第2話 サーティアさんとの会話で誤解が解けた
「へぇー、それじゃあ、大公閣下に勧められて、初めての『学校』に入る事にしたの?」
ついさっき入ってきた講堂の出口から、少し進んで植木の近くにあった石作りのベンチに、僕とサーティアさんは腰掛けた。
「は、はい。学問や魔法は、これまで家庭教師の先生達に教えてもらっていたので、
じい……も、もとい、祖父もそこは心配していなかった様に思います」
サーティアさんは、僕のしどろもどろした言葉にも、頷きながら耳を向けてくれている。
「高等学校が初めての学校かぁ。大公閣下もなかなか厳しいことをなさるのね」
「は、はい……僕の、その、人と話したり、その……そういう事がことごとく苦手なのをなんとかしたいんだと思います」
「んー……ねぇ、フィロスくん。まずは敬語をやめてみよっか。出来そう?」
「敬語を、ですか? えっ、そうしたらどう話しかければ良いのか、よく分かりません」
他人と話しをする時には、たとえ目下の者や領民に対しても、丁寧な言葉で話すようにと、幼い頃からずっと言われてきた。
幼少期からずっと丁寧な言葉遣いには気をつけていたから、いきなりそれを変えろと言われても、どう変えれば良いのか、分からない。
「うーん、どう言えばフィロスくんに伝わるかなぁ……例えばさ、友達と話しをする様な時って、敬語はあまり使わなくない?」
「す、すいません。友達はいません」
「あ、いないんだ。領地にもいない、ってこと?」
「はい、いないです」
言ってて少し情けない様な気持ちが湧いてくる。
友達の一人も作れないのは、間違いなく僕の対人能力の低さが原因だ。
「そっかぁ。じゃあ、まずはわたしと、友達になってみない?」
「えっ? 友達に、ですか……?」
「それとも、同性の方が気が楽かな? 紹介出来る男子は、残念ながらいないんだけど……」
僕は正直戸惑った。
これまで作りようも無かった友達という存在。それがこんな簡単な流れで、出来てしまうの?
いやいや、今まで誰ともまともに話せなかった僕だ。急に友達なんて作れるものなんだろうか……?
もしかするとサーティアさんは、僕が大公家の人間だから、利用したい……?
……仮にもしそうだとしても、それでもひとまず良いか。
大公家の僕、という存在は変えられない話だし、もし利用されたとしても、それはそれで学びにもなり得る。
ただ、友達ってそもそも何なんだろう。
本で読む範囲では、何か気持ちを分かち合って冒険を共にする……みたいなイメージだけど、現実もそういうものなのだろうか?
ちょっと分かんないんだよな……本の中の「友達」には、あまり現実味を感じなかった。これもサーティアさんに聞けばいいのかな。
もしサーティアさんが僕を利用したいだけだったなら、何か利己的な誘導とか、何か不自然さが現れるかも知れない。
いや……そうじゃない。違う、これは、違う。
友達になってくれるという希有な相手を、無意味に疑うのは違う気がする。
どうせいずれ、僕が何か失敗をしたら、サーティアさんも友達を辞めたいと言うに決まってる。
その時までは、僕の初めての友達として、仲良く出来ればきっと、その方がずっと楽しいはずだ。疑いながら友達しているよりも。
でも結局友達って何するのかは、僕の知識にはほぼ無い。
もう分からないことがありすぎる。思い切ってサーティアさんに聞こう。
「その……友達……って、何をするんですか? 色々物語や本などでは、共に手に手を取って何かを成し遂げる、みたいな……」
「ん、んーっ、そこまで重い友達関係はいきなりは厳しいかな。
まずはさ、こう、朝クラスで顔を合わせたら『おはよう、昨日の課題やってきた?』って感じに声かけるみたいな、そういう『友達』」
クラスで顔を合わせる?
ちょっと意味が分からない。同じジョブクラスだけでする朝礼か何かの話だろうか?
