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友のターン

 エリカが転校して来てから一週間が経過した。クラス内の興奮も落ち着きはじめ、エリカもクラスの一員として馴染み始めた。

 今日は六月の十七日月曜日だ。


 住む世界が違う人間だと思っていたが、クラスメイトたちと接している時のエリカは年相応の少女のようにも見える。

 エリカが転校してきた初日。はっきりと分かりやすくエリカを避けた。特に他意はなかったのだが、エリカには誤解を与えてしまっただろう。しかし、転校初日から俺のような人間と連むのはお勧めしない。


 俺自身クラスで浮いていることは分かっている。俺が悪いのではなく、そういう社会なのだ。一度離れていった人間たちから信用を得るのは難しい。特にエリカは途中編入だ。周りから距離を置かれるような要因を自分から作る必要はない。

 これは俺なりの気遣いであった。


 他人との友好な人間関係は気遣いによって生まれる。それはよく知っている。そしてしっかりとした距離感で関係を築くことが、俺のためにもなる。

 霊子に調べてもらっている悪霊の件。あれはおそらく崎萱一帯でしか起こっていない。ネットを通じて異能の発現について調べたが、今のところヒットはない。

 都会の方では国が情報を統制し、既に能力者たちは実験のために捕らえられているかもしれない。ここはまだ都会からも遠く、中学という狭い範囲のため感知されていないだけなのかもしれない。


 そう考えると、身近に能力者が三人もいるというのはとても危険で、警戒しなければいけないことなのではないかとすら思えてくる。三人が能力者であると知っている人間は俺だけだ。


「最近何かの視線を感じるんだよなー」

「雫も? 私もなんだよねー」

「二人とも大丈夫?」


 昼休み。いつも通り、屋上前の踊り場で昼食を取る。最初は雫と密会をするために使ったが、この秘密基地感が、なんとも言えない味を出しているため俺は好きだ。雫と優子はなぜか俺についてくるし、里美に関してはコントロールしようとは思っていないので放置。


「霊子の報告待ちだが、お前たちは最近変わったことはあるか?」

「俺はいつも通り。たださっき言った通りだな。勘違いかもしれないけど」

「私も雫と一緒。ただ見られてる感じは無くなってきたかな」

「そうか」


 既に公的機関、いや、裏の人間の手が回っているのか?


「身辺には気をつけておけ」

「そうだねー。最近は物騒な世の中だからね」


 しかし何故里美と雫なのだろうか。


「藤山はそういうことはないか?」

「私は大丈夫だよ?」


 優子の能力はバレていない? いやそもそも能力がバレている前提で物事を考えていることが可笑しいのだ。俺だけが能力について知っているから過剰に警戒しているだけで、まだ能力者は三人しかいないわけで、それも多くの人間に知られているものでもない。


「ちょっとトイレ」

「あいよ」


 階段を駆け下りる。二階のトイレは無視してそのまま一階に向かう。南校舎の一階には技術室などの特別教室が並んでいるため、トイレは利用者が少なく綺麗なのだ。

 トイレを済ませ手を洗い来た道を戻る。


「視線か。里美が狙われる理由はなんだろうか。まさかあいつが自覚していないだけで何かの能力が発現しているのか?」


 里美であればあり得そうだ。戻ったら聞いてみるのもいいだろう。

 そう思ったのだが、里美は異能を持っていなかった。


 それから火曜、水曜と、特に変わったこともなく時間が過ぎていった。雫は「最近は視線を感じなくなった」と言っていたため、結局何も進展していない。

 新たな能力者も現れていないし、霊子から悪霊の件についての連絡もない。まだ尻尾が掴めていないのだろう。


 最近の変化と言えば、俺について一つ。異能や超常現象についてまとめたノートとは別に想作ノートというものを書いているのだが、そこにエリカについての設定を書き始めた。

 俺は勝手に設定を作り二つ名をつけたりしている。調査とは完全に別の、趣味のものだ。


 このノートには優子、雫、里美、そして俺のものもある。楽しいのだ、設定を勝手に考え妄想することが。中二病の人間ならばおおよそが理解してくれる感情だろう。

 俺がノートに設定を書きはじめるのは普通ではない人間だけだ。里美は高純度のアホ。雫は低身長イケメンで中性的。漫画に出てくるような二人だ。優子については書いたことはなかったが、今回の一件を通して書いてみた。


 小学生の頃に考えた、異能者による秘密結社の創設。そして世界への進出……までは行かずとも、それなりに楽しい人生が送れるだろう。

 俺が今楽しみにしているのは、異能学園ものか、異能バトルもののどちらかだ。

 現段階で一番強いのは霊子だろう。優子と雫は戦闘向きの能力じゃない。どちらとも潜入や暗殺向きだろう。


 ちなみにエリカの設定は異星人だ。あの人間離れした見た目や、この時期の編入。そしてこの一週間で見た完全無欠な能力。

 それと、これはノートの内容にも少し関わるのだが。最近の異能発生の時期とエリカの転校時期が重なるのだ。単なる偶然か。はたまた何か関係があるのか。もし本当にエリカが宇宙人であれば、特殊な技術なり力なりがあってもおかしくない。想像の域は出ないが、妄想が膨らむ。


 エリカは頭がいい。要領もよく人付き合いも上手い。まさに、アニメに出てくるような完璧美少女だ。アニメを信じないとは言わない。だが、完璧すぎる人間に裏がないとはどうしても思えない。


