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【完結済み】大公閣下の孫はいろいろ分かってない  作者: 夢ノ庵
第2章 王立学院へ通う大公閣下の孫、恋愛も色々分かってない

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第37話 優しさの限界


「少し落ち着けて来たみたいね」


 突然怒濤の『泣き』に入ったロザリアには正直困惑した。

 サーティアが優しく頭を撫でつつ、つたう涙を拭っているうちに、段々と激しかった嗚咽が収まってくる。


「ロザリア。叩いたりして、悪かったよ。でも、ノーダメージでしょ? 頑丈なんだから」


 僕が言うと、サーティアがいきなり、思い切り怪訝そうな顔付きをこちらに向けてきた。


「あなたもあなたよ。親友に平手打ちなんてされたら、身体のダメージなんて全然関係無いわ。

 気持ちが、心が、ノーダメージなはず無いじゃない」


「あっ……」


 迂闊な事を言った、と思った。

 そして、その迂闊な事を言ってしまう程、まだ僕の人間理解は足りていない事を痛感させられた。


「ねぇロザリア君、少しは落ち着いて来た? お話し、出来そう?」


 相変わらずサーティアの口調は、幼い子供に向けたそれだった。

 言われたロザリアもまた、その目を手で拭いながら、うつむき加減に頷いた。


「もし、ロザリア君、あなたが、このまま王女様のままフィロスの気持ちを揺らがせ続けるなら……

 わたしもこんなに優しくしてなんてあげられないわ? 本気で迎え撃つわよ。

 女子のネットワーク、舐めてもらっちゃ困るの。女子が女子と群れるのには、相応の訳があるんだから」


 ゆっくり静かに語りかける口調ではあるが、何だか不穏な空気感がひしひしと伝わってくる。

 サーティアの横顔は、笑顔である。いやだが何か不自然だ。貼り付いた様な笑顔にすら見える。


「わたし、ちょっと怒ってるんだ、実は。フィロスとわたしの事、あのレストランで、見張ってたのよね?

 どうなって欲しかったの? フィロスが恥をかくのが見たかった? それともわたしが怒って出てくのが見たかった?

 ねぇ、教えて? なんでわたしのフィロスの先回りまでして、あなたはフィロスを監視してるの?」


 少しずつ。言葉が重なるに連れて、少しずつ。

 サーティアの声が、低く下がっていく。最後には、僕ですら怖いと感じる程の声音になっていた。


「2人が……友達で止まるところを見て安心したかった」


 気圧される様にロザリアの身体が逃げている。勝手にそうなってしまってる様にすら見える。


「ふ~ん、友達止まりに、させたかったんだ。じゃあ初めから放っておけば良かったのに。

 そしたら、フィロスはわたしを食事に誘うこともきっと無かったし、ずっとあのままの距離だったと思うわ。

 敢えて一度近づけて、それでも友達止まりにさせたいって、なんで? わたしちょっと分からないなぁ」


 声音は、穏やかなアップダウンを繰り返す。まるで本当に分からない事を自然と聞いているかの様な口調。

 だが、サーティアは何を狙っているんだろう……

 ロザリアに揺さぶりを掛けても、もう女として付き合う事はないって僕が言ったんだから、完結してると思うのに。


 もしかして、僕の言葉が信じてもらえてない? いつかまた、ロザリアに傾ぐ『芽』を摘みに掛かってる?


「ねえ、ロザリア君。教えて? そこまでしてフィロスに執着してるのって、なんで?」


「ぼ、ぼくだって……自分の事を分かってくれてるパートナーが欲しかった。

 ねぇサーティアっ、それってそんなにダメな事?! ぼくだって、性別曖昧かも知れないけど、人間じゃないかもしれないけど、心を持った一個体だよ?!

