第6話 学校往復の道のり、サーティアのお陰で徒歩になる。
写真は、その場で現像され、手渡された。
こんな大人数の中に僕が写っている写真を、僕は持っていない。
比較的高価な魔導具である『カメラ』も、そのカメラで撮影した内容を即現像出来る『専用魔法紙』も、我が家にはある。
だから僕が子供の頃からの写真も割とたくさんあって、アルバムという大きな本の様なものにまとめられている。
写真をマジマジと見つめていると、何だか自分が少し成長出来たような気がして、ちょっとだけうるっと来た。
「ねぇフィロス、帰りはどっ……えっ、泣いてるの? 何か悲しいことあった? 大丈夫?」
「大丈夫、僕こんなたくさんの人と写真撮ったこと無かったから、嬉しくて……」
僕が振り向いて言うと、サーティアは微笑んでくれた。
「これからフィロスは、もっとたくさんの人と関わっていくわよ。学院にいる間だけでもね。
2年生・3年生の先輩たちもいるし、保護者が来る行事もあるし。でも最初の一歩が今日なのよね? おめでとう、フィロス」
おめでとう、と言われて、僕の目からは涙がどっと溢れた。
「ありがとう、サーティア」
「うん! フィロスのお家って、どこなの? 帰り同じ方向だったら良いのになと思って」
「ああ、住まわせてもらってるのは、大公領大使館だよ。ここからだと歩いて5分くらいの」
「あの広いお屋敷に住んでるんだ」
「いや、半分は大使館として機能してるから、居住出来るスペースは半分あるかないかだよ」
「私が下宿してるお家、大使館過ぎてもう少し行った所なの。一緒に帰らない?」
「うん、僕もそうしたい」
サーティアも頷いてくれて、僕とサーティアは揃って校門を出た。
***
その夜、僕が自室として使わせてもらっている部屋に臨時増設された魔導通信機のベルが、ジリリリン、と鳴った。
ここの通信ラインは、臨時増設なだけあって、じいちゃんか父さんくらいしか知られていない。多分じいちゃんだ。
「はい、フィロスです」
僕は魔導通信機の受話器を持ち上げ、言う。
「おおフィロス。今日一日、どうだったか?」
じいちゃんだ。じいちゃんには、結果論感謝はしているが、やはり一言言いたい気持ちの方も強い。
「じいちゃん、いきなりみんないるところで僕一人立たせるなんて……」
「はっはっ、フィロスよ。お前はいずれにしてもそのうち注目を集めることになる。ならば早い方が良いと思ってな」
「注目を? じいちゃんはなんでそう思うの?」
「お前が持っている知識が、学院の先生たちを凌駕する様な代物だからだ。どうだった、今日は楽しく過ごせたか?」
「うん、実はあの後じいちゃんのおかげもあってさ、サーティアって言う……」
僕はそこからしばらく、サーティアの話をした。
その後、ライアスとの握手の話も、ミスリル交渉失敗の話も、『魔法神の申し子』の話もした。
「そうかそうか、随分と初日だけで得られたものは多かったようだ。なによりだ」
「うん、他人はずっと苦手だったし、まだ同じクラスの他の人とは話も出来ていないけど、何となく希望が持てたよ」
「うむうむ、お前をいきなり入学式で立たせたのは、荒療治だとは思ったが、必要だとも思ったのだ。
これまで領地でひっそりと暮らしていたお前にとって、王立学院はまさに『見知らぬ所』。
そこで地味に友人作りをするのは、実は意外に難しい。フィロス、お前が口を閉ざしてしまったら、それで3年間などあっという間に過ぎてしまう」
「3年間……確かにじいちゃんの言うとおり、僕が昨日みたいに積極的になれなかったら、ずっと黙り込んで卒業まで我慢してたと思う」
「うむ。それでは折角の学院という好環境が台無しだからな。フィロスには厳しかろうと思ったが、敢えてあのようにしたのだ。許せ、フィロス」
「許すだなんて。じいちゃんのお陰でサーティアやライアス、カイエルやロザリアとも話が出来たんだよ! 今は感謝したい気持ちで一杯だよ!
