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どうせなら楽しく行こうぜ、だって生きていくしかないんだからさ。  作者: おぐら あん


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13

 洞窟の中はひんやりしていて、壁は触れるとぬるりと湿った感触だ。道はくねくねと曲がりくねっている上に天井が低くて屈まないと進めない箇所が所々にあった。分岐もない訳ではなかったが、いずれもひとが通れそうにないほど細く、実質一本道だった。地図がないことにも納得できた。足元は滑りやすい箇所もあり、油断をしたら転んでしまうだろう。その拍子に強く頭を打ったりすれば命に関わるのも確か。開けた場所に着く都度小休止を挟んではいるが、どれほど奥まで進めたのか解らない。この先がどこまで続くのかも。

 洞窟に入ってからスウェンは一切の口出しをしなかった。オレが休もうと言えば休み、行こうと言えば行く。イオも同じだった。淡々と進み続けると奥から水音がして、その先に川があった。荷を下ろし座って休めるくらいの広さがある。その奥を確かめるとまた細い道が続いている。どうやら川を渡らなくてもまだ奥まで進めそうだった。この先の道がどうなっているのか解らないのと、そろそろ一本目の蝋燭が尽きそうだったので、そこで長めの休息を取ることにした。洞窟に入ったのが早朝とするなら、一本目の蝋燭が尽きるということは今は昼時、という計算になる。なぜ蝋燭なんて頼りないもので明かりを取るのか不思議だったけど、時間を計るためもあることに気がついて納得した。下ろした荷物から二本目を取り出し火を移し、燭台へ据える。この二本目が尽きる頃には夕暮れ時ということになる。一本目は万が一のことを考えて荷物にしまう。干した果物を取り出してかじる。

「ところで。ドラゴンの髭ってどんなの?」

 イオは干し肉を噛みながら聞いてきた。

「植物の一種らしいけれどよく知らない。形がドラゴンの髭に似てるからそう名付けられたらしい」

「知らないのかよ」

 イオが呆れたように呟いた。

「調べたけど記録に残ってないんだ」

「記録に残したら、よく似た植物をドラゴンの髭と偽ることもできちゃうからね」

 スウェンが口を挟む。

「なるほどなあ」

 イオは納得顔だ。ちょっと面白くない。

「きっと奥まで行けば、一目でそれって解るやつが生えてるんだよ」

「いい意味で楽観的だよな、ラルって」

 イオが笑って、スウェンがうんうんと頷くのが見えた。

「バカにしてるのか?」

「まさか。褒めてるに決まってるじゃん」

 スウェンの表情を見ても褒められているのか貶されているのかが解らない。面白くないけど、言い返したところで口でスウェンに勝てる気はしない。疲れるし。無言で、かじりかけの干した果物を残らず口に入れた。しばらく誰も口を利かず、黙って食料で腹を満たした。喉の乾きはそれほど感じないこともあって水は控えめにした。洞窟に入る前に用は足したけど、こんな狭苦しいところで用を足すなんて、ちょっと考えたくなかった。

 長めの休息の後は、川に沿って続く細い道を歩き続けた。進むうち、川の流れとは異なる水音が聞こえ始めたことに気がついた。視界を遮るように天井が低くなっている箇所に行きついた。姿勢を低くして、より慎重にその先へ。さらに水音が強くなる。微かに風が吹いてくるような気がした。道幅はやや広くなったものの、天井が低い。荷物を先に隙間から押し込んで、ほとんど這うようにくぐって抜けたその先──広く開けた空間の奥に滝があった。

 思わずほっと息をついていた。蝋燭で辺りを照らす。屋敷のダイニングよりももっと広い。蝋燭の仄かな灯りでは奥の方まで見通すことはできなかった。細かな水飛沫が発せられるせいか、他の場所よりさらに湿気が強いように感じたけれど、不快ではない。むしろ清浄な空気に包まれているような気さえした。休もう、と声に出した訳ではなかったのに、イオもスウェンも荷を下ろしていた。イオは滝壺の脇に歩み寄りその水に手を差し入れていた。

