29 白状しなよ、お兄
「悪ぃ、寝坊した!」
「別にいいって。どうせ午後までやるんだし」
勉強会開始の予定時刻である10時から一時間ほど遅れて来た涼太が、部屋で手を合わせて謝っていた。
特に誰も気にしていないのだが、こういうところは律儀なのが涼太という男。
事前に連絡も貰っているからお咎めもなしだ。
ちゃんとしていないように見えてちゃんとしてるし、だからこそ美鈴も涼太の好意を受け取ったのだろう。
涼太には冷たい麦茶を出して一息ついてもらったところで、勉強会が再開される。
とはいっても、教え合うことは少ない。
集まっているメンバーの成績順は上から悠莉、美鈴、俺、涼太だ。
涼太も個々のメンバーでは下だが、学年的には中の上くらいなので、普通に勉強する分にはなんら問題はない。
仮にわからない問題があっても成績優秀者の悠莉と美鈴がいるので安心だ。
そんなこんなでシャーペンの音と、わからない問題を聞く声、時々雑談が交わされる勉強会。
空気感は非常に良く、適度な集中力を保ったまま時間が過ぎて――12時を少し過ぎたくらいで昼食休憩を入れることになった。
「なあ、マジで蓮が飯作ってくれるのか?」
「どうせ楓の昼飯も作るし、二人分が五人分になるだけだからな。メニュー的にも大した手間じゃない」
「私たちはどうしたらいいかしら」
「客を動かすわけにはいかないだろ。適当に寛いでいてくれ」
「おう。楽しみにしてるわ。因みにメニューは?」
「カレーだ。ある程度の下準備はしてあるから、そんなにかからないと思う」
ちょっと待っててくれ、と一言おいて部屋を出てキッチンへ。
そして事前に用意していた具材を詰めていたタッパーを冷蔵庫から取り出し、並べていく。
塩コショウでさっと焼いた牛コマ切れ肉、飴色になるまで炒めたみじん切りのタマネギをはじめとして、ニンジン、グリンピース、コーン、じゃがいもが今日の具材だ。
水を入れた鍋を沸騰させて、そこにジャガイモを投入して箸が通るくらいの柔らかさになるまで煮込む。
ちゃんと箸を刺して確認してから、他の具材を入れてルーを投入。
しばらくかき混ぜながら煮込みつつ、隠し味にコーヒーとオイスターソースを少々加えて混ぜ合わせたら完成だ。
鍋から立ち込めるスパイスが溶け合った香りが、キッチンへと広がっていく。
スプーンで少し掬って味見をしていると、
「おおっ、今日はカレー?」
「来てるやつらも一緒に食べるけどいいか?」
「私としては何も問題ないよー? あ、もしかしてあの綺麗な彼女さんも来てる?」
「彼女じゃない。まあ、来てるけど」
「おっけーっ! じゃあ、私呼んで来るねー」
匂いに釣られてきた楓は、三人を呼ぶためにぱたたーっと俺の部屋へ駆けて行った。
人数分の皿にカレーを盛り付けていると、楓を含めた四人が集まってくる。
「適当に座っててくれ。あ、椅子四つしかないんだった。俺が誰かの後に食べればいいか」
「えーっ、お兄も一緒に食べようよ。椅子を半分こしてさ」
「断る。狭いし暑いのに引っ付きたくない。そうじゃなくてもしないけど」
バカなことを言う楓の言葉を切り捨てる。
「食べようよー」とまだ言っているが、もう無視だ。
先に四人分の皿とスプーン、麦茶を注いだコップをテーブルに運ぶ。
すると座っていた楓以外の面々から、感心したような声が上がった。
「本当に作れたのね、楠木」
「疑ってたのかよ」
「そりゃそうだろ。料理作れるとか聞いてなかったし」
「食べられる程度のものが作れるだけだ」
「そう? お兄の料理美味しいけど」
「そうですよ。この間のお粥も――」
楓の言葉に乗っかった悠莉がそう口走って、「あ」と口を塞いだ。
だが、時すでに遅く、悠莉以外の全員から問いただすような視線が殺到した。
悠莉は申し訳なさそうに目を伏せている。
進んで火に油を注ぐ気はないらしい。
「お兄、そういうことね~」
「蓮もやるときはやるんだな」
「ちょっと見直したわよ」
「お前ら飯抜きにすんぞ」
不機嫌さをわざと外に出して言うと、悠莉以外の三人はそそくさとスプーンを持って食べ始めた。
現金な奴らだ、とため息を吐く。
唯一どうしたらいいのかと固まっていた悠莉に「気にしないでいいから食べてくれ」と一声かければ、控えめに笑って「いただきます」と食べ始めた。
作ったカレーはおおむね好評で、涼太は二杯目も食べている始末。
楓も美味しいと食べていて、悠莉と美鈴も完食して「美味しかった」と感想を残してくれた。
こうして面と面を向かい合って「美味しい」と言われると作り甲斐がある。
食べ終わってソファに移動した楓の席に座って食べていると、
「お兄、結局悠莉さんとはどういう関係なの?」
「……急になにいってんだよ。ただの友人だって」
「お祭りのとき、距離の近さが友人ってよりも恋人みたいだったけど?」
「恋人っ!?」
「悠莉……」
「いつの間にか名前呼びだし。白状しなよ、お兄」
ソファに背を預けながらにい、と不敵な笑みを浮かべる楓。
当事者の一人である悠莉は楓の『恋人』という言葉に慌てふためいているので、助け舟は期待できなさそうだ。
涼太と美鈴もこの状況を楽しんでいるらしい。
俺の味方は誰もいなかった。
「蓮~、別に妹ならいいんじゃないのか?」
「他人事だからって好き放題だな」
「私も隠しておくのは難しいと思うけど」
「美鈴のそれで少なくとも何かを隠してるってのが楓に伝わってるんだけど」
「あら、ごめんなさい」
「絶対わざとだよな……?」
半眼で睨みつけるも、まるで意味はない。
楓はニコニコしたまま俺と悠莉を交互に見ているし、悠莉は明らかに暑さのせいではない赤みが頬にさしている。
こんなことになるなんて想像もしていなかったはずだ。
悠莉に負担をかけている現状に申し訳なくなって謝ると、「それは大丈夫なのですが……」と消え入りそうな声が返ってきた。
「どしたの? なんか複雑な事情がありそうだけど」
「それは否定しない。説明が面倒だからこの話終わっていいか?」
「私的にはお兄の恋路を根掘り葉堀り聞きたかったんだけど、気が変わっちゃった。あんまりに悠莉さんが可愛いから、聞かない方が面白そうだし。あ、後でよかったらお話しませんか?」
「それはいいですけど……」
「やったー! じゃあ連絡先を交換して……っと。お兄ちゃんをよろしくお願いします、悠莉さんっ!」
瞬く間に悠莉と連絡先を交換した楓は元気よくリビングから消えていった。
「悠莉、楓がなんか変なこと聞いてきたら言ってくれ」
「大丈夫ですよ……多分」
悠莉には迷惑をかけるな、と確信に近い予感を得て、二人で苦笑を交わすのだった。




