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どうせなら楽しく行こうぜ、だって生きていくしかないんだからさ。  作者: おぐら あん


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「迎えが来たらそのときはそのときでしょうがないけど、それまでに洞窟に入っちゃえばどうにかなるかなって」

 オレたちの話を聞いているのかいないのか、スウェンは口を挟まなかった。いつもなら茶化したりまぜっかえしたりするはずのスウェンが静かだと、それはそれで気味が悪いものがある。

「どうしてそう思うのさ?」

「口はひとつ、道も一本道らしいから。入ったらいずれは出るしかない。洞窟に入ったことが解れば、洞窟内まで探しに来ることもないかなって踏んでるんだ」

 イオが腕を組む。

「洞窟の地図ってないの?」

「ないよ。ないない」

「どうして?」

「一本道だからに決まってるだろ? 必要ないってことさ」

「そういうもんか?」

「ずいぶんこだわるな? もしかしてオレの話が信じられねーとか?」

「そうじゃねぇよ」

「話中に悪いんだけど。荷物作り直すから、ラルとイオくんも荷解きして中身並べてくれない?」

 スウェンに声をかけられて振り返る。部屋の一隅はスウェンが並べた荷物に占領されていた。

「僕の調べでも、単純な作りの洞窟らしいから大丈夫だよ」

「まじで?」

 イオが声を上げる。

「うん。作りが単純だからって安全とは限らないけどね。過去に一度だけ、命を落とした従者もいたらしいし。詳しく聞きたい?」

 イオの顔色がさっと青褪めた。ぶんぶんと首を振る。

「なに? 怖いの?」

「怖くねーよ。怖くねーけど、そういう縁起でもない話は聞きたくないじゃん」

 荷物を次々に取り出しながらイオが答えた。

「オレは聞いておきたいけど、イオがいやならやめておくか」

「ほんとはラルも怖いんじゃない?」

「怖くねーし!」

 スウェンがいやな笑い方をした。

「ムキになるなんて、まさか図星?」

「だから違うって」

 今になって、もしかしたらオレはイオとスウェンにとんでもない頼みをしたのではないかと考えていた。オレはオレの命を懸けることになってもそのときはそのときだけれど。ふたりにまでそれを強要することなんて、できないじゃないか。

「あのさ。もしも──もしも、だけど」

 荷物を取り出す手を止めてイオを、続けてスウェンを見た。ふたりはオレの様子に違和感を覚えたのか、手を止めてオレの目を見てくれた。

「この先、命に危険が迫るようなことがあったら、オレのことなんて気にしないで、自分の命を最優先にしてほしい」

「なんだよ突然。そんなことできる訳ねーじゃん」

「僕たち、ラルの従者だよ?」

 口答えをしたふたりにオレは、首を振って返した。

「だってそもそも、これはオレの勝手でしてることで、ふたりが命を懸ける意味も必要もない訳じゃん?」

「そりゃそうだけど」

「これが正式な儀式ならたぶん、ふたりに万が一のことがあったら、ルグレン家がフォローするんだろって思う。でも。そんな約束、オレにはできないし」

 じいっとスウェンがオレの顔に視線を注いでいることに気がついた。

「……どうした?」

「だったらやめようか?」

 またそれか。でも不思議と、怒る気にはなれなかった。

「やめない」

 オレの答えにスウェンは満足そうに頷いた。

「ちょっとだけ、主君っぽいじゃんラル」

「茶化すなアホ」

「ごめんごめん。まさかラルの口からそんな科白が聞けるなんてね」

 再びスウェンは手を動かしながら続けた。

「僕からも注文していい?」

 なんだろう。促す。

「もし僕の命に危険が迫ったらそのときには、僕をほっぽってくれていいから」

「そんなこと!」

「もちろん、僕だってヘマするつもりなんてないけどね。解んないじゃん、この先どうなるか。ラルに万が一のことがあったらどうせ処刑でもされちゃうんだろうし、だったらほっぽってくれた方がマシさ」

 スウェンの科白にどきりとした。

「ラルってそういう『お立場』なんだよね。だから僕は従者としての『立場』を全うさせてもらうよ。ラルの言いつけに背くこともあるかもしれないけどさ、それは大目に見てよね」

 なんだ? スウェン、もしかして?

