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ルクシオンの継承者  作者: 夏董象女
第0章 魔術者の子供達
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3.光の華

シロさんと和解してから半年、私達は何気ない日々を送っていた。いや、思い返せばかなり修羅な日々を送っていたと思う。まず、シロさんの人間嫌いはやはり酷いもので、一ヶ月の間は私と同じ空間に1時間いることすら難しかった。覚悟を決めても身体は何も変わらない。それを思い知らされた。その次に大変だったのはシロさんから科学に関する知識を叩き込まれたことだった。今後、助手として働いてもらうから基礎知識は覚えておけと、毎晩、説教付きで叩き込まれた。自分の無能さが悔しくて何度も泣いた夜もあった。止めたい、逃げたいと思った日が何度もあった。だけど、まだ全てを出し切れていない自分がいることを知った。

止めるなら、逃げ出すなら、全てを出し尽くして、悔いの残らないようにしてからだ。だから私は泣きながらも毎晩、毎朝、シロさんに習ったこと全てを見直すようにした。少しずつ、一歩ずつ、習得出来るように。それが実を結んだのか、シロさんからの説教も日が経つごとに数が減っていき、今度は称賛の数が増えていった。それが私にとってのやり甲斐だった。シロさんにとってのやり甲斐は、自分の技術を誰かに認めてもらうことだった。

半年が経ったある日、ある大会に応募したシロさんの発明品がこの国を代表する研究チームの目に止まった。彼らは、私達の家を訪れ、シロさんを研究チームに勧誘した。その時のシロさんの嬉しそうな顔は今も鮮明に残っている。だがある言葉を聞いた瞬間、シロさんに続いて私の表情も一変した。

「え…?妹は連れていけないんですか?」

「残念だが、私達が求めているのは君だけだ。妹さんにはここに残ってもらう。だが安心してくれ。君が我々の研究所に来てくれれば君達の生活費は毎月国から支給される。妹さんが困窮な暮らしをここで送ることはない」

シロさんは研究員の言葉を聞いてもすぐに返事は言わなかった。俯いたまま、ずっと返事を迷っているようだった。

ここで、シロさんの道を足止めする訳にはいかない。

「行ってくださいシロさん。私は大丈夫ですから…」

私の言葉にシロさんは戸惑った顔で振り返った。私は兄の目を見ながら口を開いて続ける。

「せっかく夢を叶えるためのチャンスが訪れたんです。訪れたからには掴まなきゃ駄目ですよ。茜さんもきっとそう言います」

「だけど…」

「これが最後の別れじゃありませんよ。それにシロさんは私がいなくても、もう人と話も出来ますし、一緒にどこかに行くことだって出来ますよ。だから自信を持って」

その時、シロさんはなぜか小さく笑った。その表情の意味が私には分からなかった。戸惑った私の顔を見てシロさんは笑って言う。

「あの日に言っただろ?一緒に乗り越えようって。その言葉を吐き捨てたことはない」

「ッ…」

「申し訳ありませんが、妹と共に行けないのなら私は貴方方の一員になるつもりはありません」

研究員はシロさんの言葉を聞いて、互いに顔を見合わせる。どうやら、シロさんを失うことはかなりの痛手だったらしい。

「じゃあこうするのはどう?私を含め、数名の研究員がこっちに来て君と共に新たな研究を進める。それなら文句は無いでしょう?」

研究員の後方から突如、女の声がしたと思いきや、前方の研究員達が困惑した様子で振り返り、女の方へ言葉を向ける。

「氷華さん、流石に無理ですよ。第一、研究所を建てる資金はどうするんです?」

「だったらこの子達の生活費を全部それに当てればいいじゃない」

その言葉に、氷華という女以外の全員が絶句する。何なんだこの女は…。生活費を奪われることは今の私達にとってはかなりの痛手だ。もう茜さんが残してくれた財産はほとんど残っていない。私が働くと言ったってまだ15。高校にすら行ってない子供を誰が雇うだろうか。

「ああ、生活費のことは安心しな。アンタ達が生活費を私達の所で稼ぐんだから」

その言葉にシロさんはハッとして思わず疑問を口にする。

「それってつまり…妹も連れて行って良いってことですか…?」

「そう。ただし君の助手としてだけで置くわけじゃないから覚悟しておくんだよ?」

それじゃ、と軽く手を振って彼女は私達のもとを離れて行った。

出会った頃の彼女も共に働いていた頃の彼女も他の研究員達と異なって、さっぱりとした性格をしていた。その類いの人間に慣れてなかった私達は研究所で働き始めた頃、何度も彼女に驚かされてばかりでいた。

