とっておきの準備
―ここはオースティン皇国ハルシオン領
良質な葡萄が有名であり、その葡萄を用いてワインや染料、食品などに手がける豊かな領地である。
領主ギルバート・ハルシオンは、領民からは大変愛されており、歳も38と若い事もあって領民からギルさんと親しみを込めて呼ばれている。
そんなギルバートには愛する妻アナスタシアとの間に4人の子ども達がいる。
長女のクレア、長男のマース
この2人は双子である。
2人のもとに初めて産まれた子ども、それが双子だと知った時二人は泣いて喜んだものだ。
クレア、マース共に健やかに育ち今では10歳となりもうすぐ行われる、精霊の儀に向けて準備中である。
その下に次女のレーナ
今年で7歳になる彼女は最近お勉強をし始めたのだが、わんぱくな彼女は家庭教師からあの手この手で逃げ出し良く困らせている問題児で両親の悩みの種な彼女。
しかし、幼さ故のおっちょこちょいさもあり、なんだかんだ使用人達からも愛される彼女である。
最後に次男のライル
ハルシオン家の最年少の彼は、屋敷に留まらずハルシオン領のアイドル的存在だ。
愛くるしい笑顔に人懐っこい性格が合わさった結果、見る者全てを魅了しまくった結果、領総出でよいしょしまくる事となる。
そんな彼もやはり男の子。
5歳になった彼は最近長男マースの剣の稽古を見学し、その瞳をキラキラ輝かせている。
この物語そんなハルシオン家次女レーナの半生を記した物語である。
「レーナ様ー!何処にいらっしゃるのですか!レーナ様ー!」
レーナの家庭教師であるナコルが慌ただしく屋敷内を駆け回りレーナを探している。
どうやら彼女は今日も逃げ出したようだ。
寒い冬が明け、春の暖かい日差しはハルシオン家の屋敷を優しく包んでいる。
屋敷の勉強部屋には、大きなカーテンが掛けられており今はお昼時なのでカーテンは左右に束ねられられている。
その束ねられたカーテンの片方が、ゴソゴソと音をたて風が吹いた訳でもないのにユラユラと揺れている。
そんなカーテンからゆっくりと深い海のような紺色の長い髪が流れ出る、そのまま更にそれは顔を出し海の次には森の木々の様な青々とした翠色の大きな瞳が顔をだした。
その瞳を左右に動かし、人が居ない事を確認すると緊張から強ばっていた肩の力を、大きなため息と共に抜き、こっそりと忍び足で部屋の扉の方へと向かいドアノブに手をかけようとした。
すると、そのドアノブは手をかける前に独りでにガチャっと音を立てて扉が開く気配を出し始めた。
「うっ」と見つかってしまう事に身体を竦ませながら小さく声を出し、目を瞑って来たる怒声に身構えていた彼女に降り掛かったのは、怒声と言うよりは呆れが混じった声だった。
「レーナ、貴女またナコル達を困らせて…全く母さんにまた怒られても私は知らないわよ?」
声の主は姉のクレアだ。
レーナと同じく紺の髪だが、クレアの髪は少しウェーブがかかっておりレーナとは違い少しふわっとした印象がある。
瞳は母親譲りのレーナとは違い、父親であるギルバートと同じ緋色の瞳を持ち切れ長の瞳は彼女を少し大人びた印象にさせてくれる。
2年前から学園に入り普段は教養を身につける事に精を出している彼女だが、今は丁度春休みに差し掛かっており昼間でも屋敷に居るのだった。
「でも、今日は違うの!お姉ちゃんお願い!お母さんやナコルには、レーナがここに居たって事は内緒にして!」
「引っ張らないでレーナ、落ち着いて」
声の正体が分かったレーナは、クレアの手を引き部屋の中へと誘導し、両手でクレアの右手を掴み声を小さくして訴えた。
クレアとしても、レーナの企みはここ数日の様子から大体の検討はついており、ここで引き止めても諦めが悪い妹が大人しく引き下がる事が無いことも目に見えている。
