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ルクシオンの継承者  作者: 夏董象女
第0章 魔術者の子供達
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6.地獄開門

「…きて。起きて、朝だよ」

聞きなれない若い女の子の声にふと、目が覚めた。その時に最初に視界に入り込んだのは緑。樹木の葉のような鮮やかな緑だった。次に金色の二つの玉。身体を起こし、目元を擦ってもう一度目の前にあるものを見ると、緑は少女の髪の色、そして金色の二つの玉はその子の双眸だった。

目の前の少女は私が起き上がるとニッコリと笑って私を見た。

「おはよう。はじめまして、私は被検体10。通称はデケム…なんだけど、他の子達からはネアって呼ばれてるの。好きな方で呼んでちょうだい。あ、私といる時は普通に話しても大丈夫だよ。アハト様に許可もらってるから」

ああ、そう言えば端末に被検体10っていう名があったな。だが彼女がここで何をするかの具体的な内容は知らない。

「なんでここにいる…?」

「朝ご飯用意したから持ってきたの。机の上に置いておくから食べて。それから私がここへ来たもう一つの目的は強化手術を受けた後のあなたの看病をするため。あの手術は受けた後がキツイからね」

「強化手術って、具体的に何されるの…?」

「私も詳しくは知らないんだけど、確か筋力とかを高めるって言ってた」

強化手術、やはり身体の改造をされるものなのか。人殺しにさせるために。

「あ、そうだ。アハト様が朝ご飯食べたら昨日の部屋に来るようにだって。その際ワンドを忘れないようにね。それじゃあまたね」

そう言ってネアという少女は私の前から姿を消した。私は彼女が置いていった朝食を口にしながら、強化手術のことについて再び考えていた。

強化手術の目的、それは最強の被検体となるため。決して罪の無い人殺しなるためじゃ無い。力を手に入れたらすぐにシロさんを連れてこんな所から出て行ってやる。

そうだ、利用するんだ。ここで得た最強の力を。



朝食を終え、昨日の部屋へ行くとアハトは昨日と同様に部屋の奥で私を待っていた。それからの日々は地獄だった。

まずは体力作りとしてトラップだらけのコースで走り込み。次に木刀を使っての基礎稽古。木刀を持ったことなど無かったため、使い方や振り方を数百回叩き込まれた後稽古が行われた。この稽古では走り込みの時とは異なり、アハトの指導が容赦無かった。振り方を間違えたり、動きを止めたら木刀で手足を打たれさらに回数を増やされる。

なおかつ、模擬戦の際には真剣ならば即死であろう攻撃をいくつも出してくる。

「動きが遅いぞ。それでは魔術を得る前に野垂れ死になるのがオチだ」

何度も同じ箇所を打たれて内出血を起こしてる。力を入れれば耐え難い痛みが走る。恐らく骨にヒビが入ってる。  

「ゔっ…ガハッ!!!」

木刀で思いっきり溝内を突かれ腹の中にあったものが全て吐き出る。その中には血も混ざっていた。私は思わず腹を押さえて身体を丸めて縮こまる。

それを見たアハトは手を差し伸べることも慈悲の言葉を与えることもしない。ただ冷徹な目で見下ろすだけ。

「やれやれ、貴様は体力も筋力もない哀れな人間だったのだな。その様子だと仲間の仇を打つなど到底無理な話だな」

その時だった。アハトは手に持っていた木刀を戻し、私から距離を置いた。

すると冷たい空気が私の髪を撫でてアハトに向かって吹く感覚がした。必死に顔を上げてアハトを見ると、彼の手元から青い光と共に白銀で鮮やかに装飾された弓が現れていた。その光景は神秘的で、これが魔術なのだと思い知らされた。

「この武器はゼーレ・モデリガン。ワンドが魂に合わせて変化したものだ。さて、貴様は己のワンドをここまでに仕上げられるかな?」

アハトは弓を立てて私の方に向ける。だが矢が無い。そう思った刹那、アハトの指の間に魔術の紋様が現れ、その紋様から矢が三本生成された。

「ちなみに魔術師は基礎属性を3種類得ることが出来る。私の属性は風、雷そして岩だ。まずは風からいこう」

アハトは矢に魔術を発動させ、風属性の矢を新たに生み出した後足と胴を構える。そして弦に指をかけ矢を時代に引いて矛先を定める。

完全に私を仕留める気だ。正気じゃ無い。当たれば死ぬ。早く、早く動かなければ。痛む手足に力を込め、地面を這いながら矛先から免れようとするが動く度に矛先を向けられる。

「安心しろ殺しはしない。それに当たったとしても私は弱者の証である傷跡を残しはしないからな」

冷たい風が、気付けば疾風となって部屋中の空気をアハトの方へ吸い込んでいく。

「アロウオブザナイトストーム」

疾風を纏った矢は真っ直ぐと私の方へ飛び、風を感じた時には右肩の骨を砕いて貫いていた。その瞬間、傷口から痛みが溢れ出て私は肩を押さえてしゃがみ込む。刺さったところが焼けているような痛みだ。激痛でこれ以上動けない。痛みに反応して涙が落ちていく。

「ゔぅっ…!!」

「今日は右肩から下だな」

なんの話だ…?