「そうかそうか! そう言ってくれると、儂も『厳しすぎやしなかったか』と少し思っておったのでな、気持ちが楽になる」
と、一呼吸置いたところで、じいちゃんは言う。
「今挙がった名前を聞くに、男女2名ずつと仲良くなれたのか? そうなら、もう社交界だって怖くないぞ?」
ん? 男女2名ずつ? 事実と符合しない。
サーティアは女性だけれど、ライアス3人組は全員男子だ。ロザリアは少し華奢だけれど、スカートではなくパンツを履いていたので間違いない。
「ううん、じいちゃん。サーティアだけが女性で、後は男子だよ」
「ふむ? そうか。さっきフィロスの言った『ロザリア』という名前、一般的には女性に付ける名前なのだ。まぁ例外など幾らもあるが」
ふーん、ロザリア、って女性名なんだ。
何かロザリアには事情があるのかも知れないけれど、自分の名前なんて、自分で変えられないことにズカズカ踏み込むのは、地雷原な気がする。
「教えてくれてありがとう、じいちゃん。一応気に留めとくね」
「うむ。何事も知らぬで対処をするよりは、知った上で放置した方が良いこともあるからな。儂も今日はよく眠れそうだ、ありがとう、フィロス」
「ありがとうだなんて。じいちゃんも入学式出て疲れてるだろうから、早めに休んでね」
「ああ、心配ありがとなぁ。また、たまにはこうして通信を入れても良いか?」
「うん、もちろん!」
「そうか。では、今日はこの辺りにしておこう。2日目から遅刻では、格好も付かぬであろうからな」
じいちゃんと互いに笑い合って、おやすみの挨拶をして、受話器を置いた。
***
行ってらっしゃいませ、というセバスの言葉を背中に聞き、大使館の通用口から表の道に出て行く。
するとそこには、サーティアがいた。
「あっ、おはようフィロス。昨日はよく眠れた?」
「おはよう、サーティア。昨日は夜にじいちゃんが魔導通信を入れてきてくれてさ」
「さすが大使館ね、魔導通信機があるなんて。みんな使えるくらいになれば良いのになぁ」
魔導通信機は、基本的に軍や政府・行政の重要設備に備え付けられる物で、一般にそうある物ではないと聞く。
ただ、ギルドや役所に行けば誰でも目には出来る物ではあるので、多分誰でも見た事はある。
「じいちゃんにも一言言ってやったよ。……言ってやった、なんて言うほど強くは言えなかったかな……」
「でも自分の気持ちは伝えられたのね。頑張ったじゃんフィロス!」
サーティアがニコニコしてそう言ってくれた。
僕も、まだ昨日出会ったばかりだと言うのに、サーティアには自分が驚いてしまう程、気楽に話せている。
初日には色々勘ぐったりした瞬間もあったけれど、サーティアを疑う理由は、何一つ無い気がしてくる。
「そう言えば今日の時間割ってまだ出てないのよね。教科書、持ってきてないわ、わたし」
「時間割? 時間……割る……タイムスケジュールみたいなもの?」
「うん、合ってる。学校って大抵、45分とか50分授業をして、10分くらいの小休止を挟んで、次の別の授業が続くのが一般的なの。
けど、どの時間に何の授業をするかっていう時間割表が普通は初日に配られるんだけど、昨日無かったから」
「そうなんだ。ディラグニア先生、指導に意識持って行かれて忘れたとかなのかな?」
「どうなんだろ? 軍人さんみたいな言葉遣いだったから、実は頭は悪かったりして?」
「どうだろうね? 頭悪いって事はまず無いと思うけど、忘れんぼうさんとか?」
「あり得るー。と言ってる間にもう学校ね。5分って短いわ」
おお、確かにもう校門が見えてきた。荘厳な石作りの門。
ちなみに門兵みたいな厳つさの追加要素は無い。
「わたしちょっと教官室に行って、ディラグニア先生に教科書の件も含めて聞いてくる。ひとりで先に教室行ける?」
