第39話 追憶になりかけてる人を探す
廊下を歩き、階段を上がっていく。
いつも何気なく通り過ぎている場所に、僕はサーティアの面影を見出したかった。
授業中で誰もいない階段にそれを期待したが、薄ら浮かぶはなからその残影は消えてしまう。
どうすれば良い? もうなりふり構ってる場合じゃない。
サーティアがもしも教室に残っていてくれたら、少しはなんとかなるかも知れない。
けれど帰ってしまっていたら……場所が分からず手の届かない相手に、どう僕は話しかければ良いのか。
教室の前まで辿り着いて、後ろ側のドアを開ける。横開きのドアは嫌でもガラガラと音を鳴らす。
「フィロス! お前、どうしちまったんだ?! サーティア、ムチャクチャ怒ってる感じだったぞ?!」
教室に一歩踏み込んだ途端、これだ。
ライアスから質問というか、僕にしてみれば魔法爆撃と変わらないダメージが、心のど真ん中に来る。
「どうもこうも……授業中じゃないの?」
「さっきサーティアが、無言で荷物まとめて出てってから、誰も落ち着いて授業なんて受けられる状態じゃねぇよ!」
「先生としてはそれで良いんですか……?」
プラテーア先生は、教壇の横の椅子に深く腰掛け、少し後ろに傾けてすらいる。
「授業というのは、平常な精神状態を前提として構築されておる。
つまり、過度に浮き足立った状態、これが鎮まらないものであるならば、授業をしても意味の無いことである」
と、言ったと思ったら目まで閉じた。教室が落ち着かないから授業放棄するのか。
まぁ元々、魔法論総論の授業は「ほとんど皆寝ている」からなぁ……その平常な精神状態とやらは、睡眠は平常扱いなのか?
そんなことを思っていたら、いつの間にかライアスに距離を詰められていた。
「女泣かすのは良くねぇ。しかも婚約者になった早々泣かせるってのは、そりゃもう男女交際する資格がねぇんじゃないか?」
「…………」
言われれば、ぐうの音も出ない。
増して言えば、実はそこにロザリー偽王女からの告白まで付いてきて……なんて言ったら、正義感の強いライアスの拳が飛んできそうだ。
「……サーティアが帰ってしまってから、どれくらいが経ってる?」
「あぁん? ざっと……40分ってところか? 前の授業の終わり頃だったぞ」
40分。ロザリアと話していて時間は分からなかったが、随分と経ってしまっている。
状況は劣勢。サーティアは既に帰宅済みで、今から駆け出したところでもう手は届かない。
考えろ、僕。
これまで鍛えてきた頭は、今日の日のためにこそあるんだ。頭を回せ……
サーティアは、下宿先が、という事を言っていた。
つまり、王都駐在用の子爵邸は、無い可能性がある。
貴族邸宅、という括りだけで探すと、落とし穴に落ちる。
ただ、サーティアはその下宿先の場所を、大使館の先の坂の方、という事も言っていた。
大使館から向こう側は、確かに緩い坂になっていて、住宅地区だ。貴族邸もあるし、富裕層庶民の家もある。
これまでも、サーティアが坂の上から急いで駆けてきたのは見た事があるので、方向は絞れる。そこは間違いない。
距離は……大使館から歩いて5分、とか言ってた様な気もするが、思い違いかも知れない。
探査範囲は徒歩5分で絞ると掴めない可能性がある。徒歩圏内、程度の距離で見込んだ方が良いだろう。
ただ如何せん問題になるのは、下宿先がどういう所なのか、詳しく聞いてなかったことだ。
誰かの、例えば親戚の邸宅を間借りしているのか、あるいは学生専用の下宿寮、そういうことを扱うタイプの宿屋……考えれば考えただけ可能性は存在する。
しらみつぶしに一軒一軒尋ねることも、最終的には出来なくは無いが、そこまでしたらさすがに、つきまとい型の犯罪者とやってることが変わらない。
……たとえ犯罪者呼ばわりされようが、僕は今日のうちに必ず、サーティアと話をする。
手段の選り好みなんてしている場合じゃない。サーティアと再開する、その結果こそが全てだ。
「おい、聞いてんのか、フィロス!」
不意に肩を持たれ揺さぶられた。
意識がふと世界に戻ると、さっきまでは怒りで僅かに紅潮していたライアスが、もう真っ赤である。
「悪い、聞いてなかった」
「な、貴様っ」
「僕は今、サーティアとの問題を解決する手段を全身全霊で考えている。
邪魔をするなら、排除する。ライアス、たとえ友人であろうが、僕の思考の邪魔をするな」
「何ぃ?! うっ、ぐ……」
一瞬拳を固めそれを引き絞ったライアスだったが、僕が気を入れて睨み付けると、攻撃態勢のまま、固まった。
もうこれで邪魔をすることはないだろう。再び思考の海に潜っていく。
……何があれば、サーティアの家を特定出来る?
逆方向も考えよう。サーティアの家であれば、必ずあるものは何だ。
白服。制カバンなどの学校用品。
けれどこれらは室内に入れられるもので、外部から発見するのは難しい。
サーティアに贈ったペンダント。……今も着けてくれているかすら、もう怪しい状況になってしまった。
魔導具は固有の波長を有するから、理屈上その波長を追えば辿り着ける。
けれど、それは余程専門家寄りの話で、僕がひょいと出来るような話ではない。
売主のサルヴァさんであれば、固有波長を控えている可能性はある。だが望み薄だろう。
サーティアの家……いや固執しすぎるな自分、もっと視野を広く持て。
そもそも住まいなんだ。そして、世話をしてくれる人がいる。サーティアはそういう環境にいる。
住まいという括りで行けば何が必要だ? 水・食料・衣服。燃料は、魔法で代替される場合もあるので必須ではない。
水は、あの辺りの地域であれば、上下水道完備だ。だがそれは「あの辺りの全ての住まい」が同じ条件だから、絞れない。
食料。以前サーティアには、ツナのサンドイッチをもらった事がある。
ツナの買い入れ先を逆順に辿れば……いやダメだ、毎日食べている訳でもないだろうから、確実性に欠ける。
衣服。
……衣服?
