7 貧者のお守り
2021/06/21 23:25
ちょっとだけ編集しました。
貧者のお守り。
異世界の正式名称は「ゴブリンのお守り」といった。木彫りが多いがたまに石の彫刻もある。
土偶のようなシルエットの、まるでゴブリンの雌をデフォルメしたような造形をしている。いるはずのないゴブリンの雌の彫刻は、異世界の学者を一時騒がせたし、何なら夢見がちな冒険者も騒いだ。
どこかまだ見果てぬ地に、ゴブリンの雌がいるのではないのかと。
正直、日本に帰るために異世界のダンジョンをほぼ周った渡世からすれば眉唾だが、殊更居ないと断言できない、ツチノコのような存在である。
ちなみにゴブリンの繁殖方法は生殖可能な異種モンスターとの交配だ。女王の庭園で犠牲になるのはスキュラの配下の「犬の子」にラミアの配下の「蛇人間」だ。
まあそれは置いといて、「ゴブリンのお守り」をドロップさせる条件は、一人で装備なしで素手でゴブリンに挑んで倒さなければならない。
そして、異世界でその不思議な現象を多く起こした社会階層が、貧困層だった。肉盾にされる奴隷冒険者、冒険者になるしかなかった食い詰め農民、孤児の少年冒険者など、装備もままならない彼らがゴブリンを倒すと、低確率ではあるがゴブリンがお守りをドロップさせる。
その一連の流れに儀式めいたものと神がかり的な何かを感じ、一部の学者はゴブリンにも信仰があるのではないのかと仮説を立てたりもしていたし、神官たちもまた、これこそ神の思し召しとだいぶ喧伝していて、その年の寄進はだいぶ潤ったと聞いた。
色々な思惑はあったとはいえ、着の身着のまま戦う貧者にしかドロップしないというのは大きなアドバンテージだ。彼ら貧者の冒険者にとって、「ゴブリンのお守り」は割のいいドロップアイテムになった。学者は研究のため、神官もまた神の思し召しとして買い集める。その供給を担ったのが貧者たちだ。気をつければ死にはしないし、貧困層以外の冒険者にはドロップしないとくれば、財を成すことは難しい(貧困ではなくなった瞬間ドロップしないから)が、少なくとも寝床と食事にあずかられるぐらいは稼げる。
ゆえに「ゴブリンのお守り」は「貧者のお守り」と言われていたのだった。
その≪貧者のお守り≫が手の中にある。
条件を満たしたらあんな分かりやすくファイティングポーズをとるゴブリンは異世界にはいない。あれではまるでゲームなどでいう――フラグが立つ――そのものだ。
異世界のドロップ方法が異界でも通じるとなると、異界と異世界は同じなのだということもできるだろうが、微妙に違うのである。異界は多分にゲーム的といえる。異界のモンスターは現世に現れない。だが異世界のモンスターは人の隣人だった。冒険者以外の犠牲も数多い。ハンターしか犠牲の出ない異界とはだいぶ趣が違う。
異世界のようで違うし、別物のようで同じなのだ。そのせいで、せっかく日本に帰ってこれたのに、渡世はいまだフワフワと地に足がつかない。
しかしまあ、渡世としては≪貧者のお守り≫がドロップしたことに納得はしているのだ。
元路上生活者のネカフェ難民は、間違いなく日本では貧困層だろうから。
≪貧者のお守り≫
効果:幸運+1
異世界だとゴブリンのお守りという名称だった。日本では貧者のお守りという。
趣味回。
長々と≪貧者のお守り≫から見る設定を語ってしまった。