「──なあスウェン。もしかして今回のこの旅のこと、家の誰かに報告でもした?」

「まさか。でもねえ、ガルアンド様には釘をさされちゃった」

「ガルアンド様に?」

 スウェンはちらっとオレを見て頷いた。手は止めない。

「強行を指示した自分にも責があるから、儂の名代を立派に務めよ、だってさ」

「名代?」

 イオが聞く。うん、とスウェンが頷く。

「ガルアンド様は国のお抱え呪い師で、ルグレン家に忠義を果たす必要はこれっぽっちもない訳だけど。でも現実問題として、国の方策とはいえ領地に住まわせてもらって優遇されている以上は、領主に盾突くようなこともできないでしょ? 自分の身体が自由なら、自分が従者として旅に同行するがそれも叶わないから、おまえを名代として指名する、とかなんとか」

 どうしてガルアンド様がそこまで。

「さあねえ。あのひとの考えは飛んでるからね。僕にも解んないけどさ」

 スウェンは喋りながら次々に荷物を仕分けていく。

「まあそういう訳だから、僕のことは気にせずに」

 そうは言ってもな。釈然としない。

「ラル」

 イオに呼ばれてその顔を見た。その表情は真剣そのものだった。

「悪いけどおれも、ラルの命を最優先にさせてもらうから」

「イオ!」

「だってスウェンの言うとおりだ。もしもラルの身に万が一のことがあって、それでラルを見捨てるような真似をしたら、それこそ平民でしかないオレはルグレン家に処刑されるだろ。だったら最後までラルを守るしかねーよ」

 唇を噛み締める。このふたりをきちんとした従者として認めてやれるなら。俯いた。

「……ごめん」

 ようやく絞り出した詫びを笑い飛ばしたのはイオだった。

「らしくねーよラル」

「そうそう。万が一なんて考えてないで、成功するイメージで。お決まりのあれでいいじゃない」

「楽しく行こうぜ?」

「そうそう、それそれ」

 ふたりの声が明るくて、それに救われた気分になった。


 最後の森に入って三日目の夕方になっていた。

 正確な居場所が解らない以上は推測するしかないけれど、おそらく半分以上は進めているだろう、というのがスウェンの読みだった。ただ、予定していたよりも倍近くの時間がかかっていることも事実だった。

「星を読んだ感じだと、ちょっと西寄りに進路を変えた方がいいかも。朝陽が出てから進路を決めたいから、明日は夜が明けてから出発ね」

 地図を畳みながらスウェンが宣言する。日没までまだ少し余裕があるのに、この場での野宿を決めたのもスウェンだ。ちょっともったいないような気もするけれど、もう反発する気もなかった。それに、空気が重いことと追加で調達した物資の分荷物が重くなったことで、峠を越える前と比べるとさらに身体がしんどかったのも事実で、長く休めるのはありがたかった。火を起こしたイオが鍋を取り出す。

「あ。今日はオレがスープ作るよ」

「解った。スウェン、おれ、仮眠していい?」

「どうぞー」

 スウェンの答えを確かめたイオは、オレの顔にその顔を寄せた。

「スウェンになんかされそうになったら叫べよ?」

 なんかってなんだ。スウェンが変な気を起こすなんて、今さらないだろ。

「念には念をってこと」

 オレから離れたイオの背におやすみ、と声をかけた。

「ねえイオくん、なんて?」

「レンギョウ入りのスープは勘弁してほしい、だってさ」

 適当な嘘を答えた。

「は? なに言ってるかなイオくんは。レンギョウ入れないと味が締まらないじゃん」

 レンギョウは香草の一種で、スープには欠かせないと言われている。正直オレはあってもなくてもどっちでもいいんだけど、スウェンが干して粉にしたレンギョウをどっさり買い込んだから、消費するためだけに使っている。イオがスープを作るときはレンギョウを入れないので、スウェンがぶつぶつ文句を言う。荷物の中からスープの材料を見繕う。