 心があるんだから、自分が好きになった気持ちを成就させようとするのが、そんなに罪なの?! それはぼくがホムンクルスだから?!」


「ううん、あなたが、女でも男でも、それこそ同性愛者でも、関係無い――わたしのフィロスを奪おうとする事が罪なの」


 ゆらぁっとサーティアが立ち上がる。ロザリアのほぼ真上、極端に見下す様な視線のまま、距離を詰めた。


「れ、恋愛が先着順なんて、誰が決めたんだ!」


「わたしが今決めました。あなたとフィロスは永遠に交際しない。その一線を踏み越えるつもりなら」


 すうっと腰から折れたサーティアは、ロザリアの横から真正面を覗き込む様に位置取った。

 サーティアの後ろ頭しか見えない。サーティアの表情も読めないし、ロザリアの様子も分からない。


 その少し不気味な体勢で、サーティアが何かを立て続けに呟いているのは聞こえた。中身は分からない。

 けれどその後のロザリアの反応が想定外に激しかった。

 ロザリアは椅子からパッと立ち上がるなり、その真っ青な顔のまま部屋の隅に駆け込んだ。


 サーティアもすぐそれを追う様に動いた。が、ロザリアは手を伸ばし、【極限結界】の魔法を行使した。

 極限結界。結界魔法の中でも、最上位級。結界破り系の魔法で破るのが不可能な、ほぼ無敵の結界だ。

 光の行き来も遮断するから、ロザリアが辿り着いた部屋の隅に、真っ黒な箱の様な物がある状態になっている。


 と、一瞬僕は極強い寒気を感じた。何かと思うと、サーティアが箱状結界を前に、僕をじっと見ている。

 そして、何も言わずに、ただその右手の親指を首に添え、左から右へとシュッとスライドさせた。

 サーティアがあんな俗的表現を使うとは思わなかったが……あれは「やってしまえ」の仕草だ。


 僕は一瞬悩んだ。極限結界を無効化するとなると、僕の最大魔法しか、僕の手の内には無い。

 幸い極狭い範囲にだけ効果を限局することは可能なので使えるが……と、迷っていたら、


「フィロース!!!」


 戦時防諜結界が破れるんじゃないかと思える大声で、サーティアが僕のことを呼びつけた。

 僕はある種の本能的恐怖を感じ、恐怖に突き動かされるがままに、足を広げ手を前に突きだした。


「【ヴォイド・スペース】」


 両肩、頭、腕、足、背中の全てに、超重量級魔法特有の重さがドスッと乗る。

 発動は一瞬だ。ヴォイド・スペースは、対象を消滅させる。単純な効果の割に、レベル10魔法。凄まじく重い。

 僕が膝から崩れた時には、極限結界は一部の残骸を残して消滅していた。


「逃げても無駄なのがまだ分からないの? おいたをする悪い子、どうしてあげましょうかしらぁ」


 サ、サーティアが、嫉妬で気が触れた?