「これって飲めるかな?」

「さあ? やめておいた方がいいんじゃないかな」

 残念、とイオが呟く。オレもイオみたいに滝壺に手を入れた。冷たくて気持ちがいい。手拭いを濡らして顔や首筋を拭いた。水筒の水で喉を潤して、蝋燭を手に奥まで進んでみた。滝を右手に見ながら少し歩いた先、ちかっと光るものを見た気がした。蝋燭の光を当てる。さわさわと微かに漣のように光が揺れた。

「光苔、かな?」

 いつの間にかスウェンとイオもすぐ後ろにいた。さらに進む。目の高さの棚のようになった岩肌にはびっしりとそれがこびりついている。その奥の壁に、蔦のようなものが這っているのが目についた。蝋燭の光を受けてそれは、白っぽく光ったようにも見えた。

「……もしかしたらこれが、ドラゴンの髭なんじゃね?」

 イオが呟く。持っていた燭台をイオに預けて、蔦のようなものに手を伸ばして引っ張った。ぷちん、とわずかな手応えのあとで、それはあっさりとオレの手に残った。イオが捧げ持つ蝋燭の光に照らしてみると、確かにそれは動物の髭のように見えなくもない。

 これが?

 本当にこれがドラゴンの髭だとして、こんなにあっさり、手に入っていいんだろうか。嬉しさよりも疑問が先に立つ。と。

『──おまえの望むものは本当にそれか?』

 声が聞こえた。

「なんか言った?」

 振り返る。イオも、それからスウェンも首を振った。

『それでいいのか?』

 また。声のした方を必死に探る。きょろきょろと目を動かす。声の出所はこっちではないみたいだ。辿ってきた道を戻る途中で、滝の脇に向かって細い棚のようになっている箇所があるのが目に留まった。そこに視線を注いだ、その瞬間だった。

『本当に、それでいいのか?』

 ひと際大きな声がした。間違いない。声は滝の方から聞こえる。イオから蝋燭を受け取って慎重に棚を進む。イオもスウェンも黙ってついてきてくれる。滝を目の前にして、その裏にさらに道が続いているのが見えた。蝋燭が消えないように慎重に滝を潜り奥へ進む。天井は高いが幅は狭い。足許を確かめつつゆっくりと進むと少し開けた場所に辿り着いた。目の前に大きな水溜まりがあった。道はそこで途切れていたが、天井の様子からまだ奥に進めそうだ──この水溜まりを泳げば。さらに声が聞こえる。

『ドラゴンの髭を求めているのだろう?』

 暗いはずの水面がきらきら光っているようだった。水溜まりの際まで進む。しゃがんで水面を撫でる。冷たい。ゆっくり立ち上がって、もう一度、燭台を掲げて奥を見た。

「ちょっと、ラル?」

 呼ばれて振り返るとすぐそこにスウェンの顔があった。

「どうしたの? ドラゴンの髭は手に入ったんだよ。戻ろう?」

「声。声が聞こえた」

「声?」

 イオの怪訝そうな顔が蝋燭の灯りに浮かび上がる。

「ドラゴンの髭を求めているのだろう、って。きっとこの先に、本物のドラゴンの髭がある」

 スウェンはイオと顔を見合わせた。

「ちょっとどうしちゃったのラル? 気でも触れた?」

「そんなんじゃない。声がしたんだ。ほら。今も」

『真の勇を示したくばここまで来い』

 水面がオレを誘うように揺れる。この声がまやかしだとしたらどうする? それにここを泳いで行ったとして、行き止まりになっていて溺れでもしたら? 恐ろしくないと言えば嘘になる。だけれどせっかくここまで来たのに──声がオレを、呼んでいるのに。

