第9話 学院闘技場での訓練 その1
「うわぁ、広い」
僕は思わず独り言が出てしまった。
闘技場の入口から入って、薄暗い通路を抜けた所は、広大に開けたまさに『円形の闘技場』の形だった。
全周を観客席に囲まれ、遠い向こう正面にも入口がある。
左右の所にも入口があるから、4組くらいの混戦の訓練も出来るのだろう。
「うお、こんな本格的な闘技場があるのか、学院。すげぇな」
「闘技場を所有している学院に驚きはあるけれど、それよりこんな所まで使ってする、今日の授業が気になるね」
ライアスとカイエルが思い思いに感想を伝えている。
教室では大体3人組だが、徒歩移動ではロザリアが大幅に遅れていて、まだ着く気配すらない。
「まだ辿り着いていないのはロザリアだけか。
的が無い訓練は実戦的ではない。的が届くまで、しばらく自由にして良い」
的が届くって……先生にとって今日のロザリアは完全に『小道具』の扱いなんだな。
ロザリアの魔法を見る限り、身体強化に魔法を使えば、別に疲れる事もなくトップで来られただろうにと思うんだが。身体強化魔法は使えないとかあるのかな。
まぁ魔法は人によって得意不得意がハッキリ出るものなので、身体強化魔法が使えないのだとしても魔法的に弱い事には全くならないが。
などと考えつつ闘技場の真ん中辺りまで進むと、ふと後ろから声を掛けられた。サーティアだ。
「ねぇフィロス、今日の授業さ……自信ある?」
「自信? どうかな、今までの練習はいつも先生との一対一だったから、チームワークとか求められると厳しいかも」
「はぁ、フィロスでもちょっと心配になっちゃうのね。わたしどうしよう」
「でもさサーティア、あくまで授業としてやるんだから、真剣に取り組めば、それで大丈夫じゃない?」
「そうかなぁ、そうであって欲しいなぁ……」
サーティアは困った様な顔をして、落ち着かない様であちこち視線を泳がせている。不安なのだろう。
この手の不安は、僕は魔物討伐訓練で少し慣れがあるから、サーティア程は動揺を感じはしない。
「フィロスはどうしてそんなに落ち着いてるの? 何か経験があるの?」
「経験って程では無いけれど、つい先日まで家庭教師の先生が色々教えてくれてね。
そのカリキュラムの中で、だけど、魔物討伐を一人でする、って言うのがあって。
その討伐目標の魔物が、背丈だけでも僕の3倍はあるオーガでさ。だから、実戦形式の訓練は、慣れがあるんだ」
「フィロスそんなに背は高い方じゃないけど、その3倍? それってオーガの上位種じゃ?」
「うん。キングオーガになり損ねた、手負いの個体だった。正式なキングオーガだったら、僕はもうお墓の中だったと思う。
群れの長を決める戦いに敗れた直後だったみたいで、負けたからこそ、キングオーガとしての特殊な性質は持ってなかった。
それでも魔法は軽いのじゃ全然通らないし、剣技でも最初攻めようが無くて結構困ったんだよ」
「勝てた……のよね。今こうして生きてるってことは」
「うん、討伐した。入学式の時に出しかけた、あの魔剣・風刃のサーベルがあったからね」
「魔法も剣技も両方行けるんだ。あっ、魔法剣士のクラスがって言ってたもんね」
「そうなんだ。学内で認定試験が受けられるとかだと嬉しいんだけどね。やっぱり公の資格、欲しいじゃん?」
「1年生で職能クラスが射程に入る人なんて、フィロスしかいないわよ……あ、ロザリア来たね」
言われて闘技場の入口に目をやると、肩で息をしているのがハッキリ見えるロザリアの姿があった。
見るからにヘトヘトという感じだ。あの状態で、危なくなく『的の役目』を果たせるのだろうか。
少し心配になったので、僕は急いでロザリアの元に駆けた。
ロザリアと言葉の圏内に辿り着く頃には、ディラグニア先生がロザリアと話しをしていた。
「……となると、今日最初に考えていた遠距離魔法の訓練は出来ないな。結界が不意に破れると危険だ」
「そー思ってもらえると、すんごい助かります……」
おや? 結界が破られる事を前提にした話をしていた。
となると、ロザリアが的役をする事は無くなったのか?