 そう思いたくは無いが、そう思えてしまう様な、粘着質な声質で部屋の角でうずくまるロザリアに近付いて行く。


「あ、あ、……」


「何が『あ、あ』よ、かわいこぶったって、フィロスの女のポジションに、あんたの居場所は無い!!」


 サーティアがロザリアの顔面スレスレを通して、壁を踏みつける様に蹴り込んだ。


 熾烈な女の戦いは、どうやらこれで決着が付いたかの様に見えた。

 サーティアは肩で息をし、一方のロザリアは、腰が抜けたのか肩だけ浅く壁に当て、それより下は力なく床を這ってしまっている。


「あーあ、バカバカしい。フィロス、この部屋の結界、解いてくれる? スカートとタオル持ってきてあげないと」


「えっ? スカートとタオル?」


「うん。わたしもちょっとやり過ぎたかしら。でも当然の報いよね」


 そう言うとサーティアは、ロザリアの所から離れてスタスタと出口に一直線に向かう。

 僕は急ぎ戦時防諜結界を解除する術式を用いて、結界を消す。

 サーティアは後ろを振り返ることも無く扉を開け、応接室から出て行ってしまった。


 な……なんだったんだ。

 さすがに少し気になって、ロザリアが遠くだが真っ直ぐ見える壁際に寄った。


 そのスカートからは、湯気が上がっていた。

 ……それでタオルとスカートが必要なのか。理解は出来た。

 どんな物理・魔法攻撃にも、圧倒的耐性と復活力を持つホムンクルスでも、精神的に責められるのは……キツいんだな。


 遠巻きにロザリアを見ていると、その顔がゆっくりこちらを向いた。

 怯えも恐怖も通り越して放心してしまった様な、ポカンとした表情をしている。


「ねぇ、フィロス……」


 ロザリアはその体勢、その表情のまま呟いた。

 さすがに距離があって聴き取りづらいので、僕はロザリアの近くに寄った。


「ぼく……本当にフィロスのこと、好きだったんだよ」


 その表情からの告白に、僕の心臓は不意に大きく動いた。

 それと共に、親友の願いを聞き届けてあげられなかった事に、罪悪感も沸々と沸いてくる。


「だけどダメだった。サーティアの執念に、勝てなかった」


「うん」


「ぼくはこれから、どうしていけば良いんだろうね。

 フィロスの親友としての居場所も、もう無くなってしまった気がするよ」


「……僕は、ロザリアの事、今でも親友だって、変わらず思ってるよ」


「でも、きっと2人でしゃべってたら、サーティアが割って入ってくるよ。

 怖いんだね、女って。生半可に『女になってみた』ぼくじゃ、まるで太刀打ち出来なかった」


「サーティアがどうこうとか、女が、性別がどうこうって言うより、ただ僕が悪いんだと思う。

 親友の願い事でも、聞けることと聞けないことと……それはサーティアについても同じだけど。

 そういう『僕なりの基準』が、僕にはまだ無いんだ。だから何でも安請け合いしちゃって、皆を振り回しちゃってる」


「ホントそうよ。あなたは優しい。でも、優しいだけ。それが通用するのは、学院って守られてる世界だけよ」


 ハッと振り返ると、そこにサーティアが立っていた。手には大判の白いタオルと、白服のスカートを抱えていた。


「サーティア……」


「ごめんね、ロザリア君。わたしもムキになって、ちょっと乱暴になり過ぎちゃった。

 これ、タオル。それからスカートね。これからどう始末を付けるのか知らないけど、その格好のままじゃ、マズいでしょ」


「ねぇ、サーティア」


「ん? 何?」


「サーティアから見たら、僕も『ただ優しいだけ』の薄っぺらい人間なの?」


「んー、わたしはあなたの未来を見据えてるし、きっと将来は、名を残せるだけの立派な大公になれるって思ってる。

 けれど今のあなたは、全然世間知らずで、自分のこと決めるのでさえ、いちいち人を傷つけて巻き込まないと出来ない。そんな風に見てるよ、今は」


「そう、なんだ……僕が浮かれすぎてただけで、サーティアは冷静なんだね。

 でもなんでそんなに冷静でいられるの? サーティアはなんでそんなに強いの?」


「わたしも、昔は弱っちかったわよ。三人姉妹に可愛い弟が居て。みんなで弟を可愛がってさ。

 そんな日常だけで、もう満足だった。他に別に何も要らなかった。けど、その弟は、死んじゃった。

 突然よ? 一日、ちょっと熱出したから学校休むって、帰ってきたら、もう冷たくなってた。

 わたしは、何も出来なかった。弟に役に立つこと、弟の心癒やせることどころか、本当に、何も。何一つ。


 その時からかなぁ、わたしの『世界』が広がったのは。あの時から、色々頑張ったよ。


 でも、やっぱりフィロスを見てると、その弟と時々重なっちゃうの。今でもそう。あなたのその顔。よく似てるのよ。

 最低でしょ? 彼氏を、まるで亡くなった弟の代わりにしてるなんて。わたしこそ本当は、人を好きになる資格なんて、無いんだよ」


 サーティアの瞳から、静かに一筋の涙が流れた。


「怒って良いんだよ、フィロス。僕は君の弟なんかじゃない、馬鹿にするなって」


「そんなこと、しないよ。僕は、サーティアに声を掛けてもらえて、サーティアに見てもらえて、嬉しかった。

 もしたとえそれが弟さんの代わりとして見てたんだとしても、だとしたら弟さんは、僕の恩人。サーティアと、巡り合わせてくれた、大恩人。

 本当は、僕がもっとしっかり自分らしさとか、自分ってのが分かったら、サーティアからその時初めて、僕自身――フィロス・シューランって人間を、等身大で見てもらえるんだと思う。

 それまでは、弟さんの劣化版で良い。そう見てくれてて構わない。いつか必ずサーティアに、僕自身を魅せるから」


 言いつつ、サーティアの晴れない表情を見て、つくづく痛感する。

 僕は、決して誰かの代わりになれる訳じゃ無い。それはただ相手が、勝手にそうしたいからそうしてるだけだ。

 分かっていても、本音が言えない――「今の僕を何より一番に見て」――そう言える日が来る予感も自信も、僕にはまるで無かった。

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