貴族子弟と庶民を分けるのは、ここが一番大きいかも知れない。
貴族は基本的に、服屋に持ってこさせて家で買う。庶民は服屋の出している店に行って買う。
服屋か……大使館には、本領から衣服を一式持ってきて過ごしているので、大使館出入りの衣服屋、というのは無い。
そのツテがあればと思ったが……
……いや待てよ。ツテの大元と繋がっていそうな人物が、1人いるじゃないか。
僕は、プラテーア先生の目の前の席に座るデュアに視線を向け、
「デュア!」
と一言、口に出した。自分の思っているより随分大きな声で呼び掛けてしまった。
呼ばれたデュアは、飛び退く様に立ち上がると、その場でこちらを向き、緊迫した表情をしていた。
緊迫したいのはむしろこっちだ、と思いつつも、僕はデュアに向けて声を飛ばす。
「デュア、君は商売屋の家だと前に言ってたね? 王都の中でも、大公領大使館より坂の上に、何か商品の納入は?」
「はっ、はいフィロスさん! その辺りはうちの商売の中でもど真ん中です! 何かお役に立てますか!」
「それは良かった、是非力を借りたい。ちょっと廊下に来て欲しい」
「は、はいっ!」
固まったままのライアスも邪魔だし、聞かれるとそれはそれで厄介なので、廊下で静かに話す事にした。
ドアを開けると、またガラガラと音が鳴る。今日ほどこの音が煩わしいと感じる日は他にない。
「……デュア。今からは『悪だくみ』の相談だ。だから声は本当にギリギリまで絞って欲しい」
扉を閉じたデュアに言うと、デュアは相変わらず固い表情のまま、二度頷いた。
「今僕は、サーティアを失うかもしれないギリギリの瀬戸際にいる。だから、手段の善し悪しは問わない。
デュア、まずストレートに聞く。デュアはサーティアが住んでいる家を知ってるか?」
「も、申し訳ありません。存じ上げません」
「そんな肩肘張る様なことはない、もっとリラックスして行こう。何せこれは、悪だくみなんだ。正義なんて要らない。
じゃあ、サーティアは何処かに下宿している、という情報を、君に流す。これだけではまだ絞れない?」
「下宿……あの地域は、貴族邸と富裕庶民の邸宅の混在地区ですから、どの家でも女性1人増えて部屋に困るような事はありません」
「そうだね、部屋は困らない。けれど衣服はどうだろう? 女性モノの衣服、特に下着なんか」
「下着! さすがフィロスさん、素晴らしい着眼点です!」
「声が大きい」
「す、すいませんっ……貴族子弟の下着、特に女性ですから、ブラジャーが恐らく一番、追えるかと」
「ブラジャーが? ちなみに何故?」
「フィロスさんはご存じないかも知れませんが、女性のバストサイズに合わせたブラジャーをしないと、
将来のバストの型崩れなどを招きます。ですから『成長中のバストサイズに合ったブラジャー』に、『定期的に替える』。
これは成人の貴族女性でも同じですが、成長期のご息女であれば尚のこと。毎回採寸をしますし、その採寸の情報は必ず記録が残ります」
「よっし……! これで少なくとも一歩前進だ。僕の都合で振り回して悪いけれど、直ちにその採寸情報からサーティアの家を探して欲しい。
僕もこれ以上今日ここにいる意味は無いから、大使館に戻る。大使館の場所はもちろん分かるよね?」
「はいっ、それはもちろん。……では僕も荷物をまとめてすぐにご指示の実行に移します。
……フィロスさんがまさか、下着のデータを所望されるとは思いませんでした」
「……手段の善悪なんか、今はどうでも良い。後でサーティアに罵られれば済む事だ。このままだと、罵られる以前に、話しかけられなくなる」
「切迫したご状況、理解致しました。迅速・最優先でこの秘密任務、遂行します」
「頼んだ、デュア」
デュアは頷いて、さっきのしおらしさは何処へ行ったかと思える程に勢いづいて教室に飛び込んでいった。
僕も彼に遅れて、教室に戻る。さすがに荷物をほったらかして帰る訳にもいかない。
教室の中は、少しざわめいていた。
まだ授業中の時間――もっとも教科担任は寝ているが――だからか、席には皆付いている。
「な、なぁフィロス。ロザリー王女様はどうしたんだ?」
少し頭が冷えたのか、怒りのテンションの抜け落ちた声でライアスが尋ねてくる。
「さあ?」
抑え込んだつもりの声に、何かが滲んだのかもしれない。
教室の空気が、妙に静かだった。ライアスの返しが遅れるほどに。
「さあ、って、無責任な……学校の中で迷子になってるんじゃないか?」
「多分だけど、早急にご帰国されると思うよ。まぁ……それだけ交渉の結果が悪かった、という事だよ」
「そうか。1ヶ月、あの可愛らしいふわふわ髪の、花の香りがするお姫様が俺の前の席に居てくれる、って思ってたんだけどな……」
ほお。
ライアスにとっては、ロザリアならぬロザリーは、好みのど真ん中だったのかも知れない。
さっきまでの勢い、そして今のガクッと肩を落とし表情を曇らせた様子を見ると、容易にネタばらしは出来ない話だなと強く感じる。
僕は少し惚けているライアスの事はそこまでとし、自分の荷物をまとめて、不愉快なドアを開けて教室を出た。




