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【完結済み】大公閣下の孫はいろいろ分かってない  作者: 夢ノ庵
第1章 王立学院へ通う大公閣下の孫、最初から色々分かってない
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第5話 片付け組とのんびり組 僕は幸い後者

 ディラグニア先生の指示で、着席出来ていなかった殆どの黒服と、1人の白服は、血だまりの処理を含む掃除をさせられている。

 掃除は、貴族子弟・庶民子弟関係なく皆で、全ての授業後に、毎日行う、と学院案内の冊子には書いてあった。

 が、これは臨時だから、こういうことらしい。


 血の跡、というのは厄介な汚れで、水拭きしてもなかなか簡単には落ちない性質がある。

 魔法的には手伝えることでもあるのだが、ディラグニア先生は着席組には「手伝わないように」と明言した。

 今も黒服の女子2名と男子1名が、一生懸命モップでこすっているが、床が木だからもう染み込んでしまっていて、モップでは無理だ。


 いきなり厳しい指導を行ったディラグニア先生は、教室の隅にある先生用の机に腰掛けている。イスではなく、机に、しかも角にだ。

 さっきまでは、緊張やいきなりの魔法行使に目が行ってしまったが、先生自身もなかなか印象的なスタイルである。


 髪色は赤。それはあることとしても、一般的な赤髪、丁度ライアスの赤髪とは、少し色合いが違う。炎の様な黄色が、生え際の辺りに見える。

 衣服こそ普通の女性用パンツスーツ、の形状だが、上下赤色。更にそこに黒シャツと小さな赤いネックレスを合わせてくる辺り、個性的にも思える。

 顔立ちは凜々しく、目線は鋭い。今も教室の全てを監視している様な目線の動きで、ただぼんやり座っている訳ではないのが分かる。


 と、背中をちょんちょんと2回つつかれた。


「サーティア、呼んだ?」


「うん、さっきの先生の言葉から行くと、今わたし達って、何してても良いのよねきっと」


「そうみたいに思えるけど、どうだろう? さっきの指導を見ちゃうと、罠かも、とか思っちゃうな、僕だと」


「罠かな……?」


「罠かもよ……?」


 と、小声で話していたつもりだったが、ディラグニア先生の顔がいきなりこっちを向いた。


「罠を仕掛けて何の意味がある。今は『働くべき者だけが働く時間』だ。対象で無い者をどうこう縛ることはない」


「あ、は、はい」


 いきなりこちらを向いたので一瞬内心が凍りかけたが、先生的な立て分けの仕方なだけだった。


「センセー、寝てもいい?」


「ああ構わない。クラス3越えの魔法は疲れるからな。但し、あと20分ほどしたら起きてもらうぞ?」


「わぁい寝れるおやすみなさい」


 バタッ、と机にロザリアが突っ伏した。

 どうもこの掃除は、あと20分くらいを見越している様だ。床の血の汚れは、20分掛けようが取れないと思うが。


 ロザリアの「バタン寝」で、教室の雰囲気は緩まった。

 掃除をしていない生徒たちは、それぞれに言葉を交わしている。


 こういう時は、僕も人と話をするチャンスなのかな……。


「ねぇサーティア。こういう時って、何をするのが正しいの?」


「正しいかどうか、は、ちょっと難しいかなぁ。騒がなければ良いんじゃない?」


「そうか、そういうものなんだね。じゃあ僕は、教科書というのを読んでみるよ」


「フィロスって真面目ねぇ。じゃわたしは落書きでもしようかしら」


 と言って、サーティアがノートを取り出す。僕は僕で、床に置いた制カバンから、適当に一冊取り出した。

 教科書は、自分で買い付けて満足してしまって、まだ1冊も目を通していない。カバンから出てきたのは、魔法論Ⅰ総論という物だった。

 開いて、パラパラとめくってみる。えっ? 魔力制御の基礎? 少し進んで……定型魔方陣の発動……?


 ちょっと待て、これはあまりに基礎に過ぎる。

 僕は高等学校の教科書を買ったつもりで、初等学校の教科書を買ってしまったのか?