少し困ったような顔し、どうしたものかと少しの間考え、ならばと思い至ったクレアはレーナの手を握り返し目線をあわせるために、少し膝を曲げてこう言った。
「じゃあこうしましょうかレーナ、私にも少し手伝わせてくれる?」
「…え?」
「きっと、一人でやるより楽しいわ。だから、ね?」
クレアは諭すようにレーナの身体を抱き寄せ、背中を優しくトントンと2回叩き、レーナの目を見つめた後にっこりと微笑んだ。
レーナは「うーん」と言いながら少し顔を伏せて悩む様な仕草を見せた後、ゆっくりと口を開き
「あのね、レーナね」
とクレアの耳元へと口を持っていき耳打ちをした。
その内容を聞いたクレアは
「分かった、じゃあまずは厨房に行ってオイラーに相談してみましょう」
そう言ってレーナの手を引き、屋敷の厨房へと向かうのであった。
「お忙しい所すみません、オイラーはここに居ますか?」
クレアがレーナの手を引きながら、厨房に入り少し大きめな声で厨房ない全体に届くように呼びかけた。
その声に気がついて一人の男がこちらへ向かってくる。
「クレア様じゃないっすか、どうしたんすか?」
「いえ、今回は私ではなくこの子なんです」
そう言って手を繋いでいたレーナの手を引き1歩前へと出させた。
レーナの姿を見たオイラーは「ほう、レーナ様が」と呟き、それからしゃがみこんでレーナへと目線を合わせて、「どうしたんすか、レーナ様?小腹でも空いたっすか?」と茶化しながら尋ねた。
からかわれたレーナは「今日は違うもん!」と言い返した後、はっとしてクレアの顔をゆっくりと見上げた。
「今日は?何?」
…その顔は笑顔だけど笑顔ではなかった。
「…ヒッ…っう…ご、ごべんなしゃい」
「全く、摘み食いなんてはしたない事、母さんに見つかったりこれより酷いのよ?ちゃんと反省なさい」
「ま、まぁクレア様その辺で…」
20分こってりと絞られるレーナにほんの少しだけ罪悪感を感じたオイラーが止めに入り、諌められたクレアは「はぁ」とため息を漏らし矛を収めた。
それを確認したオイラーは再度レーナに用を聞き直した。
「えっとね、その…お菓子を作りたいから教えて欲しいの」
「お菓子っすか?んー、いいっすよ!何を作りたいっすか?」
「あのね?クッキーを焼いてみたいんだけどレーナに出来る?」
「クッキーっすか?大丈夫っすよ、俺も手伝いますし」
オイラーから、頼もしい一言を貰いレーナは少し不安げな顔から、パァっと明るくなり「ありがとう、オイラー!」と言ってオイラーに抱きついた。
「では、オイラー。後は任せますね」
「お任せ下さいっす!」
「え?お姉ちゃん一緒にクッキー作らないの?」
クレアの要望にオイラーは自分の胸を軽くトンッと叩きながらニカッと笑顔を作り答えた。
そんな2人の会話に、てっきり一緒に作ると思っていたレーナは、キョトンとした顔でクレアに尋ねた。
そんなレーナにクレアは彼女の頭を優しく撫でながら、「ごめんなさいね、レーナ。でも安心して?私はちゃんと約束通りレーナのお手伝いをするの、でもちょっと他のところに行かなきゃ出来ないの。だから、レーナはオイラーと一緒にちゃんとクッキーを作っていて欲しいの。出来る?」と言い、レーナにお願いをした。
レーナは「じゃあ、お姉ちゃんの分も頑張ってクッキー作るね!」とやる気に満ちた表情で答えた。
その様子に安心したクレアは「それじゃあ、頑張ってね」と厨房をあとにするだった。
「じゃあ、レーナ様!早速クッキーを作るっすよ!」
「おー!」
かくして、レーナの初めてのクッキー作りに挑戦するのであった。
初めまして、小櫛屋 レミと申します。
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