3 なんのことですか?
――見られている。
授業中も、休憩中も、移動中も、本倉からの視線が途切れることはなかった。
じーっと、何を考えているのか読めない緑色の瞳が俺へ注がれているのは、どうにも落ち着かない。
だが、理由を本人に聞けるはずもなく、ズルズルと昼休みになってしまった。
「……なあ、蓮」
「なんだよ」
「朝からずっと気になってたんだけどよ、なんか『雪白姫』こっち見てないか?」
「正確には楠木を、ね」
「二人とも気づいてたのか……」
「あんなに露骨なのに、気づかない方がおかしいわ」
涼太と美鈴と弁当を食べながら、声量を落として言葉を交わす。
二人が同じことを感じているのなら、気のせいではないはずだ。
話しつつ、本倉を盗み見る。
すると本倉は視線を逸らし、合わせようとしない。
片手で本を押さえながら読みつつ、弁当を食べ進めていた。
しかし少し待つと……ちらりと俺を横目で見るのだ。
そのときに俺も見ていると速攻で逸らされるけど。
「蓮、まさか『雪白姫』に手を出して――」
「ない。断じてない」
「とかいって、何か心当たりはあるんじゃない?」
美鈴が見透かしたように言う。
言葉を詰まらせながらも、口に入れた甘い味付けの卵焼きと共に呑み込む。
心当たりと呼ぶには些細すぎるかもしれないが、思い当たる節があるのは事実だった。
それを言ったら自意識過剰とか思われないだろうか。
涼太は真面目に聞いてくれるだろうけど、美鈴は怪しいところだ。
茶化すように揶揄ってくるのがオチだろう。
「別に。直接的な害はないし、ほっといていいだろ」
「それはそうだけどよお……やっぱ、色恋の気配がなかった蓮にその兆候があるって知ったら、俺でも気になるって」
「まあいいんじゃない、涼太。どうせ今の楠木くんに彼女なんてできっこないわよ」
「顔はいいんだから、その落ち込んだ性格だけでもなんとかなればなあ」
「余計なお世話だ」
すぐに性格を変えられたら苦労しないと言いかけて、それでは本当は彼女が欲しいと捉えられかねないと思い口を噤む。
そもそも、彼女が欲しいと思ったことはない。
彼女がいたことがない俺が言うと負け惜しみのように聞こえるかもしれないけど。
高校に入ってからは、バスケと勉強にだけ力を注いでいた。
友人は自然とできたし、成績もそれなりに上位をキープしている。
けれど、それも脚の怪我から大きく変わってしまった。
未だに変化を受け止めきれず、不貞腐れているように映るであろう俺に好かれても迷惑なだけだと思う。
それに、いまいち恋愛感情として人を好きになるということがわからなかった。
今、そこまで考えられる余裕がないとも言う。
「で、どうするんだ?」
「どうするんだって言われても……俺に直接聞きに行けと?」
「それしかないでしょう? それとも、このまま理由不明の視線に晒されたまま学校生活を続ける?」
「……それも嫌だな」
たとえ敵意がなくとも、四六時中見られているのは落ち着かない。
理由がわからないとなればなおさらだ。
食べ終わった弁当を仕舞って、しばし考える。
今ここで本倉に理由を聞くのは簡単だ。
けれど、ここで聞いて答えてくれるだろうか。
知る限り、本倉が誰かと楽し気に話しているのを見たことがない。
事務的なやり取りなら大丈夫だろうけど、個人的な内容に返答は期待できない。
それに、俺が本倉に話しかけたら他のクラスメイトから注目されるのは目に見えている。
それは俺も本倉も望むところではない。
聞くなら人目のない場所……できれば一対一で聞けるときが良いな。
「ま、おいおい何とかするよ」
「蓮がいいならいいけどよ……何かあったら相談に乗るからな」
「精々面白いネタを持ってきてね。ただでさえ楠木の話は退屈だから」
「つまらない人間で悪かったな」
「つまらないなんて言ってないわよ?」
ふふ、と口元に笑みを湛えながら美鈴が言った。
その笑顔を隣で眺める涼太の顔はこれでもかと緩んでいた。
バカップルめ、爆発しろ。
……とはいえ、聞き出す案は運頼みだけどある。
それからも話題を切り替えながら、昼休みを過ごした。
そして授業が終わり、放課後。
恋人らしく二人で帰る旨をわざわざ伝えてきた涼太にデコピンをお見舞いした俺は、荷物を持ってある場所へと向かった。
校舎の奥まった場所――図書室だ。
本倉と偶然を装って遭遇し、一対一で話せそうな場所はここ以外思いつかなかった。
今日も来るかは運頼みだけど、何日か続けていれば会えるだろう。
図書室につくと、放課後ということもあってか生徒は片手で数えるほどしか見えなかった。
その数人すらも、貸し借りの手続きを済ませると早々に立ち去ってしまう。
俺は本を選ぶ生徒の邪魔をしないようにぐるりと図書室を巡り――
「……いた」
広い机と椅子が置いてある読書スペース。
窓を背にした席に座って本を読む本倉を見つけた。
本に集中しているようで目線を一切外さない様子に気づかれていないと安堵し、ゆっくりと足音を殺して近づく。
だが、途中で弾かれたように本倉が顔を上げ、視線が交わる。
「あ、えーっと」
「……私に用ですか、楠木さん」
間をおいて平坦な声が返ってくる。
返答を迷いつつも、素直に頷いて体面の席に座った。
落ちる沈黙、時が経つのが遅くなったようにすら感じるそれを、意を決して破る。
「俺、本倉を怒らせたんだよな。悪かった」
誠心誠意の気持ちを込めて頭を下げた。
広がる木目の机、しんと空気が張り詰めて。
「……なんのことですか?」
「え?」
小首を傾げながらそう言った本倉の反応に、俺は美鈴が聞いていたら笑われることが確実な間抜けな声を出してしまった。