20 慣れない浴衣の夏祭り
七月七日――夏祭りの当日。
平日ではあるものの来ている人は多く、夏祭りの会場は人でごった返していた。
幸いにも雨は降っていないが、空は薄っすらと雲に覆われている。
終わるまでこのままの天気ならいいんだけど……と考えつつ、目の前を通り過ぎる人をぼんやりと眺めていた。
洋服と浴衣が半々くらいの割合。
家族で来ている人もいれば、恋人同士と思われる男女の二人組もいる。
まだ早い時間だから、さらに増えることだろう。
俺は美鈴が「私たちは浴衣で行くから二人も合わせてね」と言われていたため、レンタルの浴衣を着ている。
濃紺色の、地味めなやつだ。
待ち合わせ場所のコンビニで待っていると、鮮やかな青色の甚平を着ている見知った顔を見かけた。
爽やかな表情で歩く涼太の登場に、周囲の女性がにわかに沸き立った。
「よう、待たせたか?」
「ああ。十分は待ったね」
「蓮が早く来すぎなんだよ」
「仕方ないだろ? 楓を送ってきたからさ」
「出来るお兄ちゃんは違うねえ」
「馬鹿にしてんのか? 喧嘩なら買うぞ」
「いやいやまさか。俺の本心だって」
違う違うと肩を竦めて言う涼太のそれにため息を返す。
「んで、うちの女性陣はまだ、と」
「まだ待ち合せの時間には早いからな。そのうち来るだろ。あの二人が連絡もなしに遅れるとも思えない」
「そーだなー。あー、紗那の浴衣姿楽しみだわ……絶対可愛いのが目に見えてる」
気持ち悪いくらいに頬を緩めて妄想を捗らせる涼太から一瞬距離を置こうか迷っていると、涼太が肩を軽く叩いて、
「そうそう、『雪白姫』も浴衣で来るみたいじゃん? 彼氏的にはどうなのよ。やっぱり楽しみ?」
ニヤニヤと悪だくみをする小学生のような笑顔で聞いてくる。
何かと思えばそんなことか。
詳しく聞かされてはいないものの、本倉は美鈴が持っている浴衣を借りるそうだ。
まあ、楽しみかどうかで言われると……そりゃあ、多少なり楽しみではある。
俺だって男だ、可愛い女の子を見られるのは普通に嬉しい。
ただ……それをわかりきっていながら聞いてくる涼太に伝えるのは癪だ。
「涼太、お前性格悪いって言われないか?」
「なんか酷くね!? 俺なんか変なこと言ったか!?」
「わざわざ事前に『これってダブルデートってやつだよな』って言ってくる奴に、真面目に答えるわけないだろ」
「事実じゃん!?」
大袈裟に叫ぶ涼太。
お前のせいで注目されてるだろいい加減にしてくれ。
そもそも、俺と本倉は偽装交際なのだから、デートと呼ぶには不適格な気もする。
……週末に二人で出かけたときはデートとか言ってただろってツッコミはなしだ。
あれはほら、便宜上そう呼んでただけだし。
「ま、蓮の顔を見てればわかるけどさ。てか、女子的には楽しみにしてくれてた方が嬉しいんじゃないのか?」
「そういうものか?」
「褒められて嬉しくないやつはいないって。それが――おっと、来たみたいだぜ」
涼太が一方的に会話を断ち切った。
わっと周囲のボルテージが何段も上がったような錯覚を覚える。
人の海を割って近づいてくるのは、二人の美少女。
一人は艶やかな黒髪を背に流し、薄紅色の生地を基調として白と紅の花柄が散りばめられた浴衣を纏う、大和撫子然とした雰囲気を漂わせる美鈴。
後頭部のあたりで結った黒髪を銀色の花細工の簪で纏めている。
普段の凛とした印象が紅色によって、より鮮烈に際立っているように感じられた。
もう一人は雪のように白い髪を団子状にして朱色の簪を使って纏め、薄い水色と紺色の花が入り混じる浴衣を着た少女――本倉。
こういう場と浴衣自体に慣れていないのか、美鈴と手を繋ぎながらゆっくりと歩きながら感触を確かめているように見えた。
『雪白姫』なんて名が本当に似合う、本倉悠莉という少女の可憐な姿。
「おまたせ、お二人とも」
「お待たせしました」
美鈴は自信満々な笑みを湛えて、本倉はたおやかな微笑みを浮かべながら、俺と涼太へ声をかけた。
同時に、露骨に残念がる男の声が聞こえた。
「二人のためならいつまでも待てるって。それにしても紗那……ほんと可愛い。え、なにこれ、俺のこと殺しに来てる? 蓮、俺の彼女が可愛すぎて死にそう」
「…………」
惚気る涼太の声へ反応できないほどに固まった思考。
ありていに言えば、浴衣姿の本倉に見惚れていた。
制服姿も私服姿も、普通の生活で目にできるもの。
けれど、浴衣はこういう特別な時にしか着る機会はない。
髪を纏め上げたことで露わになった白く艶やかなうなじ。
襟元の布地から少しだけ覗いている鎖骨のラインに目を奪われる。
自信なさげに顔のサイドに垂らしている髪先を弄る仕草が、どことなく小動物感を漂わせていた。
浴衣に合わせて下駄を履いていて、歩くたびに小さな鈴の音が鳴る。
「涼太……あんまり褒めないでよ。照れるじゃない」
「紗那」
「涼太」
うっとりと互いの名前を呼び合いながら見つめ合う二人を尻目に、俺もまた本倉と向き合う形になっていた。
恥ずかしそうに地面へ視線を落とす本倉。
「……凄い似合ってる」
「っ、ありがとう、ございます。楠木さんもなんていうか……いつもと違って見えて、新鮮です」
一言ずつ交わし、互いに緊張しているのがおかしくなって笑ってしまった。
すると本倉も同じだったのか、口元に手を当てて控えめに微笑んだ。
月のような微笑みだった。
「それにしても、楠木。もうちょっと言葉を考えなさい。月並みすぎるわよ」
「んなこと言われても……てか、それは涼太も同じだろ」
「細かいこと気にすんなって。彼女に逃げられるぞー」
「えっ、楠木さんって彼女いたんですか……?」
涼太のヤジに本倉が目を見開いて口にするも、すぐに涼太と美鈴は信じられないという様子で本倉を見ていた。
「……本倉。一応、俺らって彼氏彼女なんだけどな。偽物だけど」
「てっきり楠木さんに本物の彼女がいるのかと思ってしまいました……」
早とちりだと知った本倉は、どこか安堵とも思える表情で息を吐いたのだった。




