第36話 ポッピングジェムの光と影
僕らが学院に着いた時、丁度2限目がもうすぐ終わりを迎える頃だった。
「すいません、遅れました」
そう言って僕が入り、その後ろからサーティアがそろそろと入ると、突然乾いた「パンッ」という音がし、僕らに小さな光の粒が降り注いだ。
その音は1回では終わらず、パパン、パンパパン、パンパン、と立て続けに鳴る。キラキラした光が僕らに降りしきる。
パーティー魔法、『ポッピングジェム』。
よくお誕生日パーティーなどの、軽い祝いの席で使われる、と院長先生に習った事がある。
まさか自分がその魔法をこの身に受ける事になる日が来るとは、思っていなかった。
「婚約だってな! フィロスっ、よく頑張ったじゃねえか!」
ライアスが席から飛んできて、僕の頭を腕でグッとロックする。
多少痛かったが、彼なりの祝福。僕は甘んじてその腕ロックに任せるがままにした。
サーティアのもとにも、女子生徒が何人か集まっている。
口々に、おめでとう、良かったね、などと言っているのが聞こえてくる。
当のサーティアは、寧ろ困惑の真っ最中という感じで、目をパチパチさせながらアタフタしていた。
「フィロス・シューラン。サーティア・アクセン」
と、ディラグニア先生の声が届く。
それと共に、僕らに近付いていた友達たちがサーッとそれぞれの席に退いていく。
「シューラン大公家とアクセン子爵家の婚約、心から祝福する。おめでとう」
「ありがとうございます、ディラグニア先生」
僕はディラグニア先生に頭を下げた。
周りから、自然と拍手が起こり、それが喝采の様相を呈する。
「座席は、前後のままで良いか? 隣同士に変えても良いが」
まだ鳴り止まない拍手の中、ディラグニア先生が問う。
ディラグニア先生の細やかな気遣いに、僕はサーティアに目を向けた。
どうする? と問いかける様に、僕が首を傾げてみせる。
するとサーティアは、うんうんと力強く頷いた。
「それじゃあ先生のお言葉に甘えて、席を隣同士にして下さい」
「分かった。フィロスの席を、サーティアの横にしよう。そこ、移動しろ」
サーティアの友達らしい女子生徒が、席を空ける準備を始める。
拍手も次第に収まって、静かな教室に戻りつつあるタイミング。
ここだ、と僕は思った。
このムードにいつまでも浸っていたいが、僕にはこの現実で、やらなければいけない事がある。
「あの、先生。お祝いムードにして頂いた中、申し訳ないのですが」
「む? 何か不都合があったか?」
「いえ。昨日の王女との会談ですが、本領から一部回答が得られた話があり、
引き続き少し会談の時間を作ってもらいたいんです。
その席には、サーティアも一緒に同席させて下さい。大公公認の、正式な婚約者ですので」
「そうか。昨日の部屋で問題は無かったか?」
「はい」
僕は敢えてロザリー偽王女の方は見ず、先生とだけ視線を合わせて話を進める。
ディラグニア先生は、そこに不穏の影を鋭く読み取ったのか、偽王女に一言、宜しいですか、とだけ確認をした。
ロザリー偽王女は、僕のことをチラチラと横目に見つつ、ディラグニア先生に顔を向け、自然そうな笑顔で頷いた。
***
「「【【戦時ぼう――
「あなた達って本当に仲良しなのね」
部屋の扉が閉まるなり、ほぼ同時に戦時防諜結界を発動しようとした僕とロザリアに、サーティアが少し呆れ気味な様子で言う。
廊下までは、おしとやかさを気取った歩き方――王族らしいと言えばそうかも知れない――で歩いていたロザリー偽王女は、
部屋に入ってもまだその化けの皮は剥がさなかった。
ただサーティアの言葉には、その目が、鋭く反応した。
「サーティアさんと仰いますか。何故私たちが仲良しだとお思いになられるのですか?」
「あのねロザリア君。もう全部、フィロスから聞いてるんだ。だからロザリーでいる必要は無いの」
サーティアのその言葉に、ロザリアの目はさっきの比で無い鋭さで、いきなり僕を睨み付けた。
「ロザリア。昨日僕は……あ、その前に。【戦時防諜結界】」
魔法名の詠唱途中で止まり、展開されていなかった防諜結界をしっかりと展開する。
ここから先は、ロザリーはロザリアになるし、ロザリアはホムンクルスだし、秘密のオンパレードだ。