そんな彼女との関係が変わり始めたのは研究所で働き始めてから3ヶ月のある日のことだ。


「よいしょ。はぁ…あと100冊資料を運ぶのかあ。シロさんも今日は出張に出かけてるし、私一人でやらなきゃらいけないのは分かってるけど、きつい過ぎる…」

一冊1キロもある資料を運ぶのは、正直研究というか肉体労働だ。まあ助手だから仕方ないのだが。

「やれやれ…おまけに記録もしないといけないし、今夜も徹夜だな…。ハハ、シロさんより先に逝ったらどうしよう…」

「弱音を吐いてる間はあの世には逝かないわよ?助手ちゃん」

「ゔわっ!!」

突如隣から聞こえた声に思わず腰を抜かし、無様に尻をつけて倒れる。

「イタタっ…!」

「ごめん!驚かせるつもり無かったんだけどって…凄いクマじゃない!!あなた最近ちゃんと寝てる?」

「いや、ここ2日は働き詰めで仮眠ぐらいしか…」

その瞬間頭部に平たい痛みが走る。

「痛っ!」

「全く、ちゃんと休憩は取るようにって毎日言ってるでしょう!?」

「すみません…。でも期日が迫ってて」

「期日が迫ってんのはアンタの身体でしょ!?」

「え、ちょっ…!」

「よいしょっと。そんじゃあ外の空気吸いに行くよ!!」

神室は軽々と私を肩へと担いだ後、真っ直ぐ研究所の外へと走っていく。私は慌てふためきながら彼女を止めようとするが彼女は走る事をやめなかった。正論を打つけて否定をするが、神室はそれを笑いに変えて返してくる。それも筋の通った言葉で。

それからだ。神室は私をよく気にするように毎日顔を出すようになった。前は同じ建物内にいても別々の部屋で研究を行っていたがその日以来、休み時間になると特に用事も話すことも無いのに毎回部屋に押しかけて私をからかう。最初は目障りに思っていたが、月日が経っていくと私もシロさんも唐突に現れる神室のことを気にしなくなった。シロさんは私より神室を歓迎しているようだった。毎回現れる度に嬉しそうに紅茶を3人分用意する。きっと神室が茜さんと似ていたからだろう。

神室が私達の様子を見に来るようになったのは私達の体調が大丈夫なのかを心配していたからだと、数日経って気付いた。私達より自分の身体を心配して欲しかったが、そんなことを言っても聞くやつじゃないことは分かっていた。だから毎回神室が現れる時に私達が彼女の様態を調べることにした。そうして、互いに支え合っていく。それが私達が茜さんの死から学んだことだ。そんな日々を過ごしていくうちに3人の絆は深まっていった。休みの日には3人で出かけたり、お互いの家に泊まったり。シロさんが研究で忙しい時には2人で、宿に泊まりに行ったこともあった。その時の夜、2人してベランダに出て夜空を眺めていた時のことだった。

神室は夜空を見上げながら口ずさんだ。

「私さ、アンタとは6つも年が離れてて、周りからは姉妹のように思われるかもしれないけど、私はアンタのことをそんな風には見てない」

「それは私を友人として見てるからってこと…?」

すると、神室はフッと軽く笑って私を見下ろして言った。その時の神室は銀髪の長い髪を夜空の海に浸している女神のようで、とても美しかった。

「友人じゃない。親友だと思っているからだよ」

その言葉を私は簡単には受け入れられなかった。嫌だったからじゃない。ただ、初めて誰かに親友と言われたからだ。確かに自分も神室のことをただの友人とは思っていなかった。神室は自分にはないものを持っている。私も神室に無いものを持ってるような気がしていた。だから意識しなくても互いに不足してる部分を補い合っているような関係だった。

喋らなくても、上手く話せなくてもただそこにいるだけで良いと神室に対してはそう思える。

私は小さく笑った。そのことに神室はキョトンとした表情をした。

「親友か、悪く無いね」

「ちょっと何?まさかそれ以上のもの求めたりして無いでしょうね?」

「語弊のある言い方しないでよ神室。そんなんじゃないよ」

「はいはい、アンタにはまだ早かったみたいね。じゃあ今度はアンタのために恋の花の咲かせ方でも教えましょうね」

「そんな花要らないから花屋に戻しといて」

そう言って2人で笑い合った。

神室は女神というより、花なのかもしれない。女神は人のもとに現れない。姿を見せぬまま人に幸運をもたらす。だが花は人の下に姿を現す。そして人々に笑顔をもたらす。甘い香りと共に鮮やかな色を光に変えて満開に咲き誇る。







丑三つ時を越えたばかりの頃、誰も踏み入れない研究所の地下室で志露坂 月彦は巨大な機械を前に薄汚れた手で額の汗を拭う。

「出来た…これで世界がもっと良くなる…」


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