「それこそフィロスくんからしたら、まずは単なる話し相手、
みたいに考えてくれても良いしね。それでも最初は慣れないかもね。それに……」
と、サーティアさんの表情が少し硬くなった。
「フィロスくんの立場だと、もしフィロスくんがそのまま何も変わらなかったなら、友達も作りようがないと思うんだ、わたし」
僕のことを、心配してくれている……
そっか、友達って、そういう相手のことを指すのかも知れない。
もしサーティアさんが本当に僕を友達と思ってくれるなら、僕も同じように、サーティアさんを友達として、大事にしたい。
とは言え、さっきからどうしても引っかかる話がある。
どうにも何かズレがあるようで、そればかり気になってしまう。
「あのサーティアさん。ひとつ、聞いてもいいですか……?」
「うん、分かる事なら答えられるよ、何?」
「クラスで顔を合わせるって、どういう事なんですか? 学校も高等学校ともなると、上位クラスの生徒ばかりになっているとか?」
「ん? ごめん、フィロスくんの言いたいことがちょっと掴めない。上位クラスって、どういうこと?」
「その、クラス分けがこの後あるんですよね。
そこで、例えば僕なら、魔法剣士のクラスが認定されれば、魔法剣士のクラス保持者だけで集まる……みたいな事ですよね、クラス分けって」
僕がなんとか自分の思うことを、多分なんとか伝わる言葉で説明し終えた時、サーティアさんの表情が眉間にしわ寄せて固まった。
なにやら、気づかぬ間にまた失敗をしてしまったようだ。
さっきは少し後ろに下がられてしまっただけだが、表情もこわばっているし、僕は学院生活の最初からいきなり、友達になろうと言ってくれる人との関係作りもまた、覚悟を決めた途端に失敗に終わるのか。
「……ねぇフィロスくん。君の言うクラスって、それは職能クラスのこと、よね?」
「はい。サーティアさんは何のクラスを狙っているんですか?」
「いやそうじゃなくて。そうじゃないのよ。クラス分けで言う『クラス』って言うのは、単に生徒をまとめる単位で、職能も関係ないし割り振りもテキトーよ」
「えっ? パラディンだけで同一クラスを組んで、模擬実戦演習教育とか……」
「無い無い! その『クラス』じゃないんだよ!
本当に、単に生徒達をまとめるだけの、えーとなんて言えば伝わるかなぁ……そう、これっ、私たちは、白服よね?」
「は、はい」
「白服ばっかり集めたとしたら、『貴族のクラス』って感じになるし、
1階席の平民の子たちばかりを集めたら、『庶民のクラス』って言えるの。
要は、グループ、かな……職能も、能力も素質も関係なく、単にグループ分けするのが『クラス分け』ってこと。……伝わったかなぁ」
そうか。クラスというのは、ジョブのクラスの事では無くて、グループのことを示す別の言葉としてのクラス、だったのか。
学校に通ったことがないから、その意味でクラスという言葉が使われるとは、全く知らなかった。
あぁ、そうか! どおりで!!
今朝も筆頭執事のセバスと、何だか会話がかみ合わなかった感じがしたのはこれか!
セバス、「武力制圧でもなさるおつもりですか」とか言ってたもんな。
戦闘も教練もない『クラス分け』、というのを、セバスは分かっていたんだ。
けれど、そんな雑なグループをクラスと言ってまとめて、何の意義があるんだ?
同じ性質の『職能クラス』をまとめたクラス、であれば、その中で優劣を競い合って、鍛錬が出来る。
だが、性質的に何の共通項もないような人たちを集めて『クラス』として、教育上何の意味があるんだろう。
……その方が実は、友達や人脈作りの役に立つ、とか?
じいちゃんも人脈のことは言っていたから、そっちの方の意義があるのかも知れない。
僕に必要なのは、戦闘職としての高性能化より、未来に繋がる人間関係。
であるなら、サーティアさんが言うクラス分けが、一概に僕にとって無意味という事も無い。
とはいえ……
「……クラス分けというのが、そんな乱雑なものだとは思いもしませんでした。専門職の強化教育の一環かと」
「全然違うからっ! 3年生になると実力順にクラス編成がされるから少しだけフィロスくんの言う『クラス』にも近づくけど、
それもただ単に実力主義なだけで、職能のクラスはわたしたち高等学校生じゃとても取得すら出来ないよ!」
「そ、そうなんですか? 今日は最初から剣技が試されると思って、
僕の持ち物の中でも最高のサーベルを持ってきていたんですが……」
「サーベル要らないから! 1年生のうちは座学が基本だし、決闘でもするなら武器もいるかもだけど、
そんな大公家の秘伝のサーベルみたいな凄い物、学校に持って来ちゃダメだよ!
