電車通学
翌日。梅雨に入る前の、夏と錯覚するような暑さの中、俺は自転車を走らせた。自転車は風が気持ちいいのだが、背中だけは暑さと汗で気持ち悪い。電車の中はエアコンが効いているため冷えるだろう。
「お、おはようございます」
「待たせたな」
「ううん、まだ電車来てないから、大丈夫」
「そうだな」
俺たちが乗るのは街の中心に向かう路線の終点五つ前。始発駅から人がどんどん乗り込んでくるため、座る席はもちろん、立つスペースもかなり狭くなる。
「男はいつもどこで?」
「次の駅、です」
優子はたまに敬語とタメ口が混ざるな。慣れろと言ったから頑張っているのだろうが、違和感があるな。無理に直させはしないが、そのうち自分の言いやすい方に固まるだろう。
「お前はいつもこの車両に乗るのか?」
「はい」
「その理由は何かあるか?」
「いや、特には」
「まあ、乗る車両を変えても男が狙っていたら意味はないか」
適当に選んだのがたまたま二車両目で、無意識にいつも二車両目に乗っているんだろう。あとはホームに降りる階段からの距離も関係しているだろうが。男の生活を把握しないことには対策が練れないな。
「とりあえずいつもの位置に乗ってもらって、男が来たら俺に教えてもらう。あまり気取られないように、自然に」
「うん」
「それから俺が男を把握したら男に触れる。お前は俺の体に触って男の心を読め」
「分かりました」
こうすれば俺も男の思考を見ることができる。俺は優子が思考を読み取りづらくならないように注意するだけだ。
電車に乗ってからの手順を確認すると、ちょうどよく到着のメロディーが流れ、電車が風と共にやってきた。
「思ったよりも混んでるな」
「うん」
乗り場はまだかろうじてあるにせよ、すし詰め状態の電車にたじろぐ。優子は慣れたように人の隙間を縫うように定位置を確保した。
「すごいな。予想以上だ。確かにこれだと触られても分からないか」
これだけ密着した状態であれば誰が触っているか判別がつかないだろう。それに「触れた」と「当たった」の違いは大きい。痴漢冤罪というものも最近はよく聞く。
「終点の一個前で俺たちは降りるわけだが、男も降りるのか?」
「男の人は終点だと思います。その、一緒に降りたことはないので」
「了解した」
男が終点で降りるということは同じ時間を過ごすのは駅一つ分。時間にすれば三分もないだろう。その間に思考を読み取るチャンスがあればいいが。
『次は四津ヶ浦、四津ヶ浦。お出口は右側です』
と、駅に到着するアナウンスが流れ電車はゆっくり止まった。俺たちは今扉の正面にいるが、反対側の扉が開く。進行方向に対し左手が学校最寄駅の出口となっているため、優子はいつもこちら側に立つという。
「乗ってきました」
扉に背を預け俺と対面するように立っている優子は、俺の背後に視線を向けてそう言った。俺はすぐに振り返ることはせず、男がそばにくるのをじっと待つ。
「あれ?」
「どうした?」
「今日はこっちに来ないです。あっちの、内側の方に行きました」
「そうか」
俺は優子の視線を辿って男を探した。
「どれだ?」
「あの、赤いネクタイに少し茶髪で若い人です」
「あれか」
かなり特徴の掴みやすい格好をしているためすぐに男を見つけることができた。二十代前半ぐらいで、おそらく二二、三歳。大学出たての社会人って感じだな。
今日は俺がいたから来なかったのか、それとも俺の影になって優子が見えなかっただけか。どちらにせよ今日のところは何もできそうにない。
「明日は少し離れてみる。それで男が近づいてくるようだった俺も動く」
「分かりました」
結局男と接触することはなく無事に学校に着くことができた。今日のところは男の特徴を掴めただけでも良しとしよう。
そして俺と優子の登下校が始まる。