「ロザリア! 随分疲れた様だけど大丈夫? 身体強化魔法は使わなかったの?」
「朝ご飯がちょーっと少なかった……」
ロザリアはそう言うと、頭の上の帽子を手元に取り、中に手を突っ込んだ。
中に収納魔法があるから、と頭では分かっているんだが、
帽子の寸法よりうんと腕が奥まで入っているのを見ると、違和感しかない。
「じゃん、しばらく前のショートケーキ。フィロスも食べる?」
「しばらく前のって……えっ、もしかして収納魔法の中、時間が止まってるの?!」
「うん。昔、焼きたてピザ収納して後で取り出そうとしたら、焼きたて過ぎて指やけどしたことある」
うわお。収納魔法の時間停止オプションは、院長先生直伝の僕でもまだ習得出来ていないものだ。
それを魔導具の補助があるとは言えそもそも使えるのだから、ロザリアの魔法の底が知れない。
「ロザリア。そのケーキを食べたら、一度全員集合を掛ける。さすがにとっとと集まれよ?」
「は~い、わっかりましたー」
そう言うや、ロザリアはケーキにかぶりついた。
***
「的が安全に的として機能しない恐れがあるので、当初予定していた『楽な訓練』は破棄し、模擬戦を行うことにする」
先生のその言葉に、生徒達は悲喜こもごもと言った調子で色々な反応を示した。
ライアスは嬉しいのか目を輝かせている。ロザリアはまだエネルギー補充が足りないのか、少しぼんやりしている様に見える。
カイエルはライアスとは対照的に、がっかり、あるいはうんざり、と言った表情だ。
見るとなく、デュアに目が行った。準男爵家の白服、デュアは、何か企んでいる様な笑みを浮かべている。
デュアとは上手く会話が紡げなかったから、彼の性格はよく分からない。ただあの笑みは、ちょっと引っかかる。
「模擬戦は、白黒均等配分の対抗戦で行う。
まずは各々で自分が役立ちそうな位置を考えろ。前衛なのか、後衛なのか、あるいは指揮官なのか」
均等配分という事は……クラス全員で30人、黒服組が4割で12人、白服組が6割で18人。
対抗戦だから、チーム人数の比率はまず間違いなく1:1。各チーム黒服6名白服9名の編成になるんだな。
と言っても、昨日のディラグニア先生の指導の様子から見るに、黒服は戦力としてカウント出来ない。
補助魔法などを使える後衛向きの人がいればまだ話になるが、そうでなければ黒服組は全て「白服組が守る」存在にならざるを得ない。
戦い、という観点で見れば、騎士団の戦い方と似る。
守るべき相手が後ろにいて、前方の敵を通す訳に行かない状況。
「ねぇフィロス、ちょっと良い?」
肩にサーティアの手が触れる。
「この中で一番強いのは、間違いなくあなたかロザリアだと思うわ。指揮官に立候補したら?」
おっと。僕としては一番避けたいポジションを勧められてしまった。
「指揮官は、戦い全体を見据えて陣形を整えたりしなきゃいけないから、僕みたいな『人が苦手』なのには務まらないよ。
むしろサーティアが指揮官になったらどうだろう? 安全性で言えば、一番安全だと思うし、サーティアは人も物もよく見てるから」
「えぇっ、わたしが指揮官? それは他の人が納得しない気がするわ」
「じゃあライアスに聞いてみよう。おーいライアス、ちょっと良い?」
「おぉ? 俺は前衛で行くぞ、これは譲れねぇ」
「ああ、向いてると思う。それで指揮官を誰にするかって話なんだけど、僕は」
「お前以外の誰が指揮官やれるってんだよ。大公閣下の孫を差し置いて指揮官なんぞ、たとえ模擬戦でも許されねぇって」
「えぇー、そこでじいちゃんの権威が出てきちゃう訳?」
「そりゃ、お前が24時間毎日ずっと大公閣下の孫な訳だから、仕方ないんじゃね?
あっ、センセー! フィロスが指揮官やるチームに前衛として参加したいんだけど、ダメか?!」
「フィロスが指揮官か。まぁ爵位を考えれば妥当ではあるが、前衛でも後衛でも、恐らくフィロスは戦力になるぞ。
それでも敢えてフィロスを指揮官に置いてチームを作りたいのか?」
「おう! 模擬戦とは言え、大公閣下の命で戦うなんて、なかなか夢がある話じゃねぇか! 俺は是非そうして欲しい!」
「フィロス。お前としてはどうなんだ。前衛か後衛か、あるいは指揮官か。希望を聞こう」
「その……希望としては前衛なんですが、黒服組の人達が、自衛すら出来ない程度の戦力しか無いですよね?
