転校生
「誰か来る」
突然エリカが俺から距離を取った。それと同時、教室に誰かが入ってくる足音がした。
「あれ、エリカと友じゃん。何してんの?」
「里美か」
「里美でーす。私はお邪魔かい?」
「いや」
「それで、何してたのー?」
「家が近所なので、今度一緒に遊ぼうかと思いまして」
エリカは完璧ヒロイン型の口調で里美に返した。里美に対してはこっちなんだな。まあ、里美は中二病じゃないし、何より俺以外には教えないつもりだろう。
「なにそれ! 私も混ぜて!」
「いいよ」
「あ、そうだ。連絡先交換しよ!」
里美はそう言って当たり前のようにスマホを取り出す。
「おい、不要物」
「堅いこと言うなよ。それに友も持ってきてるでしょ」
「まあな」
「エリカは持ってるか?」
「これ、ですよね」
エリカは制服のポケットからピンクゴールドのスマホを取り出した。
「最新型じゃん!」
「ああ、この前発売されたってやつか」
「そうなの。この色がどうしても欲しくて」
俺たちはそれぞれの連絡先を交換した。里美とは既に交換済みだが。里美は嬉しそうにスマホを胸に抱く。
「よし、じゃあみんなで一緒に帰ろう!」
「ああ。そういえばお前は何しに来たんだ?」
今更ながらに思い出した。
「あ、宿題取りに来たんだった!」
里美は自分の机からくしゃくしゃになったプリントを取り出した。
「うーん、友に見せてもらうからいいや!」
「おい。何当たり前のように人を頼ろうとしてんだ」
「ダメなの?」
「ダメに決まってんだろ」
「ケチー。じゃあエリカに見せてもらうもん。ね?」
「ええ。私でよければ」
「やっさしい!」
エリカは表の自分を全開に出している。里美も何も疑っていない。これほどまでに瞬時に切り替えができて、なおかつボロも出さないとは。本物は違うな。里美の接近にも即座に反応していたし、やはり普通の中学生、人間ではないようだ。
「よかったな」
俺たちはそれぞれ荷物を持って教室を出る。整頓された机が並んでいるが里美の椅子だけは乱雑に飛び出ている。
「それでさ、思ったんだけど、やっぱりおかしいんだよね」
「何がだ?」
里美は腕を組んでそう言った。
「家が近所なら遊びの話さ、帰りながらすればいいじゃん。なのにわざわざ教室に残ってする?」
「たしかに」
里美に言われて俺も気づいてしまった。エリカの言い訳に矛盾というか違和感を覚える。さっきは対して気にならなかったが、指摘されると気になってしまう。
「エリカ、やっぱり怪しい。隠し事してるでしょ?」
「そ、そんなことは……」
逃げ場のない廊下でエリカは追い詰められる。取調室の刑事のような視線で里美はエリカを捉える。
普段はアホなくせに変なところで勘が鋭い。里美の場合は野生の勘というやつだろう。本能で行動してるような人間だしな。
「エリカ、友のこと好きなんでしょ!」
「そ、それはないです!」
里美の突然の追求にエリカは即否定した。
下心も水心もないけど拒絶されると普通に辛い。いや気にしてないよ別に。ただそうも即答されるとさ、少し傷つくなーってだけで。
「んん? 顔が赤いぞ? さては図星だな!」
なおも尋問を続ける里美と、助けを求めるような視線のエリカを置いて俺は先を行く。
「友はどうなんだよー」
「俺は関係ない。お前も少しはエリカを見習ったらどうだ?」
「私はこの自由人なところがいいんだよー」
自覚はあったのか。自由人であると自覚しているのならもう少し周りに気を遣った方がいいと思うがな。気を遣えないあたりが里美らしいということか。
「私はそれも良いと思う」
「は?」
エリカは俺の数歩後ろで呟いた。これがアニメや漫画なら聞き逃しているところだろう。だが、現実でそこまで鈍感なやつはいない。それはもはや難聴だ。耳鼻科をお勧めするよ。
「俺はそう言う話に興味はない。フィクションの中だけで十分だ」
「友は冷めてるなー」
里美はそう言いながらエリカと腕を組む。
「こんなに可愛い子の何がダメなのさ」