「新たな能力者の出現を待つのみか」


 当面は情報が入って来なければやることはない。異能に出会う前の生活に戻るだけだ。

 最近は学校で霊子を見かけない。クラスが違うということもあるが、今はどこにいるのだろうか。

 俺がそう考えてから三日後。霊子はいつも通り学校にいた。昼休み、いつもの場所に霊子はひょっこりと顔を出した。


「薙宮殿、お久しぶりです」

「ああ。今までどこに行ってたんだ?」

「少し、青森の方まで」

「実家に行ってたのか」

「はい。おかげで悪霊の正体をもう少しで掴めそうです」


 やる気と自信に満ちた霊子の声。表情は相変わらず読み取れないが、とても充実しているということが伝わってくる。


「あまり無理はするなよ」

「はい。作戦は『いのちだいじに』ですね」

「いつ頃分かりそうだ?」

「そうですねぇ……とりあえず月曜日に途中報告いたします」

「分かった」


 霊子はそう言うと自分の教室に戻っていった。俺たちの日常に変化はない。そして約束の月曜日はあっという間にやってきた。

 土日は家で想作活動に勤しんでいた。エリカの設定を詰め、そして異能発現の可能性について考えられる限りを出した。

 悪霊の問題と異能の問題。これらが無関係である可能性もある。無関係だった場合はまた別の角度から調べればいいだけだ。

 霊子からの報告を受ける月曜日。俺はいつも通り学校に行き、いつも通りに過ごしていた。だが内心では、霊子からの情報が待ち遠しく、授業も半ば上の空であった。


「友、じゃあな!」

「友君バイバイ!」

「ああ」

「薙宮殿、これ経過報告です」

「助かる」


 俺は霊子から報告書を受け取った。待ち遠しかったその報告。パソコンで作られたであろう文書は、明朝体で簡素に纏められていた。

 霊子は俺に紙を渡してすぐに教室を出て行った。まだやることが残っていると言って去って行った。あの慌てっぷりだと何か大事なことに気がついたのだろう。


「む。怪しい影の報告が多数。これはあれのことだろう」


 あれ、というのはもちろん黒い悪霊のことだ。報告内容は、聞き込み調査による悪霊の捜索の結果だ。

近所の人間や、この付近の浮遊霊など、情報提供元に統一性はない。

 幽霊から情報を得られるのはチートだな。霊子は探偵にでもなった方がいいだろう。『霊感探偵』とでも名乗ればそれなりに売れるだろう。


「あまり進展はないといったところか」

 霊子からもらった紙を机の中にしまう。帰りの荷物をリュックに詰めたら帰宅の準備完了だ。

 俺は基本的に教科書類は学校に置いていく。どうせ家に帰っても勉強などしないのだから持って帰る必要はない。

窓を閉め教室の電気を消す。最後の戸締りをして帰宅だ。


 家に帰ったら霊子の報告書を元に新たな案を考えなければならない。霊子の能力が思ったよりも有能だったことと、報告書に書かれていた目撃情報の真偽の確認作業もある。確か心霊スポットのダムだったかな。今日の夜にでも行ってみようと思っている。


「ん?」


 廊下に出た俺は視線を感じて後ろを振り返った。だがそこには誰もいなかった。

 雫たちの話を聞いて俺も少し過敏になっているのだろう。それに、見られている感覚というのは大体が思い込みだ。もちろん思い込みでない場合もある。教室の中で不意に目があった時などは、どちらかが視線を向けているからな。

 まあ、目があっただけで恋に発展するというのは、物語の中だけの話で実際にそんなことありはしないのだが。あ、


「気のせい、ということにしておこう」


 今のセリフ少し強者感が出ていいな。突発的に思いついたセリフを口に出してみた。やはり強い者はかっこいいからな。

 廊下の窓からは似たような色の家が並ぶ住宅地が見える。空の色は暗く太陽の光はない。街灯がぼつりと道路を照らしている。街灯の光で照らされない部分が影になる。影がまるで大きな人影のように見える。


「大事なものを忘れていた」

 影が幽霊に見えるで思い出した。霊子からもらった紙を机にしまったままだった。置き勉と一緒に片付けてしまった。危ない危ない。せっかく報告してもらったのに検証できないのは辛い。それに今日は金曜日。やることは決まっているのに、二日間もお預けを食らうのは堪ったもんじゃない。


 俺は教室に戻り、霊子からの報告書を手に取った。この時、想作ノートも忘れていたことに気がつき、ついでに二つとも持ち帰る。


「ふふ、ふはは!」


 突然笑いがこみ上げてきた。


「いいことを思いついた」


 俺は唐突に閃いた考えに、声を出して笑ってしまった。こういうところが奏にキモがられる理由なのだろうが、こればかりは仕方がない。思いつきはいつも突然でコントロールなどできないのだから。インスピレーションはいつも前触れなくやってくる。


 ちなみに何を思いついたのかと言うと、新しい異能についてだ。今まで多くの異能などを考えていたが、どれも実用的で俺が使いたいと思うものだった。だが、雫の能力のように欲しくもない能力もある。俺のノートはまだまだ完成しそうにない。


 俺は笑いを堪えながら帰路についた。楽しいと感じた時に笑ってしまうのは仕方がないことだ。俺はそれがいつやってくるか分からない。この前も授業中に笑ってしまったからな。

完全に夕方を過ぎた空の下、俺は軽やかな足取りで帰宅した。


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