そうなると、彼らを守りながらの戦いに、結局はなってしまうと思うんです。指揮官にはその差配ができる人が」
と、突然横からライアスが割り込んできた。
「さすがフィロス! 俺はその点には気付かなかったな、それだけ状況が見えるんだから、フィロスが指揮官で、もうこの際良いだろ?」
「と……お前の友人も推挙しているが、フィロス、お前が指揮官で良いな?」
うんもすんもない。
ライアスだったらきっと誰か望ましい人を知ってると思ったんだが……。
「……分かりました。指揮官として模擬戦に参加します」
「今回の模擬戦、指揮官は前衛が突破されるまでは行動してはいけないという縛りを加える。ロザリア! お前がもう片方の指揮官だ」
「え、えぇぇぇなんでぼくなの」
「的役が出来ないのであれば、少しは別の場所で貢献しろということだ。まぁそう言っても、お前にもメリットはある」
「……どんなメリット?」
「前衛が突破されるまでの間、のんびり飲み食いし放題だ」
「やる」
「そうか。では改めて全員に説明する、一同集まれ!」
先生の近くから離れて話し合っていた生徒、主に黒服組も、僕らがいる所に集まってきた。
「今回の模擬戦、チーム1の指揮官はフィロス、チーム2の指揮官はロザリアだ。
但しあくまで模擬戦であるので、クラス2より上の魔法を用いることは禁止する。
幾らロザリアの治癒魔法があるとは言え、万が一を考えての措置だ。その制限の元で作戦を練ってもらう」
ディラグニア先生の説明は続く。
「勝敗の決着は、指揮官の首に付けたチョーカーをもぎ取ったチームが勝ちだ。
各自の武器は、闘技場倉庫に様々な種類の武器の木製の物がある。それを用いろ。あくまで訓練だからな。
但し、指揮官だけは、通常の武器であれば所持して構わない。フィロス、ロザリア。お前達なら自分用の武器くらい常時携帯しているだろう」
僕はしっかり頷いて答えた。収納魔法の中に、普通のサーベルが1本、更に魔剣・風刃のサーベルもある。
魔剣はさすがに「通常の武器」に入りそうに無いから、普通のサーベルを腰に下げることにしよう。
「魔法についても、指揮官だけはクラス制限なく魔法を使って良い。
だが、何度も言うがこれはあくまで訓練だ。戦略級の魔法で相手を殲滅するのが目的ではない。その辺り心得て、指揮官役を務めろ」
ではチーム分配を行う、とディラグニア先生は言って、ポケットからコインを取り出した。
そしてそのコインに向けて魔法陣が描かれる。何だろう、コインに使う魔法なんて初めて見る。
「これでこのコインは、30回コイントスすると、丁度15人ずつの均等なチームになるよう表裏が調整された。
コインを渡すから、それぞれコイントスをしてみろ。地面に落ちた場合はその状態の裏表だ。
まずはフィロス、お前からだ。さあ、お前のチームは表か? 裏か?」
と、先生からコインを渡される。
見た目、何の変哲も無い王国銀貨だ。傷がほぼ無く綺麗ではあるが、これが確率を支配する魔法が掛かっているのか。
「えい」
コイントスをする。手の甲で受け止め、コインを押さえた手を外す。王国紋章が描かれた「表」が出た。
先生にコインを返しつつ表が出たことを告げた。
「ロザリアは問答無用で裏面が出た事とするので、コイントスはしないように」
どんなメンバーが僕のチームに入ってくれるんだろう。
ライアスは僕のチームを希望してくれたけれど、コイントスは平等だ。結果次第になる。
サーティアとは、出来れば一緒のチームになりたいな……魔法の知識はかなりありそうだから、きっと後衛だろう。
やってるのが2チームへの配属分けだから、『全員前衛! 気合いと根性で敵に突っ込む!』みたいな偏った振り分けも、あり得る。
逆に全員後衛だったら、最初から僕自身が突出しても良いルールになるから、それはそれでも良いかも知れない。
こうしている間にもコイントスは進んでいく。半分位の生徒がトスを終えた。
デュアは……ロザリアの方に歩いて行ったから、ロザリアチームか。
彼のことは2つの意味で少し気になる。
友達になれそうな気がするから。
そしてあの少し不気味な笑みから。
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