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第8話 魔法神の申し子に、突然飛び火した

「今日は模擬戦を中心に、それぞれの実力を互いに分かるようになってもらう」


 ディラグニア先生は朝一からそんな事を言い出した。

 昨日のエレメント・オブ・ソードもそうだが、実戦的な教育が好きな先生なのか、あるいはそういう学校なのか。


「先生、でも僕らは力で誰かに叶うタイプでは無いです。戦闘系以外は見学ではダメですか」


 そう言ったのは、黒服の中でもいち早く最前列を陣取った3人のうちの真ん中だ。

 ディラグニア先生が来て、すぐその真っ正面に座るんだから随分な勇気がある。

 名前は分からないが、ひとまず真ん中さんと呼ぼう。


 真ん中さんは、綺麗に手をまっすぐ挙げて質問している。とても礼儀正しそうな雰囲気だ。


「今日の模擬戦は、『出来る者は出来る、出来ない者は出来ない事を知る』ことが目的だ。

 故に、全ての生徒は体調不良者を除いて強制参加だ」


 ディラグニア先生のその一言で、真ん中辺りに結局集中した黒服の人らが見るからに肩を落とした。


「あとは、恐らく現地解散になるだろうから、荷物は全て持っていく様に」


 ドキィ! お菓子どうやって隠そう……


「おい、大公閣下の孫。何か不都合でもあったか? 表情が固まっているが」


「な、なんでも、ない、です。はい」


「嘘を吐く時にはそれなりの流ちょうさが必要というものだ。そこを動くな」


 と、ディラグニア先生があろうことか教壇を降りてこちらへカツカツと靴を鳴らして近付いてくる!

