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どうせなら楽しく行こうぜ、だって生きていくしかないんだからさ。  作者: おぐら あん


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12/21

12

「やらいでか」

 にやっと笑ってイオが返す。それからイオは剣で獣の首筋を掻っ捌いた。

「お見事」

 スウェンがぱちぱちと手を打っていた。

「これは──ジュルガン?」

 首筋からだらだらと血を流す獣に歩み寄って、スウェンはあちこち検分している。辺りには獣の血の匂いが漂い始めていた。

「ラル、だいじょぶか?」

 イオがオレに歩み寄ってきて、オレの顔を覗き込む。

「おい。──ラル?」

 意識が飛んだみたいになっていた。慌てて返事をした。

「大丈夫」

 イオは頷いて見せるとさっき投げつけた鞘を拾いに行って、そのまま荷物に向かった。イオが握っている剣を見つめていた。獣の血に塗れてぬらぬらしている。イオは荷物から布切れを取り出すと、慣れた手付きで剣にこびりつく血を拭い始めた。心の奥がざらざらしている。その間にもイオは素早く剣の手入れを終えたようだった。

「イオ。怪我してない?」

「ああ。それにしても──火の気もあるしこの匂いなのに、どうして?」

 イオの疑問ももっともだ。それに答えをくれたのはスウェンだった。

「このジュルガン、穢れに取りつかれたんだと」

「穢れ?」

 問い返すとスウェンが呆れたような顔つきでオレを見た。

「教えたよね?」

 なにを。一切の心当たりがない。スウェンは大袈裟なくらいに大きく大きく息をついた。

「そもそもジュルガンは臆病な四足の獣、身体は大きいけれど人間には寄り付かないのが普通。唯一の例外は穢れに取りつかれたとき。穢れがどうやってジュルガンに取りつくのかは解明されていない。ちゃんと仕留めたのはいいとして──」

 スウェンが辺りに視線を飛ばす。

「移動するしかないか。荷物まとめよう」

 スウェンの言葉に頷いた。立ち上がろうとして初めて自分の足が小刻みに震えていることに気付く。力任せに両方の腿に拳を叩きつけて、気を取り直して手早く荷物をまとめた。スウェンは蝋燭に、オレはランプに火をつけた。イオは万が一のときにすぐ動けるようにと、灯りは持たないことにする。火事にならないように焚火を消すと急に心細くなる。

「方向が解らないしそんなに遠くまでは行かないから」

 スウェンがオレを振り返って笑った。

「ラル、ひどい顔」

「ほっとけ」

「その元気があれば大丈夫だね」

 そのままスウェンが先に立ち、オレの隣にイオが並んだ。結局夜の闇の中、かなりの時間森の中を彷徨った。ここにしよう、とスウェンが立ち止まったとき、ほんのりと夜明けの気配を感じた。

「とにかく無事でよかった。ラル、ちゃんと寝なね?」

 そうは言われても、気分が昂っていて眠気をちっとも感じない。

「しょうがないなあ」

 スウェンは荷物を漁るとなにかを取り出した。小さな包みを差し出されて、それがあの丸薬だと気がついた。

「はい。これ飲んで寝る」

 スウェンの指示にしぶしぶ従った。近くの大きな木の幹に背を預けて瞼を閉じる。そこに浮かんだのは、ジュルガンを相手に立ち回るイオの姿だった。今まで何度も何度も、イオが剣を振るう姿を間近で見て来た。手合わせも繰り返してきた。イオの斬撃は重いし真っ向勝負では到底敵わないのは解っていたけれど、速さなら負けない自信があった。

 それなのに。

 さっきのイオの立ち回り──おそらくオレの全力より、ずっと早い。

 ぎゅっと強く瞼を閉じた。イオの立ち回りがより鮮明に脳裏に浮かぶ。咄嗟の判断、身のこなし、的確な斬撃。そして。容赦なく息の根を止めた、あの──。

 あれがオレにできたか?

