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「そんなに知られたくない能力なのか。しかし命の危険の可能性がある以上、奏には能力をコントロールしてもらう必要がある」


 俺はゆっくりとした足取りで奏の部屋に向かう。俺の部屋の隣に奏の部屋があり、ドアノブには「奏の部屋」と書かれた、小学生が作ったようなプレートが下げられている。


「奏、お前の能力は呪いによるものだ。能力をコントロールできなかった場合どうなるか分からない。俺にできることなら協力する。頼む、話してくれ」


 中から返事はない。


「俺はここで待ってる。お前が話してくれるのを」


 こうなったら兵糧攻めだ。今日の夜は大丈夫でも、明日は土曜日。学校もないため一日中部屋に引きこもれるが、果たしていつまで我慢できるだろうか。

 次、部屋の外に出てきたら縛り上げてでも吐かせてやる。今の俺はそれくらい本気だ。


「お兄は私のこと信じてくれる?」


 扉越しに奏の声が返ってきた。面と向かっては言えないが、扉越しなら話せるということだろうか。


「ああ」

「笑わない?」

「ああ」

「呪いのせいで変になるって話でしょ? 私ね、」


 奏はそこで一度区切り、


「火が出せるようになったの」

「ほう」

「……驚かないの? 笑わないの?」

「なぜ笑う必要がある?」


 扉越し、おそらく扉のすぐ目の前に奏はいる。扉を背にしているのか、扉に面と向かっているのかまでは判別できないが、扉の前にいることだけは確かだ。この距離が、奏が本当は話したいと思っていることの表れだろう。だから、


「俺が今までどれだけの馬鹿話をお前にしたと思っている。お前の馬鹿話くらい幾らでも聞いてやる」

「……うん。分かった。私、話すよ」


 奏はそう言って部屋の鍵を開けた。そっと開く扉の隙間から奏が顔を覗かせる。 


「入って」

「おう」


 奏の部屋はそこそこ整っていて、本棚には数冊の漫画と雑誌が綺麗に並べられている。漫画は俺の影響だろうか、少年漫画が多い。


「お兄は力についてどこまで知ってるの?」

「奏の場合は指パッチンが発動条件ということまで。悪霊の呪いによって異能が発現し、オーラが黒くなる。そして力をコントロールすると呪いが克服され、以前よりも強いオーラを手に入れるということ」


 まだ仮説の段階だがほぼ確証を得ている。奏の力の結果によってこの実験は仮説から絶対の真実となる。


「そうなんだ。私の力はね、これなの」


 奏はそう言いながら指を鳴らした。


「おおっ!」


 奏の掌には蝋燭に灯るような小さな火が発生した。


「火系の能力……」

 俺は奏の異能を目にした時、興奮を抑えることができなかった。

 優子、雫共に戦闘系の能力ではなかった。そのためもしかしたら戦闘に使えそうな、アニメに出てくるような異能は発現しない可能性もあるのではとも思っていた。

 しかしだ。目の前には火を操る存在がいる。炎だ。熱き魂の力だ。ファイアーなのだ!


「最高だよ……」

「ちょ、お兄!? なんで泣いてるの!? そんなにひどいの!? 泣きたいのこっちなんですけど!」

「ああ、すまん。感無量だよ。俺は自慢の妹を持ったよ」

「どういうこと!?」


 奏の声が部屋に響く。


「あんたたちうるさいよ!」

「ごめーん」

「すまん!」


 下の階から母に怒られた。

 兄妹揃って謝り、お互いに一度心を落ち着かせる。まあ、俺の心は風のない湖畔の水面のように凪いでいたが。大きい声のほとんどというか全部が奏のものだ。


「それで、それは熱くないのか?」

「うん。なんかほんのり温かいくらい」

「ほう」


 試しに火に触れてみ――


「アッツ!?」


 反射的に手を引っ込めた。普通に火だ。まんま火だ。火以外の何物でもない。


「火傷してない!?」

「大丈夫だ。俺の脊髄は優秀だからな」


 実際火傷はできていない。ヒリヒリもしていないし、時間が経ってから腫れてくることもないだろう。


「大丈夫ならいいけど」

「それよりもだ。能力者の奏は熱くないのだろう? それはどこまで熱くないんだ? たとえば火を足に付けた時に足は熱いと感じるのか平気なのか。そもそもその火は掌から動かすことはできるのか?」