『まやかしと思うか。ならば去れ。疑うものには髭はやれぬ』

 心を読まれてぎくっとした。でもどういうことだ? 疑うものにはやれぬ──ということは。

「そこへ行けば本当に、ドラゴンの髭が手に入るんだな?」

 声へ向かって叫んでいた。笑い声が聞こえる。

『こころ次第』

 そのまますうっと静寂が広がった。水面は変わらず、誘うように波打っている。じいっと見下ろす。心臓がどきどきしていた。耳の奥で鼓動がうるさい。

「イオ。スウェン」

 ふたりを呼んだ。足元をじいっと睨みつけたままで。

「信じてくれなくてもいいけど。オレ、この先に行かなきゃいけない気がする」

「どうしてだよ?! ドラゴンの髭は手に入ったのに」

 イオが抗議の声を上げた。

「その先になにがあるっていうのさ?」

 スウェンが静かに問いかけてきた。

「だから。本物の、ドラゴンの髭」

「本物、って。それがまるで偽物みたいな言い方だね?」

 スウェンに言われて、手の中の蔦のようなものに視線を落とした。

「それを持って帰れば、おまえの親父さんだって、少しはおまえを認めてくれると思うけど?」

 確かにイオの言うとおりではある。これに似た植物は他に見かけたことがない。現領主で、成人の儀式を経験している父上ならきっと、これが「南端の洞窟内から持ち帰ったドラゴンの髭」だということも解ってはくださるだろう。ぎゅっと強くそれを握りしめたままで逡巡していた。イオやスウェンの言うように、これを持って領都に戻ることもできる。この旅を通じて、オレは少しだけれど成長したはずだ。

 では、その先、どうなる?

 ドラゴンの髭を持ち帰ったところで、なにもかもうまくいって、そしてなにかが変わるという保証なんてどこにもない。やっぱりオレはシャル姉さんの準備したドレスで飾り立てられ、披露目のパレードで領都内を引き回されて、女子としての行儀作法を身につけさせられて、そしていずれ、然るべき相手の元へと嫁されることになる。そんな気がした。

 どうせなにも、変わることがないのなら。

 あの声に従って、本物の「ドラゴンの髭」を手に入れることを目指すべきじゃないか?

 もしも本物があったとして、そして手に入れることができたとしても、誰もそれを「本物のドラゴンの髭」と見分けることなんてできないかもしれない。けれど、オレだけはそれが、本物だと信じることができる。ここまで散々、イオとスウェンに助けてもらってばかりで、完全にひとりの力で成し遂げたことではないけれど。

 そうしたらきっと──オレは変われるんじゃないだろうか。そんな予感が生まれ渦巻き始める。都合がよすぎる。でも──そこまで考えたところでやっと気がついた。

 今までオレ、なにもかもを自分で決めてきたつもりだったけれど、全然そんなこと、なかったじゃん。

 男子の儀式を受けたいと父上に訴えては来たけれど強行を決めたのはガルアンド様の助言があったからで。

 イオとスウェンの同行だって、オレが決めて頼んだものじゃなく、ふたりの言いなりで。

 ここに辿り着くまでだってそうだ。イオとスウェンに助けてもらってばっかだったじゃないか。ジュルガンに襲われたときだって。威勢のいいことを言ってはみても結局、イオに守ってもらっただけだ。なにやって来たんだよオレ。

 ここでまたイオやスウェンの言いなりになって戻るなら、ほんとになんにも、自分では決めてないことになる。いいのかそれで。

 よくないよ!!

 渦巻き始めた予感は今や、嵐となって心の中で吹き荒れていた。それは予感から確信へと姿を変えていた。ここで踏ん張れたらきっと、オレは変わることができる。

 変わらなきゃ。自分のために。だから。

 行かなければならない。本物を求めて、もっと、奥まで。

「オレひとりで行く」

 高らかに宣言をして、持っていた燭台と握り締めていた蔦を足元に置いた。この先この水溜まりがどれくらい続くのか解らないけれど──服が邪魔をしてうまく泳げないかもしれない。身に付けている服を迷わず脱ぎ始める。上衣を脱いだところで胸元のペンダントのことを思い出した。母上の形見。外した方がいいだろうか。外して置いていって失くすようなことにならないか。迷っていると後ろからぎゅうっと抱き締められた。耳元でイオの声がした。

「行かせない」

 間違いなくイオの声だった。なのに、まるで初めて聞く見知らぬひとの声のようだった。

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