 あ、汗が……額のふちから汗がにじんでくる。もみあげの辺りに汗がたまっていくのが分かる。


「ふむ。壁際にあるのは何だ?」


「せ、制カバンです……」


「分厚いな。そのハンカチを取って見せてくれるか、大公閣下の孫殿」


 うぅ、怒られる怒られる……けれどここでハンカチを取らないと、何が待ってるか分からない。より悪い、何かだ。

 僕は怖々、ハンカチをどけた。


「ふむ、箱菓子か。大公の孫を箱菓子一つで買収しようとした者がいたとしたら、それは大きな作戦ミスと言うべきだな」


「あれ……お、怒られると思っていたんですが……」


「もらい物だろう。別に公務員でも無いのだから、賄賂を受け取るな、などと野暮なことは言わない。

 ただ、ディライトクッキーか……この贈り物をした人間は、価格や価値の賄賂性よりも、味に重点を置いたのは間違いなかろう。

 つまり、お前はそのクッキーの贈り主から気に入られ、一層親交を深めたいという意志表示をされた、という訳だ」


 わお。クッキーの種類1つから贈り主、つまりロザリアの意図まで丸わかりになってしまうのか。


「但し、学校への菓子の持ち込みは本来禁止だ。開封すること無く家に持ち帰るように。それから……ロザリア」


 ぐっと低い声でロザリアの名が呼ばれる。

 教室の反対端でひゃあと叫び声が聞こえた。


「お前の特異体質の話は聞いている。常に何かしら食べていないと魔力切れを起こすそうだな。

 お前が食べる分には私も気に留めないが、誰かに菓子をくれてやるのはルール違反だ」


 と、今度は最短ルートを縫うように僕の元からロザリアの元へと、ディラグニア先生が歩いて行く。

 ロザリアの横で仁王立ちになるディラグニア先生。丁度影になってしまってロザリアの表情は伺えない。


「ルール違反の罰として、今日の模擬戦、お前は魔法戦の敵役をやってもらうぞ」


「えぇーマジでぇ……つまり、魔法の的ってこと?」


「そうだ、端的に言えば、的だ。結界で防げるだろう」


「土の中に転移してやり過ごすとか……」


「的の意味が無いだろう。ちゃんと魔法が当たるとそれが爆裂する程度のレベルの結界しか使うな。魔力吸収系の結界は、面白みに欠く」


「めんどい……」


 ディラグニア先生は言うだけ言うと教壇に戻った。

 あとには、机に顎をのせてグデッとしているロザリアがいた。


「場所は学院第3グラウンドを用いる。通称『学院闘技場』。午前中には終わり、解散の予定だ。各自移動に向け準備を始めろ!」


 幸い移動に向けて準備すると言っても……この菓子箱をどうにかしないと、クッキーだから雑に扱うと割れてしまう。

 箱を持って……魔力を集中させて……魔法名詠唱も飛ばして……【収納魔法】。

 足と足の間に魔法陣を展開しているので、直視している様な人で無ければ分からないだろう、と、クッキーの箱を押し入れる。


 ふう、と辺りを見回すと、なんとあろうことか全員の目がこちらに向いていた。

 こ、これは……やっちゃった、という奴か?


「今の、収納魔法?! 何も魔法名すら言わなかったよね!!」

「なんで学生が収納魔法なんて使えるの?! 規格外も酷くない?!」

「これが、白服最上位の実力か……」


 主に黒服の生徒達が口々に言いたい事を言ってきた。

 ひとつひとつに答えてもあまり意味が無さそうなので、曖昧に笑ってごまかす。


「魔法というものは」


 と、ディラグニア先生が唐突に話しだした。こちらに詰め寄るように騒いでいた生徒達は、急いで前に向き直った。


「鍛錬を重ねれば、大きく成長しうる可能性がある分野だ。才能の天井があるとは言え、武芸のそれよりは圧倒的に誰にでも成長の余地がある。

 今黒服どもは随分と衝撃を受けたようだが、お前達が使えずフィロスが使えるのは、鍛錬・訓練の差だ。同じ量と質の訓練をすれば、

 同じ魔法が使える可能性は随分とあるものだ。この通りな」


 と、ディラグニア先生は自分の頭の斜め上辺りに魔法陣を展開し、そこから一本の剣を引っ張り出した。

 白服達は、ディラグニア先生の「剣を出してから自然に構えるまで」の優美さにだろう、構えが完成した瞬間に、おーっと歓声を上げた。

 黒服達は一方で、自分達でもそのうち出来る様になる、的な事を信じられない様で、黒服同士でコソコソと言葉をかけ合っていた。


「さぁ、早く行かねば午後にまで食い込んでしまう。とっとと準備をしろ!」


 僕も、机に出しておいたノートとペンを制カバンにしまう。


「フィロス、良かったね! 仲良くしたいって、ハッキリ言われたようなもんじゃん!」


 サーティアが僕の背中をつついてから言った。


「うん! 結果ロザリアはちょっと大変そうな役を押しつけられちゃったけど、ロザリアの気持ちと心づかいが嬉しい」


「わたしも何か贈り物した方が良い?」


 と、サーティアは不意に言うので、思わず吹き出してしまった。


「サーティアからは、もうもらいきれない程の支援を受けているよ。

 サーティアのお陰で、こうして友達が僕を友達として見てくれるようになったんだ。

 本当に、サーティアには頭が上がらないよ」


「そ、そんな大げさな話じゃないよぉ。困った時はお互い様、何か私が困った時には、フィロス、助けてね!」


「うん、もちろん!」


 よく分からないが、サーティアは少し照れた様な表情をしていた。

 頬も少し赤みがはっきり見える。


 ?