「ラル、センジュの実取って」

「はいよ」

 荷物の中から袋を取り出しスウェンに手渡す。センジュの実は火にくべると独特の匂いを発して、野生の獣避けに効果がある。スウェンの指示で、昨夜の焚火のあとで残った灰を首筋に塗り付けてある。

「もうちょっと多めに用意してもよかったかなあ」

 袋の中身を覗き込みながらスウェンがため息をつく。

「そんなに?」

「森を抜けちゃえば、なんだけどさ」

「代用できるものは?」

「手持ちの荷物にはないねぇ」

 オレがスープを作っている間、珍しくスウェンも仮眠を取った。陽が傾いて次第に森は暗くなる。頭上でばさばさと音がする。この森をねぐらにしている猛禽かなにかだろうか。その他にも自分たち以外の命の気配を感じた。センジュの実を焚いたし大丈夫だろうけど、どうにも心細い。スープの仕上げにレンギョウを入れようかどうしようか迷って、やめた。火からおろす。その間にもすっかり日は沈んでいた。歩きながら集めた枯れ枝を焚火に適当に放り入れつつ、出来上がったスープと干した果物を食べる。もう少し暗くなってもイオが起きなかったら声をかけよう。

 ときおり思い出したように、遠くの方から微かな音が聞こえてくる。得体の知れない獣が姿を見せたらとどぎまぎしながら、火の気を絶やさないように気を配る。ドライナッツを口に放り込んでゆっくり噛み締めていると、背後でがさ、っと大きな音がした。びくっとして音を振り返る。なにも見えない。でも。ぶるっと勝手に、身体が震えた。思わず立ち上がっていた。

「イオ……イオ!」

 少し離れたところで仮眠を取っているイオを呼んでいた。イオの側に寄ろうと思うのに、足が地に縫い留められたように動かない。

「──イオっ!!」

「……どうした……?」

 まだ半分眠ったまま、という声で、でもイオが返事をしてくれて、ほっとしている自分に気がついた。

「……なんか、いる」

 イオはさっと身体を起こして剣を手に取るとオレの隣に立った。

「………………」

 イオはじいっと、茂みに向けて瞳を凝らしているようだ。音の出所とオレの間に立ち塞がり鞘に収めたままで剣を構えた。焚火の炎を反射したのか、きらっと光るものが茂みの間に浮かぶ。その茂みが揺れたかと思うと、直後にそこから大きなものが飛び出してきた。

 イオの動きは速かった。

 それに向かって鞘ごと剣で叩きつける。ぎゃうん、と悲鳴がしてそれは左手に転がり、だけどすぐに態勢を整えた。四つ足の大きな獣は、ぐるるるううう、と唸りながらイオと対峙している。

「ラル! 離れてろ!」

 イオが叫ぶのと、四つ足の獣が地を蹴ったのはほとんど同時だった。離れてろと言われたのに動けなくて、ただただイオと獣を見ていた。イオは外した鞘を獣に向かって投げつけ、さっと右に身を躱した。獣はさらにイオに向かう。イオは剥き身の剣を獣の鼻っ面に叩きつけた。獣がまた悲鳴を上げた。それでもまだ獣は、イオへの戦意を失う様子はない。

「ラル!」

 呼ばれた直後に身体がぐらっとして、顔を上げると目の前にスウェンの背中が見えた。いつの間にかスウェンも仮眠から覚めていたらしい。

「怪我は?」

「ない」

 スウェンの背中越しにオレが見たのは、イオがもう一度剣で獣の鼻っ面を叩きのめしたところだった。どう、っと獣が横倒しになった。四つ足がぴくぴくと痙攣しているのが解る。獣の顔は血みどろだった。ひょう、っとスウェンが口笛を吹いた。

「やるね、イオくん」

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