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食パンをくわえて走る少女

作者: レン太郎

 運命的な出会いのパターンをひとつあげるとするならば、あたしはこれしか思い付かない。


 遅刻ぎりぎりの時間に起き、焼きたての食パンをくわえ、学校に向けて猛ダッシュ。

 そして、曲がり角で男の子とぶつかり口論となるが、遅刻しそうなので決着をつけずに学校へと走る。学校には何とか間に合うが、朝のホームルームでその男の子が転校生だと紹介され、また口論となる。しかし、これがあたしにとっての運命的な出会いだなんて、この時はまだ知るよしもなかった。


 というのがあたしの理想。

 もはや都市伝説にまでに成れ果てたこの黄金パターンも、映画やアニメの中でしかありえないと思っているだろう。でも、あたしは諦めない。


 あたしは、美咲。高校二年生。

 運命的な出会いをして、絶対に素敵な彼氏を作ってやると心に誓い、高校に入学してからというもの、あたしは毎朝、食パンをくわえて走っている。


 ホームルームは9時から始まる。家から学校までは走って約20分だったので、8時30分に目覚まし時計をセットしていたが、毎朝走っていると徐々に足が鍛えられ、今ではそのタイムを10分にまで縮めたあたしはアスリート。 仕方なく、8時40分に目覚ましをセットして、今日も遅刻ぎりぎりの時間に起床する。


「もうお母さん! なんで起こしてくれなかったのよ!」


 母にとっては理不尽きわまりない台詞を吐き、制服に着替える。

 髪をブラシで軽くとかしながらリップをなぞり、鞄を小脇に抱え、焼き上がったばかりの食パンにネオソフトを片手で塗る。我ながら、器用になったもんだなと思う。そして、食パンをくわえて玄関へとジャンプ。着地と同時にローファーを装着。


「いってきまーす!」


 呆れた顔の母に見送られ、今日もあたしは走る。食パンをくわえながら。


 あたしは、世界にただひとつしかない愛を求める俊足のアスリート。春夏秋冬、雨の日も風が強い日もあたしは走り続ける。雪が積もってる日もへっちゃら。だって、あたしは信じてるんだもん。そこに出会いがあるということを。

 今日はとってもいい天気。雀のさえずる声も、あたしにエールを送ってくれてるようで、ひょっとしたら、またタイムが縮まるかも──。いいえ、違う。今日こそ運命的な出会いがあるかもしれない。そう思い、あたしが一番目の曲がり角に差し掛かった刹那の瞬間、ついに事件は起こったのだ。


 ドンッという衝撃とともに、あたしの身体は跳ね飛ばされた。

 くわえていた食パンは、その衝撃で宙を舞い、待っていましたと言わんばかりに走り込んできた野良犬が、フリスビー犬ばりのナイスキャッチ! でもそんなことより、あたしには確認しなければならないことがあった。


 そう“何とぶつかったか”である。


 宙を舞うほんの僅かな時間、あたしは目をしっかりと見開き、ぶつかった障害物を確認する。見慣れない黒い学生服。うちの学校の制服ではない。そして顔を確認すると、茶髪に少し不良っぽい感じで、あたし好みの男の子。


 やった! とうとうあたしにも運命的な出会いが訪れたんだ。あたしは当初の計画どおり、倒れ込んだ直後にこの台詞を吐いた。


「ちょっと! どこ見て歩いてんのよ!」


 首尾は上々。彼は案の定、あたしの乱れたスカートにくぎづけになっていた。

 そう、ただぶつかっただけでは駄目。あたしは、ぶつかった瞬間、相手を確認したと同時に、腰を少しひねって“わざとスカートを微妙なラインまで乱す”という大技をやってのけていたのだ。


「キャー! どこ見てんのよ! 痴漢! スケベ! 変態! もうしんじらんなーい!」


 あたしの罵倒する言葉に、少しカチンときたようで、彼もまた反論する。


「な、なに言ってんだよ。お前が勝手にぶつかってきたんじゃ……」


 顔を赤らめ、目を反らしながら彼はそう言う。不良っぽいけど、なんだか可愛い。あたしのどストライクな男の子だった。

 あたしは袖をまくり、ミッキーマウスの腕時計を見る。


「あー! もうこんな時間! あんたに関わってる暇なんてないんだからね!」


 そう言いながら、彼を背に学校へと走り出した。どうせまたすぐに会えると、確信を持ちながら。


 彼とぶつかるというタイムロスはあったものの、学校へは余裕で到着した。またタイムを縮めてしまった達成感と、運命的な出会いを果たした勝利の余韻に浸りながら、教室の扉を開く。

 ちょうどチャイムが鳴り、机の上に座って喋っていた女子や、ベランダでふざけていた男子も席に着き、ホームルームの時間が始まることを意味させていた。あたしも期待に胸を膨らませながら席に着く。


「もうすぐあの扉から、あたしだけの王子様が入ってくる」


 そう思うと、アレルギー性鼻炎であることも忘れ、鼻息も荒くなっていた。


 いつものように扉が開き、先生が入ってきた。今から転校生を紹介されると思うと、先生の冴えない銀縁眼鏡も素敵に、ハゲ散らかした頭も愛らしく思えてくるから不思議なものだ。


「えー今日は、転校生を紹介します」


 きたー! やっぱり、今までのあたしの努力は無駄じゃなかった。あたしの脳裏に、来る日も来る日も食パンをくわえて走ってきたことが、走馬灯のように駆け巡る。そして、教室の扉からゆっくりと、あたしの王子様が姿を現した。

 両手をズボンのポッケに入れ、いかつい顔で教室を見渡す王子様。間違いなく、今朝あたしとぶつかった彼だった。

 そしてあたしは、勢いよく立ち上がり、事前に考えておいた最後の台詞を言い放った。


「あー! さっきの痴漢男!」


 しかし驚いたことに、クラスの女子全員が一斉に立ち上がり、あたしと同じ台詞を吐いていた。


 でも、あたしはそれに臆することなく、これから始まる『運命の彼氏争奪戦』に腕を鳴らしていた。



(了)


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