 何かよく分からないが、サーティアの中で何か変化があったのだろう。

 僕は制カバンを持って立ち上がった。



 ***



「あれが『闘技場』か!」


 ライアスが、第3グラウンドである『闘技場』の高い壁を遠くに見ながら、大声を出した。

 円形の闘技場の様で、中は分からないが外観から判断するに、客席が周りをぐるりと囲む感じの闘技場なのだろう。


 先生は何か意図があるのか――さっきから考えているんだが、不明だ――収納魔法から出した剣を手にしたまま、ここまで歩いてきた。


 先生を先頭に、ライアスら3人組がその後ろに続き、幾名かのまだ知らない白服の人が続いた。白服が前の方。

 その白服の後ろの方で、僕とサーティアは歩いていた。


「ねぇサーティア。サーティアの得意な戦闘態勢はどういうものなの?」


「戦闘? わたしあんまり戦闘系強くないのよね、主に魔導具の作成とか付与魔法が得意で」


「付与師の方に偏ってるの? だとすると、後衛で戦う感じになるよね、きっと」


「そうね、戦うのであれば、もしわたしが前衛で、って言うと、多分何も出来ずにやられちゃう」


「もし前衛が必要だったらいつでも言ってね! サーティアの為なら、頑張るよ!」


「そうねぇ、今日の授業もどういう中身か分からないし……本当に戦闘訓練みたいなのだったら、魔法強いフィロスに頼りたいわ」


「任せて!」


 先頭が闘技場の入口に着くと、先生は翻ってこちらを向き、後ろに長く伸びた列がまとまってくるまで待っていた。

 そう……肩に剣を担いだまま、眉間にシワを寄せた表情で、じっと待っていた。


「黒服組。お前達を見ていると苛つきを禁じ得ない。まだ学院がどういう所か、理解出来ていない!」


 ディラグニア先生は苛つき顔のまま、黒服組に大声で呼び掛けた。


「先生。僕らは戦いを学ぶ為に王立学院に入学した訳ではありません、学問の為です」


 一人の黒服が、手をまっすぐ挙げて先生に意見した。多分最前列に座る黒服生徒だ。


「ほお、で?」


「ですから、最初の授業から戦闘訓練みたいなことをされても、気分が乗りません」


 気分が乗らない?

 王立学院という権威の塊な学校で、気分が乗る・乗らないで授業への積極性を欠いて良いのか?


「昨日のことを思い出せ。この学院で戦闘をひとつのカリキュラムとして用いている意味を教えただろう」


「意味は分かりましたが、そんな簡単に脅されることなんて無いのでは? それより大事な事がたくさんあるのではないでしょうか?」


「ほう、それで?」


「そ、その……大事な事が何かは、僕には分かりませんが、戦闘訓練でない事は分かるつもりです」


「それこそ『つもり』の話でしか無いな。黒服組の就職先は主に国家官僚だが、その半数以上は少なくとも各領地を回ることにもなる。

 領地の中には、ろくに治安維持も出来ず冒険者にそれを委ねている所すらある。そういう所では、中央から派遣された官僚も意見も言えん。

 だが、そういう領地に限り冒険者が問題を起こす。それを武力制圧出来て初めて、冒険者は頭を下げる。ここまで説明せねばならんか?」


「そ、それも、対話で解決すべきです! 冒険者と言え同じ人間です、話し合えば理解出来る事も」


「黙れ小僧」


 ディラグニア先生が剣を前に突き出す動作と共に、その生徒にぐっと近付いた。


「せ、先生やめてください。暴力では何も解決は」


「暴力で押さえつけねば解決しないのが、力が全てと考えている冒険者達だ。

 何も解決しない? 知った風な口を利くな小僧。現実は甘くない」


 冒険者に統治、特に警らを任せている領地があるのか。

 冒険者達は自由心が非常に強く、人からの強制を極めて強く嫌う。

 その一方で、自分が負けるだけの実力を持った相手には、従順に従う。強い者が正義。これが彼ら冒険者の論理だ。


 力が全てで、中には金が全てで、という冒険者もいると聞く。

 それを正していく官僚職は、確かに「言葉だけで平和を」というのが難しいこともあるだろうな。


 ディラグニア先生はしばらくの沈黙のあと、強い調子で言った。


「力を示さなければならない場面が、官僚にも出てくる。だからこそ、王立学院は武力もまた重んじる。

 今の段階で理解出来なくてもまぁ構わない。だが武力を上げる事を怠るな。いざ官僚になった時に困ることになるからな」


 と、ディラグニア先生は剣を鞘に収めた。

 相変わらずだが、白服の生徒はこの様子を少し白けた目で眺めていた。

 僕はその構造に興味が湧いたのでじっと見聞きしていたが、サーティアですらそっぽを向いている程だった。


 学院の授業、まず武力・戦闘力を高めるのも、そういう荒くれ者に出会っても大丈夫にするためなんだな。

 ディラグニア先生は荒っぽく感じるが、生徒の未来のためを思った教育方針に同意しているのは間違いない。


 厳しいだけの先生じゃない。

 生徒の未来を考えてくれる先生。

 最初はびっくりしたが、良い先生じゃないか。



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