「フィロス。ぼくの事、どこまでサーティアに話したの」
女性声のまま、引き絞る様に出された低い声は、恨みの念が載っている様におどろおどろしく響く。
「全部。僕が知っている事は」
「なんで。親友の秘密を、そう易々と話す様な人間だったの? フィロスは。
それとも、そこの女に、ほだされた? 僕と付き合わない様にって」
「僕がサーティアから影響を受けた事自体は認める。
けれど、ロザリア。君と男女の付き合いは出来ないって決めたのは、僕単独の決断だ」
僕が言い切ったら、ロザリアは突然、白服の上着を脱ぎ捨てた。
中は、この季節・この寒さの中だというのに、タンクトップ1枚だった。
「ぼくなら、生来固定された女のサーティアとは違って、どんな女にでもなれる。
背が高い女が好みならそう調整するし、胸が欲しいならもっとうんと大きくも出来る。
逆に犯罪みたいに幼い子供のようにだってなれるし、君が望むなら老婆にでもなる。
それに、生粋の女性と違って僕に生殖能力は無いから、好き放題し放題だ」
何だか焦っているかの様にロザリアがまくし立てた。
なまじっか見た目がピンク綿あめなだけに、言ってる内容が変な絵図面で想像されてしまう。
そりゃ僕だって、性欲がない訳じゃ無い。
けれど、ロザリアは根本的に、ズレている。
「やっぱりロザリア君は男の子よね。
元々の中性って言うのがよく分からないけど、考え方は男の子そのまんまだと思う」
「僕もサーティアと同意見。僕は親友に身体の関係を求めてないし、求めないし。
親友とは、一緒に色々な経験を重ねて切磋琢磨して、互いに高め合う様な、そんな関係でいたいんだ。
だからこそ、今ロザリアが言った様なことは、根本的に違うんだよ」
「ぼくを新たに、女として見てくれることは、ない……ってことかい……?」
「うん……そういう事になる。昨日、籠もってずっと考えてたんだ、サーティアとロザリアのこと。
どっちが大切か、って問題じゃ無いんだ。どっちも大切。だけど、何て言うか……領域が違う。
男と女と違う、って言うのもそうだし、仮にロザリアが女になったとしても、僕にとってロザリアは最高のライバルで、親友。
それに対してサーティアは、一生掛けて守りたい人。一生横に連れ立って、歩いて行きたい人。
2人とも『順位』で言うなら最高順位かも知れないけれど、どの世界の順位かが、決定的に違うんだ」
だから、と僕は、1つ呼吸を挟んだ。
「僕は君と恋愛関係になることは無い。
親友ではあり続けたいと思うけれど、それが出来るかどうかは寧ろ、ロザリア。君次第だと思う」
僕が言い切ると、ピンク綿あめの目は輝きを失い、そのまま応接ソファーにドサッと腰を落とした。
脱力した様に静止したロザリアはうつむいて、ピンク髪が邪魔をしてその表情は知れない。
全くピクリとも動かないので、僕の心は少しざわつき始める。つい助けを求め、サーティアを見てしまう。
サーティアの表情は、さっきからあまり変わっていない。少し困った様な感じで、眉を少しだけひそめ、少し口先を尖らせている。
僕は、言うべき事は言った。ここでロザリアに回答を急かすのも、サーティアに助言を求めるのも、違うと思う。
けれど、沈黙が重い。王族を通す、という設定だった応接会議室だから、広い。互いの呼吸音も届かないほどだ。
ロザリアを過度に刺激しないようにと、サーティアとも少し距離を取って立っている。
耳が痛くなりそうな沈黙。
それを破ったのは、一番当事者ではない、サーティアだった。
サーティアはポケットを探りながらロザリアに近付いて行った。
ロザリアの横に辿り着くと、軽く屈み、ハンカチを差し出した。
それに気付いたロザリアは、露骨に反対を向いた。『恋敵』サーティアからの施しなんて……そんな思いだったのだろうか。
けれどサーティアは、その場を動かず、ハンカチを差し出したまま、顔を伺う様に覗き込む様な仕草をした。
その時、僕の目にもハッキリと見えた。ピンク髪の隙間から、涙の一粒がロザリアの膝辺りにポトリと落ちた。
「ねぇ、ロザリア君。恋が叶わなくて、悔しい気持ちは、分かる。けど、フィロスとの関係まで、これで終わりにしちゃうの?