「今日の訓練はこれで終了だ。明日は療養のため休みとし、次の訓練は明後日に行う」

その瞬間後方の扉が開き、白衣を着た謎の者達が私を持ち上げては荷台に乗せる。

アハトは荷台に横たわった私を見下ろしながら相変わらずの冷徹な表情で言った。

「お前の精神はどこまで持つかな?」

「ハァ…ハァ…」

呼吸をするだけで精一杯で答えることすら出来ない。それに、今はお前の顔など見たく無い。今日の訓練を通して分かった。この施設には私を救う者なんてどこにもいない。『他の者とは違う』という言葉にありもしない可能性を抱いてしまっていた。

そんは自分が馬鹿馬鹿しい。この男と、この組織の者は絶対に許さ…

「感情なんてものは早く捨てるんだな」

「ッ…」

「感情に支配されてるうちは決して強くなれない。私を屈服させたければ肝に銘じておくんだな」

あの男…私の心を読んだのか?いや、そんなはずはない。この男は恐らく私の表情から思考を読んだんだ。先程まで私は苦痛に耐えながら殺意を剥き出しにしていたのだろう。 

アハトは職員に命じて私を手術室へと運んだ。部屋には手術用の衣服を纏った者達が私を待ち受けていた。矢を抜かれ、麻酔で眠らされてから強化手術は行われた。

手術中は麻酔で痛みを感じないから何も感じないが、目覚める時にはいつも麻酔でが切れて激痛でうなされていた。その際に対応するのが朝に会った被検体、ネア。彼女は魔術を使うことなく薬と己の手によって付きっきりで看病に当たる。

その繰り返しだ。傷跡は残らないが精神は次第に衰弱していった。

1ヶ月の時が経った頃右腕と右上半身の強化手術が完了した。筋力と出血量が押さえられたが痛みは変わらない。

今日からは左上半身が対象となるのだろうか。そんなことを考えてると、アハトは唐突に言った。

「今日からは魔術も加えていく。さて、魔術には基礎属性が5つ存在するが答えられるか?」

「水、炎、風、雷、それから岩…」

「その通りだ。そのうち魔術師は3つの基礎属性を行使することが出来る。前にも言ったように私が持つ属性は風、雷、岩。さて、お前はどの属性を選ぶ?」

属性、正直もう何でもいい。だが適当に選んで後々後悔するのは勿体無い。ならば最強の男に合わせて選ぶのが妥当だ。基礎属性は本来、魔術師全員が行使出来る属性として存在している。だから自由に属性を3種類選ぶことが出来る。

私にとって最強の男は今目の前にいるアハトだ。恐らくギルスはアハトより上だろうが仲間を殺した奴の属性を参考にすることは万死に値する。

「じゃあ、風、雷、岩にします」

「ほう、私と同じ属性を選ぶか。だがそれでは私を倒せないぞ?3種類全てを変えろとは言わない。他の属性を選べ」

他の属性、残るは炎と水か。アハトに勝つなら水の方が良いかもしれない。

「なら岩を…」

なぜだろうな、水を言おうとした瞬間茜さんと神室の顔が脳裏を過ぎった。まるでそうじゃないと私に言うように。

「…岩を炎に変えます…」

「炎に変えた理由は?」

「死んだ仲間やその他の者達の赫怒の業火でギルスを焼き尽くすためです。もちろん、ここにいる者全ても、その業火で焼き尽くす」 

その者達の中にはアハトも入ってる。そのことを私は表情に滲ませたつもりだった。隠せば良かったのかもしれない。だが私は隠さずに晒した。理由は隠しても行動に現れて結局バレるから。それに痛い思いをするなら、まだ怪我を負っていない状態の時の方が助かる。流石に傷を重ねられた後の怒りの一撃は耐え切れない。

アハトは私の目を暫く見てようやく反応を返した。

「くれぐれも、自分までもが業火に巻き込まれないようにすることだな」

アハトはそれだけを言って私に手を出さなかった。アハトの言葉の意味を解釈するに今の私じゃ扱えないということだろうか。確かにその通りだ。剣も拳もまともに振えていないのに魔術でアハトに勝つなんて夢のまた夢。だがいずれは超える。

