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【完結済み】大公閣下の孫はいろいろ分かってない  作者: 夢ノ庵
第2章 王立学院へ通う大公閣下の孫、恋愛も色々分かってない

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第34話 エビのフライが腹から消えぬうちに



 予備交渉の事は、サーティアにやっぱり聞かれた。

 けれど僕は、本領に聞いてみないと分からない事ばっかりだった、と誤魔化した。

 サーティアは少し怪訝な様子だったが、僕が疲れているのは分かってくれているようで、それ以上追撃は無かった。


 教室に戻ると既に3限目の初めだった。

 さすがに、話が重すぎた。僕は白服の特権である『早退』を使うことにした。


「サーティア、今日は僕ちょっとキツいから、先に上がるね」


「うん、その方が良いかもね。表情も、顔色も優れないし」


「帰りも手、繋ぎたかったけど……ごめん」


「ううん、また明日繋げば良いわ。時間は幾らだってあるもの」


 時間はある……その言葉に、無限の時間を生きる親友の事を思い起こされて、心がチクンと痛んだ。



 ***



「今日は、早ようございましたな、フィロス様。ご気分、優れないご様子ですが、昼食はどうされますか?」


 大使館の通用口から入ると、そこには掃除をしているセバスがいた。


「あー……出来れば今から何か食べて、部屋に籠もりたい。ある物で何か作れる?」


「はい、大した物は出来ませんが、腹持ちの良い方が宜しいかも知れませんな。フライ類ではいかがでしょう」


「うん、じゃそれで。でもあっさり食べたい感じ」


「ではソースにレモンを加え、口当たりはさっぱりと、ですが夕食の辺りまで腹持ちは十分な物をお作りします」


「ありがとう、セバス」


 そのまま自室に入ってしまうと、もう引きこもりモードに入ってしまいそうだったので、キッチンのテーブルについた。


「今日はこちらで召し上がられますか?」


「うん、考えたいことがあるけど、一気に考えたいんだ。時間を分散したくない」


「それでは、料理の方も急ぎましょう」


 そういうとセバスは、白いエプロンを掛けて調理に取りかかった。

 ぼんやりと見ていると、その包丁さばきと言い手際の良さと言い、プロの料理人のそれだ。

 幾つかの作業を並行して行っていて、エビが準備出来る頃には油も十分熱されていた。


 じゅわーっという音と共に、衣の付いたフライ類が揚げられていく。

 僕も育ち盛りだから、食欲はかなりある。

 セバスは、僕が部屋に籠もって色々考えるに当たって、空腹が邪魔にならない様にと、重い昼食にしてくれている。

 セバスは家族同然の相手だが、こうして気遣ってくれる相手があちこちにいる僕と、独りのロザリアと……

 考え始めると食べる物も入らなくなるので、僕は首を振ってひとまず打ち消した。



 ***



 バタン、と扉を閉めた。

 既に勉強机の上には、カップに入ったシナモン入りの紅茶と、ピッチャーに入れられた水が、銀盆の上に乗っている。


 はあ……これで、ゆっくり考える事が出来る。

 僕はスタートアップとばかりに、シナモンティーをすすった。香りが脳を駆け巡り、意識を活性化させてくれる気がする。



 ロザリアとサーティア。

 親友と彼女。

 男と、女。


 決してそこは、混じる事のない『境界』があるはずだった。


 ロザリアとは親友として――つまり親しい友達の枠として、また実力の拮抗する相手としても互いに刺激し合える。

 学業でも魔法でも、ロザリアの天井を僕はまだ知らない。僕もまた、ロザリアに僕の魔法のてっぺんは見せていない。

 3年間という時間の中で、これから互いをより知って、色々な出来事を共有して……そんな未来を、薄ら思い浮かべていた。


 サーティアとは、まだ彼氏彼女の関係になってあまりに時間が経っておらず、どういう事になるのかは、正直未知数だ。

 他の貴族を例に取るにしても、そもそも他の貴族の恋愛事情を殆ど知らない。

 じいちゃんから昔、「女が出来ても、すぐに身体の付き合いになってはダメだぞ」と戒められた事はあった。そこは守ろうと思う。

 すると尚更、サーティアとの関係をどうして行くのかは、よく分からない。ただ単に毎日浮かれて過ごしていれば、それで良いのだろうか?


