、真に目を向ける。


「ほらな、こういうのばっかりだ」

「予想通りだな」

真は苦笑しながらクレープを注文する。


翔は肩をすくめてクレープを受け取り、二人で竹下通りを歩きながら食べる。


「正直、こういうの、ちょっと面倒なんだよな」

「お前、断るの上手いな。俺だったらもっとぎこちなくなる」

「慣れだよ。小さい頃からちょこちょこ声かけられてたから」

翔はあっけらかんと言うが、その横顔にふと陰が差す。


「でもさ、モデルとか芸能とか、正直どうでもいいんだ。俺にはもう“背負うもの”があるからな」


真は一瞬、言葉を飲んだ。

翔――大林グループ副社長、大林組の若頭。16歳にして既に大人以上の責任を抱え込んでいる。その重圧を本人は決して口にしないが、こうした何気ない会話の端々に滲み出る。


「……でも、こうして遊んでるときぐらいは、普通の高校生でいいんじゃないか」

真がそう言うと、翔は目を丸くし、それから柔らかく笑った。


「そうだな。お前と一緒だと、なんか自然でいられる気がする」


二人はそのまま古着屋を回り、雑貨店でふざけ合いながらアクセサリーを選び、プリクラ機に入って笑い転げた。翔がふざけて変顔をしたり、真が真剣な顔で落書きをしたり。そのどれもが、彼らにとって貴重な“普通”の時間だった。


夕方。人混みを抜けて、明治神宮の参道に並ぶ木々の下を歩く。


「なあ、真」

「ん?」

「もし俺らがただの高校生だったら、今日みたいな日がもっと普通に続いてたのかな」


翔の横顔はどこか遠くを見ていた。


「……どうだろうな。でも、俺は今の翔を嫌だと思ったことは一度もない」

「真……」


言葉を失った翔は、やがて吹き出すように笑った。

「お前、真面目すぎ。……でも、ありがとな」


その後も二人は原宿の街を歩き回り、夜になってようやく本邸へ帰った。


――ほんの数時間の外出。

だが、彼らにとってそれは、ただの遊び以上に心に残る“普通の思い出”となったのだった。


三日月本邸の玄関をくぐった瞬間、外の喧騒とはまるで別世界のような静けさに包まれる。

原宿の人混みを歩き回った後の真にとって、その静けさは心地よい反面、少しばかりの寂しさも感じさせた。


靴を脱ぎ、深く息をついたところで、廊下の奥からゆっくりと歩いてくる人影があった。

背筋を伸ばし、淡々とした足取り。水無月奏だった。


「……おかえり、真」

声は柔らかく、それでいて抑揚が少ない。けれども、その瞳には確かに関心の光が宿っていた。


「ただいま、奏」

真は軽く頭を下げる。


「翔と一緒に出かけていたんだろう?」

「そうだ。原宿に行ってきた」


「ふうん」

奏は相槌を打つと、壁際に背を預けて腕を組んだ。その仕草は不思議と大人びている。


「人、多かっただろう」

「多かった。まるで祭りみたいだったよ。歩くのも一苦労だった」


「……それでも行ったんだな」

「行きたかったんだ。普通の高校生みたいに、ただ遊んでみたくて」


そう言う真を、奏はしばらく見つめていた。淡い表情の中に、かすかな理解と探るような気配が混じっている。


「普通、ね」

「……ああ。俺たちが普通じゃないのは分かってる。でも、あの人混みに紛れて、翔とクレープ食べて、くだらない話をして……なんか、少しだけ普通に戻れた気がしたんだ」


言葉を吐き出すと、真は苦笑した。自分で口にしていても、どこか夢みたいな話に聞こえる。


奏は視線を外し、廊下の奥の窓の外に目をやった。

「普通を欲しがるのは、贅沢だよ」

「分かってる」

「でも……それを知ろうとするのは、悪いことじゃない」


声色は淡々としているが、その言葉にはどこか温かみがあった。


「それにしても」奏は唐突に視線を戻す。「翔は大丈夫だったのか」

「……ああ、やっぱり気になるか」

真は苦笑して、昼間の出来事を思い出した。


「何度もスカウトされてた。モデルやら芸能やら。断るのに慣れてるみたいで、全部笑顔でかわしてたよ」


「翔らしいな」

奏は肩をすくめる。

「顔がいいというのは、時に呪いだ。本人にとっては面倒ごとばかりだ」


「……そうかもしれないな」

真は頷く。彼自身も整った顔立ちゆえに視線を集めることは多いが、翔ほどではない。あの落ち着きは、きっと幼い頃から繰り返されてきた経験の積み重ねなのだろう。


「でも」真は言葉を継ぐ。「翔は“普通の時間”を楽しんでいたよ。プリクラ撮ったり、古着を見たり、馬鹿みたいに笑ってた。あんな翔は、こっちに来てから初めて見た」


「……そうか」

奏は短く答えた。その横顔には一瞬、表情らしきものが浮かんだ。安心か、羨望か、それとも別の感情か。すぐにまた無表情に戻ってしまったが。


真はその変化を見逃さなかった。


「奏、お前も行ってみるといい。普通の場所に。人混みに紛れて、ただの一人になれる時間を」


「……考えておくよ」

奏は少し視線を落とし、口元だけで小さく笑った。


沈黙が落ちる。だがそれは気まずさではなく、互いの言葉を噛みしめる静けさだった。


やがて奏が問いかける。

「真。今日みたいな時間を過ごして、何か変わったか」


真は少し考え、答える。

「……少しだけ、自分が“普通を欲している”って気づいた。無理だと分かっていても」


「それを口にできるだけで十分だ」奏は断言するように言った。

「俺たちは皆、背負うものがある。でも、その中で“普通”を求める気持ちは人間として当然だ。それを否定したら、ただの機械だ」


真は驚いたように奏を見つめた。普段は影が薄く、ふわふわとした言動が目立つ奏が、こんなにも明確に言葉を放つとは思わなかった。


「……お前、時々すごく核心を突くよな」

「そうかな。言うべきときに言うだけだよ」


奏はそう言うと、踵を返して廊下を歩き出した。

その背中に、真は思わず声をかける。


「奏」

「ん?」

「……ありがとな」


奏は一瞬だけ振り返り、淡い微笑みを浮かべた。


「礼を言うほどのことじゃない。俺たちは従兄弟だろう」


その言葉を残し、彼は静かに廊下の奥へ消えていった。


真はしばらくその場に立ち尽くし、ふと息をついた。

原宿での喧騒と、奏の静かな声。その落差が胸に深く残り、彼にとって忘れられない一日になっていくのを感じていた。

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