「ね、ねぇサーティア、良い?」


「ん? どうかした?」


「教科書って、これで合ってる?」


「んー、合ってるよ? 魔法論総論の1年生用の教科書だね。どうかしたの?」


「いや、内容があまりに初歩的だから、初等学校の教科書を間違えて買ってしまったのかと思って」


「……総論の内容って、一番頭に入りづらいって言われてるんだけど、そんなに簡単だっけ……?」


 貸して、と言うとサーティアは僕の教科書を手にした。

 パラパラとめくっている。目をこらしている様で、目の辺りの筋肉に緊張の様子が見える。


「やっぱり簡単じゃないよ。あーアレかなぁ、うちは魔法家系じゃないからそう感じるのかも知れない」


「家の……属性? で、差が出るの?」


「出ると思う。さっきのロザリアくんみたいな人だったら、多分授業出ることに意味なんてないと思うし」


「そうなんだ。サーティアにとっては、どうなの?」


「わたしは基礎から積み上げていかないと厳しいなぁ。魔方陣の構築の理屈がよく分かってないくらいだし」


 なんと。魔法の知識に於いて、貴族子弟の間でもそれだけの差があるものなのか。

 そんなに差がある面々を1つのクラスに集めて、どのような訓練や鍛錬が出来るんだ?

 かたや魔方陣の構築の理屈が分からない、かたや僕も知らないクラス4魔法を自在に行使する。


 クラスにまとめる意味が、本当に分からないんだが……


「出来たっ」


「えっ?」


「どうかな、フィロスの横顔。ちょっと幼い感じになっちゃったかな?」


 と、サーティアがノートをひっくり返して見せてくれる。そこには確かに『僕』がいた。


「凄く上手いね……絵は僕、全然描けないんだけど、サーティアの才能は、凄いと感じる」


「才能なんて大したものじゃないよー、フィロスも練習すれば、この位すぐ描ける様になるよ」


 ノートをサーティアに返す。練習すれば出来る、と言われたが、どうにもそうなれる予感はしない。

 サーティアの絵は、独特のデフォルトがされていた。写実的なスケッチと比べると、特に目が、かなり大きめに描かれている。

 だがそれが逆に、僕という人物を見事に描いてある感じなのだ。写実的ではないのに、何故か似ていて、親しみを感じた。


「そろそろ時間だ、掃除組。掃除道具を洗い、定位置に片付けろ」


 おっ、もうそんなに時間が経ったのか。サーティアと話していると時間が経つのが早い気がする。


 掃除をしていた生徒は皆汗だくだ。身体強化魔法を使えば大したことも無いだろうが、

 さっきの黒服の攻撃魔法を見ると、そもそも使えないのかも知れない。


 エレメント・オブ・ソードの残骸を片付けている生徒、血の汚れに奮闘していた生徒。

 この辺りは特に。エレメント・オブ・ソードの残骸は、重いからな。


 少しして、全員が着席をした。

 席数は……5列6行だから30席か。この30人とまずは仲良くなるのが、僕の課題、という訳だ。


「次の行動は、校舎正面での写真撮影だ。撮影後、写真はすぐ交付され、そのまま各自帰宅して良い。

 明日から朝8時半にホームルームを開く。遅刻のないようにせよ!」


 ほおむるうむ? また新しい単語が出てきた。後でサーティアに聞ければ聞こう。


「総員起立!」


 先生の掛け声がとどろく。白服も黒服もサッと立ち上がったが、やはり黒服の生徒は行動がもたつく感じが否めない。


「では各員、校舎正面へ移動せよ。我々は時間を労したから、他のクラスが先に撮影をしているはずだ。故に場所は行けば分かる。散会!」


 ディラグニア先生がその手をぶんっと横に振る。僕はここまでの礼を籠めて軽く頭を下げた。他の貴族生徒たちも各々軽く会釈をした。

 これに付いてこれていないのが黒服組だ。すぐに動き出す者、白服の動きを見てキョロキョロする者。半々くらいに分かれた。


 ディラグニア先生は、その動きをつぶさに見ている。

 外見からするとただ立っているだけなんだが、細かい視線の動きは、誰が会釈もなしに動いたか、誰がすぐに行動出来ていないか、しっかり捉えていた。

 これは明日の朝から、またいきなりのサプライズがあってもおかしくないな。


「じゃ行こっか、フィロス」


「あ、うん。ほうむるうむって先生がさっき言ってたけど、アレってどういうことをするの?」


「ホームルーム? 出欠の確認とか、あとはいろんな連絡? 