アレ、でも……腰に下げてる訳じゃないのね。誰かに預かってもらってるの?」
サーティアさんの視線が僕の左腰に注がれる。一般的にサーベルを吊り下げる位置だ。
「武器の携帯が許されるかどうか分からなかったので、収納魔法の中にいれてあります。よっと」
僕は魔力を操り、魔力格納箱の出し入れ口になる魔方陣を宙に展開し、そこから一振りのサーベルを取り出しかけた。
が、まだサーベルの全体が出切る前に、僕の手の甲にサーティアさんがその両手を押し当ててきて、サーベルは元の、収納魔法の領域内に戻されてしまう。
「えっ、サ、サーティアさん?!」
「フィロスくん……どんな凄いサーベルか分からないけど、鞘に入ってて、ほんの一部が出てきただけで寒気が止まらなくなる様なヤバいサーベル、
持ち歩いちゃダメだし、収納魔法なんてトンデモナイ代物も、秘密にしておいた方が良いよ……」
サーティアさんは、呆れているのか、それとも僕のポンコツ勘違いに嫌気がさしているのか、
口を半開きに開いたままうつむき、その手を僕の肩にぽんと置いた。
確かにサーベルから寒気を感じ取ったのか、肩の手は少し震えている。
「えっ? 収納魔法はさすがに、僕たちくらいの年齢になれば誰でも……」
「出来ないよ! 空間操作の魔法なんて、高等学校の上の魔法大学校の『先生』がようやく使えるレベルだよっ!」
……僕はまた間違いを犯してしまったようだ。
収納魔法、個々の性能はともかく、物を亜空間に保存するだけの簡単な魔法なはずだけれど、大学校の、しかも先生で初めて使えるレベルらしい。
まぁ……それはあり得る話か。
家庭教師として教えてくれたのは、先代の魔法院の院長閣下だ。
稀代の大天才賢者と呼ばれてたらしいから、普通の人より環境に恵まれた。
そういえば、先生に収納魔法を含む空間魔法類を教えてもらった時も、『君の魔力量なら、さして苦労せず出来るだろう』と言われたな。
魔力量は、人それぞれ。鍛えることはもちろん出来るけれど、そのためには才能と努力の両方が必須だ。
じいちゃんも、あの大きなガタイから、若い頃はよく戦士系に間違われたらしい。
が、我が家は生粋の魔法系の家系だ。
しかしそうか、収納魔法は、使えないのか。
少し不便だな……うん、この際聞けるだけサーティアさんに聞いてみよう。
「収納魔法が使えないと、カバンが随分重たくなりませんか? 教科書という本も、随分たくさん種類がありました」
「うーん……フィロスくんに細かい事を言ってもなんだか無駄骨になりそうな気しかしないんだけど……
教科書はその日ある授業のものだけ、持ってくれば良いの。そうすれば、軽いでしょ?」
「あっ、そうなんですね。学校自体初めてなので、全部の教科書は常に持ち歩くんだと思っていました」
「なんだか小さな弟の面倒見てる気分になってきたわ……
それより、それ、その宙に浮かんでる魔方陣。こんなクッキリした鮮明な魔方陣、誰かに見られたらそれだけで大ごとよ」
「え、そ、そうなの? け、消しますね」
魔力の波長をずらすと、紫色に発光していた魔方陣は風に舞い散るように消えた。
「じゃあ結局、サーベルは……」
「しまっておいて、おうちで管理して! 学校に持ってくるようなものじゃないから!」
そうなのか。学校は持ち物の制限が厳しいようだ。
それもそうか。学校という教育用の施設があるのだから、模擬戦用の剣などは、きっと刃を潰した安全な物が使われているのだろう。
そこへさっき取り出しかけた魔剣、『風刃のサーベル』みたいな本格的な武器では、アンフェアな訓練になってしまう。
「フィロスくん、少しは落ち着けた? 入学式ももうすぐ終わるけど、連絡事項があるかも知れないから、そろそろ戻った方が良いよ」
「あ、うん。ありがとう、サーティアさん」
「まずはそこからね。サーティア、って呼び捨てで呼んでね。友達同士でさん付けは、ちょっと距離が遠い感じだから。
わたしも君のことはフィロスって呼ぶから」
「わ、分かった。じ、じゃあサ、サーティア、さっきの席まで戻ると目立つから、出口付近で話だけ聞く……でも良いかな?」
「うん、良いと思うよ。じゃ、戻ろう!」
そうして、僕はサーティアと一緒に講堂の出入り口付近でこっそり立ち聞きをすることにした。
講堂の中は、もう式が終わってしまっていたのか、貴族子弟たちは思い思いに誰かとおしゃべりをしていた。
友達作り、そんなに早いの……? 率直に、うらやましいし、凄いなとも思える。
「はーい皆さん、一度静かにして下さい」
司会の人の声が講堂に響く。
ざわついていた貴族子弟の席も、少しずつ静かになる。
「クラス分けは、全てのクラスで平民が4割、貴族子弟の方々が6割となるように調整がされています。
校舎の入口にクラス毎に名前の掲示をしてありますので、確認したら校舎のそれぞれのクラスの部屋へ、速やかに移動してください。
それでは入学式を終わります、お疲れさまでした」
続けて司会の女性が、マイクを通して言う。
「退場は、まず保護者の皆さんからです。学生の皆さんはもう少し待ってください。では」
司会さんが僕らのフロアの上に視線を向けると、保護者の人らが動き出したらしい。2階席からでは、真上のことは見えない。
しばらくして、
「次は貴族子弟の皆さんです。講堂後方出入り口から出てください。校舎の入口の掲示に従い、クラスルームに入ってください」
と、指示される。
「フィロス、行こっか」
「うんサーティア。さっきみんなに顔見られたから、目立ちたくないから、早く校舎に行こう。でも、校舎ってどこ?」
「わたし分かるから、付いてきて」
そうして僕らは講堂から少し駆け足で校舎まで駆けていった。
初めての友達と一緒に駆けるのが、こんなにわくわくするものだとは思わなかった。