「あ、うん。大丈夫だと思う」
「あなたを見てると、わたし弟を思い出すのよ。凄く臆病な子でね。いつもわたしの足下から離れなかったり、ふふ」
「弟さんがいるんだ。確か三女って言ってたと思うけど、家族多いね」
「弟は『いた』のよね。一昨年、病気で死んじゃったんだ」
丁度門をくぐった瞬間に告げられた、弟さんの病死。
僕はなんと声を掛けて良いか、何が正解なのか分からず、固まった。
「あっ、ごめんごめん。もう一昨年の事だから、決して忘れはしないけれど今はもう気にしてないから」
「でも……」
「寧ろ勝手に弟と重ねてしまってごめんね。迷惑だったらいつでも言って、距離取るようにするから」
「め、迷惑じゃないからっ! 弟さんの事は、残念だったけれど、今のサーティアは笑顔になれているから、今は大丈夫なんだよね?」
「うん。大丈夫」
「安心した。サーティアは僕の初めての友達だから、弟さんには勝てないけれど、サーティアに笑顔になってもらえる友達になるね!」
「あらっ、男前なこと言うじゃない! あ、じゃわたし教官室に行くね!」
と、サーティアは校舎の中に駆け込んでいった。
僕も校舎に入る。昨日は駆け上がった階段を、今日はゆっくり上がる。
昨日は4人と友達になれた。まだカイエルとロザリアとは、あんまり話が出来てない。
それより気になるのは、昨日の席取り合戦で席が取れなかった、たった1人の白服。
随分ぽっちゃりした体型で、そばかすのある顔に癖の強いカールの金髪。
他の貴族の子供たちと、何か違いがあってああいう結果になったのだろうか?
階段を上がりきる。教室は階段の目の前。近いのは良いことだ。
教室に入ると、ライアスとカイエルが既にいた。他にも、黒服の人が多い様に感じる。
昨日の追い込み教練で、少し警戒感を上げてきたのかな? 見事に黒服ばかりがエレメント・オブ・ソードと戦う羽目になってたし。
「よう! フィロス!」
「あ、おはよう、ライアス、カイエル」
「俺、他のクラスにも聞いて回ったんだけどよ、昨日のアレ、どのクラスも『何かしら地獄を見た』らしいぜ」
「ディラグニア先生だけの指導法じゃなかったんだ」
ちょっと意外。
てっきりディラグニア先生『だから』ああいう指導になったのかと思っていた。
「何でも1組は、座れなかった奴には漏れなく重力魔法をドンと掛けて、『早く腰掛けよ』なんて言われたんだと」
「重力魔法を? 重力魔法って、確かロザリアが使った、エレメント・オブ・ソードを上から叩き潰した魔法の類だよね」
「ああ、そうだ。物の重さが掛かる圧力を変えられる魔法、って聞いたことがある。1組も大抵は黒服が、床を這いつくばる羽目にあったんだと」
うわぁ、厳しい。でも潰す程の力は加えられなかったんだ。やはり教育目的なんだな。
ロザリアが使ったグラビトロン? は、明らかに攻撃用だった。
けれど重力魔法それ自体は、かなり調整幅広く『重さが掛かる圧力』を調整出来るようだ。
「へぇー、他のクラスもねぇ……」
僕は自分の席にひとまず座り、制カバンを窓際の床に置いた。
時間割、というものが無い、とサーティアが言っていたが、僕もそれには対応出来るように、全科目の教科書をカバンに詰めてきた。
と、正面を見ると、一番前に『あの』白服がいた。
僕から話しかけて、大丈夫だろうか。無視とかされたら、気持ちが沈む。
でも気になる。あの彼は何故、白服が続々座っていく中で、一人黒服と同じ行動しか取れなかったんだろう。
僕は立ち上がった。決意と共に、左手をギュッと握って拳にして、開く。
ここは勇気! 何もしないのは簡単だし、サーティアを待つなんて手もあるかもだけど、動く事にした。