あなたは、言わば『チーム・フィロス』のメインメンバーじゃない。フィロスとわたしの橋渡しの話も聞いたよ。ありがとう。
フィロスは、一見シャイで内気で、もどかしくなる時もあるけど、誠実で、熱意があって……男女問わず、惹かれると思うの。
その中で、フィロスに一番近いメンバーの1人として、わたしもいる。あなたもいる。それじゃあ納得出来ないかな、ロザリア君」
ロザリアがもう少し屈み、しゃがみ込む様になった時。ロザリアが何かを言った。
「えっ? ロザリア君、今なんて?」
近くにいるサーティアにすら聞こえない程の声だった様で、サーティアはすぐに聞き返していた。
「フィロスも、サーティアもっ! ぼくの事を分かろうともしてくれない!
何が『チーム・フィロス』だっ! そのチームでフィロスの真横を占めるのは、いつだってサーティアじゃないか!!
ぼくの居場所は無いんだ、フィロスと分かり合えたと、本気で思えた、けど違った! フィロスも結局、女の方に行く!
ぼくなんてもうどうなってもいい、ぼくの事を分かってくれる人間なんていない!!」
ロザリアの、心の叫び。だがその言葉に、僕は既視感があった。
誰も分かってくれない。僕もそう思い悩んだ時期があった。
だが、違うんだ。分かってもらおうとしているうちは――
僕は足早にピンク髪がうずくまるソファーに進み、サーティアと同じ様にしゃがんだ。
一言、ロザリア、と声を掛け、ロザリアの動きが止まったのを確認して――その頬を優しく平手打ちにした。
「ロザリア。人から分かってもらおうと思う、もっと言えば、なんで分かってくれないんだって思ってるうちは、
決して分かってなんかもらえない。僕はそれを散々経験してきた。違うんだ。一歩自分から踏み出すんだ。
ロザリアの抱える秘密は、確かにそう易々と明かせるものじゃない。だから僕よりハードルが高いのは分かる。
だけど、人が勝手に自分のことを分かってくれる、そんな甘い世界じゃない。自分から話をして、関わって、
恥をかくことも騙されることもあるかも知れないけどそれでもめげずに関わり続けて、初めて人に理解される。
ロザリアの事を僕が知れたのも、ロザリアが僕に積極的に関わってきてくれたから。逆もそうだよ、僕のことを
ロザリアが知れたのだって、僕も僕で気まずい思いとかすくむ足を押しのけてロザリアに近付いたから、理解し合えた。
諦めるのは、投げ出すのは、もっと人間と関わってからにしなよ。そうだね、ロザリアだったら――2,000年くらい後に」
最後は少しおどけを交えたが、実のところあまりおどけでも無い。
王国の歴史が、大体今2,000年くらいある。つまり2,000年もあると、歴史の主流が変わる。
だったらそれを待って初めて絶望しても遅くないんじゃないか……というのが、僕の意見だった。
ロザリアは――髪を描き分け、顔を出して、いきなりうぅうぅ言いながら泣き出した?!
「サーティアぁー、フィロスが叩いたぁー!」
おいおいと泣きながらサーティアに寄りかかる様にすがるロザリアを、サーティアは幼子でもあやす様にその頭を撫でながら、涙を拭っている。
……僕だけ悪役コース? これ。




