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【完結済み】大公閣下の孫はいろいろ分かってない  作者: 夢ノ庵
第2章 王立学院へ通う大公閣下の孫、恋愛も色々分かってない

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最終話 揺らぎと結実



 翌朝、僕は少しだけ寝坊をした。

 家族でもない貴族夫人と外交なんて初めてだったから、疲れたんだろう。


 それでも、急げば学校に遅刻する程でもない程度の寝坊だったので、

 手早く洗顔、歯磨き、身支度、着替えを済ませ、セバスのパンを口に突っ込み、

 制カバンを持って大使館の通用口を開いた。


 そこには、いつものようにサーティアがいてくれて、目が合うなり微笑みを浮かべてくれた。


「おはよう、フィロス。あなたがパンをそんな風にしてるの、初めて見るわ」


 さすがにパンをくわえたままではしゃべれないので、空いてる手でパンを口から外す。


「少しは食べてかないと、さすがにお昼ご飯まではもたないからね」


「でもどうしたの? お寝坊さん?」


 サーティアが、少しからかう様な口調で言う。


「あー、うん。お寝坊さんだね。認めるしかない」


 そう言って、少し恥ずかしかったのでパンにがぶりとかじり付いた。


「でも、食べながら歩ける? 市場に行った時には、随分と食べ歩きに驚いてたけど」


「うん、最初は気になったけど、少し練習してみたら慣れたよ」


「……練習、するものなのかしら。まぁ、フィロスには、そうなのかもね」


 ちょっと不思議そうな表情を浮かべたサーティアだったが、すぐに笑みに戻る。

 はあー……この日常が壊れなくて、本当に良かった。

 もし昨日、無策で1日を過ごしてしまったら、ここにサーティアはいなかっただろう。


「そう言えばちょっと気になったんだけど、聞いてもいいかしら?」


「ん? 何だろ?」


「確かわたしって、あなたに下宿先の事、言い忘れてたと思ったの。

 けれど、あなたはうちに辿り着けたじゃない? 一体どうやったの?」


 キョトンとした顔。疑いというより、単純に疑問符、という無垢な表情で聞いてきた。

 こ、これは困ったな。事実をストレートに言うには、まだ少しセンシティブな時期だ。避けたい。


「ん゛、ん゛ー。それは、本領との、その……」


「あ、言ってた密偵の人? その道のプロの人だったら、そりゃ住んでる所くらい分かっちゃうか」


「そ、そんなところ……かな?」


「密偵の人の話は、フィロスもあんまり言えないのかな? 聞くのも悪いから、忘れておくね」


「……ありがとう」


 言えない。

 まさかブラジャーのサイズ表を、男2人で必死に漁って特定したなんて。

 ここは何とか温厚に、密偵さん達のお手柄という事で誤魔化してしまおう。


「じゃ、そろそろ行こっ、フィロス。パン食べながらで良いからね」


「う、うん、ありがとう。このパンさ、見た目よりうんと柔らかいから、食べやすいんだ。味も抜群。食べる?」


「うん、ちょっと欲しいかも」


 僕もサーティアも頷いて、口を付けてない反対側を、手のひらサイズにちぎって渡す。


「これも昼食のブールパンと同じで、セバスのパン。しかも焼きたてだから、美味しいよ」


「じゃ頂くね。はむ……んー! ふゅごい、かおり、ワ゛ター? ふわっ、おいひい」


「食べながらしゃべるのはどうかと思うけど、うん、可愛い」


「かっ! ……むぐ、んん。フィ、フィロスそんなこといきなり言うの、反則よ……」


「でも可愛かったから可愛いって言ったんだ。いつもの芯の強い感じじゃない、ちょっと抜けてる感じが予想外に可愛かった」


「むぅ。なによその抜けてる感じって。美味しかったんだから仕方ないじゃない……」


「あはは、責めてる訳でもなんでもないんだよ、ホントに、いつもとちょっと違ったのが不意に可愛くてさ。気に障ったらごめん」


「……気分は悪い訳ないけど……ちょっと恥ずかしい」


 朝の光の下でも分かるほどにハッキリと、サーティアの頬は赤くなっていた。




 ***




「じゃ、行こっ。今朝の小テスト、遅刻1分で1点減点だって」


「う、うん。減点は避けたいね」


 僕は最後のひとかけを口に押し込んだ。

 表通りに出ると、夜中に一雨あったのか、街の匂いが少しだけ湿っているのを感じる。

 サーティアの白いスカートが朝の爽やかな風にさっと揺れて、歩幅が合うたび布の影が伸び縮みした。


