2月14日なんて大嫌い!!なんちゃって
「アルフレッド様。このチョコレートを受け取ってください。そして、私と恋人になってください」
輝かんばかりのピンクブロンドの巻き髪をした貴族令嬢は、相当に気張ったであろう高価そうな包装に入ったチョコレートを差し出した。
差し出されたポーレット侯爵令息アルフレッドは静かに微笑した。そのカテゴリーに所属していない男性としては妬ましいが、やはりイケメンの微笑は様になる。
「ありがとう。相当な勇気を振り絞ってプレゼントしようとしてくれたんだね。だけどごめんね。僕はジャネットと婚約しているから、それは受け取れない」
見るからに大きく落胆した貴族令嬢。しかし、すぐに仏頂面になった。
「分かんないんですよ。どうしてそんなにマーグレイヴ辺境伯令嬢がいいって言うんです。私たちと同じ齢なのにまるで子どものような体型で、見るからに重そうな黒髪に地味な顔立ち。アルフレッド様の隣には私がいた方が絶対に輝きが増しますよ」
「なるほど」
最愛の婚約者をけなされたにもかかわらずアルフレッドは静かな微笑を浮かべている。さては心もイケメンか。
「君は自分の隣に立つ人の美貌を大切にしなければならないという考えなんだね」
「それはそうでしょうっ!」
冷静なアルフレッドとは対照的に貴族令嬢の顔は真っ赤だ。
「夜会だって賞賛されるのは自分だけじゃありませんっ! 一緒にいるパートナーのことでも賞賛されるのですっ!」
「うん」
アルフレッドは小さく頷く。
「君のその考え方は間違ってはいない。むしろ主流派だろう。だけど僕はそれでもジャネットが好きなんだ。ジャネットと話している時間が一番好きだし、彼女の前向きでアイデアをたくさん出すところも好きだ」
「ふん」
貴族令嬢はとうとうキレた。
「分かりました。もういいです。私はアルフレッド様にはついていけません」
会話はそこで終わった。また、この一連の会話を聞くつもりもないのに聞かされたモーリスは大きな溜息を吐いた。彼こそが次期ポーレット侯爵にしてアルフレッドの兄である。
◇◇◇
モーリスは思う。
まあ、アルフレッドとあの貴族令嬢では性格が水と油だろうから恋人になってもうまくはいかないだろう。と言え2月14日に女性からチョコレートを贈られるとは何とも羨ましい。
さっきの貴族令嬢は直に渡そうとしたが、間接的にアルフレッドに恋文入りのチョコレートを贈ろうとする貴族令嬢は実に多い。その場合、眉目秀麗な弟アルフレッドに比べ、見るからに素朴な兄モーリスはメッセンジャーとしては実に頼みやすいらしい。
かくて何人かの貴族令嬢からお預かりしたチョコレートを弟アルフレッドに渡すため、その姿を探し求めていたところ、先ほどの現場に居合わせてしまったというわけである。
それにしても……
◇◇◇
もともとこの王国には女性の方から告白するのは、はしたないこととする文化があった。
その風潮を打破したのはかつて魔王討伐のため召喚された聖女様である。聖女様が若き日の国王、騎士団長、魔術師団長などとともに魔王討伐を達成。当時はまだ王太子だった国王と結ばれたまでは良かった。
だが、その聖女様、今の王妃様だが、無類のコイバナ好きという側面を持っていた。2月14日に女性は気になる男性にチョコレートをプレゼントすることで告白してよいのだ、否、そうするべきであるという新しい文化を導入したのである。
この王国は、気候温暖でカカオの木が自生していたこともあり、この文化は瞬く間に王国全土に広まった。
そして、その文化は男性サイドからすると恋愛強者と弱者を見事に明確化するという現実も突きつけてくれたのである。
◇◇◇
とここまで考えたところでモーリスはアルフレッドがもうそこにいないことに気づいた。とは言えどこにいるかは見当がつく。きっと例のガゼボで婚約者のジャネットと会っているのだ。
またしても実の弟の恋愛強者ぶりを見せつけられるのはメンタル的にきついがチョコレートを預かった以上、最低限預かったとアルフレッドに伝えるべきであろう。
本来恨むべきは「兄弟とはいえ、成人同士なんだから弟あてのチョコレートは預かれません」と言えないお人好し、いや優柔不断な自分自身だ。
◇◇◇
アルフレッドとジャネットはやはりいつものガゼボにいた。
「そういう訳でチョコレートを贈られそうになったけど断ったんだ。僕はジャネットの外見だけでなく内面も好きだし、ジャネット以上に外見と内面の両方が好きな人はいないからね。でも妬ける?」
