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ルクシオンの継承者  作者: 夏董象女
第0章 魔術者の子供達
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2.太陽に導かれて

あの後、私達は言葉を交わすことなくそれぞれの部屋に戻った。シロさんの気持ちが変わったのかは分からない。だがこれだけは分かった。自ら命を絶ちたいとそう思っていたのは私だけでは無かった。でも、それにすがってはいけない。願ってもいけない。それで得することは何も無い。結局、死んだ後人間がどうなるかなんて分からない。死んだ後に解放なんて無いのかもしれない。寧ろ苦しい日々が待ち受けているのかもしれない。どうすることも出来ない苦しみが、この世にあることは知ってる。だけど、生きていればきっと何か良いことが待ってる。茜さんはそう言ってくれた。だから、悔いの残ったままこの世界からいなくなるのは、私は、嫌だ。

シロさんを止めたのはそのこともあるし、茜さんが悲しむ顔を想像したくなかったからだ。勝手に感情を押し付けるのはあまり良い気持ちはしないが、あの時シロさんが死んでいたら、きっと死んだ茜さんに一生恨まれるだろう。そんなことにはなって欲しくなかった。最愛の姉に恨まれるほど辛いものはあの人には無いだろう。


あとは、やっぱり私は一人になりたくない。一人は寂しいし、苦しい。シロさんとは全く和解出来ていないがそれでも一人になるよりかは良い。それに、茜さんに頼まれているから。『あの子をよろしく』と。





彼女のせいで姉さんは死んだ。…だが本当にそうか?本当は分かっていたはずだ。姉さんはアイツだけのために動いてたんじゃない。きっと、この屋根の下で送られていた3人暮らしは、姉さんの眼には立派な家族の暮らしとして映っていたんだ。だから姉さんは無茶をしたんだ。家族のために精一杯働いて、そして、家族のために行動した結果、死んだ。

もし、俺が少しでも姉さんの手伝いをしていたらどうだっただろう。アイツよりかは俺を頼ったのかもしれない。そしたら、姉さんの負担を減らせたのかもしれない。アイツは何をしていた?

姉さんが仕事に行ってる間は掃除や洗濯をしていた。かつて、姉さんがしていたことだ。俺もたまにはしていたがアイツほどはやっていなかった。部屋の中で新たな物を開発するのに夢中だったから。姉さんはそのことに対して何も言わなかった。アイツも何も言ってこなかった。だが、姉さんもアイツも俺のことをこういう風に思っていただろう。

『さっさと学校に行けばいいのに』

『少しは人と向き合ったらどうだ?』

『手伝ったらどうだ?』

それらの言葉に俺は耳を塞いでいた。聞きたくもないし、向き合いたくも無かった。だがいつまで経ってもこの苦痛から解放なんてされない。

寧ろ膨らむばかり。

姉さん、ごめん。弱くてごめん…。全然姉さんの役に立てなかった…。姉さんみたいに強くなれなかった。なろうとしたけど駄目だった。挑戦すら出来なかった。ごめん、本当に…。


いや、姉さんだけに言うことじゃない。あの子にも言わなきゃ…。


報われるかどうかは分からない。だがもう姉さんはここには居ない。姉さんが勝手になんとかしてくれるわけじゃない。俺がなんとかしなければならないんだ。

オレは立ち上がると、ゆっくりと扉を開けて部屋を出た。廊下の奥にある窓からは木漏れ日が差し込み始めていた。もう日をまたいでいたのか。姉さんが死んでからずっとカーテンを閉め切っていたせいで全く気付かなかった。

方向を変えて、あの子の部屋へと向かう。彼女の部屋は俺達兄弟の部屋とは異なり1階にある。

階段をゆっくりと降りて、あの子の部屋の前に立った。中指の背で扉を叩こうとした時、思わず手が止まった。


なんて言葉をかければいい。謝罪しなければならないことは分かってる。だが、何から言えばいい?自分の罪についてだろうか。それとも謝罪の言葉だろうか。あの子は、まだ怒っているだろうか。いや、怒っていて当然だ。あんな目に合わせてしまったのだから。それとも、泣いているだろうか。