 問題は、ロザリアならぬロザリーの存在だ。ロザリーは、1ヶ月は「仮運用として」学院に居座るつもりらしい。

 ただその正体はロザリア。そしてそれを知っているのは、僕だけ。その僕は、ロザリーなロザリアから、恋人になりたいと言われている。

 思い出すだに不思議な光景だった。ピンク綿あめ髪の少女が、それまでよりワントーン落とした女声で、恋を語る。

 しかも夢物語の類ではない。僕にとってまさに目の前に差し迫った内容の、恋物語だ。


 だが、恋人枠は、サーティアで一杯だ。そりゃ、じいちゃんは「他の女性も見ておけ」みたいな事は言ってた。

 それは大公家として、血筋を残す事がある意味絶対的に大切だから、第1夫人に子がなければ、みたいな条件もあるんだろう。

 他の貴族当主を見ると、別に第1夫人に子があろうが無かろうが、何人かの夫人を囲っている貴族は珍しくない。

 じいちゃんの真意がどこにあるのかはよく分からないが、あるいは「サーティアだけに囚われるなよ」という教訓もあったのかも知れない。



 けれど僕は、どちらかと言えば今は、サーティアに囚われたい。サーティアとの事だけを考えて、サーティアの笑顔をいつも見ていたい。

 何処にでも、遊びに行くのでもなんでも、サーティアと一緒に行きたいし、サーティアと同じ体験がしたい。サーティアと同じ気持ちになりたい。

 これは僕が明らかに『サーティアに恋してる』証左だと思う。この状態に、どんな魅力的な女性であろうが、入る余地は無い。


 だがそれも、いずれ変わるのだろうか。


 よく言う話だが、カップルは2年、あるいは3年すると別れる、と言う。

 魔法院の研究成果として、これは何も俗説の類ではなく、特定の、ホルモンと言われる体内分泌物質の分泌が、2、3年で止まるから、らしい。

 つまり、恋愛で浮かれていられるのは長くて3年で、それ以降は来て欲しくも無い冷静さがやってくる、という事なのだそうだ。


 僕が3年後を迎えた時、僕はサーティアをどう見ているだろう。逆もだ、サーティアは僕をどう見てくれるのだろう。

 3年後、なんて言うと、長いように感じる。実際卒業してから1年後の話になる訳だから、ごく近い将来とは言えない。

 けれど、考えておかない訳にもいかない。ただそのきっかけすら、今の段階では掴みようが無い。



 きっかけすら掴めない事を考えようとするのは時間の無駄でしかない。視点を変えよう。

 僕は、今、猛烈に、サーティアに恋している。この「猛烈さ」が収まるのは、3年も掛からないかも知れない。

 仮に少し冷静にサーティアの事を眺めるとしたら、どうだ。


 サーティアは、性格的に明るく、それでいてタフなところがある。

 一昨年と近い時期に亡くした弟さんの事も、しっかり意識してはいても、それに過度に引きずられていることもない。

 僕のことをその弟さんに重ねていたかも、とは言っていたが、サーティアから聞いていた「足下から離れないような」弟さんと重なるほど、僕は弱かった。事実弱かったのだ。

 もしもサーティアにとっての僕が、いつまでも弟さんの「代わり」であるならば……どこかで僕は離別の決意をしなければいけない。

 僕は、強くなる。少なくとも、強くなろうとしている。その途上を見て、認識を改めてくれるだけの柔軟性が必要だ。


 でも、その位の事は、もうサーティアは出来ている様な気もするんだよなぁ……


 改めて色々掘り返して心配をしてみたところで、そもそも僕が告白をしたあの時点で、「この女性なら」と思えたからこそ、告白をした。

 元々僕は、女性という異性に対して、怯えがあった。けれどそこも含めて上手くリードしてくれたのが、入学式の日のサーティアだった。

 市場に行った時も、サルヴァンを訪れた時には、価格をとても気にしていた。負担を掛けたくない、という気持ちじゃないかと思う。

 貴族女性によくある、と聞くのは、そういう場面になったら「店の一番高いものをせびる」という行動。サーティアとは真逆だ。

 これから先を考えても……市場の時、まだ付き合っていない、使い捨てにして良い場面ですら、こちらの負担を考えるだけの配慮が出来るのだから――何年経っても配慮の気持ちに曇りなど生じまい。



 じゃあ、ロザリアは?