 時には生徒側から先生へ質問とかも、その時間にまとめてする、みたいなのがホームルームだよ」


「なるほど、朝の伝達と訓示みたいなものなんだね」


「訓示ってほど堅苦しくない、はずだけど……ディラグニア先生だと、訓示の方が言葉合ってるかも知れないね」


 サーティアが苦笑いの様な表情で笑う。僕もつられて同じように笑った。


「おっ? フィロスはもう女子を囲ってるのか?」


 歩き出した僕に後ろから声が掛かる。この声は……


「ライアス君。囲う、なんて言い方は、サーティアさんに失礼だよ」


「いやいや、どう見たってもう仲良いじゃねえか。大公閣下の孫は、手だけは早い、と」


 ライアスがニヤリと笑う。これは少し怒っても良い案件だな。


「もう一度言うよ、ライアス君。その言い方は、僕に対してより、サーティアさんに失礼だ。謝罪をしなよ」


「説教かよ、フィロス。実際もう女子と仲良くなってるのはお前くらいだろ? 言われても仕方ないだろ?」


「そうじゃない。僕のことはどうでも良い。さっきの『囲う』と言う言葉。サーティアさんからすれば」


「はいストーップ。フィロスも、ライアス君も、熱くならないで。そんな言葉、わたし三女だからこれまでも散々言われてきて、慣れてるからね、わたし」


 僕とライアスの間に、文字通りサーティアが割って入った。


「ライアス君? わたしはフィロス君と友達になったけど、それ以上の関係じゃないわ。見れば分かるでしょ?」


「そりゃ、まぁ……な」


「茶化したいのは、中等学校程度までにしておいたら? 高等学校でソレするの、少し惨めよ」


「ぐっ……」


 サーティアの的確な、そしてわずかな言葉が、ライアスを簡単に追い詰めた。

 そうか、言葉をたくさん使わずとも、こういう言い方で攻めていく、というのもあるんだ。

 僕にはちょっと真似が出来なさそうな方法だけど、良い勉強になる。


「さ、フィロス。時間を無駄にしてると先生に怒られちゃいそうだわ、行きましょ!」


「うん。ではライアス、ごきげんよう。また明日」


「お前のその丁寧さ、時にイヤミにしか聞こえねぇぞ……」


 うん、それで間違いない。今回は嫌みとして言っている。

 さっきが余裕がなかっただけで、僕とて最低限の会話は出来る。家族や使用人たちのお陰だ。

 もっとも、嫌みのレパートリーはほとんど無いんだけど。今回のはセバスの嫌みの真似だし。


「あ、サーティア待って!」


 ライアスに嫌みを言っていたら、サーティアはもう先に行っていた。

 一人になると、途端恐怖感が湧いてくる。まずこれをなんとかしないと、サーティアにも迷惑を掛けちゃうな……



 ***



 校舎を出ると、既にディラグニア先生がイスに腰掛けていた。先生に似つかわしくない、生徒用と同じイスだ。

 ディラグニア先生の横には、それぞれ左右に5つのイスがあり、先生の後ろは少し高い段になっていた。


「フィロス! ぼんやりしているな! お前の席はここだ!」


 と、ディラグニア先生は自身の座る席の1つ左の席を平手でバンと叩いた。


「指定……席?」


「あなただけな気がするわ」


 サーティアは駆けていって、後ろの段に乗った。こういう場にも、慣れているのだろう。

 僕も急いで駆けていって、先生の隣の席に着席した。


 先生はチラチラ後ろを確認しつつ、大きな声で立て続けに指示をした。

 どうも黒服は、後ろの段の真ん中辺り、白服は、前列のイスと、段の上の左右、という配置らしい。


「揃ったな。写真撮影に移る、総員前方へ構え!」


 まるで軍事学校の様な掛け声の中、僕も前を向いた。





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