 ふと、サーティアが言う。


「昨日の……その、エミリアおばさま。フィロス、厳しかった?」


「うーん、厳しいというか……いかにも貴族夫人らしい人だなって思った。古めかしいというか、固いというか」


「ふふ。なら、あなたの正直さでその固さ、押し切ったのね?」


「押し切った……とまでは言いづらいけど、逃げなかった。

 社交界、ずっと2分で脱走してたけど、今回は1対1の圧が掛かる場面だったけども、逃げなかった」


「2分だけかしら?」


「どうだろう、時間見てなかったけど、20分くらい? かな」


「成長してるじゃない」


 サーティアは肩で小さく笑った。笑いがスッと切れたところで、ほんの少しだけ表情が引き締まる。


「それで、今日……ロザリアと……話す?」


「うん。話す。話さないと、僕らは前に進めない」


「なら、私も一緒に行く。3人で。ダメ?」


「ううん、もちろんそれで良いよ。寧ろそうでないと結論が出せない」


 僕は一息吐きつつ頷いた。頷いてから、心臓の内側がばくん、と一度大きく跳ねた。

 三人で話すこと。昨日のサーティアの変貌。ロザリアの敗北。一気に頭の中を流れる。


 正直、怖いって思いはある。けれど、逃げない。もう、逃げない。

 これからずっと、僕の横にはサーティアがいてくれる。だからもう、僕は逃げない事に決めたんだ。


 校門に近づくにつれ、生徒のざわめきが濃くなる。

 白と黒の制服が混ざる流れの中、視線が数粒、僕らに刺さり、すぐ流れる。

 昨日の余韻は、まだ少し残っているらしい。


 講堂の影の隅で、ライアスが大声を上げながら部活の募集紙を配っていて、こっちを見るなり親指を立てた。

 僕は親指を同じように上げて返した。伝えるべき人に伝わっていく、そういう小さな合図だ。


 ロザリアは、すぐ見つかった。教室の、いつもの場所。廊下側の席。いつもの居場所。

 机に肘をのせ、頬杖をついた横顔。三角帽はもう無い。魔法院の発明で、無限食料補充地獄から解放されたロザリア。

 ロザリアの三角帽は無くなったが、その代わりに、少し柔らかい青色の、絹紐らしきテカリのある素材の小さなリボンが、頭の左横で結ばれていた。


 リボンというと、大抵は女子が付けるアクセサリーだ。学院の男子でリボンを付けている人は見ない。

 女子が選びがちなピンクや赤系では無く、青色の。けれど男子は決してそうしない、リボン結びの髪飾り。

 揺れる心、女性に変身までした挙げ句に辿り着いた『自分の位置』がきっと、あの青色のリボンなんだろう。


「おはよう、ロザリア」


 僕とサーティアが近づくと、ロザリアは頬杖のまま目だけこちらへ滑らせ、わずかに微笑んだ。


「おはよう。……2人とも、顔色、悪くない? よく寝た?」


「僕は少し寝坊した。でもパンが美味しかったから、挽回出来たよ」


「うん、それ、重要」


 ロザリアは頬杖をほどいて、まっすぐ僕らを見た。その視線こそ、力みの全く無い緩い視線だが、逃げてない。真っ直ぐ見てくる。


「で、話、だよね。2人揃ってぼくの前に来るってことは」


「うん。場所を変えよう。防諜結界を張れるところが良い」


「なら屋上。鍵は……うん、大丈夫。先生の巡回は一限目の前には来ない」


 サーティアが軽く目を丸くした。


「鍵?」


「借りっぱなしの、古い方。返すタイミングを逃してそのまんま。

 不正じゃないよ、先生の許可が昔に出たまま、更新が止まってる。それだけ」


「まぁ、ロザリア君が言うなら、きっと大丈夫ね」


 僕らは連れ立って階段を上り、屋上へ出た。冬を目の前にした冷たい空気が耳をかすめる。

 空が近い。石の床の端の方に、誰にも使われず置かれたままといった様子の木のベンチが2つ。

 それに三人で横に並ぶか、向かい合うか、一瞬迷って、互いの顔が見える様に三角形に座ることにした。


 僕とサーティアがセット。

 ロザリアが1人。

 もう話す前から結論を押しつけてる配置だな、と、ふと思ってしまう。


 風が一段強くなった瞬間を掴んで、僕は魔力を一枚、薄く広げた。

 手先から広がる紫がかった魔方陣が何の抵抗も無く僕らを包む。


「【簡易防諜結界】。……先生みたいな完全遮断じゃないけど、これで十分だよね」


 ロザリアは、あー、と一言、無意味そうな音を口から出した。そしてふっと目を細める。


「自分の声が、自分に返ってくるね。うん」


 そっと沈黙が宿る。外の風の音も、結界に阻まれて聞こえない。

 場の空気が真ん中にすべって集まっている感じがする。