「妬けますわ。私もアルフレッド様が大好きですから。でもそのように言っていただきありがとうございます」
モーリスは頭を抱える。いくら何でもこのシチュエーションで兄だからという理由で弟のアルフレッドあてチョコレートをたくさん預かってきた、受け取ってくれとは言い難いと思っていると……
「兄上。そんなところで何をしているのです?」
モーリスはあっさりアルフレッドに見つかったのだった。
◇◇◇
「いやこれはだな。と言うかこの場でこういう話をアルフレッドにするのは本当に恐縮なんだが、兄だという理由でアルフレッドあてのチョコレートを預かってしまってな。そのう受け取ってくれんか?」
顔を見合わせるアルフレッドとジャネット。しかしすぐにあまりにも愚直なモーリスの態度に二人は声を上げて笑い出した。
「分かりました。兄上。そこに置いてください。そうですね。一通り文を読んで、僕にはジャネットがいるからお付き合いできない旨の返事を添えて、チョコレートを返しましょう。返却を兄上にやっていただくのも心苦しい。執事のセバスに手配させましょう」
モーリスはホッとすると共に、いつも思っていることをまた口に出した。
「なあアルフレッド。やっぱり侯爵家は僕より資質の優れたおまえが継がないか?」
その言葉に大きく首を振るアルフレッド。
「兄上。お言葉ですがそれは違います。兄上と僕は持っている資質の種類が違うだけなのです。国王陛下のお言葉をお忘れですか? 『進取』の気質に富むアルフレッドは開発途上のマーグレイヴ辺境伯領に婿入りし、開発を進めるのがよい。『実直』の気質に富むモーリスは既に成熟したポーレット侯爵領を着実に守るため爵位を継ぐのがよい」
そうだった。その国王陛下のお言葉に父たるポーレット侯爵も頷いたのだった。何故二人ともこんな僕をそこまで買ってくれるのかは分からない。まあそれはともかく、やはり……
「ありがとうアルフレッド。でも僕はやはりおまえの方が優れていると思う。と言うか羨ましい。2月14日にたくさんの女性からチョコレートを贈られ、いやそうではないね。自分の思う人から思われてチョコレートを贈られていることが羨ましいよ」
「あら、モーリス様の思い人は私の妹のブレンダですよね」
そんなジャネットの言葉に硬直するモーリス。
「ジャ、ジャネット嬢。どうしてそれを知っている? 誰にも言っていないのに」
「傍から見ているとバレバレですよ。兄上」
苦笑するアルフレッド。
「あ、そうです」
カバンから包装されたチョコレートを取り出すジャネット。
「これは私がアルフレッド様に贈るチョコレートの素材として買って、使わなかったものです。これをブレンダに贈ってあげてください。きっと喜びますよ」
「いやっいやいやいや」
モーリスはもう大パニックである。
「2月14日は女性が男性にチョコレートを贈る日だろう。それに僕なんかがブレンダに贈って、嫌がられでもしたら……」
ジャネットは柔らかな笑みを絶やさず返す。
「王妃様は2月14日は女性も遠慮せずにチョコレートを贈ってと言われただけですわ。男性が贈ってはいけないと言われていません。それにブレンダは嫌がりませんよ。姉の私には分かります」
「兄上」
アルフレッドも穏やかな微笑みでたたみかける。
「私の婚約者ジャネットはとても妹思いなのです。ここは弟の私の顔を立てると思って、ブレンダにチョコレートを贈ってあげてください」
モーリスは頷いた。実の弟とその婚約者がこうまで背中を押してくれているのだ。事の成否はともかく自分の気持ちに決着をつけることとしよう。
モーリスは背筋を伸ばすとジャネットから聞いたブレンダのいる場所に向かった。
◇◇◇
「ジャネット。君の妹ブレンダが僕の兄のことを慕っていて、君がブレンダに僕の兄に今日チョコレートを贈るよう勧めた話はしなかったね」
「ふふふ」
そんなアルフレッドの言葉にジャネットは小悪魔のように笑った。そういうところもアルフレッドには可愛らしいらしい。
「アルフレッド様。私はやはり告白は覚悟をもってされた方がよいと思いますの。そして、アルフレッド様と私には兄上と妹を見守る責務があります。行きましょう」
◇◇◇
そこは立入禁止にはなっていないが、普段はあまり使われないガゼボだった。そこで佇んでいたブレンダはモーリスが緊張した面持ちで包装されたチョコレートらしきものを抱えながらこちらに向かっていることに気づき驚愕した。
(どういうこと? ジャネット姉さんに背中を押されてモーリス様に告白する覚悟で来たら、何故モーリス様の方がこちらに向かってくるの?)
