1 図書委員の『雪白姫』
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「――起こしてしまいましたか、楠木さん」
耳朶を打つ平坦な女の子の声と軽い足音、サアサアと降り続けている雨の音。
寝起きの瞼を擦り、机に突っ伏していた顔を上げる。
足音がした後ろを振り向けば、重そうな分厚い本を何冊も抱えた、珍しい白にほど近い色の髪をした女の子がいた。
そこで俺は記憶を掘り起こし、思い出す。
授業が終わっての放課後。
窓から見えるのは、天気予報にはなかった土砂降りの風景だった。
傘なんて持ってきていない俺は雨が止むまで時間を潰そうと、静かな場所を求めて校舎を歩き回り、ひとけのない静かな図書室へ辿り着いた。
そして、そのまま机に突っ伏して――いつの間にか、眠っていたらしい。
そこまで思い出して、ふと、彼女の情報を頭に浮かべる。
特徴的な見た目だからか、直接的な関わりがなくても名前くらいは覚えていた。
本倉《もとくら》悠莉、俺と同じく鳳櫻高校二年二組に在籍する、『雪白姫』なんて呼ばれる白い髪色の女子生徒。
長袖の白いブラウスの首元には細い水色のリボンが結ばれている。
すらりと伸びる脚も白く、蛍光灯の明かりがある図書室でも眩しく感じた。
目鼻立ちも整っていて、客観的な判断としても可愛い部類に入る彼女は、男子の中では密かに人気だ。
けれど、その声が表に出ることはない。
なぜなら、彼女があまり人と関わりを持つことがないからだ。
この二年間、彼女とは同じクラスだったが、友人らしき人と話している姿を見たことは一度もない。
事務的な会話はするものの、それだけ。
「……えっと、本倉も雨宿り?」
「いいえ。図書委員の仕事を頼まれていたので」
手元の本を見て、俺は一人納得する。
誰もやりたがらなかった図書委員を二年続けてやっていたのは、他でもない本倉だ。
女の子が一人でやるには重労働な気もする。
外の様子を確認すると、まだ雨は降ったままだ。
「手伝うよ」
時間つぶしも兼ねた提案をするも、本倉は運んでいた本をカウンター裏の棚に置いて首を振った。
「いいですよ。私一人でもなんとかなりますから」
「どうせ俺、傘忘れてて帰れないからさ。それに、二人でやった方が楽だし早く終わるだろ?」
「……わかりました。では、ついてきてください」
渋々、といった雰囲気を漂わせながらも了承を示した。
図書室の奥へ進む本倉についていくと、保管室とプレートが飾られた部屋の扉を開ける。
きぃ、と金具が軋みながらも扉が開くと、部屋から微かに埃っぽい空気が溢れた。
軽く咳き込む俺に「換気、まだちゃんとできてなかったみたいです」と本倉から遅い注意が飛んでくるも、呼吸を整えて中へ。
部屋自体はそこまで大きくはないが、並ぶ棚には所狭しと本が収められている。
棚に入りきらないものは床に積まれていて、下手に触れると崩れそうなバランスを維持していた。
換気のために開けられた窓は網戸になっていて、そこから湿った空気が入って部屋を抜けていく。
「ここは保管室といって、補修が必要な本や歴代の卒業文集など管理している部屋です。あまり使われることがないので、このように埃っぽくなってしまうんですよ。まだ窓は開けておいた方がよさそうですね」
「……こんなとこがあったんだな」
「図書委員でもなければ用があるのは稀ですから」
説明もそこそこに、本倉は窓際に設置された机の方へ向かう。
机の上には沢山の本が積まれていて、壁に『修繕待ち』と書かれたプレートが吊るされていた。
元々バスケ部にいた俺でも何往復かしないと運べなさそうな本の量。
……まさか、これを一人で運ぼうとしてたのか?
時間をかければ本倉一人でも運べるだろうけど、作業量としては多すぎる。
「ここの本をカウンター裏の棚に運びます。正直、一人では大変だと思ってはいたので、とても助かります」
「気にしないでくれ。で、運ぶだけでいいのか?」
「今日のところは。修繕は後で図書委員がやる予定なので」
流石にそこは分担するようで一安心。
修繕作業まで一人でやることになっていたら、多分過労死する。
だけど……運ぶだけなら、そう時間はかからなさそうだ。
手始めに十冊くらいを数えて抱える。
一冊一冊の厚さはそこまでないけど、十冊もあれば結構な重さになるな。
まあ、これくらいは全然余裕だけど。
「……凄いですね。バスケ部なだけあります」
「元、な。まあ、春先に脚を怪我して退部したけど」
「知ってますよ。私としては不幸でしたね、としか言いようがないですが」
その言葉に少しだけむっとしたが、本倉にとっては他人事。
文句を言っても治らないし、怪我をしてから約二か月も経っている。
ここで本倉に当たるのはお門違いにもいいところだ。
雑談もそこそこに、本倉と協力して本を運んでいく。
本倉も六冊前後を一気に運んでいた。
見かけによらず力があるらしい。
先に運んで保管室に戻ろうとしたとき、逆に出てくる本倉とすれ違った。
本が顔の当たりまで積みあがっていて前が見えにくいんじゃないかと心配していると、
「あっ」
本倉が扉のところにある段差に躓いて、身体が傾いていた。
抱えていた本が投げ出される。
驚いて開かれた淡い緑色の瞳を目にした瞬間、俺の身体は自然に動く。
――気づけば、本倉の腹のあたりに腕を回して、軽い細身な身体を受け止めていた。
音を立てて運んでいた本が床に落ちて。
「怪我はないか?」
「……ありがとう、ございます」
立てることを確認してから腕を離し、気まずい沈黙が落ちる。
落とした本を集める本倉の頬は、ほんのりと朱に染まっていた。
腕に残る柔らかな感触。
受け止められた本倉の方が恥ずかしいだろうから、敢えて何も言わない。
全部の本を集め終わった本倉が立ちあがって、
「……気にしないでください。楠木さんは何も悪くないですから」
返答に困っているうちに、本倉は逃げるようにカウンターへ歩いていく。
そう言われれば俺がとやかく言うのはおせっかいというもの。
気を取り直して荷運びへ戻る。
図書室と保管室を行き来する回数が二桁を目前にしたところで、とうとう机に積まれていた本が全てなくなった。
保管室の戸締りをして図書室に帰ると、本倉が俺に頭を下げて、
「楠木さん、ありがとうございました。私一人ではこんなに早く運べなかったと思います」
「いいって。どうせ雨が止むまで暇だったし」
「何かお礼くらいさせてください。貸したままは気持ちが悪いので」
「気持ち悪いって言われても……別に礼が欲しくて手伝ったわけじゃないし」
どうしたものかと迷って、ふと外の景色を見た。
降っていた雨はすっかり止んでいて、今なら濡れずに帰れそうだ。
良い逃げ道を見つけたと思い、荷物が入ったリュックを背負って、
「じゃ、雨止んでるし帰るわ」
「えっ、あの、まだお礼が――」
「本倉も気を付けて帰れよ」
引き留めるような言葉を無視して、雨の匂いが残る外を歩いて帰った。
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