悪霊
「ファンダ。俺はお前の姿が見えていないんだが、俺にも見えるようにすることはできるか?」
声は返ってこない。もしかしたら何か言っているのかもしれないが、俺に聞こえない。
『……コレデ、キコエテイルカ?』
「おぉ!?」
見えないと思っていたファンダの姿が、薄い靄のようになって可視化した。
「くっ……強い、力が……」
「霊子!?」
ファンダの姿が見えたと思うと、霊子が苦しそうに膝をついた。
『ミエルモノニハスコシチカラガツヨスギルカ。デハショウネン。オマエダケデオクノヘヤニコイ』
霊子を通して聞いていた声よりも不鮮明で聞き取りづらい声。だがファンダは確かにいる。廊下の突き当たり右手にある部屋にファンダが入っていく。
「じゃあ、行ってくる」
「薙宮殿。気をつけてください」
「ああ」
霊子は俺が止まらないのを知っている。だから、もう止めようとはしない。
「お兄、大丈夫?」
「友君」
「友、気をつけろよ」
「大丈夫だよ。そんなに重く考えることじゃない」
俺は皆の心配を背に受けながら奥の部屋へと足を進めた。ファンダは扉をすり抜けていったため扉の前で一度止まる。
「よし」
扉の前で息を吸い込む。覚悟はできた。後は中に入るだけ。
俺は扉に手をかけゆっくり中に向かって押し出した。
「こ、これは……!?」
中に入るとザクロのような色の大きな魔法陣が、床全体を覆っていた。
「これは、悪魔召喚の陣。危険すぎると俺が実験を諦めたものだ。やはり本物だったのか」
俺はこの魔法陣を見たことがある。近所の古本屋で見かけた黒魔術の書。興味本位で手にとってみた物だったが、明らかに異質なものであった。中身は至って普通の召喚の儀式のようだが、召喚者に課せられる代償が大きすぎるため、俺は実験を断念した。
「ということは、召喚者はもうこの世にはいないのか」
『いかにも。我々悪魔と契約するということはそういうことである』
願いを叶える代償は魂。魂は本来輪廻の輪に乗り転生するが、食われた魂は一生蘇らない。転生の輪から外れ、暗闇に囚われるという。どこまでが本当の話なのか。宗教はあまり詳しくない。
「ん? 聞き取りやすくなってる?」
『ああ。この部屋の魔法陣の中ではそうなるのだ。召喚者との意思疎通を円滑にするための術式が施されている』
部屋の中に入ると、何の違和感もなくファンダと会話することができた。
『して、その後ろの娘も何か力が欲しいのか?』
ファンダが俺の後ろを指差しそうい言った。振り返ると里美が俺の後ろに黙ってついていた。
「何してんの?」
「いや、面白そうだなーって思って!」
里美は親指を立て、良い笑顔で言った。
ついてきてきていることに全く気がつかなかったが、里美も異能に興味が出たのだろうか。だとすれば、里美も加えたメンツで異能集団的活動ができるかもしれない。
「それに、最近の友すごい熱心だったじゃん。優子のこともそうだし、雫も何かあったでしょ。奏ちゃんも。エリカも何か隠してそうだし、友のことだから面白いことしてると思ってたよ!」
相変わらず勘の鋭い奴だ。普段はアホで察しが悪いくせに、こういう面白そうなことに関しては目敏く反応してくる。
「お前も異能が欲しいのか?」
「超能力者になれるってことでしょ! 私はご飯がいっぱい食べれる能力が良い!」
『すまない。私の方で能力を定めることはできないのだ。力の種を授け、それは人によって違う能力へと変化していく。砂漠と密林で咲く花が違うようにな』
つまり欲しい力や狙った能力を手に入れることは出来ず、、ランダムに異能が発現するということか。
「それは一度だけか?」
『私から能力を与えられるのは、一人につき一度までだ』
一度だけ。どんな能力だろうとやり直しはきかない。何が起こってもやり直せない。覚悟はできている。何があっても、俺は俺で、超能力とか異能か超常現象とか、とにかく追いかけ続けるのが俺だ。恐怖はない。だが、体が動かない。なぜか分からないが声が出せない。
「友、大丈夫?」
「はっ……」
里美に声をかけられふと我に帰る。我に帰るという表現は少しおかしいな。思考の海から浮上した、の方が正しいだろう。
『ふふ』
俺が顔を上げるとファンダは笑った。誰を、何を?
そんなことは分からない。だが、この笑い方は嘲笑ではなく、面白いことを見つけた時の俺と似ている。興味深いものを見つけた時の笑い方だ。
『お前たちは実に面白い存在だ。少し深いところから力を授けてやろう!』
「ああ」
『準備はいいか?』
「ああ」
「やった!」
陽気な里美の声が場違いに響く。向かい俺たちとファンダ。と、ファンダの気配が変わった。根源から魂が震えているような、謎の感覚に陥った――




