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 翌日。二十九日土曜日。

 俺たちは二人で近所の公園にやってきた。ブランコは雁字搦めで使えない状態。滑り台も汚く誰かが使った形跡は見られない。積もった黄砂が、ブランコが長い間使われていないことを物語っている。


 少し行けばここよりも大きな公園があるため、子供たちの遊び場はそっちになっている。

 つまり、この公園は人が来ないため、能力の実験にうってつけというわけだ。

 公園に面している道も人通りが少ない。見かけるのだって犬の散歩をしている人や、散歩に出てきた老人くらいのもので、それも稀だ。


「奏、じゃあやるか」

「うん」


 俺の足元には水を入れたバケツが置いてある。この公園には水道もあるため水の確保は問題ない。


「よし、古新聞を持ってきた。これに火を」


 奏は指パッチンをして火を起こすと、それを新聞紙に近づけた。火は奏の手から新聞紙へと移り、


「燃え移った」


 奏がポツリと呟いた。


「延焼ありか」


 俺は起こったことをすぐにノートに書いていく。そして新聞紙に水をかけ鎮火する。


「ということは手から服に燃え移ることもあるということだな」

「え、やばいじゃん」

「やばいな」


 うっかり指パッチンして、その火が体に移ろうものなら、あっという間に火だるま人間の完成だ。奏の場合は熱いと感じないし火傷もしないから大丈夫だろうが、周りの人間はびっくりだ。


「後は、火の形と大きさは変えられるか?」

「形も大きさも変えられないよ。それとこの火、普通に吹けば消えるから」

「まあそうだな。水の形を変えることができないのと同じだな。まあ水の場合は凍らせることで形を変えることができるが」

「でもさ、火つけるごとにちょっとだけ大きくなってるんだよね」

「本当か?」

「うん。初めて火がついた時はこれくらいだったんだけどさ」


 奏は人差し指と親指で当時の火の大きさを再現する。それは小指の爪ほどの大きさしかないが、俺がさっき見た火は小指の第一関節程度はあった。


「なるほど。力が強くなっているわけか。なら回数を重ねすぎる前に力のコントロールをマスターしなければいけないな」


 百、二百と数をこなしていき、最後には火柱が出るようになってしまえば大変だ。指パッチン一つで建物一つ消せるレベルに到達した時は、もはや手がつけられない。


「まあ慌てることはない。今すぐどうにかなるものではないからな」

「そうだね」


 火の大きさが現実でもやばいレベルに達し始めた時に慌てればい。今はまだバケツで事足りる。


「火が発生する時に、普段と違うような感覚はあるか?」

「普段と違うようなって?」

「そうだな。声を出す時に意識するのは喉と腹のどっちだ?」

「うーん、喉かな」

「喉から声が出ている感覚があるだろ? それと同じように、火を出した瞬間にも何か感覚があるんじゃないかと思ってな」

「はあ……」


 奏は分かっていないような表情を浮かべる。こればかりは感覚に頼るしかないため、俺では手の上で火が発生する感覚を知ることができないし、奏に伝えることもできない。


「やってみる」


 奏は火を起こす。


「どうだ?」

「あー、なんか、なんだろうな。手っていうよりも、体全体が暖かくなる感覚?」

「どんな感じだ?」

「うーん……お風呂二番目で、脱衣所から浴室に入った時みたいな?」

「ああ、あれか」


 とても分かりやすい例えだ。夏は少し暑く感じるし、冬は救われたような感覚になるよな。


「感覚があるということはそこに何かしらの力が加わっているということ。筋肉によるものじゃないだろうな。脳から、というわけでもないだろう。全身だからやはりオーラが関係しているのか?」


 俺は奏から聞いたことについてノートにまとめながら考察していく。その間、奏には能力をコントロールできないか試してもらう。


「霊子も呼んでみるか」


 スマホを取り出し電話をかける。霊子は二コール目で出た。


『はい幽です』

「薙宮だ。今俺の家の近くにある小さい方の公園来れるか?」

『十分ほどで』

「来てくれ」

『承知しました』


 霊子が来てくれればこの実験も捗るだろう。なぜなら霊子は本物の能力者であるから。


「お兄、なんか感覚掴めてきたかも」

「本当か!?」

「うん。何回もつけたり消したりしてたら、うおー、みたいな力が分かってきた、と思う」

「よし、そのまま続けるんだ。今霊子が来るから、そうしたらお前の力について何か分かるかもしれない」

「霊子って、この前の?」

「ああ」

「あのお化けの人か」

「霊子は幽霊ではないぞ」

「うん。知ってる」


 生きている人間を幽霊扱いするなんて失礼じゃないか。霊子の場合は喜びそうだが。


「そうだ。火をつけた状態でもう一度指パッチンするとどうなるんだ?」

「同じ手で?」

「それもだが、例えば両手で発生させた火を一つの手にまとめたらどうなる?」

「やってみる」


 奏は火を出した右手でもう一度指パッチンを鳴らした。指パッチンをする時は、人差し指の先に火を移動させていた。意外と器用だな。

 奏の手には二つの火がある。ゆっくりと近づいていった火は、触れた瞬間に吸い寄せるように一つの火となった。大きさはそのまま二倍に。そして大きくなった火はユラユラと揺れている。


