5.デミウルゴス
私達を攫った組織の名前はデミウルゴスという名だ。彼らの目的は、この世界とは異なる世界、ルクシオンを復活させること。
ルクシオンは古代の人々に神々の国と呼ばれ、尊ばれていた。その世界に住む者は水、炎、風、雷、そして岩を自在に操る力を持ち、さらにはこの世界を統べる自然に愛されていた。またその世界に住む獣は人と同様に属性を持ち、森を山を川を支配していた。ここまで話すと多くの者は『可笑しな作り話』だと笑うだろう。私もその一人だった。
ルクシオンの住人がもたらしたと言われる魔術をこの目で見るまでは…。
場所も分からない施設に入れられ、自由を奪われた私には新たな名が与えられた。
被検体00、通称ヌル。何とも浅い名前だ。いや番号と言った方が正しい。
私は全てを失い、新たな名を与えられた後、施設の職員によって何も無い部屋に入れられた。
「ヌル、さあ入れ」
名も知らない職員に背中を押されて無理やり部屋に入れられると部屋の奥に1人の男が立っていることに気付いた。髪は白が多く含まれたみそら色だがバックから生えてる髪は黒い。髪型はオールバックに近いが、この表現は髪型を表現するのに向いていないように感じる。肌は死人のように白く、身体は細長い。まるで皮と骨で出来ているようだ。頬は擦り減ってる。
男は手に持っていた本を閉じて薄い青紫の瞳で私を見ると、向こうから歩み寄り改めて見下ろす。その目にはあの男と同じ、蔑む色が滲んでいた。
「この子が、ギルスが連れてきた子か」
心臓を震わす低い声だ。
「はいそうです」
職員の声は先程とは異なり、震えていた。まるで獣を前に畏怖する子羊のようだ。だが、この状況では私も同じ。
目の前の男は細長い手で下がれと命ずると職員は即座に姿を消した。その日は下がった男以外私の前に現れることは無かった。
男は冷徹な眼で見下ろしながら言った。
「私の名はアハト・テルアド。今日から貴様の担当を務めることになった。言っておくが、私はこの組織の者と仲良くするつもりは無い。そう、貴様の仲間を殺した連中とはな」
皮肉めいたその言葉に私は奥歯を噛んだ。男は私の表情など気にすることなく話を続ける。
「もし仲間の仇を討ちたいのなら習得した魔術でこの施設を滅ぼせばいい。ギルスを倒したいなら話は別だがな。要は、貴様にとっての今後の目的は最強の被検体となることだ。私は弱者には興味が無い。私の見方を変えたければ強者となって私に挑むことだ」
「…」
「どうやら貴様は口数が少ない人間のようだな。扱いやすくて助かる。私はうるさい奴は嫌いなのでな。今後は、返事以外は私が許可するまで誰とも喋るな。話しても強くはならない」
「…はい…」
「では、貴様にワンドを与える。右手を出せ」
私は恐る恐る手を差し出した。その瞬間、2人を中心に部屋中に光の紋様が現れた。その紋様は私の方へも駆け巡り、伸ばしていた手先へと至った。
「ルクシオンの魂を引き継ぐ者より賜った、ゼーレ・ワンドよ。新たな継承者の魂尽きるその時まで、魔の御加護を与え給え」
その瞬間、手の直上に小さな空気の渦が生まれ、渦の中心で木片のようなものが集結していく。すると次の瞬間には木片が規則正しく積み重なっていき一本の杖を生成した。
杖が現れた瞬間、光の紋様と空気の渦が消え去り、部屋は元の状態へと戻った。
私は突如現れた杖を握り、マジマジと見つめる。
「それはゼーレ・ワンド。多くの者はワンドと呼んでいる。明日からはワンドを用いて魔術について学んでいく。くれぐれも無くさないように。それから強化手術も同時に進めていく」
アハトが軽く手で合図をしただけで閉められていた扉が開き、通路に緑の光が点灯する。
「その光はお前の部屋に続いている。光を辿って部屋に戻れ。明日の詳しい内容は部屋に置かれてる端末で確認しろ」
「はい…」
そう返事をして私は光を頼りに自分の部屋へと向かった。
部屋は思ったよりも近い所にあった。監視を楽にするためだろうか。それとも施設の構造を知られないようにするためだろうか。
用意された部屋には狭い空間にベッドと机、そして端末しか無かった。
トイレは通路にある共同を、風呂は共同の大風呂を使えとのことだった。新しい衣服は食堂近くのクリーニングルームで受け取ること。食事は、他の被検体と異なりこの部屋に直接運ばれるようだった。
「明日はあの部屋でアハトによる魔術の指導…。それと強化手術…。強化手術って何だ…?」
文字の所を押し、詳しい情報があるかどうかを確認するが何も出てこない。それにシロさんに関する情報も見当たらない。
私は端末を置き、ベッドに横たわって杖を眺めていた。真っ直ぐじゃなくて、微かに歪んでる。色も木製独特のナチュラルブラウンではなく、焼けた炭のような漆黒だ。
何のために私は強くなるんだ…?人を殺すためか…あのギルスという男のように。
ギルスという名を口に出した瞬間、神室の赤く濡れた顔が鮮明に浮かび上がった。私は恐怖の余り杖を机に置いて布団の中へと潜り、歯を食いしばって込み上げてくるものを押さえ込む。だが、流れは止められず涙はどんどん両眼から流れ落ちていった。