しかしすぐに首を振り、気持ちを立て直す。
(ううん。ちょっと予定が変わっただけ。昨日あれだけジャネット姉様に背中を押されて決心したんだから、必ずチョコレートを渡して告白するっ!)
かくてブレンダも用意したチョコレートを大事に胸元に抱え、すっくと立ち上がった。
その光景はモーリスをもまた戦慄させた。
(どういうことだ? 何故ブレンダがチョコレートを持って立っている? いやっ、いやいやいや。ここはアルフレッドとジャネットに強く背中を押されてここに来たのだ。今日は告白して自分の気持ちに整理をつけるのだ)。
◇◇◇
「やっ、やあ、ブレンダ。こんなところで奇遇だね。一人で休んでいたのかい? あのっ、あの悪いけど、僕もそのガゼボに入っていいかな?」
「こっ、こここ、こんにちは。モーリス様。だ、だだだ、大歓迎ですわ。あまり使われてなくて綺麗ではないガゼボですが、よっよよよ、ようこそ」
二人とももともと親交がなかったわけではないから、本来ここまで緊張する関係ではない。しかし、今日告白するという条件下ではやはり緊張するものらしい。
「初々しくてよいですわね」
そんな二人を付近の建物の三階の窓から温かく(?)見守るジャネット。もちろんモーリスとブレンダの告白の場を誘導したのは、ここの窓からなら気づかれずに観察、いやもとい、見守られるからという理由が大きい。
「「あ、あああ、あの」」
モーリスとブレンダの声かけは見事にシンクロする。
「あ、では、モーリス様からどうぞ」
「いやっ、いやいや、ブレンダから」
モーリスとブレンダの間にはしばしの沈黙が流れたが、それを破ったのはモーリスだった。
「では、二人で同時に言おうか?」
「いいですね。せーのっ!」
「どうかこのチョコレートを受け取って僕の恋人になってほしいっ!」
「どうかこのチョコレートを受け取って私の恋人になってくださいっ!」
その告白もほぼシンクロした。そしてまたしばしの沈黙が流れたが、どちらからともなく笑いだした。
「何なんだ。これは」
「でも嬉しい。モーリス様の方からも告白してもらえるなんて。ジャネット姉様から背中を押されて頑張って告白してよかった」
「え? 君もジャネット嬢に背中を押されたの? うーん、これはしてやられたなあ」
「うふふ。でも今はジャネット姉様に感謝です」
そう言ってモーリスに飛びつくブレンダ。
その光景にジャネットは落涙した。
「尊い。尊いですわ」
◇◇◇
ほどなくモーリスとブレンダは婚約し、国王と王妃に両親及びアルフレッドとジャネット同席の下で婚約報告がなされた。内々に下話はされていたので、その場で婚約は承認された。
そしてその晩、ジャネットは王妃の部屋に呼ばれた。
「ジャネット嬢。今回の仕掛け人はあなたと聞いております。当然、このコイバナの舞台裏をお話ししていただけますね」
ジャネットは満面の笑みで舞台裏を語る。それを聞く王妃の方はわくわく感全開である。
「ありがとうジャネット嬢。ああ今回もコイバナをたっぷりと堪能させてもらいました。ただまあ国王陛下と結婚して何年も経ち、私自身がこういう初々しさを失ってきているのでみなさまが羨ましくもありますが、やはりコイバナは楽しい!『2月14日なんて大嫌い!!なんちゃって』」
その時の王妃はまるで召喚前の一少女に戻ったかのようだった。