「一気に言わないで!」


 弾幕のような質問攻めに、俺は奏に怒られた。


「そうだな。じゃあ、火はどれくらい自由に動かせる?」

「どれくらいって、試したことはないけど、結構自由に動かせるよ?」


 奏は言いながら火を掌で遊ぶ。右手で発生させた火は指先に灯り、そして右手から左手へと移ることもできた。


「ほう。それで、体の方は?」

「ああ、うん」


 奏は火をゆっくりと腕の方に動かしていく。まだあまり日に焼けていない白い肌の上を、小さな火が生き物のように這っていく。

 奏は掌以外に火を動かすのは初めてなのか、慎重に火を動かしていく。


「どうだ?」

「熱くないね。たぶん全身そうなんだと思う」


 奏は腕にあった火をいきなり足に押し付けた。我が妹ながら大変度胸があって、兄は肝が冷えました。


「ほらね」


 手を避けた奏の足に火傷の跡はない。腕の時点で分かっていたのだろうが、さっきまで慎重になっていた人間の行動とは思えないな。


「ふむ。指パッチン以外に火を出すことはできるか?」

「さあ?」

「やってみてくれ」

「やってみるって言ったって、指パッチンは癖だったからできたようなもので、火が出ろ! って念じたって出るものじゃないでしょ」

「そうか? 思ったよりもイメージでなんとかなるかもしれないぞ。後は指パッチンではない方法で、体のどこかから火を出すとか。一番イメージが浮かびやすいのは口か?」

「口から火が出たら私がびっくりするよ」


 奏は少し笑った。自分が口から火を吹いている映像を想像してみたのだろうか。俺の場合はイメージし過ぎて今すぐにでもできそうだ。


「それと、その火は熱い。つまり燃えている。引火はするのか?」

「試したことないよ。試してたら大惨事だよ」

「能力を俺に隠していたのは、単純に室内などでの危険があるからじゃないのか?」

「いや、そんな理由じゃないけど」


 違うのか。火の能力と聞いて何故奏が教えてくれなかったのか、勝手に納得していたが違ったようだ。

俺に異能のことを話した場合、十中八九その場で使ってくれと頼み込む。それを理解していたために、奏は危険を犯さないようにしていたと思っていたが、


「じゃあなんで教えてくれなかったんだ?」

「それは、今までお兄の中二病のこと馬鹿にしてたのに、私の能力が中二っぽいし、急に火が出せるようになった。なんて言ったら私まで中二病扱いされると思って」

「そんなことか」

「そ、そんなことじゃない! 中二病ってすっごい恥ずかしいんだよ!?」

「だがお前のそれは病でも幻想でもないだろう」

「そ、そうだけど……」


 能力の存在が本物であるのなら、それは夢でも妄想でもなく、現実なのだ。それを中二病と呼ぶ奴がいたらそいつはバカだ。そいつは中二病の何たるかを小学校から勉強し直した方がいい。


「小学生の頃から親に中二病と呼ばれ続けた俺が保証してやる。奏は中二病ではない」

「うん」


 それにしても小学生の俺に中二病って言った親はどうかしてる。小さな子供の戯言に中二病って、大人げというか、もう少し優しく見守ってあげようとかはなかったのか。まあ、どうされようと今の俺が出来上がっていることに変わりはないが。並行世界もイフの世界も存在しない。どんなルートで人生を攻略していようと今の俺が出来上がっていた。そう確信を持っている。


「それでだ。引火するかどうかの実験は明日やろうと思う。近くの公園にバケツと水を持って行こう」

「そうだね」

「もし引火するようなら気をつけなければいけないし、より力を正確にコントロールする必要がある。火を自由自在に操れるようになれば事故を防ぐことができる」


 こうして俺と奏による能力コントロール実験が始まった。


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