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ルクシオンの継承者  作者: 夏董象女
第0章 魔術者の子供達
7/64

7.刻まれた数字

あの子が来て約一年。強化手術は無事に終わり、私の任務は終了した。あの子は日が経つ連れに感情を顕にしなくなり、ただ力を追い求めるだけの存在になっていった。アハト様との訓練であの子は来た頃とは見違えるような強さを手にしていった。それは身体的にも魔術的にも言える。恐らく、そろそろしたらあの子のゼーレ・ワンドはゼーレ・モデリガンへと姿を変えるのでは無いかと多くの者達が予測していた。私もそう思う。

あの子が番号に相応しい被験体になるのはそう遠く無いだろう。

「おいネア、そんなにぼーっとしてどうしたんだ?」

しわがれた声に思わず顔を上げて声の主の方に目を向ければ白髪頭をした一人の男が大きな笑みを浮かべて立っていた。

「ゲンさん。あ、いえ、ただ考え事をしてただけです」

「おおそうか。邪魔してすまんかったな」

「いいえ。それよりゲンさんはどうしたんです?」

「おお、実はなあ。明日から地上任務に同行することになってな」

「地上任務って、ヌルの強化手術の成果を試す任務のことですか?」

「ああ。しかもその任務ではなんと二年も地上に留まり続けなきゃいかんらしくてな」

「二年も!?そんな、じゃあ次ゲンさんと会うのは二年後なんですか?」

「そうなんだよ。すまんなネア。その間鍛冶屋としての仕事をお前に任せてもいいかい?」

魔術を使える者、"魔術者"には大きく分けて3種類存在する。私達が普段、魔術師と呼んでいる者達は主に攻撃系の魔術を使う魔術者を指す。その他に怪我の回復を行う回復魔術師と武器の製作や修理を行う鍛冶魔術師が存在する。私は一応、回復魔術師としてここにいるが鍛冶魔術師は特定の属性、つまり炎や鉄の属性を持っていれば魔術師でも回復魔術師でも代役が可能である。それでも鍛冶魔術師が存在するのは、複雑な道具や武器は魔術師や回復魔術師では作成することが出来ない場合が多く存在するからだ。そのため、鍛冶魔術師の代役をするにしても出来る内容は武器や道具の修理だけとなることが多い。だが魔術師が回復魔術師を代役すること、またその逆は不可能である。なぜならそれぞれで魔術の発展の仕方が異なるからだ。簡単に言うと魔術師が新たな魔術を習得した場合、その魔術は攻撃系のものになる。回復魔術師の場合は、新たな魔術が高度な回復魔術になる。だから魔術師は本来回復魔術を扱うことは出来無い。回復魔術師もそうだ。だが護身術として回復魔術師でも持ってる属性の魔力を放って身を守ることはよくある。


私はゲンさんの仕事を受け持ち、あの子の部屋へと向かった。中ではヌルが明日からの任務に向けて準備を行っていた。改めて彼女の姿を見る。細かった腕は硬く引き締まり、表情はかつてのように感情を含んではいなかった。その姿が私には操り糸に吊られて他者に動かされている人形のように見えた。

彼女は私の方に気付くと鋭い視線を向け口を開いた。

「何か用?」

「あ、いやその…明日から地上での任務なんだよね?えっと、久々に青空の下に出れて嬉しいのかなって。あ、私は生み出されてからずっとこの施設の中で生きてるから本物の青空を見たことが無くて、どんなのかな~って気になってて」

「嬉しくなんかない。そんな感情に耽る暇なんてない。地上に出るのは悪魔で任務だ」

「そ、そうだよね」

「それに、お前達が地上に出ることはない」

「…え…?」

「地上へ這い上がった悪魔は陽光に晒された瞬間、灰となって消え去る。それがお前達の運命だ」

その言葉が黒槍となって私の胸に刺さり、陽光に当たらずとも全てを灰に変えていったような感覚がした。

私は彼女に対して怒りではなく絶望を浮かべていただろう。

「時間だぞヌル。何をしている?」

後方から唐突にアハト様の声がした。ヌルはアハト様の方に視線を向けるとバックパックを背負い私の隣を過ぎていった。二人は私という弱者に一瞥を与えることなくそのまま姿を消した。

部屋の中に一人取り残された私は視線を下げたままボソッと言葉を落とす。

「見送りなんてするんじゃなかったな…」

「何してんだネア?こんなところで」

唐突に聞こえた声にハッとして振り返るとそこには白に青の模様が所々入った短髪に眼鏡をかけた少年と赤毛の少年が立っていた。

「ロウ、カイ!?」

「あ、もしかしてヌルの看病?今から仕事?」

「ううん、暫くは仕事は無いよ」

「なんで?」

「あの子は明日から2年間の地上任務に出るから」

「へえ〜いいなぁ~。俺も行きたいなあ〜地上。噂によるとスッゲェ美味い飯が山ほどあるんだって」

ロウはニヤニヤとしながらカイの方を見るがロウより大人びたカイはため息をついて口を開く。

「お前はいつも飯のことばっかだな。それよりネア、何で泣いてたんだ?」

「えっ!?お前泣いてたのかよ!?」

カイとロウがこちらを見る。上手く隠したはずだったがやはりカイには勝てない。彼には生まれながらの能力があった。人の心が読める能力だ。被検体は能力が高ければ稀に特殊能力を生まれながらに持つことがある。

