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遊園地デート

 雫(女装バージョン)を連れてバスで石山パークランドへと向かう。石山パークランドは山の上にあり、そこそこ田舎の遊園地という印象を受ける。一番の目玉は観覧車だろう。そしてジェットコースターにメリーゴーランド、ティーカップにゴーカート。絶叫系の見せ場はアポロというアトラクションだ。振り子のような形で座席が動き、頭が逆さまになるまで持ち上げられる。

 観覧車は空に一番近い場所というキャッチコピーで売っている。たしかに県内でかなり高い位置にあるが、標高2038メートルの巌鷲山がんじゅさんの方が高い。なんて言ったって雲の上の景色だ。観覧車では到底追いつけない。

 まあ、夢も希望もないことを思うのも野暮だろう。


「雫ちゃん、何から乗りたい?」

「マジで女扱いするんだな……って、手まで繋ぐ必要はないだろ!」

「俺だって覚悟を決めてるんだ。お前が駄々を捏ねったって何も始まらない。それにこれはお前のためでもあるんだ。いい加減お前も覚悟を決めろ」


 踏ん切りのつかない雫に一喝入れる。雫は諦めたように息を一つ吐き、俺の腕に抱きついた。


「やるからには徹底的にやるぞ」

「いい表情かおになってきたじゃないか」


 雫を連れ俺たちは懐かしの遊園地に足を踏み入れた。

 それから多くのアトラクションに乗り、グロッキーになったり買い食いしたりして時間を消費していった。当然雫を女扱いすることは忘れず全力でエスコートした。だが、もし俺の仮説が正しければこの実験は失敗かもしれない。むしろ逆効果なのではないかとすら思っている。しかし始めてしまった以上、そして今日一日雫の姿を見て、言えなくなってしまった。


「雫、楽しかったか?」

「ああ。最高だったよ。こんな気分になったのは久しぶりだ。やっぱ友達と来るからいいのかもな!」


夕日に染まる景色。俺たちは空に最も近い場所に座っていた。ゆっくりと流れていく時間と、下に小さく見える人影。この空間には二人しか乗っておらず、男女が二人。漫画やアニメであればとても甘酸っぱいシーンなのだろうが、ここにいるのは男が二人。


「なあ、なんで雫は泣いてるんだ?」

「は? 泣いてなんか……」


 俺に言われてから気づいたのか、雫は涙を拭う。しかしどんどん溢れてくる涙は止まることなく袖を濡らしていく。


「ハンカチ使え」

「悪い。目にゴミでも入ったかな?」


 ハンカチを受け取った雫は涙を堪えるように目を抑える。少し経つと収まってきたのか、雫はハンカチをポケットにしまった。


「これ、洗って返すわ」

「ああ。分かった」


 久しぶりの遊園地が泣くほど楽しかったのだろうか。それとも何か別の要因があるのだろうか。こういう時こそ、優子の能力が欲しくなる。

 だが、俺はなぜか聞くことができない。俺のためにも、雫のためにも。俺は雫が泣いている理由を聞くことができない。根拠なんてないのに、聞いてはいけないと思っている自分がいる。

 そんな気がして、俺は別の話題を口走る。


「今日の実験はこれで終わりだ。今後も経過観察をする予定だが、今日はゆっくり休んでくれ。付き合わせて悪かったな」

「いや、俺の問題を抱えてもらってるから文句はねえよ」

「次の実験は六月四日の夜だ。大丈夫そうか?」

「もちろん」


 雫はまだ目が赤く涙が流れた跡が残っているが、気丈に笑顔を作った。その表情はどこか無理をしているようにも見えるし、自然体のようにも見える。


「そろそろ終わりだな」

 観覧車も終盤。遠くに見えていた夕日も姿を隠し始め、俺たちが見ていた街の景色も木々に隠され始めている。遊園地に来ていた子連れの家族も、いつのまにかいなくなっている。残っているのは二人だけのように感じる、少し寂しげな遊園地。

 俺は雫の手を引いて、誰一人乗せていない観覧車に背を向けた。



 雫と遊園地デートに行った翌日。雫は夏服でやってきた。男の時は気が楽だと笑った雫の表情は今でも忘れない。

 俺は何かを見落としている。そんな気がしてならない。だが、今は実験に集中する必要がある。ジレンマのようなもどかしさを感じるのに、その正体が一向にハッキリしない。なんとも気持ち悪い感覚だ。


「雫、この実験が最後だ。これで成功しなかった場合、俺に打つ手はない。後は自力で能力をコントロールしてもらう必要がある」

「分かった」

「今日は俺の家に泊まってもらう。実験の内容は徹夜による転換の回避だ」


 雫はいつも、朝起きたら女になっていて、夜寝るまでは男のままだという。であれば、一定の時間で変わっているのか、それとも眠ることがトリガーとなっているのかで今後の対処法も変わってくる。


「一定の時間、例えば十二時になったら女になっている、とかか?」

「そうだ。女になった日の就寝時間は?」

「毎日十時には寝る」

「そうか。だが、明後日でどちらかはっきりする。時間であればその変化の仕方や時間が分かるし、睡眠がトリガーであれば寝ないという回避行動が取れることになる」

「それでお前の家で徹夜するってわけか」

「そうだ。お互いに寝ないように気をつけあう」


 明後日で実験が終わる。そのことを雫はどう感じているのか。安堵か、不安か。どちらにせよ。明後日で終わる筈だ。


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