 ロザリアは、奔放で、自由気ままで、巻き込まれるとなかなかしんどいこともある。

 そもそも生来固定のはずの性別を自由に変えてきてしまう、しかもそれをする事にもさしたる抵抗もない、というのが、ロザリアの奔放さの表れだ。

 けれどロザリアはロザリアで、『万年』という単位の寿命があって、普通に生きるどの人間とも、生死を共に出来ない。自死すら出来ない。


 ロザリアが水槽から、20年ぶりに出てきた理由は……寂しかったのか、虚しくなったのか、それとも他の理由があったのか、分からない。

 けれど、いずれにしてもロザリアは「人と歩む道」を、彼なりにトライしてみようという気になったのは間違いない。


 中等部から学院入りして、ライアス・カイエルと友達になれていた。けれど、深い仲だった様には、残念ながら見えない。

 そこへ、僕が現れた。ロザリアが僕を本気で「見る」様になったのは、あの闘技場での訓練の時からかなぁ……

『魔法神の申し子』とまで言われた絶対強者を、魔剣の助けは大いに借りたが、大した反撃も許さずに蹴散らした。


 いや違うな、アレは……ロザリアが敢えて『僕がどこまで出来るのか』を見てた、んだろう。反撃するつもりは、無かったんじゃないか?

 いずれにしても、それからしばらく同じクラスのクラスメイトとして普通の距離感だったのが、定期考査のあの日に一変した。


 ロザリアの真の秘密。

 彼が、人では無いこと。

 作られた人造生命体であること。


 だがそれも、院長先生という、魂魄魔法の最高権威の宣言で、人格を正式に認められた。

 身体上は違いがあるが、精神は人間、魂は部分的に人間だ、と宣言された訳だ。


 人間になれたロザリアが、僕との関係で最初に起こしたアクションが、チーズリゾット。

 結局アレが意図的だったのか偶発的だったのか、結論は出ていない。今日の事を考えると、意図的だったのでは? と疑いたくなる。

 ロザリアは、サーティアの位置に入りたかったのか? それなのに、サーティアとの関係をと、保健室で? 意図が見えない。

 今日に至っては、わざわざ女性化までしてきて。その上で……その思いを、僕に打ち明けた。



 もうこれは、そもそも論だ。

 その思いに、応えるのか応えないのか。



 ロザリアのことは、親友として大切に思っている。僕のことを理解してくれて、互いに意見や行動で切磋琢磨するような仲間として。

 僕も、ロザリアのことは理解したいと思う。これもまた親友として、悩みがあるのなら寄り添いたいし、助けられることは助けたい。

 けれど、いざ男女交際となると、事情が違う。家と家の問題も生じる。

 天涯孤独のホムンクルスを第2夫人に迎える? それは大公家の者として、取り得ない選択肢だ。


 僕は、ロザリアに対して同情的になりすぎていたのかも知れない。

 たとえ女性化したと言っても、ロザリアは……




 不意に、カラン、とピッチャーの中の氷が音を立てた。

 僕は一つ息を吐いて、その水をグラスに注ぐ。


 よく冷えた水が、頭の中のもやを払うような気がした。



 決めた。


 明日、登校前の時間、ちょっとここに入ってもらって、サーティアにこの事を話す。

 そして、ロザリアには。ハッキリと「好意には応えられない」ことを告げる。


 でももし――もしも今夜、ロザリアが泣きながら部屋に来たら――それでも僕は断り切れるだろうか?

 いいや、ここは流されちゃダメなところだ。ロザリアが泣こうがわめこうが、僕は僕の『譲れない線』をハッキリ示す。

 それが僕の……僕として出来る、精一杯の誠実さだと信じて。



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