そして最強になって、アイツらのしてきたことを後悔させてやる。

その時、ピシッと額を何かで弾かれた。反射的に閉じた瞼を開けば、斜め上に白くて細長い指が向けられていた。

「言ったはずだ。感情なんてものは早く捨てろと。魔術は拳や剣よりも感情に作用されやすい」

「くっ…」

「まだ感情に溺れている。それではいずれ自分の魔術に飲み込まれて死ぬぞ。試しにやってみるか?私に向けて感情の赴くままに魔術を解き放ってみろ」

使い方の分からない魔術を、プロの魔術師に放ったところで勝てる見込みなんてない。寧ろ自分で自分の首を締めることに繋がる。だが、やれと言われたからにはやる。それがここでの掟。

だったら、込み上げてくる感情に任せて魔術を解き放つ。

「ワンド!」

ワンドを繰り出し、杖先をアハトに向けて魔力を込める。まずは炎。

杖先に火花が散り始め、炎を吹き出せたかと思えば噴き出た位置で爆発した。

「っ…だったら…!!」

今度は属性を風に変えてもう一度杖先をアハトに向ける。空気の流れが乱れ、徐々にワンドに吸い込まれていく。

「ほう、今度は風でくるか」

ワンドから魔術自体に意識を集中させて一気に技を放つ。その瞬間、全てが吸い込まれていく感覚が全てを支配した。思考も視界も、触覚でさえ。

自分で引き起こした風は術者本人を包み込み渦を巻いて飲み込んでいく。

身体の中心から何かが徐々に抜け出していく。

魔力なのか、それとも生気なのだろうか。それともその両方なのだろうか。

「苦しいっ…助けて…!!」

渦の外へ手を伸ばすが伸ばした先には何も無い。

そうだ…ここには自分を助ける人なんて誰もいない。寧ろ苦しめて破滅させたい者だらけだ。

自分で何とかするしかない。風をなんとか制御しなければならない。

「風を引き起こしている根源を滅しない限り、全ての魔力を吸われ続けるぞ」

「根源…」

もう一度整理しろ。風の根源…そうだ、これは感情の嵐だ。色んな感情が混じり合って自分を飲み込もうとしている。感情を抑えて冷静さを取り戻せばこの風はきっと消えてなくなる。

深呼吸をし、感情の波を穏やかにさせる。すると風の勢力が弱まるのが分かった。だがまだ完全じゃない。浮遊しているワンドを掴んで一点に残りの魔力を集中させる。だがそれでも勢力が弱まる兆しは見えなかった。

「まずい…」

もう魔力がほとんど残っていない。このまま吸われ続ければ確実に死ぬ。

「クッソ…」

徐々に視界が闇に落ち、手足から力が抜けていく。

アハトは未だに渦の中に取り残されている少女を見てため息をつくとモデリガン無しで魔術を展開させて金属で出来た騎士を繰り出す。

魔術師は3種類の基礎属性を基に新たな属性を生み出すことがある。中には基礎属性である炎を極め、大炎を4番目の属性にする者もいれば、岩と水を組み合わせ、新たに自然の属性を手にする者もいる。要するに組み合わせ、もしくは注目する点によって4種類目の属性が生まれる。アハトの場合は岩より鉄を生み出した後、鉄と電気を組み合わせて"機械"を4種類目の属性としていた。

「救ってやれ。機械兵、アイアンランスロット」

ランスロットはアハトの元から離れヌルの元へ向かうと、手に持っていたロングソードを振りかざし、渦を断ち切る。その反動により中にいたヌルは渦が無くなると同時に勢いよく飛ばされて壁に激突した。

「ゲホッゲホッ…」

「これで分かっただろ?様々な感情は魔術を扱う上で邪魔になるだけだ。お前の中にある感情は仇に対する怒りだけに絞っておけ。それと、数日前から他の被検体に目をつけられているみたいだな。くれぐれも面倒ごとは起こすな」

対処はしてくれない…。まあ当然か…。

他の被検体から暴力を受け始めたのはほんの数日前。被検体00が新たに追加されたという噂はどうやら施設内で注目されているらしい。そのせいで接触するつもりは無くても向こうから他の被検体の子達が現れるようになった。初日は様子見だけのようだったが、次の日からは魔術と拳による暴力が起きた。やり返そうとしたが、奴らはケラケラと笑いながら弱々しい拳を軽々と避けて、固く握られた拳を一発食らわせた。それだけで私を倒すには十分だった。私は床に倒れ、奴らはまたケラケラと笑った。

「アハト様に鍛えられてるくせにこの程度かよ!?情けねえな!!」

この施設では強さが全てだ。だから強さを手に入れなければならない。そのために感情は捨てなければならない。強さの根源は感情にあるというのに、無駄なのだから捨てなければならない。

一つの感情だけ、そう…。そうだよな、神室、茜さん。私がまだ人と呼ばれるための感情。

『残されたものを守り抜きたい』という感情だけを残して。


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