いや、そんな不安は後にして、まずは謝って、それから一つずつ説明を…

「シロ…さん…?」

横からかけられた声にハッとして目を向けると、そこには長い黒髪を下ろしたあの子がいた。その目は、俺がここにいたことに驚いているようだったが時間帯が早いせいかまだ眠たそうでもあった。あの子は警戒しながら俺を見ては、恐る恐る口を開く。

「何か…私に用ですか…?」

「あっ…その…どこに行っていた…?」

「え…トイレですけど…」

「そうか。その…昨日は、あんな行動を取ってしまって、悪かった…」

その言葉がどのように彼女に伝わったのかはその時は分からなかった。彼女は、俺の言葉にハッとした後、視線を落として申し訳そうな顔で言った。

「私も、その…シロさんの胸倉を掴んでしまってすみませんでした…」

「いや…君のしたことは正しかった。悪かったのは俺の方だ。自ら命を絶っても、君の言ったように姉さんは笑顔で迎えたりしなかっただろう…。それに、姉さんが死んだのは君のせいじゃない。俺のせいだ…。姉さんが無茶をしたのは俺にチャンスを与えるためだったんだ…」

これが真実だ。もう何を言われても俺は何も言わない。不満でも恨みでも言えばいい。それで、少しは良い方向に進むのなら。

「シロさん、茜さんを殺した犯人探しはもうやめませんか?」

「え…?」

俺は思わず顔を上げてあの子を見る。

こんなにしっかり姉以外の顔を見たのは久しぶりなのかもしれない。

黒曜の双眸は澄んでいた。昨日の涙で洗い流されたのかもしれない。だがさっきの言葉は腑に落ちない。彼女は俺の言葉を否定した。

なぜだ?真実のはずだ。それに、犯人って…

疑念を抱いて彼女を見ると、彼女は少し間を開けて話し始めた。

「考えてみたんです。無意識のうちに私やシロさんは茜さんの死を誰かのせいにしたがってる。本当は誰のせいでもないのに。茜さんが無茶をしたのは賞金があるからでもなければ、脅されたからでもない。茜さんが決断したからなんです。だから、自分を責めないで下さい。これが事実なのかは今となっては分かりませんが、もし無茶をする気が無かったのなら茜さんはきっと私よりシロさんを頼りにしていたと思います。だけどそうしなかったのは、茜さんの中に目標があったからだと思うんです」

「目標?」

「茜さんが私達の架け橋になるという目標です。茜さんが生きている間私達が分かり合うことは出来ませんでしたが、それでもきっと茜さんは信じ続けていると思います…」

この1年で、姉さんはこの子に自分の一部を託したんだな。

「だから…茜さんの代わりにはなれませんが…」

「ならなくていい。志露坂・茜はこの世でたった一人だ。そして君自身もこの世でたった一人の人間だ。それに、姉さんは代役をして欲しくて君を拾ったんじゃない。だから…」

彼女の方へ自分の細い手を差し伸べると、彼女はまた不思議そうに俺を見た。そんな表情に俺は微笑み返す。

彼女に笑顔を見せたのはきっとこれが初めてだ。

遅くなったね、姉さん。

もう安心していいよ。ようやく覚悟を決めたから。

「一緒に乗り越えていこう。それから、ありがとう。この家に来てくれて…」

その言葉を聞い途端、彼女は両眼から熱い涙が溢れ出た。彼女は涙を流しながら無邪気に笑った。きっと、これも彼女が初めて俺に見せた笑顔だ。

姉さん、俺は人と…いや、まずは自分と向き合ってみることにするよ。そしてナツと共に外の世界にも踏み出してみようと思う。上手くいくかは分からないけど、前に姉さんが俺に言ってくれた『月彦は世界一の発明家』の言葉を信じて前を向いて進んでみるよ。それと、姉さんがしたように俺もナツに科学について少し伝授してみようと思うよ。だから見ていてくれ、姉さん。


太陽が青空に浮かんでいた。その陽光は、きっと俺達を明るく照らしてくれることだろう。

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