 気分が沈む。爪先からずるずると闇に呑まれるようだった。


 その日はかなり明るくなるまでその場所に留まった。もう一日をそのままそこで過ごすという選択もない訳ではなかったけれど、それにはオレが反対した。

 気が急いていた。

 早く──早く洞窟に着かないと。

 スウェンの先導で陽が傾くまで森を歩き、その夜は何事もなく夜を明かす。もう一日を森の移動に費やし、ようやく森を抜けたのはその翌日の昼過ぎだった。

 開けた場所に出て心底ほっとしていると、背後からイオがオレを呼んだ。

「どうする? 休むか?」

 振り返って首を振りかけて──考え直した。

「イオとスウェンは? 行ける? 休む?」

 イオがスウェンに目配せをする。

「なんだよ?」

 じとっとイオを睨むように見ると、イオは慌てた様子で首を振った。

「いやまさか、ラルから休む? って聞かれるとは思ってなかったからさ」

「気は急いてるから行きたいけどさ。それはオレの都合だし。火の番とかあれもこれもふたりに任せっきりなのに、オレの都合ばっか優先にはできないだろうが?」

 腕を組んでイオを見上げる。

「お言葉に甘えて、休もうよイオくん」

 スウェンが応じてその場で小休止。荷物を下ろして座り込んだ。

「逞しくなったな、おまえ」

 隣に腰を下ろしたイオが言った。

「……そうか?」

 ピンとこない。イオがじいっとオレを見つめていることに気がついた。気まずい。どうしてだろう。理由を考えながら、イオから顔を背けて荷物から水筒を取り出す。今までイオといてこんなふうに感じたことなんて一度もなかったのに。スウェンはというと、少し離れた場所で地図と太陽を見比べている。

「スウェン、どうかした?」

「んー。この先って標石があるのかなーって考えてた」

「どうして?」

 イオが会話に加わる。

「ん。だってあとどれくらいで洞窟に着くのかはっきりさせたいでしょ?」

 イオに答えてからスウェンがオレに顔を向けた。

「この先洞窟までは整備された一本道だし、少しくらいなら無理が利くかもしれない。っていっても、ラル次第だけどさ。どうする?」

 ちらっとイオを見た。イオが小さく頷いた。

「できるだけ急ぐ」

「りょーかーい」

 スウェンはちょっとおどけた様子で答えて、自分も水筒を取り出して水を飲んだ。しばしの小休止を挟んですぐに出発する。スウェンが求めた標石は見当たらず、あとどれくらいで洞窟に着くのかも解らないままに、ひたすらに足を運ぶ。整備された道はやっぱり歩きやすいし、それに野生の獣に襲われる心配がぐっと減ったのはありがたい。すっかり陽が落ちても休もうと思えず、星が瞬く夜空の下を、ただただ洞窟を目指して歩いた。闇夜の下では判然とはしなかったけれど、左手に大きな山影が見えている。あの山裾に洞窟があるはずだ。緩やかに弧を描く道に沿って歩く。

 そして。

 ようやく洞窟の口に辿り着いた。

 予定していた日数を五日ほど超えたはずだ。でもそれも仕方がない。無事にここまで辿り着けたことを、まずは神に感謝していた。

 陽が落ちてからどれくらい経ったのかまるで解らなかったものの、夜半はとうに越えたはずだ。洞窟の口の前は広々としている。おそらく洞窟に入る準備をするための場所として整えられたものに違いない。それぞれに荷物を置いて辺りを見回す。ランプを手に辺りを巡ると、小さな像が設えられているのが見えた。傍まで歩み寄ってランプの灯をかざす。なんの像だろう? 風雨に晒されたせいか原形を止めておらず正体は掴めなかった。

「休まずに洞窟に入るとか言わないよね?」

 スウェンに言われて、振り返ると首を振った。

「まさかだろ。さすがに少しは休みたい」

 イオが火を起こして手際よくスープを作った。

「いやだからさ。レンギョウ入れてよ?」

「やだよ。おれあれ嫌いだもん」

「文句があるならスウェンが作れば?」

「料理なんてしたことないし」

「まじかよ。いいご身分だなー」

 まだまだやるべきことはあるはずなのにうきうきしていた。イオにもスウェンにもそれが伝わっているのか、出発して以来初めてと言っていいくらい、和やかな空気の中で食事を取った。

「ラル、食べる?」

 スウェンが差し出したのはサンシンの砂糖漬けが二欠け。そのうちひとつを摘まんでぱくっと口に入れた。噛み締めると砂糖の甘さが全身に染み渡るようだった。もうひとつはイオが摘まんだ。