「なるほどな」

「お兄。今感覚に違和感あった」

「どんなだ?」

「なんか、火が合体する時に、体温が少し上がった気がする。それから感覚の感じ方が変わったと思う。より鋭くなったっぽい?」

「ほお?」

「たぶん今ならいけると思う!」


 奏はそう言って構えを取る。両の手は握りしめ腰を落とし、今にも「はああああ!」って言い出しそうな雰囲気――


「はああああ!」


 言ったよ。


「で、出る……!」


 奏は言って両手を開いた。瞬間、その両手には先程と同じ大きさ(二倍になった時)の火が出た。


「で、出た!」

「火がでかくなってるな」

「そ、そうだね」


 発生した火は初めの時よりも大きい。


「もう一回その両手の火を合体させてみてくれ」

「え、大丈夫?」

「まだ大丈夫だ」

「わ、分かった」


 俺は一つ分かった。

 この火を合成した時に奏は違和感を感じ取った。そして次に発生させた火は合成した後と同じ大きさの火だった。それから能力のコントロールにも一歩近づいている。つまり、


「はい」


 今度は中指の第二関節ほどの火が発生した。やはり。


「火を合体させると力が強まり、その分能力のコントロールが上達している。上達というよりも習得と言った方がいいか」


 火を合成すればするほど最初に生まれる火が大きくなっていくと同時に、火に対して干渉できることが増えていくのか。


「もう合成はしない方がいいな」

「薙宮殿!」


 と、公園の入り口から霊子の声が聞こえた。

 霊子は夏だと言うのに長袖のシャツを着ている。


「異能については昨日連絡した通りだ」

「はい。確認しています。それで、私はオーラを見ればいいんですね?」

「頼む」

「はい」


 俺の頼みに霊子は文句も言わずに頷いた。


「これは……」

「どうだ?」

「灰色ですね」

「まだ途中ってことか?」

「おそらく」

「そうか」


 奏は指パッチン以外でも火を発生させられるようになった。これは進歩だ。だから呪いの方も黒が薄まっているのだろう。だがまだ足りない。呪いを完全に克服するにはまだ異能を扱いきれていない。


「あと二つほど実験が残っている」

「どんな?」

「一つは手から火を離しても操ることができるか。それと、ライターやマッチなど、他の物で火をつけた場合、それに影響を与えることができるか。二つ目は一つ目が成功しなければできないが」


 さすがに確証も持てずに実験することはできない。もし奏の能力が自分で発生させた火にのみ干渉できるものだった場合、普通につけた火では火傷をする恐れがある。


「やってみるね」

「あ、もう一つあった」

「何?」

「小さい火をもう一度出せるかどうか」


 これは割りかし重要だ。奏の火は合成しなくとも、使っていれば大きくなっていく。ならば、出す火の大きさもコントロールできるようにならなければいけない。


「この三つだ」

「了解」

「霊子は奏のオーラの動きを見ていてくれ」

「分かりました」


 俺たちは昼の公園で実験を行った。幸い誰かに見られることもなく実験は滞りなく終わった。


 結果だけ言えば失敗だ。だが、得られるものもあった。

 まず火を手から放ち操ることができるかどうか。これは失敗。だが、できないというわけではなさそうとのこと。

 奏の感覚では、練習すればできるようになりそうということだったため、これは今後継続。そして二つ目の実験は行えていない。奏が能力を完全にコントロールできるようになってから再挑戦。


 そして三つ目。大は小を兼ねると言うように、これは成功した。奏は指パッチン以外で火を出すことを完全に習得していた。だが「最大火力を出そうとすると、すごい疲れる」らしい。

 火力が上がるというのが人間で言うところの体力だとしたら、徐々に走れる距離が長くなっているということだろう。最初は百メートルで疲れていた人間が、走り続けて何キロも走れるようになる感覚だろうか。だとすれば火力が上がればコントロールできる幅も広がるということ。


 そしてオーラの変化だが、火力が上がると呪いは薄まるという変化があった。

 さらに「オーラが暖色系に近づいています」と霊子が言っていた。雫と優子の場合は無色で強い光を放っているイメージということだ。

 能力によって色が変わるのだろうか。とにかく奏の異能に関して他人が口出しできる段階は過ぎた。後は奏自身が能力をコントロールするだけ。


「お兄、今日はありがとうね」


 家に帰ってきてから奏はそう言った。

 火力の調整に成功した奏は、指パッチンで火が発生しないようにできるまでに成長した。

 土曜日に急成長を遂げた奏のオーラはほぼ黒から脱したという。しかし、まだ劇的なオーラの変化には至っていないらしく、まだまだ成長の見込みがある。奏の能力はまだ成長し続ける。こう言うとアニメの主人公っぽくて、奏が少し羨ましい。


 兎にも角にも、奏のお陰で異能の原因がはっきりとした。これで優子の能力を消す方法も見つかるかもしれなくなった。雫は能力のことをどう思っているか分からないが、まあ今度聞いてみればいいだろう。

 こうして俺の実験は、自身への異能付与へと移ることとなった。

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