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肝試し

 里美が先陣を切って館に突撃していく。それに続く俺たちは、おかしいほどに整った芝の上を歩き館に向かった。庭というには広すぎて何もない。鋳物のテーブルとイス、それからパラソルを立てればお洒落な空間になるだろう広場は、辺り一面芝だ。雑草ではなく、綺麗に手入れのされた芝になっている。噴水でも置けばもっと豪華な雰囲気が出るだろう。


「入り口から入れるかな?」


 館の入り口に来た里美は、ドアに手をかけた。何の警戒も躊躇いもない里美の度胸には少し感心する。まあ何かしら問題があれば霊子が止めてくれる。

 里美がゆっくり扉を引くと、鍵はかかっておらず案外すんなりと開いた。ひんやりとした空気が中から溢れてきて、俺たちの足の隙間を縫っていく。


「おお。綺麗だね!」


 俺たちは洋館の中へと足を踏み入れた。赤い絨毯はまだ誰も踏んだことがないほどに綺麗で、正面にある階段はY字に分かれている。近寄って見てみれば、手すりは塵一つ被っていない。天井からぶら下がるシャンデリアは点いていないが、キラキラと外から差し込む光を反射して輝いてる。


 揺れるシャンデリアの下で、俺たちは呆然と立ち止まる。異様なほどに整い、静謐な空気が流れる館は、博物館か美術館のようで、誰も口を開かない。その存在感に圧倒されている。

 開いた口が塞がらないとはこのことだろう。優子は里美の右手を握りしめ、雫は館の内装にキョロキョロと視線を動かしている。


「大きなお家ですねー」


 エリカが最初に声を出した。それによって、体の硬直が解けたように動き出す。誰一人身動きをしなかったせいで、部屋の中から音が消えていた。


「そうだな。で、これからどうするんだ?」

「とりあえず一階から探索しよう!」


 里美は先ほどまでと打って変わって元気な様子でそう言った。


「俺たちは一番後ろ歩くから、お前ら先行っていいぞ」

「了解!」


 俺は霊子と並んで最後尾を歩く。俺の前には奏がいて、その前にエリカと雫、最前列を里美と優子が歩いていく。順々に部屋の扉を開け中を見て回る。

 廃墟感は一切なく、職場見学のような雰囲気で館の中を探索した。途中から里美がガイドの真似事を始めて、いよいよ肝試しの雰囲気ではなくなった。


「霊子。悪霊はいるか?」


 俺は最後尾で霊子に聞く。今のところ霊子が何かに反応する様子はなく、悪霊も出現していない。


「悪霊は出てこないですね。私が作った小さい護符を皆さんの体に忍ばせているので、この中の人たちが襲われることはないと思います。薙宮殿は婆様の護符を持っていますよね?」

「ああ」


 もちろん今日も護符を持ち歩いている。だが、悪霊が出てきた時は、もしかしたら外すかもしれない。呪いを受け異能を手に入れたい欲が、俺にその選択を迫る可能性が高い。

 呪いを克服できなかった結果どうなるかはまだ分かっていない。だが、少なくとも一週間は無事であると睨んでいる。つまり、一週間以内に呪いを克服すれば、俺も異能者の仲間入りだ。