そう、彼らもここで生まれた被検体。ロウの本当の名前は被検体02、通称ドゥオ。そしてカイの本当の名前は被検体03、通称ドレース。

被検体は生まれた時点で有能か無能かが、番号によって決まる。番号の大きさが小さいほど有能な被検体。そして番号の大きさが大きいほど無能な被検体。ロウとカイは上位の有能な被検体だ。最も番号が大きい被検体10である私は最も無能な被検体だ。

ここの職員は笑って言っていた。

『被検体10は残りの材料で造られたカモノハシ同然だ。なんの力もないから、ゴミとそう変わらない』

『ただの数合わせの存在』

『運良く生きても20年ほど。他の被検体は何か障害を持っていても普通に100年ほど生きれるのにな』

『前回の被検体は誕生して3年で死んだそうだ。その前は体術を会得する途中で意識不明に陥りそのまま死んだらしい』

魔術もまともに使えない私は施設の者達から見下され、罵倒され、そして差別されていた。

そんな私を人として見てくれたのは、ロウとカイ、そしてもう一人…。

「こんなところで何してんだよ。もう講義始まっちまうぞ?」

新たな声に私はハッとして目を向けると、ロウとカイの後ろには赤褐色の髪色に薄い草色の瞳を持つ少年が不思議そうに部屋の中を覗いていた。

彼は被検体01、通称アインス。本名はノラン・アウネロ。彼はヌルと同じ、外の世界から来た者だった。

この3人が私をいつも支えてくれてる。だから私はこの施設の中で日常を過ごすことが出来ていた。この3人とゲンさん達が私にとってかけがえのない家族だ。

ノランの言葉にロウが焦りの表情を浮かべ、4人の中で最も早くその場から立ち去った。ロウの後を私達は追いかけるようにして彼女の部屋を後にした。


地上任務から半年後、ゲンさんと多くの回復魔術師が突然施設に帰還した。そのことに多くの者達が驚愕し、事情を聞いたところ地上任務の最中、回復魔術師の長とアハト様の間で問題が起きたらしい。その結果、アハト様の命令で自分とヌル、そして今回の任務の責任者以外の者は帰還することになったらしい。

「ゲンさん、問題って何があったんですか?」

私はどうしても詳しく知りたかった。アハト様とも信頼関係が深かったゲンさんにさえ帰還を命じたことに納得がいかなかったからだ。ゲンさんは渋い表情をしつつ小声で私に話してくれた。

「実は、地上で魔術師同士の戦闘が会ったんだ。相手は黒魔術を使用していてな。アハトでも太刀打ちが出来なかったそうだ」

「黒魔術ってたしか、ワンドを用いずに聖書を題材に魔術を生み出すっていう禁断の魔術のことですよね?ほとんどの場合悪魔から力を得てるから使用後は魂を抜かれるって…」

「そうだ」

「あのアハト様が太刀打ち出来ないなんて…。それで、アハト様はどうなったんです?」

「即座に駆けつけたヌルのおかげで一命を食い止めたんだが、ヌルは相手の魔術食らって負傷してな。だがそのせいなのかちょうど時期に達していたのか、ワンドがモデリガンへと進化して魔術師を一人倒したそうなんだ。アハトも体勢を立て直し、残りの魔術師を倒したらしい」

正直、聞くつもりは無かったが思わず言葉が口から出てしまっていた。

「ヌルは…無事なのですか…?」

ゲンさんはこくりと頷いた。

「アハトの力もあって今は任務に復帰出来るほど回復しとる。だがそこで問題が起きたんだ。ヌルは強化人間。復帰出来たのならさっさと身体検査をさせろだの、彼女の一部を奪って回復魔術の発達に貢献させろだの、ヌルを研究資料のように扱えと回復魔術師が言い張ってな。それがアハトの逆鱗に触れたのか、責任者と交渉して地上任務から回復魔術師とその他の者を外したんだ。任務に不必要と言ってな。まさか儂まで外すとは思ってなかったんだがな」

「それで、彼らは今何を?強化手術の成果を調べてるのですか?」

「いいや、ヌルのワンドがモデリガンになったことだし、第4属性を開花させる旅に出ると言っていた。帰る日は予定通りにするそうだ」

「そうですか。でも、皆が生きて帰って来て良かったです。ゲンさんも無事で何よりです」

「ああ、ありがとなあネア。そういや他の子達は元気にしとるか?土産を買って来たんだ」

「本当ですか!?皆大喜びしますよ!特にロウは」

「アイツは食いモンのことになると聞かないからなあ。多めに買ってきて正解だった」

「ですね!」

私はゲンさんの手荷物を預かって、被検体達の元へと向かった。地上からの土産は子供達にとってどんなものより喜びの宝だ。私は扉を開けて、荷物を掲げながら叫ぶと子供達は満面の笑みを浮かべて一斉に集まった。

この光景に番号による壁は存在しない。あるのは互いに喜び合う子供達の表情だ。固く結ばれた絆の輪だ。

あの子もこの輪の中に入れるだろうか。

「ほら、お前の分」

突如隣から土産の洋菓子が現れる。手の主に目を向けると、既に洋菓子を食べ始めているノランの顔があった。私は安堵の笑みを浮かべ、手を伸ばして彼から洋菓子を受け取る。

「ありがとう、ノラン」


まだ、試練は始まったばかりだ。




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