 最初に口を開いたのは、僕だった。


「僕は、逃げないで言う、って決めた。サーティアのことが、好きだ」


 サーティアは目を閉じて、息を一つ。

 それからゆっくりその目を開いて、僕を見て頷いた。

 斜め正面に座るロザリアは、唇だけで「知ってる」と形を作った。


「でも同時に、ロザリアのことも、放ってはおけない。単なる友達として、以上に。

 けど、恋人として、という線の手前では、僕の足は止まる。

 僕は……多分、根本的に怖いんだと思う、『選ぶ』ってことが。

 それが、誰かを排除することに直結するのが」


「排除、ね。大公家の人らしい言葉だね」


 ロザリアの声は淡々としている。

 けれど、短い言葉のその内側に、これまでに感じなかった波があるのを、何となく感じ取れる。


「ぼくは、もう昨日までに言った通り。フィロスに『選ばれない可能性』を覚悟で、告白した。

 だから、痛いけど、納得はしてる。……納得は、してる。けど、これはこれで、言っておく」


 ロザリアは胸元に触れた。


「ぼくは『作られた体』を、選び直した。フィロスに追いつくため、なんて、それは半分は嘘。でも半分は本当。

 半分の本当は、ぼく自身のため。『人間の女』という形は、フィロスと恋をするためだけにあるんじゃない。

 ……ぼくがぼくであるために、ある」


 サーティアがそれに紛れるように小さく笑う。


「強いわね。……ううん、違うかな。強いというより、ちゃんと自分で決めてる」


「決めないと、いつまでも他人の手の上でしか踊れないからね。ぼくはそれは好きじゃない」


 ロザリアはそこで視線を僕に戻し、言葉を選ぶみたいに、一拍置いて話した。


「だから、改めて。フィロス。君がサーティアを選ぶなら、それでいい。

 ぼくは君の隣の席じゃなくても、同じ教室の空気の中にいられるなら、それで、ひとまずは、いい。……けど」


「けど?」


「『人の心は変わる』。君がいつか苦しくなったら、ぼくのところに来て。

 ぼくはその時も、多分ここにいる。必要不可欠だったあの帽子から、この何の機能もないただのリボンに付け替えて」


 サーティアが肩をすくめた。


「ずるい。未来の保険をかけられると、私の方が緊張するじゃない」


「ずるいよね、ぼくもそう思う。けど、正直に言えば、これがぼくの精一杯」


 サーティアはロザリアの方へ片手を伸ばし、手の甲に軽く触れた。


「分かった。私も、ずるいのはそこまで嫌いじゃないわ。

 ずるいのって、女の特権みたいなものよ、あなたも含めてね。でも、私も言うわ。

 わたしはあなたを、友達として好きよ。ライバルとしても嫌いじゃない。

 だから、フィロスを選んだ上で、あなたと仲良くしたい。勝ち負けじゃなくてね」


「うん」


「勝負したい時は、模擬戦でやればいいわ。それこそ、3人対先生とか」


「それは多分ぼくらの方が普通に死ぬ」


 3人分の笑いが同時にこぼれて、結界の内側に生暖かく広がった。

 笑いの後に残る静けさは、もう怖くなかった。三人とも、呼吸が同じ速度になっている。


 僕は、手のひらを膝に置いたまま、小さく握って、開いた。

 逃げないと決めたから、最後の言葉も、ちゃんと口にする。


「サーティア。改めて――一生ずっと、付き合ってください」


「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 返事の音が、思ったより軽やかだった。軽やかで、ちょっとだけ震えていた。

 サーティアはいつもの芯の強い目で、けれど目尻だけ柔らかく曲げた。


 ロザリアが、鼻で笑った。


「おめでとう。……おめでとうって、言うの、ぼくけっこう上手いかも」


「ありがとう、ロザリア」


「ただし条件付ける。二つ」


「条件?」


「うん。まず一つ目。フィロスは2分は絶対逃げないこと。何があっても。

 2つ目。困ったら、ぼくを使うこと。ぼくにはそのための体力と魔力と、あと、変な覚悟がある」


 僕とサーティアは顔を見合わせて、同時に頷いた。

 2つ。2分。2人。数字が今日は味方をしてくれる。


 結界を薄く解いていくと、朝の音が戻ってきた。チャイム前のざわめき。廊下を走る靴音。空の遠くで鳴いた鳥の声。


 日常が、こちらを見て待っている。

読んで頂き、ありがとうございました。

次回作、また代表作などもどうぞよろしくお願いいたします。

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