「友ー。何もない!」

「知らん!」


 一階を探索している途中、館の奥の部屋(おそらく大広間)に俺たちは入った。里美は机も椅子もない、だだっ広い空間で叫んだ。


「声が響くよ!」


 里美は体育館のように反響する自身の声に興奮している。


「ねえ友君」

「なんだ?」


 広間に入るとそれぞれで内装を楽しみながら探索している。もはや肝試しという目的は失われている。そこで優子が話しかけてきた。


「変な声が聞こえるんだけど」

「どういうことだ?」

「この建物に入ってから嫌な感じがして、力を発動させてたの」


 優子は日々の訓練の賜物で、触れずとも他人の心を読むことに成功していた。そして、その力を発動して肝試しに挑んでいたようだ。


「そしたら、友君たち以外の、変な声が聞こえてきたの」

「なるほど」


 俺たち以外の謎の声。しかし、優子以外には聞こえていない。


「能力を発動しないと聞こえないのか?」

「うん」


 能力が以前よりも強くなり、より多くのチャンネルの声を拾うようになったか、より遠くの声を拾うようになったかのどちらかだろう。


「霊子。今霊はいるか?」

「はい。以前来た時はいませんでしたが、今日はちゃんといます」


 霊がちゃんといるというのはどうかと思うが、霊子にとってはそれが普通なのだから仕方がない。


「霊たちは喋ってるか?」

「はい。たまに優子さんが反応するのを見て楽しんでます。もしかして優子さんも霊感が強いんですか?」

「まあ、そんなところだ。お前ほどじゃない」

「なるほど。まあ、霊の気配の濃い場所に長時間いたり、霊に取り憑かれたりすると感覚が鋭くなったりしますから、その影響だと思います」

「だそうだ」

「そ、そうなんだ。やっぱり霊の声なんだね」


 この声が聞こえる現象は一過性のものだろう。この場所を離れたら霊の声は感じなくなるはずだ。もし声を聞き取る範囲が広くなっていた場合は解決にはならないが。

 しかし、かなり自由に力を扱えるようになっている。優子も成長したな。


「こればかりは経過観察だな」


 優子の成長を感じながら俺も内装に目を向けていく。


「優子さんに霊能力が開花したら、ぜひ婆様に会わせたいですね」

「そ、それは遠慮しておくよ」


 俺たち三人が入り口付近で話していると、内装確認を終えた里美たちが戻ってきた。


「肝試しって感じがしないね。綺麗だし、普通にお城みたいで楽しい」

「じゃあここで一つ怖い話をしてやろう」

「おお、いいね!」


 まだ外も明るいため雫もエリカも乗り気だ。優子だけは少し怖がっているが、スリルがない肝試しなど肝試しにあらず。少しはここが心霊スポットだということを意識させてやろう。

 俺は一年前にここに来て、その時に見たことを話した。もちろん霊子もいたため証拠は十分。だが、


「でも実際にあるよ?」


 里美のアホを怖がらせることはできなかった。そもそも理解していない。神隠しの噂を知っているはずなのに、目の前の事実だけをしっかりと捉えている。故にこの手の話は効かない。これが教室の中の話だったら少しは違っただろう。


「里美のアホにこの話は通じなかったか」

「大丈夫だ友。里美がアホなのは今に始まったことじゃない」


 雫からフォローが入る。


「でも、だとしたらこの館はなんなんですかね?」

「それは俺にも分からない。もしかしたら、この館が神隠しの正体で、俺たちは既に帰れなくなっているかもしれない」


 一年前に俺たちが来た時はたしかに何もなかった。この一年で誰かが建てたにしても、重機や資材が運び込まれた跡がない。だとすれば、この館自体が怪異的存在で、中に入った人間を閉じ込めている可能性もある。もしかしたら、外の世界は数年後や数十年後になっているかもしれない。


「家に帰れないのは困る! 今日の夜ごはん唐揚げなのに!」

「大事なとこそこかよ!」


 里美に雫からツッコミが入る。ここにいる全員の気持ちを代弁してくれた雫に、霊子は思わず拍手している。


「すごいですよ。霊たちも雫さんのツッコミに感動しています。あ、一人成仏しました」

「まじか」


 一人別ベクトルで感動している霊子だった。


「次は二階だね」


 里美がグイグイと先頭を行く。もはや恐怖など誰も感じていない。優子も霊の存在が悪いものではないと分かると、少し安心した表情を浮かべている。

 弛緩した空気が流れる、ピクニックにでも来ているかのような俺たち。しかし、


「止まって!」


 霊子が突然そう叫んだ。俺たちはびっくりして自然と足を止めた。里美は首を傾げて霊子を見ている。


「どうしたの?」

「奥の部屋からものすごい力を感じます。おそらく、あの黒い悪霊が……」


 霊子はそこまで言いかけて息を飲んだ。霊子は里美に視線が釘付けになったように動かない。霊子の体は小刻みに震え、何かに怯えるように指を指す。

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