「荷物の中では、これが最後」

 しばらく食べられないのかと思うと不思議としんみりしていた。

「そんなに好きだったのか、これ」

 イオがもごもごと口を動かしながら聞いてくる。

「解んね」

 好きでも嫌いでもなかった。あれば食べるけれど進んで食べようと思ったことはない。でもなぜか、特別なものを感じていた。脳裏に浮かんでいたのはガルアンド様の顔と、あの独特な笑い声。

「ガルアンド様はこれに目がないからねえ」

 スウェンが言いながら、例の煎じ薬を注いだマグを差し出す。

「洞窟の中では煮炊きはできないかもだから、しっかり飲んで。あ。いつもの丸薬もね」

「解ってる」

 煎じ薬を飲み干し丸薬も飲んで、マグをスウェンに返す。

「なんかスウェンって、世話焼きの母ちゃんみたいだな」

 イオの言葉にスウェンが目を丸くした。

「母ちゃんって。せめて薬師くらいにして」

「だってなあ」

 イオがイメージしているのはイオのお母さんなのだろう。少なくとも母上はこんなんじゃなかった。とはいえ、オレが覚えているのはベッドにいる母上の姿ばかりで、その上、いつも穏やかに微笑んでいたような記憶しかない。もしも母上が病に臥せっていなかったらこんなだったのだろうか? うまくイメージできなかった。ぼんやりと考えているうちに瞼が重くなってきた。

「寝るなら横になれよー」

 イオの声が遠い。うん、と応えてそのままころりと横になった。


 風が頬を撫でた。瞼を開ける。

 夜が明けたばかりのようだった。火の側でスウェンが膝を抱えて丸くなっていた。イオは火を挟んだ向こうで横になっている。誰がかけてくれたのだろう、外套を着せかけられていた。

「ラル?」

 スウェンがオレに気がついて顔を上げていた。着せかけられていた外套をさっと畳んで手にしたままで火に寄った。

「やっぱりここ、守られた場所みたい」

 守られた場所。言われて思わず昨夜見つけた像に視線を飛ばしていた。

「気になるよね。歴史を考えると、たぶんシュリア様の像だと思ったんだけどさ。それにしては、ちょっと形が違うっていうか」

 シュリア様、というのは、この国を建国した初代の王の母上だ。元は天女だと伝えられている。初代の王を産んだのも天命で、つまり初代の王は、この国を建てるべくして建てたということになる。シュリア様が存命中に三代、王の代変わりがあったという。天女は人間よりも長命なのだ。王を助け国民を愛した偉大な方だったそうだ。シュリア様のご加護を受けた場所は不思議と野生の獣などが寄り付かず「守られた場所」と呼ばれている。

「天から降りるとき、シュリア様はその背の翼を天に遺してきたっていうじゃない? だけれどあの像、背中に翼様の造形が見られるんだよねえ」

 もう一度あの像に歩み寄っていた。まじまじと像を見る。基本的な知識があればこそ解ったこと、なんだろうけど、確かに背後に、ひとにはないはずのものが造形されているような気がしなくもない。それにしても。

「調べたんだ?」

 スウェンがにっこりする。

「これでも学者の家系ですので。まさかここまで僕自身が来ることになろうとは想像もしてなかったし、いい機会だったからね」

 そういうものなのか。火の側に戻るとやがてイオも目を覚ました。思い思いに食事を済ませて荷物をまとめる。テント代わりの布はさすがにかさ張るので置いていくことにする。フードや外套は防寒のために持つことにした。儀式に習って、ランプではなく蝋燭に火を灯し燭台に据えた。まだ使っていない蝋燭が十二本残っている。休まずに灯し続けるとおよそ三日分というところだ。蝋燭は全部、オレが持った。

 洞窟の口を睨みつける。振り返ってイオとスウェンを見た。頷くと、ふたりとも黙って頷きを返してくれた。口をついて出たのは。

「楽しく、行こうぜ」

 力強くそう宣言して洞窟に足を踏み入れた。直後にきゃあきゃあと不思議な声を立てながら、鳥のようなものが洞窟の奥から飛んできた。

「蝙蝠」

 後ろからスウェンが言った。あれが蝙蝠。

「きっと守られた場所にある洞窟だから、命を脅かすような獰猛な生き物はいないはず」

 そうスウェンが続けて、オレは小さく頷いていた。燭台を掲げ奥を透かすように見る。先は暗く奥に吸い込まれるようだが、見える範囲では分岐はないようだ。無駄口を一切叩かずにオレは、ぐんぐんと奥に向かって進んだ。


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