「そもそも恋愛に興味がない。誰とかは関係ない」
「ふぅん。そうなんだ」
里美はそれ以上追求してくるようなことはせず、結局その後はそのままの流れで解散となった。
帰り道の途中、里美と別れ二人きりになった俺たち。エリカは里美の勘の鋭さを褒めていた。俺といる時はエージェントモードというのは変わらないらしい。
まあ俺の日常にエリカが加わるというのであればそれはそれで問題はない。もしかしたらエリカにも異能が発言するかもしれないしな。エリカは異能についてどのように考えるだろうか。聞いてみるのもいいかもしれない。
そういえば俺が勝手に考えた設定と丸かぶりだったな。そう考えると自分の想像力が少し怖くなってくる。
「エリカ。異能についてお前はどう考える?」
「異能、ですか?」
「ああ。テレパシーや念力と言った人間ではまだ使えない、未知の能力。フィクションの世界では度々見るが、それは人間の想像であって科学的根拠を持って解明されたわけじゃない。そういった類のものをお前はどう考える?」
「そうですね……」
エリカは至って真面目な表情で頭を働かせる。こいつにとっての異能とは何なのか。
「科学では証明が出来ていない、しかしそこに存在する力。科学というのはあくまでも根拠づけでしかない、ですかね」
「なるほどな」
概ね俺と同じ考えだ。科学というのは後付けであり宗教である。実際に起こっていることに対して後から理由を付けているという考えだ。
雷が起こったという事実を、神の怒りと捉えるのと科学的に証明するのは近いものを感じる。
人は説明できないものに理由を付けて納得したがる生き物だからな。
「じゃあだ。もしテレパシーや異能が突然発現したとして、お前はどうする?」
「実験して解明したい。原因が分かれば、今後できるし、もし本当に異能というものがあるのなら、少し憧れる」
「そうだよな」
俺は最近の出来事について話そうか迷っていた。異能の解明に関してエリカであれば偏見を持たず真面目に協力してくれるだろう。だが、異能について説明するには優子と雫にも協力してもらう必要があるし、そうすれば相互の秘密をバラしてしまうことになる。
「俺は今この街に起こっている事件を追っている。人類に異能が出現しているというもとだ。その原因の調査をしているんだが、協力してくれるか?」
「もちろん!」
エリカは張り切った様子で頷いた。俺は優子や雫のことは伏せて話し、エリカの協力を取り付けた。
二人は異能の存在を公にしたくないからな。易々と話すことはできない。
「そ、それで、さっきの話のことなんだが……」
「それに関して俺がお前の気持ちに応えることはできない」
「ああ。それは分かっている。だけど、友達として、隣に立つことは許してもらえるか?」
「それはお前次第だ。俺は気にしない。去る者も来る者も俺にとっては等しく人である」
「ありがとう。いつか振り向かせてみせると宣言しておこう」
「俺は手強いぞ」
俺の家についたことで俺たちは別れる。エリカは俺が家に入るまで手を振っていた。
「お兄! やっぱりあの人と何かあるでしょ!」
「奏」
「だってずっと手振ってたよ!」
見てたのかよ。お前は暇なのか。いや、そういえばこいつも暇人だったか。部活入ってないし。
「何もない。俺が恋愛に興味ないのは知ってるだろ」
「そうだよね。あの人可哀想に。なんでお兄のことなんか好きになったんだか」
「それは俺がカッコいいからだろ」
「やっぱり? お兄性格は残念だけど顔はイケメンだからなぁ。無駄に」
「無駄は余計だ」
俺は制服をハンガーにかけ――
「ん?」
そこで護符が一枚ダメになっていることに気がついた。
「命の危険……」
俺は放課後の出来事を思い出した。命の危険と言えばエリカの発砲事件しかない。そう考えると、エリカが本気で殺しに来ていたことが分かる。
「この護符に助けられたのか」
ともすれば死んでいたかもしれない事実に恐怖を抱きながら、新しい護符を制服に忍ばせた。




